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悪役令嬢だけれど何か文句ある?  作者: 一九三
やっとたどり着いた本編~高等部~
60/76

悪役だって情はあるけれど、あくまで悪役なわけで

本日二度目です。

 兄を馬鹿にした襲撃犯は、私とジオルクとウィルでフルボッコにしてやった。

 ジオルクが予想外に腕を上げてきていて、やっぱり刀だけでなく剣も鍛えようか、でも力が足りないし仕込み武器のほうが女性らしいからいいんだけど、なんて考えていたら、ジオルクがイベントを起こした。

 リリーがレイヴァンに守られているから起こらないかとも思ったのに、急に駆けだして殺されそうになることでイベント起こされた。なにこの修正力。そんなところで働くぐらいならリリーの性格なんとかする方向に働きなさいよ。


 起こると思ったのよね、このイベント。襲撃犯に殺されそうになったリリーをジオルクが守るってやつ。

 ルートに入ってなくても好感度が一定以上あればジオルクが守って、そこからルートに入るイベントだけれど、そもそもジオルクが守らないわけがないもの。

 目の前で女の子が殺されそうになって、見殺しにするような男じゃないから。

 だからイベント発生した以上、もう茶番も終わり。ルートに入ってゲーム補正で好きになって、レイヴァンと鍔迫り合いでもしてればいいわ。


 だから斬りかかったら、後で仕返しにキスされて、

 好きとか、私の味方になるって言って、

 まさかジオルクが美乳派だったとかカミングアウトした。


 あはははは!あのスカしたいけ好かない隙のない男が、美乳派とか、乳がないと好かんとか、大笑いなんだけど!そうね、私美人だものね、見た目が好みなら仕方ないわよね。リリーみたいな儚い系より、気が強そうなのが好きなら、うん、もう好みだものね、仕方ないわ。私はお兄様とかプレシアみたいな、正統派の格好良さ可愛さが好きだけれど、ジオルクは捻くれてるわねえ。

 面白くて、なんかもう、いいかなって気になった。

 もう、どーにでもなーれ。

 ゲームとか考えるの、面倒くさーい。


 「なあ、結婚しないか?」

 「何がどうしたらそうなるのよ」


 馬車の中で、もう面倒だからってほどいた髪を撫でながら、ジオルクが言った。血まみれ姿でくっついて、結構血の匂いがきつい。壁と仲良くしながら、これで押せば座席にジオルクを押し倒せるわね、なんて考えた。


 「あの言い方じゃ、絶対誤解されるだろう。だから責任を取る。結婚しよう」

 「ああ、その辺は大丈夫。すでに対処済みよ」

 「……まさかもう相手作ってるからとかいうことじゃないよな…?」

 「違うわよ。あとこっちに来ないで。狭いじゃない」

 「……んー…」


 ぎゅーと抱きつかれる。

 いやもう、本当にこの子何なのかしら?

 さっきからそれなりに接触はしているし、まあそういう雰囲気ではあるけれど、完全にお花舞ってるんだけど。え?それでいいの?男子高校生、本当にそれでいいの?もう面倒だからいっちょ筆おろしの手伝いしてあげるぐらいの気持ちで流されたのに、これでいいの?ぶっちゃけると馬車に乗ってから、まだべろちゅーもしてないわよ?え?セリアわかんない。セリアわかんないよ。


 「なあ」

 「何よ」

 「…好きだ」

 「…そう」


 あのね、そういうふわふわしたのはレイヴァンの担当だったでしょう?人のキャラをとらないの。もうあなたのキャラが読めないわ。べたべた触ってくるくせに胸とか尻とかは避けてるし、そんなんだから乙女童貞なのよ。

 ああもう、口に出して言いたい。ヤルならヤれ、ヤラないならヤるなって、はっきり言いたい。でもそれ言うとただの誘い文句だから言えない。ああじれったい。


 「………何考えてるか大体わかるが、これだから乙女童貞はとか思うな」

 「あら、わかってたの?」

 「そこまであからさまにため息をつかれるとな」


 あらやだ、ため息で漏れてた?セリアうっかり☆

 ジオルクは「その顔は素直にむかつくからやめろ」と言って、また髪を撫でてきた。好きなのかしら?


