後日談~エリオン、プレシア~
本日何度目かです。
つっっかれた。
マジ疲れた。
高等部上がったけど、ねーちゃんもそろそろ戻ってきてくれるって言ってるけど、マージで疲れた。
ウィルに言えば、「マジで?」と信じてもらえなかったが、声を大にして主張したかった。
あんな?
ねーちゃんが抜けた分、だっれが暗躍してると思ってんだっ!!
そりゃフランツとジオルクも使い物になっていいさ!結構話す仲だし、同族嫌悪はあるけどフランツは人望あるだけあるやつだし、ジオルクもねーちゃんが認めるだけのやつだし、二人が不満なわけじゃないさ!
でもな!
ねーちゃんほどのキャリアはぜってーねーんだよ!!
ねーちゃん自覚あるぅ!?あんた、失策続きで破綻寸前だった国政をたった一人で回復させたぐらいなんだけどぉ!?そんな屋台骨が抜けるのに移行期間が一年未満ってどーゆーこと!?無茶ぶりにもほどがあるんですけども!?
敏腕宰相とねーちゃんが無意識のうちに影響与えて(主に精神面を)鍛えてた人材と、ひよっこだけど優秀な二人がいるからなんとかなってるけど、実際自転車操業ですから!マジでねーちゃんの穴痛いわー!致命傷の一歩手前だわー!ねーちゃん逃すなって目ぇ光らせてた親父様とお袋様、マジ偉大!てゆーか早くジオルクでもフランツでもいいからあいつ連れ戻せ!フランツはよあいつ従えろ!お前が『やっぱりセリアがいないと静かで、ちょっと物足りないね』とでも言えば瞬速で戻って来るだろあのブラコン!あるいはジオルクさっさと落とせ結婚しろ!ねばってねばってねばり勝ちで婚約にまで持っていったことは評価してやるから、評価してやってるからさっさと孕ませるなりなんなりして家に縛り付けろ!
もぉおおおお!ねーちゃんが国外にいるってだけで怖い!監視下にいないだけでストレス!国外はさすがに手薄だよぉおお!フリーの間にねーちゃんがどんなことやらかしてんのかちょーこえーよぉおおお!監視下の間でも余裕で想像の斜め上に天元突破したことやらかしてたのにぃいいい!
あと、腹黒トークの相手がいない!ストレス発散相手求ム!
ねーちゃんなんだかんだで器でかいし、美味しいものくれるし、大抵なんでも『はいはい、それは大変だったわね』って聞いて労ってくれるし、後で『あなたがこの前喚いてたあれ、処理しといたから』とかさらっと助けてくれるし、俺以上に暗躍して嫌われて大変だから俺の苦労もよくわかってくれるし、雑談も水面下のにらみ合いも楽しいし、とにかく俺の癒やしだったのに!ねーちゃんの菓子が恋しいよぉおおお!
フランツは同じ腹黒のくせに聖人属性の腹黒とかいう博愛野郎だし、ジオルクはサディストでフランツ信奉してるからいまいち信用できないし妙なとこ素直で調子狂うし、ウィルとか友達を陰謀に巻き込めないし、黒幕って孤独すぎやしませんか!?さぁああみしぃいいい!!ねーーーちゃーーん!
王族なのにほいほい国外にも出るとかできないから、たまにこっちに帰省したときに会おうと思えばジオルクのストーカー野郎がねーちゃんにべったりで、もうホントいい加減にして?
