蛇足な話~処刑とは娯楽でもあった~
本日何度目かです。
これでおしまいです。蛇足だとか後日談だとかくっついてきましたが、これで終わりです。ありがとうございました!
そういえば、セリア様のお友達のヴィオラ様の処刑の時は驚きました。
ヴィオラ様はセリア様が留学に行かれて少しした頃、兄の校医の先生と一緒に処刑されることになることが決まりました。お兄さんはリリー様を殺そうとしたことが発覚し、父親からも絶縁されていたためですが、ヴィオラ様は度重なる言動が皆様の不興を買い、ついに不敬で処されることになったそうです。
私は面識はありませんが、セリア様のお友達だと聞いていたので、セリア様が悲しむんじゃないかと思っていました。校医の先生も、セリア様が以前雇われていた方だそうで、お可哀想にと同情した覚えがあります。
処刑の日。
私は処刑なんて怖くて行きたくなかったのですが、
「プレシア、丁度いい機会だから見ておけ。社会勉強だ」
「………はい」
つい最近当主となっていたお兄様に言われて、泣く泣く見学に行くことになりました。嗜虐趣味をお持ちのお兄様は、「さー、楽しみだなー」と行きの馬車の中でもうきうき楽しそうでした。
私はつい、ヴィオラ様と面識があるのに悲しくはないのか、と尋ねてみたのですが、
「ん?確かにあいつとはそれなりに話したこともあるが、本来ならずっと昔に処刑にされているぐらいのやつだからな。その後も、いつ処刑になってもおかしくない状況での付き合いだった。やっとか、という思いしかない」
あっさりとそう言われました。
やっぱり、お兄様もお兄様でいろいろぶっ飛んでると思います。
それでも、「……まあ、あの馬鹿さは、貴重だとは思うがな」と言っていました。セリア様が彼女を気に入っていたように、お兄様も、色々あったのでしょうが処刑を残念に思う気持ちはあるみたいでした。
着いた処刑場はコロシアムのような場所で、貴族観覧用に高い位置に席があり、低い席は民衆が座っていました。まるで娯楽会場のようでしたが、こういう見せしめも大事だから人を呼んでいるのでしょう。そういうものが必要なこともわかります。
貴族席に行くと、処刑場の中心にあるギロチンがしっかり見え、それだけで恐ろしくなってお兄様にしがみついてしまいました。お兄様が「お前はもっと身分が高いから、処されるなら毒を煽ることになると思うぞ」と言ったので手を離しましたが。いえ、それがお兄様なりに、『あれで私が処されることはまずないから安心しろ』と気遣ってくださったのはわかります。わかりますが、それとこれとはまた別なので。
フランツ様やスカイ姉様ならわかってくださるのに、と思ってしまいました。でも、お兄様も「怖いならしっかり見ておけ。その時に戦えるように、守ってやれる今の間に学べ」と言ってくれました。守られてる実感に、少しだけ恐怖が和らぎました。「極力吐くなよ。吐かれたら後始末が面倒だ」とも言っていましたし、ちゃんと面倒を見てくれる、良い兄だと思います。
お兄様と学校生活だとかモデルのことだとかを話していたら、時間になりました。
質素な白い服を着た男女が入ってきました。
男性のほうは、暗く鬱々とした目をしていて、また怖くなりました。お兄様の服を握りしめて、「襲ってきたら守ってやるから大丈夫だ。だから服をそう強く握るな。シワになる」と言われてしまいました。ぎゅーっとしっかり握ったらため息を吐かれました。こんな怖いところに連れてきた仕返しです。
女性のほうは、…なんだかすごく、場違いに浮いていました。「皆さんおそろいですねえ。暇なんですか?人の処刑をわざわざ見に来るなんて、悪趣味なんですから」と言って連れてきた兵士に私語を慎むように注意されているのが聞こえました。これから処刑される罪人にはとても見えません。
お兄様を見ると、ああいうやつだ、と頷かれました。さすがセリア様のお友達。半端じゃないです。
処刑人が二人の前に立ち、簡潔に罪状を言い渡します。
「アルバート・シュペルマン。王太子様の婚約者の王族を殺人未遂」
「………」
「ヴィオラ・シュペルマン。度重なる不敬」
「不敬なのはどっちですか!ちょっと手紙出しただけなのに叩くなんて!すっごく痛かったですよ!」
「私語を慎むように」
「今慎んだらいつ言うんですか。ちょっとみなさーん!」
女性が周りを見渡しました。明らかに、『こいつが悪いことしたからチクってやる』といいつけているような声でした。
「私はちゃーんと知らせようとしたんですよ!でも、こいつらが邪魔して来たんですよ!信じられます?最後の願いも聞き届けられないなんて、非人間ですよ!人道的じゃありません!だから、私はちゃんと知らせようとしたんですよ!しっかり言っておいてくださいね!悪いのはこいつらで、私は悪くないんですから!」
………。
お兄様を見ました。
「こういうやつなんだ」
お兄様は言いました。
こういう方らしいです。
なおも言いつけている彼女を兵士が黙らせ、いよいよ処刑に移ろうというとき、
「―――ちょっと!!」
処刑場に、声が響き渡りました。
女性の怒声です。
そして、空が暗くなりました。
上を見上げると、丸いもの、気球が浮かんでいました。気球が太陽を遮ったため私のいる席が影になっていたようです。
と、そんなことを考えていられたのも数瞬です。
気球から、人間が身を投げたからです。
人間が身を投げたと分かる程度の高度でしたが、それでも地面に叩きつけられれば即死でしょう。目を見張り、声にならない悲鳴をあげました。
―――ドシンッ!