 「……確かにしたい気持ちもあるが、お前の同意もないのに出来ないだろう。…俺のこと嫌いらしいしな」

 「拗ねるのやめて頂戴。ウザいわ」

 「うざくて結構だ。……あとな」


 ジオルクがじっと私を見る。


 「ばっさばっさ斬り殺しまくった直後に、お互い血の匂い漂わせてるのにそういうことをしようと思えるほど、俺は強くないし悟ってない」

 「なるほど」


 真顔だった。

 そうね、乙女童貞にはそんなのキツイわよね。ていうか乙女童貞じゃなくてもキツイわね。実際不衛生だし。だからといってお風呂後にしようと考えているわけでも、血で汚いから嫌悪しているわけでもなさそうだけど。汚れはお互い様だし、べたべたくっついて来てるし。


 「………」

 「なんだ?嫌か?」


 でもまあ、こうやってくっついてべたべたするだけなのも、悪くない。

 悪くないけど、されるがままっていうのは、性に合わない。

 ジオルクを押して、座席に押し倒す。

 間抜け面で、目をまんまるにしている。ぷぎゃーってしたくなるじゃないやめてよ。

 さすがに馬乗りにはならないけれど、横に腰掛けて、顔を見下ろした。髪が流れて、ジオルクの体に落ちる。

 ―――尻の青いガキが前世30歳女子を舐めんじゃないわよ。


 「嫌っていうより…」


 イヤイヤ言わせたいわ。


 血生臭くて、斬り殺した後で、そういうことは嫌なのよね?

 じゃあやるわ。

 人の嫌がることをやってこそ、じゃない?


 「え、あの…せ、セリア…」


 赤面する純情な青少年。

 黙らせようと顔を近づけて…、


 「ごっしゅじーん、お帰りなさーい!」


 ご機嫌なウィルが馬車のドアを開けた。

 ナイスタイミング。計画通り。


 「じゃああなたも先に血でも流す?待っててくれるなら、お茶付けるわよ」

 「……はい。あの、お邪魔しました…?」


 ウィルが気遣わしげにジオルクを見る。ウィルはさすがにそんな初ではないが、だからこそ、大人目線で青少年の邪魔をしたことを哀れんでいるのだろう。それが何よりも心をえぐるとは知らずに。


 「大丈夫、ばっちりだったわ。さすがウィルね」


 ウィルはお菓子withお茶の美味しさに目覚めて、『お菓子食べてていいわよ』と言っても『お茶入れて♡』と尻尾を振って待っているのだ。エリオンがいるときはエリオンにねだって入れさせているが(勿論エリオンは自分で入れたことなんかないのでメイドに二人分頼ませてる)、今はさすがに血生臭くて行けない。私から招集がかかる可能性も高い。だが、いくらしれっと家に溶け込んでるとはいえ、『お茶を入れてください』なんて言えない。使用人ぶってるから、そんなこと言えばまず目立つ。下手すれば解雇とか言われる。そして正式に雇われているわけではないことがバレる。ちなみに私は庇う気はないから、まあウィルは大変なことになる。ネーヴィアに潜入とか、そのぐらいの気概でないと出来ないしさせない。

 だから、素直に私を待ち、私に茶を用意させるなり入れさせるなりしている。主人に茶を入れさせお菓子を用意させるって、本当にどんな従者様だとツッコんだら、『主人がご主人なんで』と言われた。私の周りの人たちは、私だから、で全部済ませるのをやめて欲しい。


 長くなったがつまり、ウィルがお茶を待っているのを予想済みで、家の近くまで来ていたからこうしてからかったわけだ。ちなみに馬車よりウィルのほうが速いのは仕様です。


 さあ、さっさと着替えてお茶にしましょう。

 ああ、そうそう。


 「素敵な間抜け面ね、ジオルク」

 「ブチ犯すぞ」


 振り返って笑顔で言えば、即座に睨まれた。だからイヤイヤ言わせるって言ったのに。嫌ねえ。「私に勝とうなんて三十年早いのよ」と鼻で笑っておく。


 「で、着替えなんだけれど、ウィルは適当に出来るわね?ジオルクは、お兄様の着替えを出しておくように言っておくから、さっさと来なさい。終わったら応接間に集合ね」

 「はーい。ご主人マジで性格わりぃなァ」

 「風呂の前に犯してもいいか?なあ、いいか?」

 「嫌よ。それで萎えられたら嫌じゃないの。どうせ血が出るからベットが汚れるのはいいけれど、いざって時に萎えられたらどうしてくれるのよ」

 「……生々しい話をするな。お前は本当に女か…?」

 「それより早く、お菓子お菓子!ご主人たちの分は別にあるんですよね!?」

 「はいはい、あなたの分は減らないから大丈夫よ。今日のはジオルクには甘いお菓子だから、大して食べないでしょうし」

 「ん、辛いのはないのか?」

 「お兄様レベルしかないけれど、それでよければ」

 「………甘くても我慢する」

 「それがいいと思うわ」


 話しながら家に入り、ちゃっちゃと洗って着替える。

 で、合流してお茶の時間。

 本日のお菓子は、ウィルに世話になることはわかっていたから、豪華にワンホールケーキだ。私とジオルクは普通にバウンドケーキ。ウィルが食べきれないようなら食べるのを手伝おうなんて思っていたけれど、全く無意味な心配だということを、目の前で証明してくれた。


