笑いは世界を救う
そうして適当に学校をこなしてるある日のこと。
前世の知識があり、色々口出ししていたから祖父からもしっかり色んなことを教わっていた私に、初等教育なんてほぼ不要。それは王太子のレイヴァンや、無駄に優秀なジオルクも同様だったようだ。あまりに暇なので三人で『食糧問題:米と馬鈴薯を受け入れさせるためにはどうすればよいのか~ところでスイートポテト食べたい~』とかを考えたり、図書室にある五年の教科書を先取りでやったり、手紙を回して放課後お兄様のところにいかに奇襲をかけるかを相談したり、ほとんど遊んでいた。
王太子と公爵の子供二人、しかも全員成績優秀者だ、教師も文句は言ってこなかった。精々兄が「ちゃんと受けるフリぐらいはしてあげなさい」と窘めてきたぐらいだ。徐々に腹黒の片鱗を覗かせるお兄様。でもそんなお兄様も素敵!
だから概ね問題にはなっていないのだが…、
「………友達が欲しい」
友達が出来なかったのも、仕方のないことだっただろう。
一緒に食事をしていたジオルクとレイヴァンは、別段返事を欲していたわけではなかったが、その呟きに答えてくれた。
「友達?…とりあえず、俺はレイヴァンとフランツがいるな」
「俺も、ジオルクとフランツだなあ」
「私にはいないのよ。お兄様はお兄様だし、レイヴァン様は婚約者だし。同性の、なんなら異性でもいいから友達が欲しいわ」
「お前のその性格じゃ無理だろう」
「なんですって?」
「………ジオルクとセリアで友達になればいいんじゃないのか?」
「「それは嫌です」」
声が揃ったことで不快になり、またジオルクと言い合う。
レイヴァンが「仲良いなあ…」と呆れて呟いたのは、見逃してあげた。
いずれにせよ、これじゃぼっちまっしぐらだ。
頑張って、なんとか友達を作らないと!
ここで前世の知識をまたもフル活用。
前世での簡単な友達の作り方。
共通の趣味の人は、共通の場所や共通の行動を取ることが多い。スポーツが好きなら体育館や運動場に行けば同じスポーツ好きに出会いやすいし、読書好きなら図書室などに行けば見つかる。いっそ部活などに入部してしまうのも一つの手だ。
というわけで、私の実益を兼ねた趣味である国政への口出しをするための場、お城の資料室に行った。
本当は祖父の執務室がいいんだけど、さすがにそこじゃ誰もいないだろうから、普通に人が来そうなそこにしてみた。
さあ、としばらく資料調べがてら待ってみたら、
「あ、セリア。今、軍備のほう見てる?違う?じゃあいいや」
「セリアか。いつもご苦労。母上から差し入れにお菓子でも持っていけと言われて来た」
「セリア、人が来ているぞ。なんでも『かいこ』という虫を持ってきたとか言っていたが…」
将来の訓練として祖父に出された宿題を解いている兄と、婚約者でお城に住んでいるレイヴァンと、宰相の祖父しか来なかった。
ここは駄目だ。
狙いがピンポイントすぎる。この場所は駄目だ。
レイヴァンに貰ったお菓子をきちんと持って、祖父に「蚕と桑を探してもらっていたんです。絹を作りたいので」と話しながら資料室を後にした。
次の作戦。
今度はちょっと、アレな知識だ。
『ぼっちなら、同じようにぼっちの人に声をかければいい。相手もぼっちで泣きそうになってるから、まず傷の舐め合いで友達になれる』
………前世で苦労したんだな、と思った。今世でも苦労してるし、もう筋金入りのぼっちなのか…。
いずれにせよ、これはこれで良い案だと思うので採用。私だって、今声をかけてくれる人がいたら大喜びする。即効で友達になる。
さて、と教室中を見渡す。
ぼっちは……いないね!