しかし、思ったよりも小さな音がして、あれと思って見ると、落ちてきた人が立ち上がるところでした。
その人、その女性は、ぴんぴんしていました。
「どういうことよ、ヴィオラ!」
どころか、張りのある声で処刑される女性、ヴィオラ様に怒鳴っていました。
後ろで束ねられた美しい黒髪を風にたなびかせ、動きやすそうなドレスを纏ったその女性は、…多少雰囲気や見た目が変わっていてもセリア様でした。わかってました、気球から飛び降りるようなことをする女性はあの方ぐらいだって。はい、わかっていて現実から目を背けていました。セリア様の背後に真っ黒い怨念のようなものがまとわりついているような気がしますが、それもきっと目の錯覚ですから。そういえば昔から人には見えないモノが見えましたが、それも気のせいですから。白髪で病弱な上に幻覚まで見るとか勘弁してください。虚言妄言扱いはもう結構です。
周りの皆さんは、勿論目が点です。処刑人も兵士もぽかんです。お兄様は隣で「…落下した衝撃を全て受け流したのか…あいつ、本気で何を目指しているんだ?」と眉を寄せていましたが、お兄様はお兄様なので除外します。そういえば、最近そう言うと、「俺はセリアじゃないんだからやめろ」と言われますが、私から見たら二人ともぶっ飛び枠です。規格外で除外対象です。
「悪いのはこいつらです!」
そして、同じくぶっ飛んでいるヴィオラ様も、普通にセリア様に言い返していました。
「私はちゃーんとセリアに処刑を知らせようとしたんですよ!それを邪魔しやがったんです!だから私は悪くません!むしろ褒めてください!感謝してください!」
「何によ!処刑のときは知らせてって、昔から約束してたのに、連絡来なかったわよ!過程がどうあれ届かなかったんだからあなたが悪いわ!」
「セリアってば、野生に帰って馬鹿になったんですか?」
「っはあ!?誰が野生に帰ったのよ!」
「そんな野蛮ではしたない格好で、しかも顔に傷作ってるじゃないですか!野蛮人です!セリアが顔に傷をつけたら、もうどこに価値があるんですか!」
「顔以外もあるわよ!挙げきれないぐらいあるわよ!あと、これは名誉の負傷なの!強敵を殺した時につけられたの!なんか格好いいじゃない!」
「は?階段で転んでついた?」
「それはあなたよ!格好いいでしょ!?」
「えー、なんかありきたりで全然です。格好いいとか思ってるんですか?むしろ格好悪いです」
「本人が気に入ってるんだからとりあえず同調しときなさいよ。中二臭いけど、るろ剣みたいでいいじゃない。頬に刀傷とか、超テンション上がるじゃない」
「だからセリアは野蛮人なんですよ」
「…ねえ、ツッコミなし?ツッコミないの?ねえ?」
「お土産はないんですか?非常識ですねえ」
「あなたが知らせないから急いで来たのよ。あるわけないじゃない」
「とか言って、本当はお土産ってセンスが問われるから避けただけじゃないですか?セリア、センスないですから」
「あなたに言われたくないわよ。ちゃんと前もって知らせてくれてたら、私だってセンスばっちりのお土産買って来たわ」
「例えば?」
「棺桶」
「あ、シュペルマン伯が縁切ってきたから共同墓地行きです。棺桶じゃなくて死体袋で」
「え、そうなの?じゃあ適当に弔ってあげるわよ。墓に刻むのは『世紀の馬鹿、ここに二度寝する』で良い?」
「どうせならもっと格好良く!」
「じゃあ、『世紀を代表する人物!稀代の変人!現在二度寝中。起こさないでね』なんてのはどう?」
「二度寝なんて駄目ですよ!居眠りにしてください!」
「オッケー。じゃあ居眠りにするわ。で、――っこの約束破り!知らせてって言ったじゃない!」
