謎は全て解けた!犯人はあなたよ!
本日何度目かです。
絶望した。
リリーがお笑い要員じゃなかったことに、その原因が自分であることに、絶望した。
だから、各方面と一度手を切り、まっさらになることに決めた。
これで自由だ!
お別れ宣言として、さあ今日は何をしようか、時間は腐るほどある、とうきうきしながら学校に向かっていると、「ご主人」とウィルに声をかけられた。
どうやら調べさせていたリリーのことが判明したようで、その報告に来たらしい。
その結果、リリーはただの平民の子でしかないと判明した。
「それ、確実なの?」
「あの容姿ですからご主人が庶子を疑うのもわかりますが、確実です。エリオンの人脈ネットワークも使わせてもらった結果、リリー・チャップルの母はただの商売女で、貴族のお手つきというわけでもありませんでした」
「そう…」
後でエリオンにお礼しないとね、ウィルが甘いもの好きとも判明したし、二人で食べなさいとショートケーキでも作ってあげよう。本場ではショートケーキなんてものはないって言うけど、やっぱりケーキといえばショートケーキでしょう。
しかし、この事実はおかしい。私や後輩の影響ではありえない。だって私が自覚した三歳のときにはもうリリーは生まれていたし、後輩だってそうだ。
おかしい。
そう思い、後輩を訪ねることにした。
「え、何ですか?また壊れたんですか?」
「年中無休、二十四時間三百六十五日ぶっ壊れてるあなたには言われたくないわよ。閏年に一日まともになるだけじゃない」
「三百六十五日きっかりなんスか。厳正ッスね」
「私、閏年って好きなのよ。前世で誕生日が二月二十九日だったから」
「マジか!四年に一度のバースデーッスね!」
「いっそ三月一日でいいんじゃないかって思ってたわ。……で、話戻すわよ」
「はい」
「ちょっと調べさせたんだけれど、リリー・チャップル、ただの平民だったわよ」
「っええ!?」
「王族じゃないし、貴族の庶子ですらなかったわ。だから、そういうことが特典ディスクで明かされてなかったか訊きたかったんだけれど、……その様子じゃ、明かされてなかったのね」
「ど、どういうことですか!?バグ!?やっぱここゲームじゃないんだ!」
「落ち着きなさいよ。それはおかしいでしょう?私やあなたみたいな記憶持ちが介入しなければ、概ねゲーム通りの設定だったのに、リリー・チャップルだけ違うなんて、ありえないわ。バグっていうなら、私とあなたがバグよ。記憶のないリリー・チャップルはバグじゃないわ」
「先輩、今度は何したんですか!?」
「だから落ち着きなさい。私に何か出来るわけないじゃない。あの子が産まれた時は私だってただの赤ん坊だし、そもそも産まれる前に仕込まないといけないんだからどうやったって私には干渉できないわよ」
「あ、落ち着いたんでかんざしに手を伸ばすのやめてください。刺さないでください。……じゃあ、他に転生者がいたってことですか…?」
「それもないわ。親が違えば産まれる子供だって違うはずだもの。あんな特徴的な美貌の子が、誰からでも産まれると思う?」
「なら…やっぱりバグ…?」
「あのねえ、なんでもかんでもバグで済ませるのやめなさいよ」
ため息を吐いて、本題に入る。
「特典ディスクの内容、詳細まで全部教えてくれる?」
私の知らない、この世界の情報を集めよう。
後輩から情報を仕入れた結果、薄ぼんやりと分かった。
あのゲーム会社、意図してたのかしてなかったのかは知らないけど、マジキチだわ。
特典ディスクはただのホラーでトッピングが軽いけど、『おまけだからこんなもんかな』とか思ってたけど、全然違った。
これ、解決編に繋がる重大な謎解き回だわ。
重要なのは、エリオンの動きだ。
ただゲームをプレイしただけなら騙されるが、私はあの子の優秀さと非情さを知っている。王子として、国のため尽力していることも知っている。
だから、ゲームでのプレシアへの態度とか意味深な言葉の裏が読めてくる。
