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悪役令嬢だけれど何か文句ある?  作者: 一九三
やっとたどり着いた本編~高等部~
66/76

綺麗ごとや情だけでは世界は回らない

だから、両手は血に染めても心は気高く高潔にあろうとするのでしょう?


本日何度目かです。

 パーティを途中退場し、ウィルもジオルクも帰して方針決定し、すぐにエリオンのところに行った。

 もうすっかり慣れているから、足止めされることなくエリオンの自室まで行けた。癒着を疑われても面倒だから、実は今までエリオンの自室(レイヴァンの自室はある)を訪ねたことはなかったため、これが初めてだ。

 訪れるべきではないんだろうが、もう良い。

 エリオンも、私のそのあたりの事情は察しているからそれに対して言及してくることはなかった。

 いつも通り、軽くて、ただの生意気なガキのように振る舞った。


 「あれ、どしたの?今日、高等部はパーティやってるんじゃなかったっけ?」

 「エリオン、単刀直入に聞くから虚心で答えてね―――あなた、平民を王族に偽証するものがいたら、どうする?」


 しかし、そう訊いた途端、戸惑っていたエリオンの表情が冷えきり、空気がずんと重くなる。

 周りが許容できる『生意気なガキ』の皮を脱いで、―――気高い王族の本質をむき出しにする。

 ああ、やっぱり。


 「どうって―――潰すよ」


 一点の曇りもない、ただの勅命。


 これが、答えだ。

 答え合わせは出来ないが、見直しは出来る。

 解答はないが、それに近いものを作り上げることは出来る。


 ゲームでのエリオンは、まさしく黒幕だったのだろう。

 貴族らしからぬ、地位に見合わぬ言動を許さず、王家に背いたものを罰した。

 愛国心あふれる、自分の義務と債務をよく理解している、王族だった。


 「じゃ、私がそれをするって言ったら?」


 一歩でも間違えればアウトだ。

 相手は前世知識での補正なんかなしに、公式設定で本物の、天才だ。

 気を抜けば、やられる。


 「んー、あんたなら、事情聞くかな」


 いつものように、軽い口調で話す。

 しかし未だまとったままの重い空気が、隠す気もない見定める視線が、威圧感をひしひしと与えてくる。


 「あら、言い訳を聞いてくれるのね」

 「まーね。あんた、ていうかあんたら、俺以上に誇り高いところあるし。マジでプライドを命より上に置いてそうだし」

 「まだウィルは来てないのね。報告聞いた時のあなたの反応が楽しみだわ」

 「え?なんかあったの?」

 「そんなところ。詳しいところは後でウィルに聞きなさいな」


 面白そうなのでそうあしらった。後で聞いたところによると、ヴィルは内心ドン引きで、『あいつらマジでどうなってンだ。大事なやつのためでも、今まで一人だって殺したことねぇくせに、生き物殺すつもりで切ったの初めてなくせに、普通なら死んでンぞ』とエリオンに愚痴ったらしい。ついでに『それを平然と予想して受け入れてたお兄様も動じないレイヴァンもどうなっているんだ』『最近の若者怖い』とも言っていたそうだ。