「っセリアは馬鹿です!感謝してください!」
「だから何によ!」
「私が約束を覚えていたことにです!」
「あっ…!」
「そして、それを実行しようと努力したことを、まず褒めてください!感謝してください!讃えてください!」
「成長したのね…!鳥以下の藁頭だったあなたが、約束を覚えていて、しかも面倒臭がらずに実行しようとしたなんて…!」
「はい。セリアには世話になりましたから」
「そう…。じゃあ、あなたの努力に免じて、知らせてくれなかったことは許すわ」
「許させてあげます」
「じゃ、処刑タイムね。テンション上げていきましょう!」
「人が死ぬのにテンション上げるとか、不謹慎ですよ」
「黙らっしゃい!さあさあ、ヴィオラさん、これから処刑されるわけですが、今のお気持ちは?」
「とても晴れやかな気持ちです。あと薄着だから肌寒いです」
「ほほう。何故、処刑を?」
「兄の巻き添えです。ついでに私も今までの不敬を清算しようと罪を問われ、シュペルマン伯に見限られました。私の出生を知ってしまったのも大きいでしょうね…」
「おっと、その出生とは?」
「とてもここではコメント出来ません…。謎めく過去は来週の特番でお願いします」
「了解しました。では、未練などはありますか?」
「最後にセリアに怒られることだけが心残りでしたが、駆けつけて許してくれたので、もう思い残すこともありません。今はただ、上着が欲しいです」
「なるほどなるほど。では、現場のセリアでした!来週は特別番組、『処刑された彼女の過去に迫る!』です!ぜひ見て下さいねー!」
「番宣やめてくださいよ」
「いいじゃないの。じゃ、あの世で会おうぜベイビー」
「それは無理ですよ。私は天国に行きますけど、セリアは地獄行きじゃないですか」
「それもそうね。ならもう会うこともないわね。さよーならー」
「ばいばーい」
セリア様はヴィオラ様に手を振り、ヴィオラ様も振り返していました。
………兄を見ました。
「……まあ、そういうやつらだ」
そういう方々らしいです。
しかし、セリア様がギロチンの傍から離れません。
やっと思考が追いついたらしい処刑人がセリア様に声をかけます。
「おい、嬢ちゃん。お友達とのお別れが済んだならとっとと見物席に行きな」
「席は遠いから嫌だわ。どうせだから、齧り付きで見物させて頂戴な」
「………嬢ちゃん」
「おいくら?金で済むならそれで解決するし、あなたたちを蹴散らして自分で首をはねて良いならそうするわ」
「えー、セリア痛くしそうだから嫌です」
ヴィオラ様が空気を読まずに口を挟みました。
「あら、これでも達人級よ?幽霊だって斬れるわ」
「罰当たりですよ」
「向かってくるんだから仕方ないわ。ていうか、あなたの処刑に間に合うように全部投げ出して駆けつけたのよ?お礼ぐらいないの?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
「…おい」
話す二人に、処刑人が声を額に青筋を浮かべ、
「っいい加減にしろこのアマ!」
怒鳴りました。
…ヴィオラ様に手がかかっていて、ストレスが溜まっていたんでしょう。セリア様の格好が流れ者に見えたんでしょう。あのお二人の会話を聞いていたら、誰だってまともな人とは思えないと思います。セリア様ですから。
でも、それはまずいです。
お兄様を見るまでもなく、そういう方だと知らしめられてきました。
「―――はあ?」
セリア様が、とても冷ややかに処刑人を見ました。背後に渦巻く黒い怨念がじわじわと広がって――いえ、逃げています。セリア様から逃げています。怨念が逃げるって、セリア様何して来たんですか?