どうやら家柄で分けているみたいで、皆お貴族、皆仲良し、だった。金持ち喧嘩せずってことなのね。パーティとかでそれなりに親交もあるみたいだし、私みたいなぼっちがいなかった。
「………ねえ、レイヴァン様、お願いがあるの」
「ど、どうしたんだ?疲れてるのか?」
レイヴァンがやや慌てて気遣ってくれる。なんて優しい子に育ったんでしょう。お母さんの教育がよかったからかしら…。
「私、もうあなたしかいないと思うの。お願い、私を一人にしないで…」
「えっ…」
レイヴァンは驚く。
その手にそっと自分の手を重ねる。
「お願い…、もう、一人は嫌なの…」
上目遣いに、うるうるとレイヴァンを見つめる。
「おい」
すると、不機嫌そうなジオルクに睨まれた。レイヴァンに重ねていた手も、腕を掴まれ引き剥がされる。
「レイヴァンを誑かすな。娼婦のような女だな…」
嫌悪感たっぷりに蔑まれる目。
………久しぶりに、大噴火しちゃうかもっ。
「それは、どういう意味かしら、ジオルク・ウェーバー」
掴んでくる手を振り払い、姿勢を正して笑顔で睨みつける。
「そのままだが?友人の一人もいない寂しい女が、レイヴァンに擦り寄って誑かそうという魂胆なんだろう?浅ましい」
「浅ましい?」
ぼっちってところは痛かったが、勿論そんなのは見せず、睨みつける。
「浅ましいですって?婚約者に甘えることが、それほどいけないことなのかしら。不貞行為でも、まだ交際もしていない間柄じゃなく、親にも認められた婚約関係で、恋人同士の睦ましいやりとりが、浅ましい?それも高価な物をねだったのならともかく、新生活に慣れないからそばに居て欲しいという可愛いお願いが、浅ましいですって?」
「人目もわきまえず、媚を売って、恥ずかしくないのか。レイヴァンに悪影響だ。慎め」
「婚約者に甘えることが、媚?人目というけれど、公式な場でなく、私的な場でしょう。そこで仲を深めて何が悪いと言うのかしら。婚約者と不仲だ、と噂されるより、よほど良いと思うのだけれど?」
「レイヴァンは嫌がっていただろう。自分の都合ばかり押し付けて、我儘な女だな」
「あ、あの、俺は良いから…」
「「レイヴァン(様)は黙っててください」」
「………はい」
仲介しようとしてきたレイヴァンを黙らせ、再開する。
「大体お前はレイヴァンに何をさせようと考えているんだ。フランツも、お前がいつまでもおてんばで困る、と言っていたぞ」
「そうやって人の言葉を借りないと何も言えないの?私とレイヴァン様のことに口出ししないで頂戴。きちんと認められた、正式な婚約よ」
「ならそのようにレイヴァンを扱え。お前を見ていると、レイヴァンを駒扱いしているようにしか見えない」
「あらあら、政略結婚なんてそんなものでしょう。貴族なのに、恋愛結婚にでも憧れているの?お笑い草だわ」
「友の未来を案じはするだろう。この調子で利用されて、大丈夫なのか、と。ああ、友人のいないお前にはわからないかもしれないが」
「余計なお世話よ。それに、政略結婚のための婚約でも、こうして歩み寄ろうとしているんじゃないの。あなたが邪魔しなければね」
「あれが歩み寄ること、か?」
「ええそうよ。とにかく、レイヴァン様のことは私がやるわ。余計なお節介は止めてくださる?」
「お前がそうだからレイヴァンが…」
言い合っていたら、レイヴァンが「………ジオルク母さんとセリア父さん」とぼそりと呟いて、周りの数名吹き出した。ので、しっかりレイヴァンと吹き出した人たちを睨みつけておいた。なんでよりによって性別が逆なのよ!
ジオルクと睨みつけて黙らせて、さあと思ったら先にため息を吐かれた。
「あんな娼婦のような真似が、ネーヴィア家の淑女のやることか?お前の評判はどうなろうがどうでもいいが、その余波がレイヴァンやフランツに来るだろう。考えて行動しろ」
譲歩しているような、喧嘩の収束をしようとしているような言葉だが、これはれっきとした挑発だ。
「娼婦?今、私のことを娼婦のようだと、そう言ったのかしら?」
「ああ言ったとも。何度でも言ってやる、この娼婦が」
「………懲りてないようね」
手袋を外して、ジオルクに投げつけた。
「名誉を賭けて、あなたに決闘を申し込みます、ジオルク・ウェーバー。勝利の暁には私への謝罪と先ほどの暴言の撤回、そしてレイヴァン様と私の仲に二度と口出ししないことを要求します」
「ああ、受けよう。俺が勝利したときには、レイヴァンへの態度を改めるとともに婚約を破棄することを要求する」
「婚約の破棄は私の一存では決められませんが、……婚約解消出来ても出来なくても、二度とレイヴァン様と口を利かないわ。なんならあなたと口を利かないことも付け加えてもいいわ、ジオルク・ウェーバー」
「わかった。レイヴァン、立会人を」
「え、あ、え?」
戸惑うレイヴァンをおいて、ジオルクはサーベルを抜く。私もレイヴァンから借りようとして、
「―――はい、そこまで」
兄の声に、止められた。
「様子見に来てよかった。二人共、喧嘩は駄目だよ。レイヴァンも困ってるでしょ?」
「フランツ…」
ジオルクはややサーベルを下げるが、私はレイヴァンのサーベルを抜ききって、ジオルクに突きつけた。