 エリオンはそれを聞いて、『よっしゃ数時間前の俺ナイス決断!』とガッツポーズしたそうだ。状況把握が巧すぎる子だ。


 ともあれ、今はエリオンに『どうせ事情があるんだろ?話せ』と視線で促され、話を進めた。


 「実は、―――リリー・チャップルを、王族にしたいの。レイヴァンのはとこにしたいの」

 「………あー…」

 「もう根回しはあらかたできてるわ。その後、突き落とす準備も」

 「後は俺からOKがでれば計画始動ってとこか…。……二点ほど質問」

 「何かしら」

 「あんたは兄さんの結婚に反対派だと思ってたんだけど、違うの?」

 「勿論反対よ。リリーはぶっ殺してやりたいわ。でも、これはただの保険だから」

 「………兄さんが先走ったときのための?兄さんがあんたに楯突いたときの?」

 「そんなところ。後は、私が面倒になったときね。面倒になったらまた全部放り投げるわよ。フォローよろくしね」

 「マジかよ…。で、もう一点」

 「はいはい」

 「……俺と敵なんじゃなかったっけ?」

 「……あなた、馬鹿なの?」


 これには思わず失笑してしまった。敵なのになんでこうして協力しようとしてるかって?よりによってそれを私に聞くの?もう、笑いも漏れる。

 エリオンは不満気な表情になる。


 「えー。でも、あんたばっさばっさ味方切り捨てたじゃん。癒着は許さないって、ちょー束縛してたじゃん」

 「だから何よ。あなた忘れたの?―――ジオルクは、私の敵よ?」

 「………あー」

 「本気で何度か殺してやろうかと思ったわ。ていうか、現在までずっと敵対関係よ。結局ジオルクの申し出は返事してないし。でも、気は合うし今回は共闘したわ」

 「敵でも関係ないのね……んでも、ウェーバーのは言うほど仲悪くないし、むしろ喧嘩するだけで仲良いだろ。ずっとその関係ってんのなら、今回の切り捨て辻斬事件とはまた別なんじゃないでしょーか」

 「そうね、ただの敵じゃなくて宿敵だもの。別ね。…中等部のころ、ジオルクが高等部生に馬鹿にされてキレて、数人相手に一人で決闘申し込んだことがあったわ。さすがに苦戦してたけれど、―――あれで負けてたら、私が殺してたわね」


 仮にも私の、このセリア・ネーヴィアの宿敵がその程度で地に膝を着くなんて、許さない。

 ジオルクを叩きのめすのは私だけだ。

 訓練や冗談はともかく、実戦や決闘で私以外に負けでもしたら、―――その瞬間、殺す。

 私が宿敵と認めた男なんだから、私以外に負けることは、何があっても、許さない。

 その時はその無礼を、命をもって償ってもらう。

 ―――私以外に負けて、地に落ちたその生命で償いになるのかは、まだ別だが。


 「………別枠は別枠でも、さらに過酷なほうなのね…」


 当然の決意を再認していると、エリオンがため息をついて、ついでというように「じゃああんたがウェーバーの以外に負けたらどーすんの?」と訊いてきた。


 「訓練やウィル相手になら散々負けてるわよ。でも、実戦や決闘に限った話なら、そんな想定は無意味ね」

 「へ?なんで?」

 「だって、負けたときには死んでるじゃない。実戦は勿論、決闘だって、私が勝つか死ぬかするまで、やめないもの」


 だから負けたときというのは死んでいる。その後の仮定なんて無意味だ。

 ジオルクとの決闘は半分遊びなところがあるし、ジオルクは宿敵だから、まあ多少は許容する。引き分けぐらいなら、甘んじる。

 でも負けは許さない。

 私は誇り高きネーヴィアの娘だ。いくら同じ爵位とはいえ、家の事情がいろいろあるとはいえ、格下のウェーバーのものに負けるわけにはいかない。

 ジオルクのことは認めてるし遊びだから、引き分けまでなら、許容する。

 けれど、絶対に負けはしない。

 ジオルク以外の相手なら、引き分けだって許さない。

 勝つか、死ぬかだ。

 負けるぐらいなら、勝利が得られないなら、なんて考えない。

 勝てるまで、死ぬ気で食らいつく。

 例え死ぬことになっても、勝利を諦める気はない。


 そう言えば、エリオンは大きな大きな息を吐いた。

 それから、醸し出していた威圧感をしまい、もし隙を見せれば始末しようと窺っていたのをやめた。


 「よっくわかりましたー。あんたが、マジでプライドを命の上においてるあんたが、事情なしに平民を王族になんて、自分の上になんて置かねえわな」

 「当たり前じゃない。で、質問がこれで終わりなら次に移ってもいいかしら?」

 「あ、その前に提案。俺も仲間にいーれて。やっぱあんたといるほうが楽しいし、あんたもこれから先の展開、俺がいたほうが楽っしょ?」

 「そうね、あなたを敵にしてると、ウィルがぎゃんぎゃん五月蠅いもの。フォローも頼みたいし、じゃあいいわ。仲間に入りなさい」

 「わーい。じゃ、話の続きどーぞ」

 「ええ。…まず、ローズっていう生き証人は確保してるわ。この王族化計画にサインしてくれた人たちも、ちゃんと全部説明して、了承を得たわ」

 「どのへんまで集めたの?」

 「とりあえず人脈フル活用したわ。両陛下に宰相室の方々、大臣たちに、あと近衛兵たちね。勿論厳選して口の堅い人を選んだけれど、証拠は渡してないし、ローズにも、私とあなた以外には口を割るなって言ってあるわ」