 「美味い美味い、ご主人最高!一生ついていきます!」

 「……うぷ…見てるだけで気持ち悪い…」

 「…吐かないで頂戴よ。ほら、漬物でもかじってなさい」

 「……美味い…。セリア、嫁に来い」

 「嫌よ。ウィルも、食べ過ぎないのよ?正直、それノリで用意したし、どうせエリオンと食べると思ってたんだけれど」

 「美味いんで。じゃあ後でエリオンのとこに遊びに行くときようの菓子お願いしまーす」

 「なんで私が?どうせジオルクが食べられないバウンドケーキでいいならもらっときなさい」

 「うーっす。ご主人マジ神!」

 「……で、話してもいいかしら?」


 特に他意はなかったが、手駒と手下がいるなら、今のうちに話しておきたい。


 「私はあの女をぶっ殺したいんだけれど」

 「前置きが物騒だな」

 「俺らでもそこまであけすけに殺意露わにしねぇってのによ」

 「黙りなさい。…で、殺すための情報としてウィルに調べて貰った結果、あの子の弱点は教会だってことがわかったわ。天涯孤独だけれど、だからこそ育てられた教会やそこでの兄弟たちを大事にしてるらしいわ」

 「それをどうするつもりなのか想像出来るのが胸糞悪いな」

 「ご主人、もうカタギやめません?」

 「黙れっつってんでしょ。…次いで、学園での人間関係も弱味たり得るわ。結構いろんな方々と仲良くしてるみたいね。中でも、レイヴァン、スカイ、お兄様は狙い目よ。先生は利用できるわ。あの子が取られるぐらいなら殺そうとか考えてるもの。同志ね。でもドジだから、味方にはしないで利用する感じで行きましょう」

 「フランツとレイヴァンとお前の友達か…それを人質にするつもりなのか…」

 「親しいほうが弱点も知ってるし騙しやすいでしょう?プレシアとエリオンを加えてもいいけれど、そんなに接触はないし、エリオンは逆に同盟申し込みたいぐらいの子だもの」

 「それは同感。エリオンは面倒くせぇ」

 「だから狙いはお兄様たちよ。でも同時に、その三人が最大の敵であるとも言えるわ」


 とにかく格好良くて格好良いお兄様と、我儘っ子なレイヴァンと、情に厚いスカイ。

 計画の実行中にこの三人がいると邪魔されることは明白だ。


 「だから、まずはその三人を遠ざけて、先生を誘導し、あの子を殺させるようにするわよ」

 「…つまり、お前が三人を引き止めている間に、こいつがあの馬鹿の兄を誘導し、俺があの女を馬鹿の兄が来るまで引き止めておく、ということか」

 「そういうことよ。勿論警戒されてるようなら人員は変えてもいいし、いい契機があれば自ら手を下してあげるわよ。できれば私が殺したいけれど、まああの子が死ぬなら過程は問わないわ」

 「はーい、ご主人、なら質問がありますー」

 「はい、ウィル。なあに?」

 「ンな周りくどいことしねぇでも、俺が暗殺したら一番早いんじゃないでしょーか?」

 「いい質問ね。でもそれは最後の手段よ。できれば、あの子に不名誉なことがあって死んだ、という流れが欲しいの。暗殺するなら、その前にまずあの子だけがいないときを見計らって教会を放火して全員火炙りして、それで私に突っかかってきたところで処刑するほうが先よ」