しかしセリア様から逃げた結果、周りにそれらが撒き散らされ、プレッシャーを与えることになりました。こっちまで漂ってきて、ちょっと寒いですし、目が合いそうで怖いです。お兄様の腕に抱きついたら、「あいつ、どこまで人間離れするんだろうな…」と遠い目をしていました。でも「大丈夫だ、怖くない」と頭を撫でてくれました。ちょっとほっとしました。
「あなた、誰に向かって口を利いているの?」
ほっこりしたところでセリア様が動きました。とりあえずお兄様を盾にします。余波が来たらお兄様が止めに行くと信じてますからよろしくお願いします。
「な、なんだてめえ、処刑は陛下の名の下に行われる―――…」
「虎の威は結構。それとも、そんなことも知らない馬鹿だと思ってるってことかしら?…下賎の者が、無礼よ。今すぐ下がりなさい」
「っんだとてめえ!」
処刑人がかっとなってセリア様に怒鳴り、―――喉に剣の切っ先が突きつけられていました。
いつの間にか、セリア様は小ぶりな剣を抜いていました。後から、あれは剣ではなく『脇差し』という刀だと知りました。なんでそんなものを持っているのかと疑問にも思いましたが、セリア様だからでしょう。
目にも止まらぬ早さで刀を突きつけてきたセリア様に、処刑人は息を飲みました。
セリア様はぎろりと睨みつけています。
「黙りなさい。私を誰だと思っているの?誇り高きネーヴィア家の娘、セリア・ネーヴィアよ。これ以上無礼をするなら、その首もらうわよ」
それを聞いた途端、傍から見てもわかるほど、処刑人の顔が真っ青になりました。ネーヴィア家は庶民にも知れ渡っているほどの大貴族で、かつネーヴィア商会も有名です。本当に、『声をかけたから』というだけで手打ちにしてもどこからも文句が出ないほどの家です。
そして、セリア様は侮辱を許しません。
どこまで行くのか、お兄様は止められるのか、とはらはらしていると、
「セリアったら、本当に野蛮人ですねえ」
呑気な声がしました。
あの、ヴィオラ様です。
セリア様は「はあ?」とすぐに刀をヴィオラ様に向けます。
「あなた、殺すわよ」
「そういうところが野蛮なんですよ、もうっ。もっと文明人として穏便にしてくださいよ」
「穏便とヘタレは違うわ。侮辱を受けたら報復しなければ、家名が廃るもの」
「―――じゃあ、私を殺したらいいですよ」
ヴィオラ様は普通に、何でもないように言っていました。本当に、聞き逃しそうになるほど自然に。
「私は最初から、セリアに処刑すると言われていたでしょう?どうせ処されるなら、セリアに処されたいです」
「それ、今関係ある?私はこの無礼な平民を殺すっていう話をしてるんだし、あなたはどの道不敬罪で処刑よ」
「その人を殺す件はどうでもいいですから好きにしたらいいですよ。許してあげます。でも、私を処す件はセリアがしてください」
「私に首を刎ねられたいってことかしら?」
「セリアに断罪されたいってことですよ、嫌ですねえ。ちゃんとわかってくださいよ」
「無理に決まってるでしょ、私はあなたほど馬鹿じゃないもの。ちゃんと言いなさいよ」
「仕方ありませんね。……嫌いだから兄のついでに処刑しよう、なんて適当な処刑じゃ嫌なんです。きちんと盛り上げて、断罪してから、処してください。セリアへの不敬とか王太子様への不敬とか、そんなもので祭り立てないでください。当事者の怒りが見えません。見えるのは、どうでもいいから排除したいっていう、大人の都合だけです。ちゃんと、私を断罪してください」
「長い。十五文字以内で」
「大人の都合に巻き込まれたくない」
「ピッタリ十五文字ね」
「褒めてください。ほらほら、早く褒めてください」
「数数えられてすごいね~。いくつまで数えられるの~?」
「自分の年齢までです!」
「十七まで!?」
「いえ、まだ十六ですから」
「悪化しちゃったわね!」
「そんなわけですから、ちゃっちゃと断罪して殺してください。野蛮人のセリアならすぐでしょう」
「あなたね、本当に人のことなんだと思ってるのよ。わくわくが止まらないじゃない」
「わくわくなんですか!?うきうきじゃなくて!」
「ええ、うきうきじゃなくてわくわくよ。ウッキーじゃなくてワークよ」