 「わー、この人最初から俺に後始末押し付ける気だったんだー」

 「ふっ…、私にとって、後始末とは押し付けるものよ。お兄様だとかお祖父様だとかにね」

 「ドヤ顔で言うことじゃないから」

 「証拠の捏造と、その証拠を捏造したっていう証拠もあるわ。あの子が偽物だったってバラすときのために、捏造とかは全部レイヴァンがしたって思われるように細工も済んでるわ。ここまでで問題は?」

 「ないね。続きどーぞ」

 「どーも。だから、リリーを王族に仕立てあげて、レイヴァンとさっさとくっつけちゃいましょう。不備があればいつでも二人まとめて首斬りね。下手に反対するより、賛成して崖の上に追い詰めるほうが楽で効果的よ」

 「あ、ついに兄さん見捨てちゃった?」

 「いいえ、今はまだ、リリーを潰すつもりよ。でもいつ気が変わるかわからないじゃない。…いつまでも、情に負けてられないもの」

 「……あんたってさ、兄さんのこと、マジで好きじゃないの?」


 エリオンが肩肘をついて、興味深そうにというか、他意がないようにというか、不思議そうに、訊いてきた。


 「最初っから地位目当てだし、躾けてるし、婚約解消も理由も聞かずに受け入れるし、あの平民が気に入らないだけで他に女作ること自体には特に反対してないっぽいけど、……マジで、それでよかったの?」


 窺うように、心配が混じる瞳で見てくる。


 「なんかさ、あんたの中で兄さんは特別っていうか、別枠にいるみたいだった。ネーヴィア嫡子みたいに兄妹で懐いてるわけでも、ウェーバー嫡子みたいに実力を認めて敵にしてるわけでもなくて、でも、傍から見てて明らかに兄さんは特別だった。兄さんだけは特別で、兄さんだけは、違うんだって、そう言ってるみたいだった。……兄さんはあんたの宝物で、兄さんは誰のかって言えばあんたのに、あんたは誰の隣にいるかってなったら兄さんの隣になるぐらい、…相思相愛に見えた」

 「だから、捨てられて可哀想って?」


 悲しみが滲むエリオンにあえてからかうように言うと、真面目に表情を曇らせてしまった。


 「……いつか別れそうな空気はあったけど、でもずっと一緒にいるんだろうなって自然に思えた。親子みたいだったかもしれないけど、二人でいるときに幸せそうだった。ウェーバー嫡子が先に自覚して兄さんは身を引いちゃったけど、そのまま婚約してたら、きっと、兄さんはあんたのこと好きになってたと思う。あんな平民なんかに引っかからないで、ずっとあんただけ見て笑ってて、―――あんたも、苦しむことはなかったと思う」

 「………」

 「いくらなんでも、ウェーバーののアピールを躱しすぎだと思った。確かにあんたは、打算スイッチが入らないと他人の気持ちなんか考えないでズバズバなんでも言うタイプだけど、それにしたっておかしい。本気なわけがないって、最初から思ってたみたいだった。まるで、ウェーバーのが本気じゃないって思いたいか、…本気で、そんなの考えられないみたいに」

 「……それで?」

 「兄さんのことが、本気で好きなんじゃないの?でも兄さんはあんたを親みたいに思って、そういう風には思ってなかった。まだ、そう思えてなかった。いつか、意識してた。何も問題はなかった。けど、兄さんが気づく前に解消を申し出てきた。友達があんたのこと好きだって自覚したから。脈はあったのに、約束もあったのに、壊された」

 「………何がいいたいのかしら」

 「プライドが高いから、兄さんに頼られて、一切そんな感情はないくせに無条件に好かれて、虚勢張ってたから、そのまま受けれいたんじゃないかってこと。……二つ返事で受け入れて、兄さんが自分以外の誰かを好きになって、…本当にそれでよかったの?そうなっても、まだ、見捨てたくないぐらい好きなんだろ。最適解を準備しながら、それでもそれから目を逸し続けるぐらい、好きなんだろ…?」