 「さすがご主人!えげつねぇなァ!」

 「じゃあ次。騙すと言っていたが、フランツとレイヴァンに被害が行かないようなやり方で行くのか?」

 「極力ね。でも、どうせ恨まれるなら、いっそとことん恨まれたくならない?」

 「ならねぇよ」

 「お前なら、そうだろうな。お前なら」

 「だから、あの二人、ボコらない?」

 「反対。何のために?」

 「ノリ?大丈夫大丈夫、私はMだから。好きな人がいじめられてても楽しくなっちゃえるわ」

 「ご主人、俺知ってます、それSって言うんですよ」

 「あのねあのね、全力でレイヴァンの貞操奪ったり近親相姦したりも、楽しいと思うのよ」

 「捨て身の上本末転倒ッスね」

 「やめろ。絶対に、やめろ」

 「じゃあ良い案あるの?反対ばかりじゃなくて代案出しなさいよ」


 二人を睨むと、二人とも一瞬考えて、


 「普通に暗殺」

 「普通に陛下に密告して引き剥がさせたところで不敬罪で獄中死」

 「俺とあんたらの普通ってちげぇわァ」


 ウィルが文句を言ったが、ジオルクは、まあ普通にまともな案を出してきた。


 「それだと、お兄様やレイヴァンがどうでるかわからないでしょう?いっそこう…ウィル、あの子を強姦してくる気ない?」

 「ありません。ご主人、エリオン呼ばせてください。あいつならまだまともだから」

 「これから呼んだら時間が掛かり過ぎるわ。却下。…まあ、じゃあとりあえず明日にでもスカイを慰めて、それから先生誘導案で行きましょう。駄目そうなら孤児院炎上、次に密告ね」

 「わかった」

 「うーっす。あ、エリオンに話しても良いですか?」

 「エリオンならいいわよ。ただし邪魔そうならあの子も黙らせるから、そのあたりはあなたが責任持ってね」

 「こぇーご主人だなァ…はい」


 ウィルがエリオンのところに行って、二人きりになった。

 ホールケーキもバウンドケーキも消え、茶菓子もなしにお茶を飲む。


 「で、どこまでブラフなんだ?」

 「十割。お兄様を巻き込むなんて考えられないし、何の罪もない子供を殺したりしないわよ」

 「ふうん。で、俺に話しているのはどのぐらい真実なんだ?」

 「半分ぐらいね。真実が半分なだけで、嘘が半分ってわけじゃないわよ?」

 「そのぐらいだから、真実はあってもさらにその半分ぐらいか。じゃあ更に聞くが、―――お前、あいつ殺したいっていうの、嘘だろう?」

 「まあね」


 別に殺したいなんて、本気で思ってるわけじゃない。ジオルクとじゃれて言ってるぐらいだ。本気で殺すとは言っているけれど、殺せないことが前提で言っている。

 ていうか、普通に気に食わないだけで人殺しはしないでしょう。どんな暴君よ。


 「ていうかそもそも、むかつくむかつくとは言っているけれど、あの子が悪いわけでもないし、あの子が悪い子じゃないのもわかってるのよね」

 「ほう?」

 「概ねはエリオンと同じスタンツよ。『貴族社会に馴染めず気が回らないところもあるが、己を高めるために努力しているところは評価できるし、人間的には好ましい』って、そんなもの。勿論レイヴァンの嫁に相応しくないってところも同じ見解よ」

 「ああ、それは俺も思う。応援はしてやりたいが、平民は無理だろう。フランツが応援しているぐらいだから、もしかしたら何か抜け道でもあるのかもしれないが…」

 「それが唯一の懸念ね。でも、単純にどこかの家の養子にするってだけかもしれないわよ?それでも、認めないけれど」

 「血だからな。そんな裏技を認めたら、血と家名を重んじる俺達が馬鹿になる。実力があって突破してくるならまだしも、ただの恋慕で昇ってこられるのは不愉快だ」

 「ええ。しばらく外交で面倒にもなるしね」

 「…エリオン殿下も破談か…」

 「いえ、あれはわかっててやってたところがあるから別にいいのよ。あとは同盟国を集めてねちねち攻めて王族断罪してこっちの手のものに政治を握らせるだけだから。一国対一国で戦えば負けるけれど、まあ国力はこっちのが上なのよねえ。それがわからない、戦馬鹿なのよねえ、あそこ」

 「……婿に行く前から一国滅ぼしたな。…っと、ちょっと待て、まさかお前も…?」

 「そろそろ内乱が起こると思うわ。王子たちに『あなたのところに嫁ぎたい』ってさり気なくモーションかけといたから。私手に入れたらまず王位取れるものね。ついでに献上品偏らせて女同士でもバトルロワイヤル真っ最中で、王にも自分の王位狙われてますよ、私はあなたを尊敬してるから心配ですって色仕掛けしてきたわ。さあ、どろどろぐちゃぐちゃの泥沼劇を演じて頂戴って状況」

 「……死ぬほど性格悪いな、お前ら…」

 「鉢合わせしないように気を使ったり、あの人に無理やり、とか泣き入れたり、頑張ってたのよ?レイヴァンから婚約解消を切りだされた、初等部第四学年の時から仕込んできたんだもの。仕込みばっちり。悪事は一日にしてならずってやつね」