「お兄様、私は決闘を申し込みました。いかにお兄様がお止めになるとはいえ、それを撤回は出来ませんし、する気もありません。あのような侮辱を捨て置けるほど、私は恥知らずではありません」
「うん、セリアはそういう子だよね。だから、決闘自体は止める気はないよ」
でも、とお兄様が私とジオルクのサーベルを取り上げる。
「剣での決闘は危ないから駄目。代わりに、…そろそろテストがあるでしょ?そのテストの点で勝負するっていうのはどうかな?」
一瞬考えるために口をつぐむ。その隙に、兄はレイヴァンに「どうですか?」と問いかける。立会人で、一番身分の高いレイヴァンの許可から求めていくところはさすがだ。
「も、勿論それで良い!フランツの提案通りに、決闘を行うことを承認する!」
「「………」」
レイヴァンがそう言うなら、私達も強くは言えない。兄がいるから猫を被りたい気持ちも、お互いにある。
「私も、それで構いませんわ。勉強でも、あなたに負ける気はしませんもの」
「同意見だな。きゃんきゃんと吠えるだけが特技の犬に、負けるわけがない」
「吠えて主人を守ることも出来ない野良が良く言うわ。ああ、あなたは『負け犬の遠吠え』なら得意だったかしら」
「来るべき主人のために、牙を錆びさせるわけには行かないからな。精々あぐらをかいて、鈍らせれば良い」
「その心配は結構よ。力の差も弁えず、縄張りに入ってくる馬鹿な野良を追い払うので忙しいもの。そろそろ、お灸をすえる時期だと思っていたのよね」
「慢心で逆に縄張りから追い出されないといいな」
「追い出される?ありえないわ」
ふん、と鼻で嘲笑う。
「私の場所は誰にも奪われないものよ。誰だって代わりになんかなれないもの。仮に追い出されてしまっても、絶対に、何をしてでも、取り戻すわ。何があっても、私は自分の場所を諦めない」
ジオルクはやや呑まれて、「威勢だけはいいな」と軽い言葉しか返せなかった。前哨戦では私の勝ちだろう。この調子で本番でも勝つ。
そして兄がジオルクとレイヴァンにサーベルを返して、私に手袋を渡してくれながら「そういえばなんで決闘なんてことになったの?」と聞いてきた。
だから何があったのかを三人で説明して、
「あっはははは!夫婦…!お父さんとお母さん…!」
お兄様が笑い袋と化してしまった。
「ちょっとお兄様!」
「だって…!性別逆…!政治利用するお父さんと子供の心情を考えるお母さん…!」
「それはジオルクが女々しいから……っぷ!」
つい、ジオルクが『あなた!子供の教育に悪いでしょう!』とかエプロン姿でぷりぷり怒っているところを想像して、吹き出してしまった。
一度笑うと、もう駄目だ。
「あははははっ!やだもう、そうとしか思えなくなってきたじゃない!」
「つ、つまり、これって夫婦喧嘩で…っぷー!」
「お腹痛い…!レイヴァンは、お父さんお母さん、喧嘩は止めてよって…っはははは!レイヴァンいい子!」
「じゃあ俺は実家の親…?もっ、笑いすぎて涙出る…!」
「ねえ、ジオルク、ちょっと言ってみてくれない…?『あなたはいつも、レイヴァンのことを考えないんですから!』って……っぷぷー!」
「ちょっ…!死ぬ!笑いすぎて死ぬー!」
「ふっきん…よじれる…!ははははっ!」
兄と笑い転げたら、レイヴァンも「やっぱりそう思うだろ!」と笑い出し、つられて周りの生徒たちも笑い出した。ジオルクは自分が妻なのは面白くないようだが、口を抑えて肩を震わせている。ツボにハマったらしい。
ひーひー言いながらお腹を抑えて、呼吸を整えて、なんとか笑いを抑える。
「おい、お前。女の分際で口出ししてくるな。レイヴァンの将来は、私が決める」
「やめてセリア…!笑い死ぬ…!」
きりっとして言ったら、兄を筆頭にまた笑いが起こった。
肩を震わせていたジオルクも顔を上げる。
「あなた、レイヴァンが嫌がってるじゃありませんか!子供に悪影響です!」
「ジオルク…!」
そしてノリノリで言った。私も堪え切れず、一緒に笑ってしまった。
「ええい、五月蠅い!お前など、離婚だ!実家に帰れ…!」
「ええ離婚です。レイヴァンを連れて出て行かせてもらいます…!」
声を震わせながら言って、また笑う。本当にもう、本当に腹筋痛い。
思う存分笑って、笑いを収めて、それでも顔は笑ったままでジオルクに向き合う。
「決闘の内容、変えてもいいかしら。私が勝ったら、私への謝罪と暴言の撤回、それとエプロン姿で『レイヴァンのお母さん』をやっってくれるかしら…」
「ああ。俺も変えさせてもらう。俺が勝ったらレイヴァンの教育方針を見なおして、家族会議を開こう」
「ふっ…!…わかったわ、愛しい妻の言うことだもの、レイヴァンの扱いも考えてみるわ…」
「そう、だな…っ。優しい良い夫で、俺は幸せ者だ…」
再度笑ってしまったのは、言うまでもないだろう。
数日後、それでも決闘は決闘なので真面目に勉強した結果、
「………」
「………」
「ええと、この場合はどうするべきなんだ…?」
二人とも満点で、同立一位だった。
とりあえずジオルクに謝罪してもらって、三人で家族会議を開いた。