 「………」


 エリオンの瞳は純粋に私への好意を讃えている。私が心配だから、大丈夫かと心配している。


 「………エリオン」


 机の上の花瓶を取り、活けてあった花ごと中の水をエリオンの顔面にぶっかけた。


 「―――目ぇ覚めた?」


 突然かけられた花と水に目を白黒させていたエリオンに、冷ややかに言った。


 ああ、随分とイイ子になったこと。


 「それで私になんて言って欲しかったの?『大好きだから譲りたくない』って?『あの時身を引かなければよかった』って?…ばっかじゃないの?寝言は寝て言いなさいよ」


 侮蔑を込めて見下す。


 「あなたは私が、好いた男を諦めるような、敗北を受け入れるような女だと思ってるの?馬鹿にするのも大概にして頂戴。私は確かにレイヴァンのことは好きだし極力見捨てたくはないけれど、それは恋慕じゃなくて父性よ。国内の誰かと結婚するならレイヴァンがよかったけれど、それも打算やその他の結果で、惚れてるわけじゃないわ」


 確かに、好きは好きだし一緒にいたいと思っていた。選ぶならレイヴァンだと思っていた。でもそれは保護者的な意味合いで、レイヴァンがいいのもゲームのことがあるからだ。ついでに国内で一番有力株だから。それだけで、元から夫婦としてより友人関係のような形で傍にいたいと思っていた。ジオルクとなら利害が一致すれば肉体関係を持ってもいいけど、レイヴァンとは無理だ。我が子に欲情するとかありえない。実の弟を押し倒すとかなんて罰ゲーム。


 「ていうか、ねえ、仮にそうだとしても、あなたなんでそんなこと私に言うの?」


 心配だからとか、言うわけ?

 馬鹿じゃない?


 「そんなことして何の得があるの?私がレイヴァンのことが好きで未練があったら、何がどうなるの?状況悪化しかしないじゃない。今私が掘り返してるならともかく、それで状況が好転するならともかく、今は邪魔にしかならないでしょう?それとも、私が気づかないだけで何か打開策でもあるの?あそこまで両思いになった二人を引き裂けるような、レイヴァンがリリーを諦めるような考えが、あるわけ?私はああいう輩は、いっそリリーを殺しでもしないかぎり止まらないし、殺しても恨まれて憎まれてアフターケアが死ぬほど面倒でそれでも状況悪化させるだけかもしれないって思うんだけれど?」

 「………うん、だよな」


 エリオンがつぶやくように言い、体にかかっている花を取る。


 「ごめん、勘違いしてたっつーか、感化されてた。兄さんやあの平民の甘っちょろさが感染ってた。ご都合展開なんてないのに、皆幸せなんて綺麗ごとがありえる夢見てた。―――純粋無垢な世界に、毒されてた」


 その花を深い瞳で見て、床に捨てた。


 「好きとか愛とか奇跡とか希望とか、そんなの無いって忘れてた。寝ぼけてた。夢見てた。……俺もまだ綺麗な世界に戻れるなんて、勘違いしてた」

 「抽象的な話は好きじゃないんだけれど、―――それは無理ね。あなたには、不可能よ」

 「うん、知ってる。わかってる。でも兄さんみたいに、素で人に好かれて、ぽけぽけでも許されて、全力で高みを目指せて、明るい場所で何も考えずに笑えるって、そんな夢、見てたんだ…」

 「まあ、それは素敵な悪夢ね。でも、いつまでも夢を見てるのは子供じゃないかしら?夢を見るのは子供の特権よ。大人は、子供に夢を見せなくちゃ」

 「……子供扱いされてさ、俺のこと忌避してなかったわけじゃないのに子供扱いしてきて、打算抜きにあんたのこと好きでも良いって言われて、そんな気になってた。あんたのこと、立場とか抜きに好きで、だから情が湧いて、感情的になってた。―――悪役でも幸せになれるなんて、夢見てた」

 「あらぁ、なればいいじゃない、幸せに。正義の味方踏みつけて、毒盛って人質取って奇襲して卑怯なことやりまくって、正義のヒーローに勝てばいいじゃない。幸せじゃないの、それで」