 「そうかそうか、たまにお前は別の物語を繰り広げているよな。そんな頃からか…末恐ろしいな…」

 「何を今更。ちなみに、外国語だからってあえて舌足らずに完璧じゃないように話して、『まだ上手に話せないけどあなたのために頑張ってます』ってアピールするのは、結構有効よ。ロリコンホイホイしてやったわ」

 「……頭痛がしてきそうだから話を変える。結局、お前はどうしたいんだ?」


 ため息とともに問われる。

 どうしたいのか、ね…。


 「期待したあの子じゃなかったってだけで、別に嫌いなわけじゃないのよ。ショックで八つ当たりしてるけれど、あの子が悪いわけでもないし、まあいいのよ。

  ていうか正直、普通に普通の良い子よね。

  概ね偏見なく受け入れて、でもおかしいことはおかしいって言えて、人の気持ちを考えられて、努力を怠らず天狗になることもなく、ちょっと面白くてリアクションも良くて、怖いことは怖いし好きなことは好きだし、鈍感だけれどそれでも好かれるだけはあるし、ちゃんと相手に誠意を持って接しようとしているし、良い子よね。

  勘違いで暴走しがちなところはあるけれど、それも勘違いの土壌はあるし、わからなくもないぐらいだもの。狼は悪いやつだからって逃げ出すって、普通は普通のことじゃない?その狼が良い狼だったってことが例外なだけよ。しかもその狼が悪ふざけて襲う真似でもしてたら、いいからさっさと逃げろって話だし。

  見た目もいいし、頭もいいし、平民で慣れてないってところぐらいしか突っ込めるとこないんじゃない?

  殺すとか息巻いてる私を皆なだめるぐらい、人望もあるし、良い子よね」

 「ふうん」

 「ヴィオラは大嫌いなようだけれど、あの子、基本的に誰だって嫌いだもの。だから嫌われるのよ。あの子が好きなのって、先生とコラソンさんぐらいじゃない?逆にあの子を好きなのは私と、あと好意的って意味ならお兄様がそんな感じね。お兄様は誰かをお嫌いになることなんてほとんどなくて、ご自分が一番嫌いな方だけれど」

 「そういうところ、尊敬するよな。不甲斐ない情けないって言いながら、卑屈にならずに出来ることを精一杯やる。本当に、格好いい」

 「私にすら勝とうとするあのプライドの高さは、憧れるわ。だから私やあなたみたいな、自尊心が肥大化したのに懐かれるんでしょうね。もう、最高に格好良いわ。

  お兄様のことになると一晩でも語り尽くせるから早めに話を戻すけれど、だから問題なのは平民なのにレイヴァンとくっついちゃったことで、それ以外って特にないのよね。

  ぶっ殺したい気持ちもあるけれど、それを言うなら、もう私が出会いたかったあの子は私に殺されてるっていうか。

  私が殺しちゃった残滓が今のあの子で、それを認めたくなくて駄々をこねてただけっていうか。

  要するに、恨みがあるのは私に出会わなかったあの子であって、あんな搾りカスには何の因縁もないの。

  するとここで話が戻ってくるのよ。さあ、私は何がしたいんだろうって」


 私は前世の記憶があるだけで、ただの小娘だ。ある程度自立はしているけれど、まだまだ未熟であることに代わりはない。

 例えば、八つ当たりで女の子をいじめちゃったりするような。


 「自分でもわかってないのか?」

 「というより、決めてないのよ。なんだか禅問答みたいっていうか抽象的なふわふわして会話になりそうだけれど、まあそんな感じで、決めかねてるのよ」

 「つまり選択肢は出揃っているんだな」

 「あなたのその、話が早いところは好きよ」

 「それはどうも。で?言う気はないのか?」

 「隠す気がないわ。だから言うと、懐柔するか、初志貫徹するか、無視するか、よ」

 「ああ、レイヴァンとの関係を許す時は見捨てた時なんだな。レイヴァンを説得して別れさせるか、あの女を始末するか、関係を全て無にするか、だから」

 「ええ。泥船には乗りたくないもの。…そんなわけで、迷ってるの。レイヴァンは大事な子で、でももう私がいなくても大丈夫になったわ。だから見捨ててもいいんだけれど、見捨ててもいいのと見捨てたいのはまた別よね」