ああもう、可哀想だと思いません?これでぴっちぴちの高等部生なんですヨ?将来ハゲたらお前ら全員呪ってやる。
ああ、思い出される幼き日々。走馬灯が見えるって、そうとうキてますねこれは…。
物心がついたのは、三歳のときだった。
ある時、それまで漠然と眺めていた景色の意味を天啓のように悟り、周りが全部一変した。
自分は王族で、第二王子で、継承権第二位で、兄がいて、色々なことを理解した。
そうして新しく見えた世界は、あまりに大きくて、あまりに非情だった。
友達一人安々と作れない、高度に政治的判断が要求される現状。爪を隠すことを知らなかった無邪気さは一瞬で弾劾され、王太子の兄を食いかねない智さがあるということで人生の難易度は跳ね上がった。
必死に自分を守らなければ、きっと理由を付けて殺されてしまう。
本気でそう思うほど、過酷な世界だった。
幸い兄にはネーヴィア家のお嬢さんという婚約者ができていたから、その分兄の評価が上がり、俺は『そのぐらいなら放置していても国家を揺らがさない』と首の皮一枚繋がった。
しかし、当時から現在のような考え方が出来たせいで、気味悪がられたのは変わりなかった。
兄は自分より賢い弟を遠ざけ、実の親も国家のために排除することも考えるほど危険視し、自分の味方であるはずの第二王子派や乳母も関わりを持ちたがらなかった。
色々考えて平民の友達を作ったのも、きっと情報収集とかが目的じゃなくて、ただ寂しかったからだ。
一人で立つには、まだ幼すぎた。
友達も一歩引いているところがあったが、それでも友達といえるぐらいには仲良く、楽しく過ごしていた。
兄は、完璧なわけでもないが優秀ではあるという、扱いづらい人間だった。せめて完璧なら、せめて駄目なら、そう思うぐらい微妙なところだった。
もし、兄だけだったら、本当に俺は突き進んでいただろう。兄がヘマをしたら見切りを付けて王座を奪おうと、虎視眈々と力を蓄え、余裕のない、身を削るような生き方を自分に強いていただろう。
でも、兄の隣には、彼女が、婚約者がいた。
家は貴族最大勢力の公爵家で、祖父が宰相で、兄は人望があり、自身も淑女の中の淑女と言われるほどの、婚約者。
さらに友人に、その兄と、誰から見ても厄介極まりないウェーバー家の嫡子がいた。
婚約者が厳しく躾け、ウェーバー嫡子が庇い、婚約者の兄が優しく導く。
これなら任せても良い、と思えた。
兄は大丈夫だ、と気を抜くことが出来た。
国政も、件の婚約者が口出しをして立て直していた。
父母もその婚約者に絆され、彼女に便宜を図っていた。
これなら大丈夫だ。兄を放置していても、問題はない。
肩の荷が降りて、俺も友人と遊んで、それなりに楽しい生活を送れた。
ゴートン学園に行ったのは、だから、本当に気の迷いだった。
理解者が欲しいわけではない。友達ならいる。
王座を狙っているわけではない。兄とその周りの助けがあれば国家は大丈夫だ。
婚約者が欲しいわけでもなかった。第一子でもないんだから、そんなに駆け足で決めなくても良い。
じゃあ、なんでギリギリで予定を変更して兄のいるゴートン学園に入学したのか。
第二王子としては完全に逸脱行為で、野心があると取られても仕方のない行動だ。
でも、あの時は何故かそうしていて。
あとで思い返すと、…兄の婚約者が気になっていたからだろうと思う。
兄に『兄さんの婚約者が気になって』と言ったのは、その場しのぎの嘘ではなく、案外的を射た言葉だったのだ。
弱冠三歳で国政を回復させた彼女。
兄を躾け、父母に目をかけられている未来の義姉。
自分のするはずだった苦労の大半以上を消し去ってくれた、救世主。
もしも彼女がいなければ、どうなっていたのだろう。
国政は目茶苦茶で、自分は首を斬られていた可能性が高く、よしんば生き延びられていてももっと窮屈で、平民でも友達なんて作れなくて、周りから潰されるだけだっただろう。
自分も国も救ってくれた、命の恩人。
会ってみたい、と思ってしまった。
会って、話がしたい。自分の先達の彼女は、自分と同じように幼少期から才覚を発揮している彼女は、一体どんな人間なんだろうか。同じ苦労をしてきたのか。どうやって生き延びてきたのか。―――仲間に、なってくれるだろうか。
きっと自分は、どうしようもなく寂しかった。誰もが忌避し、潰そうとする世界で、仲間を欲していた。友に癒やされても、立場はまるで違うし、自分も頼ることは出来ても甘えることは出来なかった。
誰かとわかりあいたくて。
理解も優しさもいらないから、同じ境遇の同志に会いたくて。