 「あんたはそうだろうけどさあ、憧れるじゃん。何も考えないで、可哀想な子供を可哀想って言えて、助けられるのとか。それは過干渉だからとか無視しないで済むって。そうやって良いことして、いつか誰かに助けてもらえるって、幸せになれるって、…そう、なりたいじゃん」

 「罠に捕まった可哀想な兎を逃がしてるばっかりじゃ餓死するわよ。誰かが罠しかけて兎殺して肉にしなきゃ。兎を可哀想可哀想って言うくせに美味しく兎肉食べるのはレイヴァンたちの役割。私達は罠仕掛けて絞めて美味しい料理にしてサーブするのが役目。役目を放棄して自由気ままに生きたいなら、その分責任も負いなさい」

 「その責任に押しつぶされそうになるんだろ?優秀だから、地位が高いから、でも子供だから、継承権第二位だから、皆して潰そうとしてくる。例外なく、皆。あんたもウィルもあの平民も兄さんもネーヴィア嫡子も、みーんな。俺が優秀なのは俺が悪いわけ?俺が第二王子に産まれたのは俺の行いが悪かったからなの?俺だって、出来るなら、なれるなら、兄さんみたいになりたかった。ああいうふうに、裏もなく笑っていたかった」

 「不運を恨むぐらいなら幸運を捨てなさい。不遇を恨むぐらいなら好機を逃しなさい。優秀さを疎むなら薬漬けにでもなって馬鹿になればいいじゃない。第二王子が嫌なら臣下に下るのでも罪人になるのでもなんでも好きにすればいいじゃない。やろうと思って捨て身になれば大抵のことは出来るわよ。それが幸せに繋がるかの保証がないだけで」

 「……あんたの言うことが真っ当だってことはわかってるよ。でも、優しいねーちゃんの心配して、気遣うぐらい、いいじゃん。そこまで線引しなくてもいいじゃん」

 「あらそう。それはお気遣いどうも。気持ちだけ貰っとくわ。―――で、もういいかしら?」


 手に持ったままだった花瓶をぷらぷらと振る。まだ中に水が残っていたのか、微妙にぴちゃぴちゃと音がした。


 「感化されて素で心配したけどよくよく考えたら柄じゃないし言うとおりだし恥ずかしいし水ぶっかけられてむかついたから、とりあえず小芝居挟んで『ふははは、今のはお前を試したのだ!』って言うのは、もう良い?わざわざ抽象的な話に付き合ってあげて、飽きたんだけれど」

 「あんたびっくりするぐらい性格悪いね!」

 「図星で恥ずかしいからそこまでわかってんなら指摘しないでくださいって素直に言えば考えてあげたわよ」

 「だぁああってぇえええ!!」


 バタっと机に突っ伏すエリオン。じたばたと悶えている。あー、恥ずかしい恥ずかしい。

 心配したのは本当だろうが、本気で心配したからこそ恥ずかしくなり、言い訳を交えて『悪役って辛いよね…』と悲壮感を醸し出し、それに私がほだされないか様子見をした、という盛大な照れ隠しをした、と。だから私も抽象的な話に乗ってあげたけど、飽きたからぶっちゃけちゃった。最初の『綺麗な世界に憧れちゃいましたー』って戯言抜かした時に『で?具体的には?』って冷ややかな反応しないであげただけ優しいと思う。別に悶えているエリオンが見たくて傷口広げさせたわけじゃない、と言い訳。

 だって素でこうやって悶えてるのって珍しいし、面白いんだもの。仕方ない仕方ない。


 「あんた明らかに兄さんになんかあるっぽかったじゃん!あんたのこと好きだなーって自覚しちゃったし、気になるじゃん!心配するじゃん!あんたのキャラ忘れててバッサリ切られて恥ずかしくなるじゃん!もぉおおお!!あんたそういうやつだったーーー!!」