エリオンは現在、結局ここまでずっと同じクラスのプレシアに一切興味を示していない。友達の友達っていうか、『兄の友達の妹弟』あるいは『知り合いの知り合い』って感じで、知らないわけじゃないけど話すわけでもないって間柄だ。
そして今のプレシアは、あの内気でうじうじしてるカビが生えそうな梅雨入り娘じゃなく、不憫だが頑張っている可愛らしい子になっている。ゲームでのプレシアと距離を縮めているなら、今のプレシアも好みのはずだ。
なのに、そういう素振りは一切ない。
ゲームでの出会いも、エリオンがプレシアの落し物を拾って、とかいうありふれたものだった。そこからエリオンがよく話しかけてくるようになって、という流れだった。
じゃあ、普通に面識がある今は、なんでそうならないのだろうか。
プレシアがエリオンに惹かれないのは良い。あれはぼっちだったから優しくしてくれるなら誰でもよかったって気持ちがありそうだからだ。それに今はスカイという、無駄に紳士的で男前の姉がいる。あれがいたらそこらの男の子になんてそうそう落ちない。
でも、エリオンは何故か。
そもそも、どうしてゲームのエリオンはプレシアに近づいたのか。
エリオンの性格なら、今の利用価値があるプレシアはともかく、うじうじしてる初期プレシアには興味なんて持たないはずだ。
さらに言うなら、あんな俺様な王太子を、静観しているわけがない。
つまり―――エリオンこそ、全ての黒幕。
そう考えれば、ゲームや特典ディスクの内容が頭を駆け巡り、答えを導き出した。後輩もさすがに詳細な会話までは覚えておらずあやふやなところはあったが、本編のゲームにしても年月が経っているため忘れているところもあるが、それでもピースをはめて全体像を想像することは出来た。
「後輩、一つ訊きたいんだけど」
「あ、はい、なんですか?」
「―――本編でエリオンに会いに行くことは出来たの?」
特典ディスクを見て、中等部のエリオンとプレシアに会いに行くことは出来たのか。
中等部生の後輩に会えたのだから、中等部自体に行くことは可能だったはずだ。
「えーと、ああ、確か出来ましたよ」
後輩はやや考えてそう答えた。
「でも、ミステリーな後輩みたいに何度か通えばルートが出るってことも、プレシアを中等部のうちから救うことも出来ませんでした。会って会話はできるけど、それだけって感じで…」
「会話が、出来るのね?」
あのゲームでの会話は、いくつかの選択肢から一つ選ぶ、というものだった。それでルートが分岐したりしてた。まあ、後輩に言わせればありふれた仕様だということだ。
とにかく、会話が出来るということが重要だ。
中には俺様王子のように、正解の選択肢を選んでも間違いの選択肢を選んでも反応が同じ、という難易度高すぎなキャラもいた。
じゃあ、弟のエリオンだって、そうだったかもしれない。
いくつかの会話を組み合わせたあとにこそ、開けるルートがあったかもしれない。
ゲーム本編、『今夜、君に会いに行くよ』では、ちゃんと二人に妹弟がいることは触れられていた。
じゃあその後、プレシアに、エリオンに会いに行っていたらどうだろうか。
もはや確かめることは出来ないが、エリオンと上手いこと会話していたら、気に入られたら、わかったのではないか。
全ての裏側が。
主人公が王族だったことの発覚イベントは攻略対象により違うが、それが発覚するのは、都合よく高位のキャラが相手のとき、公爵以上のときじゃないか?
俺様王子と、ドS公爵と、優しい生徒会長。同じ難易度でも、伯爵の癒し系教師のときは発覚していない。
公爵家や王家の跡取りなら相手にも身分を求めるが、伯爵までなら、平民でも出来ないことはない。特に癒し系教師の家は、現当主が一代で現在の地位を築いたため、それまでは没落していた。だから、平民を娶ってもさほど問題ではない。
都合よく、必要な場合のみ発覚している。
しかも相手は、俺様でワールドイズマインの王子と、裏工作大好きなサドと、腹黒の根回し上手だ。
さらに未だ見えぬドS公爵の密偵。
あれは、―――エリオンの回し者じゃないか?