「え、それどういう意味ですか?よくわからないんですけど…」
「…ギャグが滑った恥ずかしさで死ねそう」
「あ、あー、うきうき、をウッキーに、わくわく、とワークに変えたんですね。わかりづらい上に全然面白くないですねー」
「………ねえお願い。やめて…」
「百歩譲って、ウッキーとワックーとかならわかりますよ?でも、ウッキーとワークとか、何もかかってないじゃないですか。ていうかそもそも、そういう言い換え自体面白くないですよね?そういう言葉遊びで楽しいのって当人だけですよね?聞いてる方からしたら意味不明だしどうでもいいんですけど。会話って、ちゃんと言葉のキャッチボールしてるから成り立ってるんですよ?意味が通じないって、会話として意味がありませんよね。会話失格ですよね。ただの自己満足ですよね」
「………」
「セリア」
「………はい」
「何か言うことは?」
「………つまらないギャグ言ってごめんなさい」
「はい、そうですね。許してあげます。感謝してください」
「………はい」
「大丈夫ですよ!そんなに落ち込むほど、セリアのギャグに期待してませんから!元から笑えないギャグばっかりでしたから!」
「………ぐすっ…」
「あれ?もしかして、面白いと思って言ってたんですか?あの程度で?え?ちょっと待ってください。正気ですかセリア」
「だって、おにいさまとか、なんにも、いわないしぃ…!」
「優しいんですねー。私なんか毎回面白くないって思ってましたよ。面白くなさすぎて逆に面白かったぐらいです」
「…ヴィオラが苛めるぅ…!処刑よ処刑、処刑してやるんだからぁ…!」
「ギャグが面白くないって指摘したからですか?セリア、言いたくはありませんが、すごくダサいですよそれは」
「おにいさまぁあああ!」
「それで、セリアのギャグなんてどうでいい話は置いといて、私の処刑の話ですよ。どうするんですか?」
「いきなり話戻すのやめてくれる?あと、処刑は処刑でしょ。首刎ねるわよ」
「理由は?私が納得できる理由があるんですか?セリアごときが私を納得させられる理由を示せるんですかぁ?」
「勘当されたってことは、今庶民でしょう?私に話しかけたことが不敬。私への態度が全て不敬。ついでに初等部のころの貸しもここで清算なさい」
「なっとく!」
「というわけで、侮辱の咎で斬り捨てられるか、不敬罪で処されるか、好きなほうを選びなさい」
「どっちにしようかな~。選べませんねえ。セリアはどっちがいいんですか?」
「んー、どっちでもいいわ。ていうか話を盛大にそらされてるけど、私が斬りたいのは、この身の程知らずの処刑人よ。あなたじゃないわ」
「私のほうが不敬なことしてますよ?」
「今更でしょ、そんなこと。ていうか、あなたなんで処刑されるの?」
「今までの話全部忘れちゃったんですか!?セリアってもしかして馬鹿!?」
「ぶん殴るわよ!?」
「ちょっ…こっち来ないでください!馬鹿が移ったらどうしてくれるんですか!お利口さんで賢い私にセリアのお馬鹿菌が移ります!っや、本当に来ないで!フリじゃないから!本気でやめて!」
「え、なにこれ。私馬鹿じゃないのに…、あなたのほうが馬鹿なのに…」
「きゃああああああ!!喋ったぁああああ!空気汚染されるぅううう!!」
「傷つくぅうううう!!セリア菌とか言われるぅううう!」
「いやぁああああああああ!!!」
「あ、それでね」
「はい」
「あなた、平民になったんでしょう?」
「そうですね。勘当されましたから」
「じゃ、処刑はなしよ」
セリア様はそう言って、処刑人から首を刎ねるための斧を奪いました。今はギロチンで刎ねていますが、昔は斧で刎ねていたので、その名残で持っているらしいです。万が一ギロチンが不調で刎ねられないときにはそれで代行するためというのもあるそうです。そういう時はまずありませんが。
あと、お二人の会話についてはもうノータッチです。怨念がうろうろしているので、お兄様を盾にしたりお兄様の腕を使って払ったりしてました。お兄様も黒いからか怨念が一瞬吸い寄せられ、すぐに離れて行くので追い払うのに便利です。『プレシア、新しい遊びか?虫でもいたのか?』とお兄様は薄々『汚いものに触りたくないから使っている』というのがわかっているようですが、まあ今は使われてくれています。セリア様にくっついてたものなんですから、お兄様が責任を取るべきです。