一緒に国家安寧のために動いてくれたら、なんて期待した。
そうして会った彼女は、ぶっ飛んでいた。
重度のブラコンで、とにかく信用する気がなくて、兄さんを支持すると言うだけで俺に興味は示さず、素を見せることで動揺を誘っても介さず、全然妥協する気がないゴーイングマイウェイ野郎だった。
周りのやつらと同じように潰そうとしてきたし、欠片も優しくなかったし、理解を示す気すらなくて、…でもきちんと兄のことを考えていて、信用に足る人物で、意外に寛大で冗談通じて、なんとなく、同類のような気がした。
それから、どんどん餌付けされて、飼いならされて、惹かれた。
そのプライドが高すぎるところも、己を決して曲げない姿勢も、かと思えば意外に寛大で結構なんでも受け入れてくれるところも、馴れ合わず冷静なところも、線引さえ間違えなければ甘やかしてくれるところも、好きになった。
似たような立場なのに俺とはまるで違って、でも彼女はどう見ても『大人』で、頼りになって、あたたかくて、…本当の家族にならないかな、と期待した。
兄と結婚すれば、義姉となって姉になる。楽しい楽しい化かし合いも、疲れた時の甘やかしも、美味しいお菓子も、全部手に入る。
でも、兄と彼女は婚約解消した。
思い描いていた未来は、霧散した。
「ねえ、あんたさあ」
「なあに?」
それから、まあ色々あった。国落とししたり、兄嵌めたり、ねーちゃんが壊れたり、色々あった。
その留学の前日、俺は数日前から知っていたけど前日に、餞別にと何故か俺のほうがお菓子を貰ったときに、誘いをかけた。
「結婚してくんね?」
こいつにはストーカー並みに好いてきている男がいて、こいつもどこから見ても満更でもない反応を返していて、そもそも俺はこいつのことをそういう風に見ていないが、一応誘いをかけた。
あいつは、くすりと笑って、
「大丈夫よ、そうね、あなたが高等部にあがった後ぐらいには帰って来るから。見捨てたりしないし、あなたがいるのに宣戦布告なんてしないわよ。私、これでもあなたのこと、結構好きなのよ?」
ぽんぽんと肩を叩いてくれた。
「………」
寂しい。行かないで。大好き。置いて行かないで。捨てないで。おかあさん。おとうさん。おねえちゃん。おねえちゃん。これでお別れじゃないよね?いなくなっちゃやだよ。もっと甘やかして。おねえちゃん。他人なんていやだ。ちゃんとした関係性が欲しい。おねえちゃん。本当のおねえちゃんになって。優しくなくても性格悪くてぶっ飛んでても期待はずれでも仲間になってくれなくても危険視して忌避してきても、おねえちゃんが良い。いかないで。またひとりなのはいやだよ。おねえちゃん。おねえちゃん。おねえちゃん。
「こっちに帰るときは美味しいお土産持って帰ってあげるから、期待して待ってなさい。わかった?シスコンの弟くん?」
からかうように笑われた。
ぱんちしたら、普通に受け止められた。そういやこいつ、戦闘力無駄に高かった。
「ねーちゃん」
「なあに?」
「…美味しいのじゃねーと、嫌だから」
「わかってるわよ」
「ねーちゃん…」
「はいはい、何かしら?」
「…なんでもない」
関係性がなくても、同類で、姉弟で。
姉と呼んだら、甘えたら、受け入れてくれて。
姉がいなくても三年ぐらい持たせてやろうと思った。
思ったけどさーー!思ったんだけどさーー!
遠方からでも普通に引っ掻き回してくるし、マジでねーちゃんマジねーちゃん。もう勘弁してください。最近ますます物理特化してるとか聞くし、もう姉が怖い。人類やめたの?ねえ、いつやめたの?
でもそんなねーちゃんでもストレス発散になっててさーーー!
限界でーーーーっす!壊れたらねーちゃん帰ってくるカナー?とかマジで考えてます末期でぇええす☆今度ねーちゃん組み入れて俺が雲隠れして、今までの俺の苦労思い知らせてやろっカナ?でもねーちゃんが全部ポイ捨てする未来しか見えないから国のためにやめとくヨ!だってねーちゃんマジで後始末しねーもん。誇張でもなんでもなくマジでやんねーもん。逆に格好良いほど後片付けしねーもん。ホントやめて?
癒やしを求めてさまよっていると、ふと前の女子が落し物をしたのが見えた。
あー、あの特徴的すぎる髪は、ウェーバーの妹でねーちゃんの遊び道具のプレシア・ウェーバーじゃん。目立つわー。わっかりやすいわー。
でも、その目立つパンク精神満載の白髪でモデルとかやってるくせに、不憫で苦労人で可哀想なやつらしい。そういえばずっと同じクラスだけど、挨拶ぐらいしかしたことなかったなあ。そんなに没個性的だったっけ?