 「だが、説得は無理そうなんだろう?だから、嫌われる可能性が高い抹殺案を全面に出している」

 「あの子が頑固なのは、あなたもよく知ってるでしょう?一時的に別れさせても、絶対後からまた未練が出てきて面倒よ。我儘なんだから」

 「てことは、答えは出てるじゃないか」

 「出てるわよ。出るわよ、そりゃ。懐柔が無理で、暗殺がブラフなら、残った無視しかないじゃない。…それが嫌だから、足踏みしてるのよ」

 「…共存は、無理なんだよな?」

 「はあ?」


 ジオルクは、何馬鹿なこと言ってるのかしら?思いっきり馬鹿にしたような声が出たじゃない。一応相談に乗ってもらってる立場なのに。


 「あの子と仲良くこよししなさいって?私が?この私が、あんな無知の知もない、世間知らずの平民と、仲良くレイヴァンを取り巻くの?本気で言ってるならその頭かち割るわよ」

 「まあ、無理だよな。さっきなんだかんだ言っていたから、案外出来るのかと思った」

 「出来るか出来ないかで言ったら、そりゃ出来るわよ?そうね、一言謝ってお涙頂戴のお話でっちあげて、その後先達として優しく教えてやったら、あの子も世間を知れるし仲良く出来るでしょうね。―――でも絶対に謝りたくない」


 なんで私が、誇り高きネーヴィア家の娘の私が、平民なんぞに頭を下げなきゃいけないの?

 例え処刑されようと、ごめんだわ。


 「この私と話すことからおこがましい。視界に入ることすら不敬。同じ学校だから百歩譲ってそれを許したとしても、今までの私に対する態度がもう許せない。学習するから良いってものじゃないわよ。言われる前に気づきなさいよ。大体、そっちが第一印象で嫌っといて、こっちが第一印象で嫌って何が悪いの?深淵を覗くものは等しく深淵からも覗かれてるってこと自覚しなさいよ。ていうか、悪いと思って反省したなら謝罪するわよね。それがないってことは、腹の底ではこっちが悪いって思ってるってことよね?そんな相手に、私が謝れと?」

 「分かってるから落ち着け。噴火するな。怖いから」

 「……ってわけで、私に謝る気がないから共存はまず無理よ」

 「ああ無理だな。案を出しただけで噴火寸前なら、実際本人を前にしたらキレるな。頼むからキレないでくれ」

 「そんなに簡単にキレやしないわよ」

 「おいデブ」

 「―――今すぐ土下座するか死ぬか選ばせてあげるわ」


 フォークを構えたらジオルクはすぐに両手を挙げた。


 「簡単にキレるだろうが。冗談だ。お前は全然太ってない。見た目は、とても華奢だ」

 「見た目はってどういうことよ」

 「お前の中身のどこが華奢なんだ?傲岸不遜で傲慢で性悪で図太くて、…そういうとこ、好きだ」

 「……あっそう」


 急に優しく微笑むんじゃないわよ、調子狂うって言ってるでしょ。あとあなたの女の趣味、本気で悪いわよ。手遅れなレベルよ。


 「自覚はある。美点も腐るほどあるというのはわかっているが、目につくのは欠点ばかりで、しかもそこが好きとか、我ながら趣味が悪いにも程があると思っている」

 「自覚があるなら直しなさいよ。あと、そんなひどい顔してた?」

 「ああ。あの馬鹿を好きと言うお前を見る時のレイヴァンのような目をしていた」

 「だって面白いじゃない、あの子。そういえば、この前あの子から貸してもらった本なんだけれど、これがまた清々しいほどのクソ小説で、すっごく面白かったのよ」

 「そんなクソ小説を好むお前が好きだ」

 「じゃ、読む?」

 「遠慮する」

 「あらそう。残念ね」


 それから、「じゃあフランツによろしく言っておいてくれ」と言ってジオルクが立ち上がる。帰るのだろう。私も、「服はあとで洗濯して届けさせるわ。お兄様を服を汚したら弁償よ」と言って、使用人にジオルクを見送らせる。


 一人になったし、召使を呼んでお茶を新たに入れさせ、一息つく。


 ―――とまあ、ここまでで話半分だ。


 なんだかんだでプロのウィルならともかく、一度裏切ったジオルクを信用して本心を吐露するわけがない。ウィルにしても、エリオンのスパイの可能性も除外出来ないから計画の肝は教えないけど。


 ジオルクに話したのがまるきり嘘ってわけでもない。そういう気持ちはある。

 でも、それだけでもない。

 確かにリリーが良い子だっていう気持ちもあるが、ぶっ殺したいって気持ちもしっかりあって、今までは今日のパーティっていうイベントがあるまで生き延びるって知ってたから、殺す殺す言いつつも死なないって承知の上での殺意だった。だから、殺意はあったが殺す気は元からなかった。

 でも、新たな可能性も出てきた。

 イベントは終了し、ここからはいつ死んでもおかしくない。

 いつ、どのルートで死んでも、それが前提の『誰が一番先に捕獲or殺害できるかな』という椅子取りゲームだ。例え俺様王子ルートを選択していても、癒し系教師ルートバッドエンドに入ることも可能だ。


 じゃあ、ノーマルエンドなんて、余裕よね?