 「あなたは意外と身内には甘いわよね。なんならおねーちゃんと結婚して国取りする?一発KOよ?」

 「ウェーバー嫡子に恨まれたくないからノーセンキュー!あの手のタイプはくっそうぜえからイラネーよ!」

 「大丈夫大丈夫、Sは打たれ弱いから、すぐに叩きのめされて鬱るわよ。目の前でキスまでならしてもいいわ」

 「アルェエエエ!?おねーさん意外とあいつのこと嫌いなのっ?喧嘩三昧だったけど、息も気も合ってるしS同士仲が良いと思ってたんだけどっ?」

 「え、嫌いよ?公衆の面前でいきなりキスされちゃって、もう大嫌いになったわ。もう評判気にするような身じゃないから、別に孕まなければ一発二発付き合ってあげてもいいけれど」

 「わーい、女の言うことじゃねーやー!さっすがおねーさん!でもボク尻軽は嫌だからゴメンネっ!」

 「ま、実際に国取りに巻き込まれても面倒だし、それでいいわ。そもそもまだ十五にもなってない子供に手を出すわけないじゃない。六年後に出直してきなさい」

 「…六年後?十八になってからってことだよな?じゃあ十五、六のウェーバー嫡子はいいわけ?」

 「あなたのは同類との政略結婚の話、ジオルクのは適当な遊びの話。全く別でしょう。で、話戻していい?」

 「はーい」


 花瓶を机に置いて、仕切り直し。


 「まず、私が誰を好いてようが関係ない。これはいいわよね?」

 「はい。心からどうでもいいッス」

 「そんなにふてくされないでよ、いじめたくなるじゃない。…リリーは王族に仕立てあげて、レイヴァンとの結婚を容認。ただしこれは臨時のときのみ。基本はリリーを殺すことで、それが面倒になって飽きたときだけ、実行するわ」

 「いじめっ子せんせー、質問!」

 「何かしら、赤っ恥くん」

 「しょーじき、あんたの気持ちガン無視していいなら、王族仕立てあげのほうが良いと思うんだけど。俺的には面白くないしあんたもそうなのかもしれないけど、そういうのを無視したら一番傷が少ないだろ」

 「でも、実行者は私だもの。飽きるまでいびらせてもらうわよ。私が飽きるのが先かあの子が発狂するのが先かその前にあの子が消えちゃうのか…、楽しみねっ」

 「性格悪すぎっ。あんた、ちょー性格悪いねっ」

 「ありがとっ。でも、すぐに飽きると思うのよ。思いっきり悲しんで悩んだから、なんかもうスッキリしちゃって。明日にでも飽きてる気がするわ」

 「あ、ならいーや。そのまま泥沼一直線なら周り黙らせるの面倒だし」

 「ま、私は後始末一切しないで、孤立しても高笑いしてるものね。後始末は周りに押し付けるものね。…だから高確率で実行すると思うけれど、その時は二人の仲を賛成して、ねちねち周りから責めさせて、隙見せたらレイヴァンごと潰していいわ。もし隙を見せなかったら、言いくるめてまともな家から側室を取ること。で、月一でもいいから通わせること。そっちに男児が出来て十になればさっさとレイヴァンは潰しちゃって、あなたかジオルクかお祖父様かお兄様が後継人として手綱握って。もし面倒ならあなたに男児が出来た時点で追い出してもいいわ」

 「うっす。平民の子に王権取らせるなってことッスね。ちゃーんと罪人の子として飼い殺しまっす。平民極刑、兄さん流罪、子供投獄で」

 「子供とレイヴァンの管理はしっかりね。うかつに血筋持ってきて騒ぎ立てられたら面倒だから」

 「いっそ極刑に出来れば楽なんだけどなー。兄さんは王家の直系男児だから、よほどのことしなきゃ無理だしー」

 「なんなら『事故死』させちゃう?犯人は適当に祭りあげて」

 「んー、それもいいかも。……ところで」


 エリオンがにやにやと私を見てきた。


 「あんた、マジで兄さんに未練ないの?今まで一緒だったじゃん。情とかさあ、ないの?これからどう転んでも不幸にしかならないのに、それでいーんですかぁ?おとーさん的にはそれ率先してるって、どーゆー気持ちよ?」