エリオンにウィルのような暗殺者の知り合いがいることはわかっている。その数人を、スパイとして雇わせたんじゃないか?私がウィルはエリオンからのスパイじゃないかと疑ったように、エリオンだってそれを思いついてはいたように、そうしたんじゃないか?
それは何のために?
…ドS公爵を陥れるためだ。
ウェーバー家はしぶとい。厄介な親戚筋があり、とにかくしぶとい。連綿とこれまで続いていたのは伊達ではない。
ドS公爵自身も、賢い。天才児ともてはやされるほどの才能がある。
潰そうと思えば、相当の準備が必要になる。
特典ディスクで、プレシアに近づいた理由もそれだろう。ウェーバー家の人間だから。ドS公爵の妹だから。そこに、利用価値を見出したから。
そこまでエリオンが手を回しているなら、リリーが見逃されていることがおかしい。
市井にいる王族なんて、火種にしかならないものを放置しているのが、リリーが生きていることが、おかしい。
エリオンのことだから王太子に近づく女を、珍しい特待生を、調べただろう。その結果が放置なら、―――リリーはただの平民ということだ。
ここで再び疑問が出る。
では、実際にそうであるわけでないなら、なぜこぞって王の従姉妹の子になんてなったのか。一人ではなく、三人も。
エリオンが、そそのかしたからだ。
エリオンが密かに、人を通じて、そうするように耳打ちしたからだ。結ばれたいのなら、偽装しろと。平民を王族に仕立てあげるような不敬を為せと。
その結果、エリオンは弱味を手に入れ、脅すことも潰すことも自在になる。自覚のない王太子も面倒なウェーバー嫡子も貴族筆頭のネーヴィア嫡子も、操り人形に出来る―――いや、違う。
それは違う。
それはあくまで結果であって、手段だ。目的じゃない。
エリオンは立場で人一倍苦労してきた。あまりにも賢すぎて、王族という高すぎる地位にいて、何の気もなくても兄の王太子を食いかねないほどで、周りから潰されそうになりながら生きてきた。
そのため、王子として誇りを持っている。この国を、きっと誰よりも愛している。
私やジオルクが、貴族が家名を胸に生きるように、エリオンも王家の名を誇りに生きている。
誇り高く、家名を誇って、生きている。
だから、それを蔑ろにするものに厳しい。
平民の使用人とばかり親しいのも、それがあるだろうと思う。貴族は、エリオンが求めるほど誇り高くないから。望むほどのプライドを持っていないから。だから、いっそ『選ばれし支配者』ではなく、『守られる民』である者と親しいのだろう。
地位に見合った誇りのないものに、能力がないものに、気力がないものに、厳しいから、
代わりに、地位の低いものに、愚鈍なものに、弱い者に、寛容だ。
さて、そんなエリオンにとって、貴族で高い地位にありながら平民に恋する彼らは、どう映っただろうか。
その地位を汚すもの、義務を成していないもの、と思っただろう。
だから、試した。
その平民を王族にすることが出来ますよ、こうすればいいんですよ、さあ、どうしますか?と。
王家の名と自分の感情、どちらをとりますか、と。
その結果、彼らは平民と結ばれることを、自らの幸福を取った。
平民を王家に入れることを選んだ。
……そういえば、特典ディスクでは、過去と現在がないまぜになっていたけど、三年後に出てきたのは後輩とドS公爵だけだったな。
ドS公爵は、エリオンが友人をスパイとして潜入させたほど隙がなかったし、傲慢で我儘でただ地位を享受するだけの王太子と違い、そもそも家や家族を嫌っている生徒会長と違い、さっさと家を乗っ取ったり結婚を認めさせるために親戚をやりあったりプライドが高かったりしたから、そのせいだろう。平民を妻に選び王家に背いたが、その一件以外は誇り高く、実力も自覚もあった。だから三年後まで生き延びていたのだろう。多分そのうちに始末されるだろうが。なんてったって相手はエリオンだ。相手が悪すぎる。あがいても結果は揺るがない。