 ノーマルエンドの難易度が高いのは、ルートに入ったら逃げ切るか捕まるかの恐怖の鬼ごっこだからだが、この現実を直視した今では、それだけじゃないと思っている。

 元から、悪役令嬢も主人公を殺す気だったのに、馬鹿だから攻略対象キャラに横取りされていただけなんだ。だから、優しい生徒会長のちょっとした誘導ですぐに殺しに行くんだ。最初から、殺意があるから。殺そうと思っていたから。


 つまり、ノーマルエンド以外を全部潰せば必然的に私が殺すことはできるし、私も殺す資格を得ている。

 ただ能力的な問題で遅れを取っただけで、迅速にやれば悪役令嬢だって横取りは出来る。

 謎の修正力で邪魔されることも、ない。


 私はちゃんと、真実が半分って言ったもの。嘘が半分なわけじゃないとも、親切に言ってあげたもの。

 真実と嘘を半分ずつ混ぜて話したわけではなく、真実を半分しか語らなかっただけ。

 穏便に片をつけようって気持ちも半分ぐらいはあるけれど、殺意も半分あるのよ。

 そのためなら、誰だって、例え兄でも、殺してもいいわ。


 悪いけれど、私、ジオルクほど兄に傾倒してないのよね。

 何がどうなろうと、構うものですか。

 とにかくあの子が憎いのよ。

 たとえこの殺意がゲーム補正により生み出されたものでも、構わない。

 絶対に許せない。

 殺してやる。


 「…って盲信できるほどの殺意もないから困ったものよねー」


 本当に、どっちかにして欲しい。

 燃えたぎる殺意はあるけれど、それと同時にあの子が悪いわけじゃないことも頭ではしっかりわかっていて、じゃあ押し込めるかといえば『身分違いの恋でレイヴァンに言い寄っている』という吐け口が用意されちゃってて、どうにもならない。

 何度も主張するが、ジオルクに話したことは、半分ではあるが、確かに真実ではあるのだ。

 一度ひどい目には見せてやりたい。けど、殺すことはないと思う。

 ぶっ殺したいと思う。でも、彼女に非がないことは明白だ。


 だから、迷う。

 レイヴァンを説得して別れさせ、殺意を抑えこんで平和に終わらせるか、

 リリーを、何の罪もないと知りながら殺してレイヴァンや周りに嫌われるか、

 見なかったフリをしてレイヴァンごと全部切り捨ててこんな迷いも捨てるのか、

 悩む。


 やるなら徹底的にやってしまう人間である自覚はある。レイヴァンを説得するなら、あることないこと吹き込んで、実際にそうなるようにリリーを強制的にでも誘導させて、とにかく幻滅させるだろう。周りから圧力もかけるだろう。レイヴァンが別れないと国外に技術輸出するとか脅しもするだろう。

 虚偽と偽装で塗り固めて、脅して、権力で押しこむ、まさしく悪女のような仕打ちをする。そうしておいて高笑いまでする自分がありありと想像出来る。


 リリーを殺すにしても、孤児院炎上とか平気でやる。そういう人間だ。嵌めてあの子の醜聞まき散らして、権力者にチクって孤児院炎上させて、先生そそのかしてあの子を醜い姿に変えさせて、挙句に極悪人として牢屋にぶち込んで攻め上げて、処刑する。誰から嫌われようが、味方がいなくなろうが、突き進む。今までの全部が壊れて一人取り残されても、あんな子のために努力してたとか黒歴史だ、とか言って、清々しく明日を迎える。そこから新しい毎日が幕を開ける。無実の人間を苛んで殺しておいて、今までの人間関係壊しておいて、日々を楽しむ。