 手元に水物があればもう一度顔面にぶっかけていたぐらいクソガキだった。さすがに花瓶を投げつけるわけにはいかないから自重したけど。


 「情はあるわよ、当然。とっても悲しいわ。でも、それは『私情』で、公的には何も問題ないわよね。ていうか一時の感情で平民を妻にって突っ走る王太子っていうのがありえないし、そのぐらいされても仕方ないでしょう?私達は貴族で、あなたたちは王族よ?立場ってもんを考えなさいよ。私達より上の立場のレイヴァンがそんなことしたら、私達の誇りも丸々踏みにじられたようなもんじゃない。情はあるけれど、それはそれ、これはこれよ」

 「え?…もしかして、マジで、マジに、プロポーズでもしたの?」

 「…ああ、そういえばまだ情報が届いてないのよね。そうね、使用人達もあの後始末で大変でしょうし、ウィルは多分寄り道してるんでしょうし、情報がまだ来てないのね。…結婚前提に交際中よ」

 「うっわー…。これ兄さん死んだわ。兄さんご愁傷様ですー、成仏してねー」

 「だから、情もあるわよ。王族にでっち上げるときに反対すれば、別れることで許してあげるわよ。…両陛下も了承の上でのことだから、その後の待遇は考えればわかるでしょうけれど」

 「うちの親はあんたのことちょー気に入ってるからねー。ていうかこれ、何が一番すごいって、箇条書きにしたらあんたがただの正義なところが一番すごいんだけど…!」

 「ぷっ!確かにそうね…!

  ・幼いころから親交があり、何の文句も出ない婚約中。お互い満足してる

  ・ある日、婚約者に一方的に婚約解消を申し出られる

  ・婚約者を我が子のように思って保護し、その後も良好な関係

  ・婚約者が自分の嫌いな平民と恋に落ちる(まだ婚約中)

  ・猛反対したけどついに婚約(婚約解消後)

  ・復讐しますた

  私に全然否がないみたい…!」

 「復讐っつっても、身分違いだから平民を排除しようとするが、聞かないので詐欺をちらつかせ試す。引っかかるようなら王族としてアウトなので潰すって、どこに出しても満場一致であんたが正義。すげーわ」

 「本当に。実際、結構私のほうがアウトで悪役なのにね。箇条書きって怖いわぁ」

 「ネー。怖いヨネー」


 エリオンは、やっぱり殴りたくなるような顔で笑っている。上半身びしょ濡れだから全然格好ついてないけど、それでもなお殴りたくなる。

 それでも、こっちの苛立ちもわかっているだろうに、エリオンはカラカラと笑う。


 「あんた兄さんのこと、普通に愛してたじゃん。なのに王族として相応しくない相手選んだからって潰す決断して、その辺矛盾しすぎでウケル。結局あんた、プライドが至上で、あんなに大好き大好き言ってた実兄のこともうちの兄さんのことも、二の次三の次なんだよな。それ、どう折り合いつけてんの?」

 「それはそれ、これはこれ、よ」


 実際、昔からゲーム展開として敵になることを考えて、ていうか敵になることしか考えないで来たから、確かに好きは好きだけど潰すことに躊躇いはないだけだ。

 それに加えて、本当に性根が屑な下衆なんだろう。

 自分が良ければそれで良くて、味方も切り捨てて、犯罪も犯し、ついでに超身分差別主義。

 見事なまでに悪役スペックだ。

 視点を変えれば、本当に私はひどい悪役だろう。

 理由が正当だからって人を傷つけていいわけじゃないし、それを見て見ぬふりさせていいわけじゃない。

 封建制度の身分社会だからって同じ人間を虐げていいわけじゃないし、平等な世界を知っていてなお踏みにじるのはカスの所業だ。

 愛が全てで正義とは言わないけど、そういう感情論を解さず切り捨てるような人間は、もはや人間ではなくただの屑だ。

 お金を持ってないからって、重病の母を持つ子供に薬を売らない薬屋は、誰がどう見ても悪い。そこで『いやこっちも商売だし』とか言うのは非人間だ。

 私のような。

 屑だ。

 でも、屑にも屑の正義がある。ポリシーや信条がある。

 確かに私は屑で非人間でカスで下衆でゴミだ。

 酸素を二酸化炭素に、食料を糞に変える生ごみ以下の、迷惑でうざくて面倒で空気も読まないDQNで中二病患者でメンヘラでキチで電波だ。

 そんなこと、嘲笑われる前からわかってる。

 乙女ゲームの悪役で、主人公の優しさもわからない温情かけるだけ無駄のカスで、嫉妬に狂った醜い女で、破滅に向かってるとしか思えない状況把握も出来ない馬鹿で、不幸になったり死んだりしたら『やっとあいつが死んだ!』と喜ばれるようなやつで。