プレシア・ウェーバーが落としたハンカチを拾い、声をかける。
「すみません、落としましたよ」
「え…?」
振り返るプレシア・ウェーバー。
なんだ、可愛い顔してんじゃん。
それから少しは話すようになり、年長組の愚痴を話したり日々のストレスを語り合ったりするようになった。
ねーちゃんが『後輩』って呼ぶ高等部三年の男が『天使ちゃんは渡さないんだからぁああ!!』とか血涙流して叫んできたけど、何なのあれ?真面目にキモいんだけど。
***
リリーさんが王族だと発覚して、セリア様が留学に行ってから、色々なことがありました。
スカイ姉様は相変わらず良くしてくださいましたし、ネーヴィアの皆様も、本当の家族のように、変わらず接してくださいました。本当の家族よりも、ネーヴィアの皆様のほうが好きです。
セリア様のお父様、旦那様は大らかで面白くて、よくお菓子などを買ってくださいます。自分は父や子供たちと違って無能だから、と自虐なさいますが、私は旦那様のことが大好きですし、皆様も旦那様のことが大好きみたいです。
奥様は明るくていつまでも若々しくてお茶目で、可愛いお洋服などをくださいます。『やっぱりプレシアに似合うと思ったのよ!』と嬉々として振り回してきて、ちょっとスカイ姉様に似ています。でも、私は臆病で中々勇気が出ないので、そんなお二人が羨ましいですし、振り回されるのも楽しいです。
フランツ様は、とにかくお優しくて、素晴らしい方です。お兄様やセリア様たちが慕われるのも納得のお方です。私も大好きです。苦労をわかってくださって、振り回されすぎて目が回っている時には、『セリアと母さんとスカイにはよく言っておくから』とこっそり助けてくださいます。フランツ様にかかれば何でも魔法のように解決してしまうので、本当は魔法使いなのかと思います。妹のセリア様は魔女みたいで格好いいですし。
私からみて、フランツ様は人に好かれるところなどが旦那様に似ていて、セリア様は明るくて行動的なところが奥様に似ています。なんだからとっても『家族』って感じで、すごく…いいなあって思います。
私の家は、父母が政略結婚のため、愛情などない家庭でした。
私は病弱で白髪だったため何の期待もされず、田舎でのんびりさせてもらいましたが、その分全ての期待を背負ったお兄様は大変だっただろうと思います。父母と、数多の『親戚』中の期待を一身に背負われたのですから。
でもお兄様はそれに屈することなく期待に応え続け、髪を隠していたとはいえ、病弱でお荷物な妹にもそれなりに優しく接してくださいました。
父母と違い、ちゃんと『兄』として、私を気にかけてくださいました。
完璧で、隙がなくて、天才児とまで謳われたお兄様が、幼い頃の私ににはヒーローのように映りました。私なんて眼中になくて、それでも『妹だから』と会いに来てくださるのが、とても嬉しかったです。
初等学校は、だからお兄様と同じ学校に決めました。休みがちになったり、奇異の目で見られるかもしれませんが、お兄様と同じところに行きたくて、我儘を言ってしまいました。
父母は勿論反対して来ました。私のような白髪の娘は恥でしかないからでしょう。
やっぱり駄目か、と諦めかけた時に、
「いいんじゃないでしょうか。プレシアにもゴートンで学ぶだけの学力はありますし、病弱で結婚が望めないのなら、なおさら学でも付けないと何にもなれませんよ」
たまたま話を聞いていたお兄様が加勢してくださいました。
嬉しくて、嬉しくて、嬉しかったです。
お願いと父母にそれまで以上に頼み込んで、もう一生ここまで頼むことはないだろうというほど頼んで、なんとか許してもらいました。父母はお兄様が示唆した『結婚も出来ないし学もない石女』という未来を払うためだったでしょうけど、目的が叶い、私は有頂天でした。
白髪という奇矯な外見も忘れて。
入学して、人々の目に晒されて。
消えてしまいたいところに、お兄様とご友人が来ました。私が入学出来るように後押ししてくださったから、その責任で面倒を見るように言われたからだと思います。
お兄様を見て、ほっとして。
お兄様のご友人のお一人に、叩き潰されました。
…そこから先は、思い出したくないです。怒涛の展開と、頭上を飛び交う大金と、もう何も見なかったフリです。お陰でネーヴィアの皆様と親しくなれたり、スカイ姉様と出会えたりしましたが、正直最初の頃のアレはトラウマになるレベルでした。絶対に思い出したくないです忘れたいです。
とにかく、その時のお兄様のご友人、セリア様に無理やり引きずり出されて、楽しい毎日を過ごしていました。
お兄様は嗜虐趣味をお持ちですが、妹の私を気にかけてくださってますし、セリア様はずばずば物をおっしゃるから駄目なところは直すことができましたし、ネーヴィアの方々はお優しく、後に知り合うスカイ姉様は可愛い、好きだ、と溺愛してくださいました。スカイ姉様のあれは確実に溺愛です。はい。