「それは…」
「陛下には私が話をつけてくるわ。あなたと私と、どっちが偉いと思ってるの?」
止めようとする処刑人に、セリア様はばっさり切り捨てて聞きません。そしてくっつき過ぎてお兄様に「うっとうしい」と引き剥がされてしまいましたが、これは私にとっての死活問題なんです。怨念をじっと見ていたら顔とか見えてきて本当に鬱になりそうなんです。だから「フランツ様はセリア様が妹でも理想的な兄ですよね」と、『あのセリア様が妹でも兄として理想的な振る舞いをするフランツ様に憧れてるのにそんなに心が狭いんですかお兄様は』と暗に牽制すると舌打ちして「好きにしろ」と言ってくださいました。
ただし、後で「フランツの妹のセリアならこのぐらい余裕で出来たな」とどっさり課題を渡されました。『俺にフランツ並みを期待するならお前もセリア並みを目指せ。勿論フランツのような聖人に俺がなれないように、セリアのようなぶっ飛び枠になれとは言わないが、要求した分ぐらいは当然やるよな?』と目で脅しながら。お兄様はよく調子に乗ってセリア様に叩き潰されるのに私がちょっと我儘言っただけで大人げないです。だからお兄様はお兄様なんです。そんなこと言ったら課題が倍に化けるので口には出しませんでしたが。
そうこうしている間に、セリア様が処刑人の態度に怒ってらっしゃいました。怨霊が飛び散って怖いです。後々ひどい目に合うと知らない私はお兄様にとにかくくっついて怨霊を追い払わせていました。
「陛下が決定なさったことを覆すことは出来ない?だから私が話を付けるって言ってるんでしょう。それが出来ないと思ってるの?私はセリア・ネーヴィアよ?
…ああもういいわ、あなたと話しても実にならないもの。
命が惜しければ消えなさい。邪魔をするなら殺すわよ」
セリア様は斧を振り上げ、その華奢な体をどう使ったのか斧をぶん回し、
「―――まず、処刑でしょう?」
処刑待ちでずっと放って置かれていた男性の首を刎ねました。
これも後で、斧の自重と遠心力で刎ねたのであって、セリア様自身はそれほど力を加えずに斧を操っていたのだと知りましたが、そんなのどうでもいいことでした。
何の心の準備もできてない状態での、人死。
少しでも関わりのあった人間の死。
飛び散る血と、首の断面と、さっきまで表情を作っていた顔と、支えを失って倒れる体と、『人間』から『物質』になった瞬間。
セリア様に怨霊がまた一つ増えた瞬間。
ほとんど無意識のうちにお兄様にしがみついていました。お兄様も、これには背を撫でてくれました。
目に焼きついて離れない、もう動かない『物体』。
あの光景を、今でも私は忘れることができません。きっと一生悪夢とともに付きまとわれ、背負って行くことになるのでしょう。
そのずっと後のことですが、フランツ様と話したことがあります。世の中の分類法は色々あって、例えば身内と他人で分けたり、男と女で分けたり、いっそ自分とそれ以外で分けたり、無数に分け方はあるんだと。
その中で、フランツ様は『守るものとそれ以外』で分けているそうですし(確実にご自分はそれ以外に入っていると思います)、スカイ姉様なんかは『可愛いものとそれ以外』で分けてそうだと笑いました。
その分類法に、『同族を殺せる人間と殺せない人間』というものもあるとおっしゃっていました。
私だって夏には蚊を殺したり、うっかり蟻を踏み殺したことがあると思います。日々の食事も色んな生き物を殺して頂いているものです。
でも、同族殺しは生命の中では禁忌であり、それが出来るかどうかというのは一線を画する資質だと、そう、資質だとおっしゃいました。
私は間違いなく後者の殺せない人間で、フランツ様は自分もそうだと言われました。
同族殺しは増えすぎた群衆の中では必要なことで、飢饉の時の口減らしのように、そうしなければ集団全体が滅んでしまうようなときには奨励されます。九十九人殺して一人生き残っても、そのまま百人全滅するよりはマシだからだそうです。