きっと、あのゲームのトゥルーエンドはエリオンまで辿り着くことだ。さもないと、どのルートでも結果的に潰される。女遊び先輩や癒し系教師のハッピーエンドでも、気づかないだけで、あんな二人に捕まってしまっている。唯一の例外はミステリーな後輩ルートだが、あれは隠しキャラだから別枠だろう。
エリオンは、地位なき者には寛大だ。だから平民の主人公にも、ある程度優しいはずだ。ゲームではヴィオラの明るさとタフさと馬鹿さに、生来の賢さと頑固さを加えたような性格だった。恐らくエリオンにも気に入られるだろう。そして、ネタばらしをしてもらう。そのネタばらしの結果始末されるかもしれないが、秘密を胸にそのまま生きていくというルートもあるはずだ。エリオンは私ほど血の気が多くないから。
そして今まで、私はエリオンの二面性も特典ディスクで匂わされていると思っていたが、後輩の話を聞く限りそんなことはなかったらしい。やや胡散臭いと感じなくもなかったが、それはあのゲーム会社だからという先入観と前作の攻略対象たちの影響で疑ったからで、逆に完璧すぎて怪しかったというぐらい、ちゃんとした『王子様』だったらしい。
明かされていない二面性。
隠されていた設定。
裏がある証拠だ。
特典ディスク、『もう一度、君に会いたい』は、その裏を暴くヒントだったのだ。普通ではエリオンに気づけないから、プレシアを主役にしてエリオンをピックアップしたんだ。私はエリオンの性格を知っていたから逆算出来たが、ゲームでもトライ&エラーが何度でも可能だというアドバンテージがある。何度もやれば、答えにたどり着けるだろう。
騙されそうになるが、というか実際今の今まで騙されていたが、このゲームは乙女ゲームでも乙女ゲームの皮を被ったホラーコメディーゲームでもない。
乙女ゲームの皮を被ったホラーコメディーゲームに見せかけた、推理ゲームだ。
『今夜、君に会いに行くよ』『もう一度、君に会いたい』の『君』とは主人公のことではなく、真実のことだったのだ。エリオンを仲介にして、全ての真相を暴くゲームだったのだ。
気づけないわそんなもん。後輩が気づいてないってことは、格闘ゲームに転身した後でも誰も気づいてないってことでしょ。気づけるわけがない。どこに力入れてるんだ、あのキチゲー会社。『楽しい牧場生活』みたいなまともなゲームも作れるんだから作れ。
もうゲームをプレイして試すことは出来ないからそれで正解かは分からないが、まず正解だと思う。
目に浮かぶようだ。
赤い月を背後に、生意気に嗤うエリオンに会いに行く主人公が。
全ての真相を暴きに、ラスボスに挑む彼女が。
ひょっとすると、特典ディスクのほうでも、プレシアが真実を暴く可能性はあったのかもしれない。後輩は分岐は一つだけだと言っていたが、かなり初期の会話などで変わったかもしれないし、動きまわっていれば隠れルートが出ていたかもしれない。
そしてもう一度、『君』に、真実を手に握るエリオンに会いに行く。
その時点で、ゲーム本編で主人公がエリオンを突き止めた設定に変わっているだろう。『もう一度』なんだから、一度『君』に、真相に辿り着いているはずだ。
勿論、そのルートに入っていたと仮定されても、それまでの過去の攻略対象たちの工作との齟齬は出ない。特典ディスクの内容では逆ハーしているような主人公だが、エリオンは後輩のように時間がかかるキャラではないと思うし、むしろそうやって行動を起こさせてからでないとエリオンは動かず、結果その所業を糾弾出来ないだろうから。
プレシアはその先でどんな運命をたどるのだろうか。高等部第四学年の主人公と会えたのだろうか。
さすがにそれまではわからない。
答え合わせは出来ない。
だから、事実のみを見た。
ゲームのことは忘れて、現実と向き合った。
現実に、リリーは平民だ。
つまり王族だからって遠慮しなくていいのよね?平民って罵って高笑いしていいのよね?
よっしゃテンション上がってきたーーー!!FOOOOOOOOO!!
『楽しい牧場生活』:某キチゲー会社のゲーム。地味に最初の方に出てきている。