セリア様の後輩さん、私の先輩の方が『天使たんマジ天使ぃいいい!!』と奇声を発してらっしゃることもありましたが、スカイ姉様やセリア様やお兄様が遠ざけてくださいましたし、奇声を発していないときは普通に面白い方でした。気さくでちょっと変わっていて、良い方だと思います。スカイ姉様たちにそう言ったら、『あの変態糞虫、プレシアの前では猫被ってやがるのね…駆逐しなきゃ…』とか、『あなたを前にして鼻息荒くしてる後輩が目に浮かぶようだわ。釘刺しとくから大丈夫よ』とか言われました。本性はそういう方のようです。
さて、こうも私が回想ばかりしているのは、セリア様が『そろそろ帰ってくるわよ』と近々留学から帰ってくることを伝えてくださったからです。
セリア様がいなかった間、本当に色々なことがありました。思わず過去に逃げるほど、色々なことがありました。
深くは語りませんが、変化といえば王太子様が今や立派な王族であるリリー様と婚約され、お兄様が家督を奪い取り『親戚』も含めて従え、フランツ様も家督を継がれたことでしょうか。
お兄様は、仕方のないことですが、一時期私に気をつけるようにおっしゃり、身辺の護衛を強化なさったように、誰からも祝福されてというわけではありませんでした。親と親戚があれなので、本当に仕方のないことだと思います。
逆にフランツ様は、ほとんどの方から祝福されていたと思います。それまでの家長の旦那様も喜ばれていましたし、フランツ様の人徳もあるでしょう。そのときばかりはセリア様も一時帰国され、フランツ様をお祝いしていました。
また、お兄様とセリア様の関係ですが、お兄様が事あるごとに訪ねて行ってますし、セリア様も帰国された時にはお兄様と会っているようです。お兄様にセリア様はお元気かと訊いたら『元気すぎるほど元気で通常運転だ。人をからかって楽しそうにしてるぞ』と、セリア様に慣れない土地で大丈夫か訊いたら『ストレス発散にあなたのお兄さんを使ってるから大丈夫よ』と言われました。
なんだかんだで二人は第三学年になったばかりの頃に婚約しましたし、楽しく付き合っているようです。
スカイ姉様は高等学校を卒業された後、そのまま被服について学ぶために工房に出入りしているそうです。家を継ぐための勉強もきちんとなさってますし、スカイ姉様は努力屋で本当に格好いいと思います。
だからか、ある豪商の娘さんがスカイ姉様に惚れて猛アタックしていました。スカイ姉様は素をカミングアウトしたりもしたそうですが、娘さんはそれでも好きだと迫り、結局姉様が根負けしてお二人は婚約しました。私のことも妹のように可愛がってくださいますし、活発で可愛らしい方なので、私は応援しています。セリア様に探りを入れて貰ったら、『そろそろ逆タマに乗るわよ。スカイのあれは戸惑ってるだけだから』と言われました。結婚式が楽しみです。
フランツ様は大学に行きながら宰相補佐やネーヴィア当主としてのお仕事をなさって、毎日大変そうです。でも、婚約者さんもいますし、支える方もたくさんいるでしょうし、…何よりセリア様がいませんし、大丈夫だと思います。
そんなセリア様事情に関しては、最近になってよく話すようになったエリオン殿下曰く、『例えばさ、コストが百かかるけど利益を千出す商売があったとするじゃん。それって割りの良い商売だよな。差し引き九百儲かるんだから。でも、友達十人なくすかわりに新しく百人できるってのは、得とは思えないよな。もっと言えば片目失う代わりに他スペック全部強化されても、片目が潰されるのはどう考えたってリスキーすぎるじゃん。そゆこと』とのこと。莫大なリターンがあるからといってリスクを打ち消したり交換は出来ない、ということらしいです。いたら文句なしに役立つし多少行動がアレでも目を瞑るぐらい有能だけど、いないといないでアレな行動に振り回さなくて助かる、ということです。エリオン殿下にそこまで言わしめるセリア様は、本当にセリア様だと思います。
エリオン殿下といえば、初等部からクラスも一緒で、セリア様という共通の知人、あるいは『兄の友達の兄弟』という繋がりがありましたが、今まで挨拶など以外で話したことはありませんでした。しかし、先日落とし物を拾っていただいたことで話すようになりました。
最初は猫を被ってらっしゃいましたが、セリア様経由、あるいは兄経由でお互いの性格も知っていましたし、次第に打ち解けて…いえ、結構初期から『猫被るのだりーからやめていい?』と気軽になさってました。王家の方にそう言われた私の返答は『Yes』以外ありえません。
そう一歩引いているからか、気さくなエリオン殿下は楽にしていい、とおっしゃってくださっていますが、臆病の私には無理です。評価していただいていますが、どれも私一人の力で成せたものなどではありませんし、周りの保護者の皆様に支えて頂いてやっと立っていられるぐらいです。エリオン殿下ほどの方と気楽に話せるほどの人間ではありません。本当に、セリア様やスカイ姉様を始めとした皆様には足を向けて眠れません。