結局のところ、食事の準備もそうですが、私達のような『殺せない』人間は『殺せる』人間に生かされている部分があります。私には可愛い兎さんを殺してお肉にするなんて出来ません。でもそうしないと食べるものがなくなって餓死してしまいます。だから、誰かが汚れ役をやってくださっていて、誰かが血を浴びることで私達は今日も綺麗に生きていられるんだそうです。
そう言うとその『殺せる』方々が可哀想なようにも聞こえますが、有事の際、生き残れるのはその『殺せる』方々です。色々な原因が積み重なって例外が起こることもありえますが、十中八九、百人の中で生き残れる一人になるのは『殺せる』方です。物語では殺せない主人公が生き残ることもありますが、ありきたりでないからこそ物語として成立するわけで、大抵の場合そんな例外の奇跡は物語の中でしか起こりえません。
かなり回りくどくなりましたが、ここで私が感じたのは、『私には絶対にできないな』というある種の諦念です。
初めて見た人死が、ずっとずっとつきまとってきます。
私にはきっと、同族どころか兎さえ殺せないでしょう。
百分の九十九の、淘汰される側の、『殺される』側の人間で、セリア様やお兄様のようにはこの先絶対なれないんだろうと思いました。
フランツ様は、それを『天才と凡人の境目かなあ』なんて冗談めかしておっしゃっていましたが。
『それでも、やるって決めたから、いつかその時が来たら、…超えてやるしかないよね』と、冗談めかして、冗談ではない決意を語っておられました。
その決意を私が目の当たりにするのは、ずっと後のこの時からまだもっと後です。全ての裏側を知った後では、フランツ様のその覚悟の凄まじさをつくづく思い知り、だからセリア様やお兄様が慕い、ご自身が甘いことの自覚があるゆえに甘っちょろいことを嫌うエリオン殿下が認めるんだなあと、ただただ嘆息しました。
しかし、それはあくまで未来の話ですので話を戻します。
セリア様が首を刎ねて、私にトラウマを植え付けて、…そのまま話を続けました。
そのまま、斧を片手に携えて、何事もなかったように処刑人さんを言いくるめる作業に戻りました。
「私に命令されて逆らえなかった、でいいじゃない。そもそも、陛下は反対なんてされないわよ。
だって、私が、この私が、初等部から足掛け五年間もヴィオラの暴言と不敬に耐えてきたのよ?陛下に直接暴言を吐いたわけでもないのに、まさか私が耐えたのに耐えられないなんて抜かす軟弱者はいないわよね?
それに今までの行いに対する罰は、勘当されて平民に落とされたことで十分受けてるわ。それでもなお首を斬らなければならないほどの罪を、この子が犯したっていうの?一体誰がそんな訴え出したのよ。私の前に持って来られるような訴えなの?
第一、今までの暴言はコラソンさん、シュペルマン伯の庇護下に置かれているときに吐いたもので、ならその責を負う義務がシュペルマン伯にはあるでしょう。成人前の子供を捕まえて、親は勘当してるから無関係です?血のつながりなんかないから他人です?そんな言い訳が通じるわけないでしょう。認知した以上ヴィオラはシュペルマン伯の『養女』で、本当の父母が認知して認めていない以上親はシュペルマン伯よ。本当の親じゃないっていう証拠も、ヴィオラの言葉しかないんでしょう?ヴィオラは母親はすでに他界してるし、父親が認めてるならそっちで認知されてるものね。私相手にここまで酷い暴言を吐く子の言い分真に受けたの?顔立ち見なさいよ、兄のアルバート・シュペルマンとそっくりじゃない。父親のシュペルマン伯とも似てるわよ。それで親子じゃないって、ちゃんちゃら可笑しいわ。
兄の王族暗殺未遂なら処刑になるほどの大罪だけれど、ヴィオラの不敬は処分を受ける程度でしょう。なんなら裁判規定持ってきてもいいわ。不敬な輩を合法的に斬り捨てるためにその辺りは覚えてるからまず間違いないと思うけれど、不敬罪は親告罪で、被害者が届け出を出さない限り罪にはならないわ。
ここで話を戻すわね。―――このセリア・ネーヴィアがこれまでの無礼を看過してやっている状態で、それでも我慢できなかった堪え性のない人間は、だあれ?それは、私が耐えてきた約五年間よりも耐え難い仕打ちを受けてたからなのよね?そうじゃないなら、私が耐え切っていることを、耐え切れないわけがないわよね?それとももしかして、誇り高きネーヴィア家の、この私が、そんな暴言を是とするぐらいプライドが低いと思ってるのかしら?そんな暴言に憤る権利がないほど、身分が低いと思っているのかしら?」