 『本当は良いやつ』とかないし、身内にだってずけずけ物言うしすぐ捨て駒にするし。

 外野が脚色しただけとかではなく、本当に犯罪だし悪意満載で。

 反省も後悔もしてない。

 ていうか、それで何が悪いんだ。

 前世の記憶があるというハンデを抱えながらきちんと、『貴族的すぎる』と言われるほど順応したことを、むしろ褒めて欲しい。

 有能な敵より無能な味方のほうが厄介だからって切り捨てて、何が悪い?

 大事な人も守りたいものもないって、さいきょーじゃん。

 屑でカスで下衆ですけど何か?それで困るの他人だし、どーでもいいッス。

 だから、『こんなはずじゃなかった』というのは、もうリリーの性格の件ぐらいしかない。

 例え兄が劣等感で潰れてても『仕方ナイネ!』で割り切ったし。

 例えレイヴァンが私を憎んだり、逆に神経衰弱になっても『それよりご飯マダー?』って感じだし。

 例えジオルクがプライド粉砕されて廃人チックになっても高笑いしか出ないし。

 例えプレシアがコンプレックス刺激されて病気悪化しても心底どーでもいいし。

 例えスカイがオネェ暴かれて泣きわめいて口止めしてきてもそれはそれでよかったし。

 例え先生がこの先破滅しても『兄妹で処刑とか楽しそう!』ってうきうきするし。

 例え後輩が前世知識とかで苦労しても『どんまーい』以外の感想はないし。

 例えエリオンやウィルが私を嵌めようとしてるんでも、それはそれだ。


 自分がエリオンを出し抜けるほど賢いとも、ウィルから逃げられるほど強いとも思ってない。

 二人の、特にエリオンの人脈があれば、私なんてどうにでもなるだろう。勿論全力で抵抗してただでは死んでやらないが、私の負けは鉄板だ。

 この決断で、エリオンが『情がない』『信用出来ない』と判断して私を切り捨てても、今まで私がやってきたことだ、恨みはしない。恨まず憎まず徹底抗戦する。前世のプライド皆無の変人とは違い、今世の私はプライドが高い。それを汚す者は誰であれ許さない。


 言い訳が長くなったがつまり、『だから自分勝手する。邪魔するな』ということだ。

 にっこり微笑めばエリオンも苦笑して両手をあげる。

 それでいい。




 翌日。

 うっかり反射で先生撃退して、結果的にリリー庇ってた。

 もう面倒になったからリリーボコリ作戦じゃなくて無関心ルートに変更した。

 さらにその翌日の放課後、愉快犯のジオルクを締めあげたところ、ふざけた供述をしたのでぶん殴った。『実は良い人説』とかいうとんでもない勘違いを植え付けてんじゃないわよ。そしてそれを聞いてお腹を抱えて笑ったエリオンとウィルも今後一切差し入れなしという罰を与えた。本気で泣いてすがられたけどきっと気のせいよねっ。

 ちなみに兄は『ジオルクも面白いことするけど、それを信じちゃったレイヴァンはどうしたんだろうね。セリアは良い子なだけじゃなくて、色々合わせてセリアなのにね』と頭を撫でてくれた。これならいけると思って『私のこと、何だと思ってますの?』って怒ったフリをして訊いたら、『意外と周りの人に好かれてて、懐いてくれてる俺のことも平気で捨て駒にしちゃうような、とっても可愛い妹だと思ってるよ』っておでこにキスしてくれた。あんまりにもときめきすぎて、顔真っ赤にしてぷるぷる震えてしまった。とりあえず家中の人間に惚気けてジオルクにもその自慢をしてあげたら、『俺が告白したときより赤面して純な反応してるってどういうことだ』と睨まれた。でも『お兄様だから』と言ったら『……フランツなら仕方ないか』と溜飲を下げていた。もうお兄様偉大すぎる。お兄様が格好良すぎて生きるのがツラい。でも生きる。


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