元々敬語も癖みたいなもので無理をしているわけではなく、むしろ敬語を使うなという方が疲れるので、それで許していただいてます。といっても、私も打ち解けてきて、話す内容は大胆になっています。エリオン殿下に言わせれば『良い子すぎ』というぐらいの大胆さですが。
「マジで、もうマジで、死ぬ。そもそもあれなんだよ、ねーちゃんとか俺とか、年端も行かない子供が中枢になってる時点であれなんだよ。てゆーか、初等部のころの俺もねーちゃんも国外に行く案、可決されてたらこの国どーなってたんだろ?ねーちゃん一人いないだけでコレだよ。でもねーちゃんが帰ってきてもアレだよ。ジオルクもなんだかんだでねーちゃんと似たもの同士だし、フランツは腹が黒い善人だし、どいつもこいつも一筋縄じゃいかないし、もーーやだーーー」
「確かに振り回されることは嫌いではないんですけど、支えてくださってることには感謝してるんですけど、…どうしてああもアクセル全開なんでしょうか。個性的すぎますし、間に入ってくださってるフランツ様ですらただの善人で終わらないって、仲介役じゃなくてしっかり話に噛んでて裏もかいてるって、どういうことなんですか…。胃痛がします…」
それでも付き合いが途絶えないのは、こうして愚痴を言い合う仲間だからでしょう。
エリオン殿下と私の立場など天と地ほど違いますし、苦労を理解できるなどと驕る気は全くありませんが、周りの皆様に振り回されている、という点ではわかりあえています。学年もクラスも同じでよく顔を合わせることも、この関係が続いている一因を担っているでしょう。エリオン殿下はセリア様が留学に行かれて、私はスカイ姉様たちがお忙しくなって、話し相手を欲しているところでしたから。
「馬力の違いはあれど、皆さんアクセル全開で突き進んでいて、しかもお一人お一人で方向が全然違う、という感じです。お陰で四方八方に引っ張られて引きちぎられそうです…」
「まさにそれ!ちょっと待て一旦止まれって叫びたい!でも全員聞いてくれない!せめて方向揃えようと思ったら轢き殺されそうになる!」
「私のほうは、皆さんそれなりに面識もあって、それはせめての救いだと思ってますが、殿下は…」
「…味方同士で殴りあいとかしてるから、本気で止めて欲しい…。や、ねーちゃんとジオルクみたいな、ちゃんと間合いがわかってやってるのならいいんだよ。ただ『気に食わないから』ってだけで、落とし所も情勢も度外視して感情のまま殴り合われるのが困る。どっちも潰れたら困んのに、本気でやめて。プライベートで仲が悪いかったり喧嘩したりするのはいいけど、仕事に支障を出さないで」
「…いつもありがとうございます。あの、本当に微力ですけど、私に出来ることがあれば言いつけてくださいね。誰かに利用されて言われるままに動くことは得意なんです。守ってくださる皆様のお陰で、それが許される状況にありますから」
お兄様やネーヴィアの皆様やスカイ様、後輩さんたちなど、色々な方々に守られています。自分の身は自分で守るしかないエリオン殿下やセリア様から見れば、大層甘やかされている小娘にしか見えないでしょう。女はそうして甘やかされたまま結婚して夫に仕えるものではありますが、親でもないのに守ってくださる皆様には感謝しかありません。
エリオン殿下も、国家安寧のために尽力なさっているということは、回り回って私もその恩恵を受けていることになります。エリオン殿下は情に厚い、というか身内にはとことんお優しい方なので、私の知らないところで守ってくださっているかもしれません。お兄様に『あいつにしては珍しい貴族の友人だな。気に入られたのか?』と言われたので、一応身内ではあると思いますから。
「あー、それは俺も含めて、利用するついでに保護して、そのまま情が移っただけだと思うけどさー、でもありがとー。こうやって愚痴吐き出させてくれるだけでありがたいですからホントー」
「私も色々話を聞いていただいてますから…。殿下なら、事情を知らないお友達さんを巻き込むことはしなくても、事情を知ってるお友達さんに愚痴を言うことは出来るでしょうし…」
「あれ?その『事情を知ってる友達』について、俺言ってたっけ?」
「セリア様とお兄様から聞きました。『雇い主に背反して友達についてるスパイ野郎』と『有能だが単純思考の甘党』、と」
「悪意満載の紹介だね!でも、だからってわけじゃないけどあいつには無理。あくまであいつはねーちゃんに雇われてる、ねーちゃんの部下だから。友情にかけて黙っててくれると思うしねーちゃんも聞かないと思うけど、けじめはけじめだからさ」
「…第三勢力は大変ですね」
「だからお前は貴重なわけ。いろんな支援者がいるし、ねーちゃんサイドではあるけど陣営に入ってるわけじゃないし、あくまで庇護されてるだけだから全部プライベートで報告の義務がない。一人に支えられてるわけじゃないから嫌なことは拒否出来て、言えって命令される筋合いもない。真面目で弁えてるから口も固いし、馬鹿じゃないから一々言い含めなくてもわかってる。マジで吐き出し場にぴったり」