セリア様、怨霊出てます。猛ダッシュで逃げてます。
血のついた斧片手にその言葉は、脅し以外の何でもないです。あと、私の聞いた話では、王太子様やヴィオラ様と同じクラスの貴族の方々の数名が不敬を訴えていて、シュペルマン伯爵の庇護がなくなったから処刑されようとしていたので、別に不当なわけではありません。庶民を『話しかけたから』と処刑するのは、悲しいですがありふれた事例ですから、問題はありません。セリア様が看過していた件も、それこそ貴族時代の話ですから、『父親と仲が良いから見逃していた』ってことで処理されています。大義は処刑人さんにあります。でもセリア様が勝つ未来しか見えません。不思議ですね…。
「ヴィオラ・シュペルマンは平民に落とされたことで必要以上に罰を受けています。これ以上の処罰は納得できません。それでも責任言及がしないならば父親のコラソン・シュペルマン伯に言いなさい。私が納得しない限り、忠臣として、陛下の暴走を看過することは出来ません」
それでも文句があるなら、とセリア様が斧を構えます。
「文句があるなら力づくでねじ伏せてあげるから、かかってきなさい。ただし、命の保証はしないわよ」
先ほど斬った男性の血が、斧を伝い、ぽたりと地面に落ちました。
「…お兄様、セリア様って以前からお強かったでしょうか」
「お前の前では猫をかぶっていたのか?初対面のときに侮辱されたからと決闘を申し込んでくるぐらいには単純思考で争い大好きなやつだぞ」
ぼそりと聞けばそう答えてくださいました。ただ、「まあ、あれよりさらに血の気が多くなるとは思っていなかった」と付け加えたので、やっぱりお兄様もセリア様が好戦的になったと思っているようです。留学先で何があったのでしょうか。お兄様という宿敵がいる今まで以上に悪化することはないと思っていたかったのですが、無理みたいです。
あと、平民に落とされたから断罪されたのであって、断罪の咎を勘当で償ったわけではありません。でもセリア様の手にかかれば、『何の理由もなく勘当したのが間違い』とか『貴族の時は看過できて、平民相手なら出来ないの?まさかそんな相手を選ぶ安い自尊心じゃないわよね?』とか適当に屁理屈で言いくるめて来そうですけど。
結果として、当然誰も何も言えず、お兄様も「あの馬鹿に関わりたくない」と傍観していたので、そのままセリア様はヴィオラ様とどこかに行かれました。後日、エリオン殿下から『今では家名なしのヴィオラは、ねーちゃんが仕事だけ手配してやって、市井でたくましく生きてるらしいよ。リリー・チャップルが抜けた分として、孤児院で働いてるとか言ってたなー』と教えていただきました。『あの馬鹿』と呼ばれ続けていてアレなところもありますが、それでも初等部からゴートン学園に在籍していたぐらいですので、箔付けぐらいにはなるでしょう。現在までもセリア様との友情とも言えない交流は続いているそうです。
このお二人、ことヴィオラ様に関しては、
お兄様「関わったら馬鹿を見る」
エリオン殿下「傍観が一番楽しい」
スカイ姉様「よく知らないけど、よく知らないのが一番よ」
フランツ様「見てると楽しいよね。関わりたくはないけど」
後輩さん「天使ちゃん、汚れるからあの人には関わらないほうがいいよ。先輩もだけど、あの馬鹿さんもゲーム的に考えてフラグが…」
と言われました。そしてその後、
「セリアと一緒にいるときは絶対に近づかないこと」
との注意を受けました。
やはりお二人は、そういう方々らしいです。
処刑にかこつけてウェーバー兄弟の仲良しっぷりが書きたかったのにどうしてこうなった\(^o^)/
セリアはゲーム会社が格闘系(?)に転身したので、そっち系の武力特化になってます。今後も格闘ゲームの妙に強くて美人な女キャラみたいなキャラに進化します。
そしてここで初めて、プレシアがいわゆる『視える人』であることが発覚しました。これで終わりなのに。たぶん『もう一度、君に会いたい』の過去回想チックなアレはそのせいで見たってことで一つ。
長々とありがとうございました!