「……ありがとうございます」
ちょっとくすぐったかったですが、こういうときはお礼を言っておきなさい、というスカイ姉様の教えでお礼を言っておきました。どうであれ、エリオン殿下ほどの方に評価されるというのは、…ちょっと誇らしいです。
「あとは、ただ聞き流すだけのスタンツとか、なんとなく察するところとか、控えめなところとかも気に入ってるけど、やっぱりお菓子くれること!」
お茶をするときは私が茶菓子を持参する場合が多いです。セリア様やスカイ姉様がお菓子を下さったり、お兄様が貰ったお菓子を私にまわしてくれるからです。お兄様は甘いのが駄目な方ですが、私も言うほど得意というわけではありません。嫌いではありませんし美味しいと思いますが、たくさん食べたいとは思いません。
だから余った甘いものを持って行くと、エリオン殿下がそれは大喜びで消化してくださいます。そのことをお兄様に言うと、『それがあいつに最も有効な、餌付けという懐柔方法だ。覚えておいて損はないぞ』と真顔で助言されました。といってもそれだけで決めることはさすがにないので、ある程度認められていないと効果はないそうです。
「私も、殿下は…私のことを路傍の石のように扱ってくださるのが、楽でいいです」
私は、自惚れかもしれませんが、周りの方々に好かれていると思っています。利用のためでも、ポイ捨てせず守ってくださってますし、スカイ姉様とか後輩さんとかには間違いなく好かれていると思います。
そのご好意は嬉しいのですが、それに値する人間とはどうしても思えず、たまに心苦しくなってしまう時があります。以前スカイ姉様に『意外にお兄さんと仲が良いのね。あのサド野郎にいじめられてない?』と言われたこともありますが、お兄様は良くも悪くも私に期待してらっしゃらないので、その分楽でついつい甘えてしまっていました。大事を起こさなければ何をしてても良いが、何かしたいなら兄として支援はしてやるし、保護者として身を守る術は教える、という愛情はある放任主義なので、距離感が丁度良いのです。後輩さんは『あー、兄妹って感じだね』とおっしゃってくださいました。兄と私があまりに違うからかそう言われたことはなかったので、ちょっと嬉しかったです。
また、セリア様もそばに居て楽な方でした。自分の商売のためだ、と常々おっしゃってらして、何をするにもご自分のためだったからです。私を着飾らせるのも、守ってくださるのもご自分のため。似合う、と言うのも褒めてくださっているのではなく単に客観的事実を言ったのみで、可愛がっていただいてはいますが販売元と商品の関係は決して崩さず、そういう一歩引いたところから認めてくださるので、お世辞じゃなくて本音なんだと思えて嬉しかったですし楽でした。
勿論皆さんにご好意をいただくのが嫌なわけではありませんが、分不相応ではないかと思う時に、そんなのどうでもいい、と言ってくださるお兄様やセリア様は貴重な存在でした。
本当に、必要な息抜きで、甘いものは言うほど得意ではないとはいえたまには食べたくなるようなもので、毎日はいらないけど必要なもので、ないと…困るどころじゃありません。
セリア様が留学に行かれているのも、お兄様が暇さえあればそちらに遊びに行かれているのも、もう三年になります。セリア様にはお手紙も書きますし、お兄様も同じ家に住んでいるわけですからお話も聞いていただけます。
でも、少し前、三年の終わり頃にお二人共お忙しくなり、中々構っていただけなくなりました。セリア様は今年には帰国する予定だったからと最後に大遊びなさっているからだそうで、お兄様は成人したために色々やることが出てきており、またセリア様の帰国の件があるのでその余波を直に食らっているからだそうです。もう私、これを『セリア様現象』と名付けようかと思うぐらいやさぐれてました。『セリア様効果』とか『セリア様ルール』とか『セリア様空間』とか、ご本人に見つかれば『……プレシア、何やってるの?』と本気で理解に苦しまれたりされそうなぐらいでした。実際愚痴ついでに話したエリオン殿下には『…えっと、うん、大変だよね?』と微妙な気を使わせてしまいました。お兄様ver.は作らないほうが良さそうです。
話がだいぶ逸れてしまいましたが、セリア様が帰国する件でもセリア様が大遊びしている件でも走り回り、忙しさがカンストしてしまったエリオン殿下と、息抜きする相手がいなくなってしまった私とで、丁度良くお互い愚痴を吐いてストレスを緩和させている状態です。私はセリア様やその周りの方々ほど個性的ではありませんし、エリオン殿下もなんだかんだ後始末が回ってくる苦労人ですので、愚痴を吐く相手としては都合が良いようでした。
ですから、エリオン殿下が私と話すのは『都合が良い』からであり、あるいは『都合が悪いところがない』からであるので、私自身のパーソナリティはあまり必要でもないのです。
白髪とか、ウェーバー子女とか、ネーヴィア商会モデルとか、そんなのどうでもいいのです。ただ、派閥争いに関係なく、一般的な人格の持ち主であれば良く、さらによく顔を合わせたりお菓子を提供したりという利点が乗っかっているだけです。
お兄様と同じように私に期待なんてしてませんし、セリア様のように利害関係でしかありません。
だから、私にとっても居心地が良い場所であります。
勿論セリア様やエリオン殿下が私に好意的で、気にかけてくださっているのもわかってはいますが、根底に利害関係があり、それをトッピングしているだけなので、色々な感情にさらされてきた身としてはそのぐらいが良い休息になります。完全な利害関係というのは、怖くて逃げ出しちゃうと思いますし。
「うわーい、マジでお前自己評価ひくーい。兄貴はSだけどお前はMなの?そーゆーとこ、フランツに似てるよなー」
「…Mじゃないですし、フランツ様ほど極まってません。フランツ様は…さすがセリア様のお兄様だなあって思います」
フランツ様には、迂闊に甘えてはいけないと思います。甘えたらどこまでも甘やかしてくれて、身を削ってまで守って、諌めて、導いてくださるんでしょうが、それがありありと想像できるから、甘えてはいけないと思います。優しくて、暖かくて、居心地が良くて、ご自分のことを投げ出してまで誰かを守ってらっしゃるから。
自分のことを第一に考えて自由に遊びまくるセリア様と本当に対極で、誰も嫌わず誰からも好かれていらっしゃるのに、唯一フランツ様を嫌うのがそのご自身で、本当に自己嫌悪が極まりすぎてます。その凄まじさは、セリア様といい勝負だと思います。皆さんに好かれますし、黒幕気質のところがあるから目立ちませんが、思わず引くぐらいです。
現在も、セリア様やお兄様、それにエリオン殿下まで『関わらないほうがいい』と警告してきた王太子様とリリーさんを率先して庇い、守ってらっしゃいます。何が起こるのかはわかりませんが、…関わっただけで巻き添えを食らってしまうかもしれないぐらいのことを企んでいるんでしょう。スカイ姉様はまだわかってないようですが、セリア様の警告と自身の忙しさでそちらに構ってはいないようです。良かったです。もしスカイ姉様がリリーさんを救出に行くようなら、私が止めなければ、きっと他には誰も止めてくださらないでしょうから。また、私が止めないと、スカイ姉様も止まってくださらないでしょうから。
王太子様は『兄の友人』『セリア様の婚約者』ぐらいでしか知りませんでしたし、リリー様も、私自身は数回話したことがあり、スカイ姉様から話を聞いていた程度です。お二人共悪い方ではなく、むしろ良い方だと思うからフランツ様のお気持ちもわかりますが、臆病な私はセリア様とお兄様の警告のほうを重視してしまいます。セリア様は恩人で、ネーヴィア家は雇用主ですし、お兄様は保護者で扶養者です。仮にお二人やエリオン殿下が間違っているのだとしても、そちらと運命をともにするしか選択肢はありません。本当に危ない賭けなら私の身の安全や今後の身の振り方についても考えてくださるでしょうから、それがない現状は勝てる勝負なのだと思います。なおさら離反する理由はありません。一人では生きていけない私は、守ってくださる皆様に良いように利用して保護していただく他ありません。
ちなみに、セリア様の警告は『やっぱり貴族と王族は違うわよね。私、貴族は貴族らしくあるべきだと思うの』というもので、お兄様の警告は『王家で跡目争いでも起こったら気をつけたほうがいいぞ』というもの。エリオン殿下はそれを聞いて、『超英才教育施してんじゃねーか』と、その意味が正解であることを教えて下さいました。しばらくは王家関係に近づかないようにしようと思った次第です。最近の弱り目はリリーさんでしょうから、あの辺りがきな臭いということだと思うので、とにかく避けることにします。小動物は小動物なりに立ちまわって行かないと生きていけません。
「あー、ねーちゃんが帰ってくるのが楽しみやら怖いやら…」
「会えるのは嬉しいんですけど、それにくっついてくる二次災害が…」
しかし今はとにかく、目下のセリア様帰国が頭を悩まします。怖いです。
その日はエリオン殿下と頭を抱えて、『覚悟だけは決めておこう』とお互いを励まし合いました。予定より早く帰国したセリア様が、いつも通りいつも以上にセリア様で、エリオン殿下だけでなくお兄様やフランツ様や宰相様まで後始末に走ることになりましたが、それはまた別の話です。
地味に未解決だったエリオンとプレシアがゴートン学園に入学した理由でした。ついでに、エリオンもプレシアも、大概シスコン(セリアとエリオン)ブラコン(プレシアとジオルク)だよねって話。
ビジネスライクだけど情もあるし身内には微妙に甘いエリオンと、察しがよくて卑屈なほど自己評価が低い割に自分の利用価値もわかっているプレシアは、たぶんいい友達になる。