 そう考えると、一番人間関係に被害がないのは、無視することだ。

 もうレイヴァンは子供じゃないんだし、一人でも大丈夫だ。婚約解消したんだから、何の関わりもない。レイヴァンが無茶しても、エリオンがいる。なんとかするだろう。

 でも、やっぱり私はレイヴァンが好きで。

 一切合切見捨てるなんてしたくなくて。

 それが一番良いとわかってるのに、それを選べない。


 ずっと一緒にいた、小さな男の子。

 なんだかんだで明るくて、強かで、愛されていて、懐いた人には甘えん坊で、素直で、こっちの思惑なんか知らずに無邪気に笑いかけてきた。

 小さな小さな、私の宝物。

 弟みたいな、可愛い子。


 見捨てられるわけがない。一人で大丈夫でも、お節介を焼きたい。見守りたい。頑張り屋さんなあの子に、幸せになってもらいたい。そう願わずにいられない。

 ああ、本当に、なんで俺様王子ルートを、レイヴァンを、選んだんだろう。

 なんで私は、攻略対象たちに近づいたんだろう。

 あんな子に、レイヴァンは渡せない。ジオルクは譲れない。お兄様は分けられない。スカイは貸せない。エリオンも、プレシアも、ヴィオラも、ウィルも、あげられない。

 みんな、好きだもの。

 平民なんかに、あんな子に、奪われたくない。


 あの子に何が出来るの?あの子に国政の手伝いが出来るっていうの?レイヴァンを支えられるの?レイヴァンが苦手な接待や化かし合いを代われるの?ちゃんとレイヴァンの笑顔を引き出せるの?

 ジオルクと喧嘩出来るの?親戚に負けず、食らいつくことが出来るの?完璧なジオルクに並び立てるの?ちゃんとあのプライドの高さを理解出来るの?弱音を吐けないあの強がり屋の休息場になれるの?

 お兄様の素晴らしさがわかるの?表面上だけでなく、ちゃんとその弱さやコンプレックスを理解して、頑張らなくていいって言ってあげられるの?それでも頑張る尊さがわかるの?神聖視しないで、ちゃんとある好き嫌いに気づけるの?勝手に期待して失望したりしないの?

 スカイの優しさがわかるの?ヤンデレ気質があっても、ちゃんと相手のことを考えられて、そんなところ見せないスカイの格好良さがわかるの?ちゃんとその見栄っ張りを剥がして泣かせてあげられるの?いろんな欠点も、受け入れてあげられるの?

 エリオンの賢しさと生意気さも、プレシアの不憫さと健気さも、ヴィオラの馬鹿さと面白さも、ウィルの非情さと素直さも、ちゃんと受け止められるの?


 ちゃんと、幸せに出来るの?

 苦労してきた皆を、その苦労を、報われさせるように出来るの?


 何、私なんかに妨害されてるのよ。

 なんで、悪役なんかに負けてるのよ。

 あなた、ヒロインでしょう?主人公でしょう?正義のヒーローでしょう?じゃあ、悪の親玉なんてぶっ飛ばして皆を救いなさいよ。幸せにしなさいよ。

 こんな、レイヴァンと地位目当てで婚約した上に虐げていたような、ジオルクと喧嘩と罵りばかりでプライド粉砕したような、お兄様にコンプレックス抱かせまくりだったくせに迷惑しかかけてなかったような、無理やりスカイの本性暴いて更正させなかったような、エリオンとプレシアとヴィオラを罵倒し続けて、ウィルを殺そうとした私なんて、こんな女なんて、早く倒しなさいよ。

 早く、悪役退治して、めでたしめでたしにしなさいよ。

 それが、出来ないなら。

 私も倒せないようなヒロインなら。

 誰一人だって任せられないわ。


 レイヴァンと一緒に見捨てるなんて、出来ない。出来るけど、したくない。

 ああもう、せっかく血に酔ってたのに、殺し合いとか初めてなのに、味方が強すぎて私自身も強くなりすぎて、全然迷いとか忘れられないじゃない。いっそジオルクが目茶苦茶にしてくれたらよかったのに、あの乙女童貞、無駄に大事にしてくれるし。キスでいいから迷いを忘れさせなさいよ。本気で押し倒すわよ。


 いろんな選択肢があって、取れる選択肢も豊富で、だからこそ悩む。

 たった一つに絞ってくれたら、考えなくて済むのに。

 ヒロインがルートに入れば自動的にレイヴァンが私を嫌うようになるなら、楽なのに。

 血まみれになっても、変わらずケロッとしてて、レイヴァンも兄も嫌悪も恐怖もしてなくて、大好きだけど、迷うじゃない。

 情が湧くじゃない。


 リリーに罪はない。

 けど、私はリリーが憎くて殺したい。

 でも、そうしたら嫌われて恨まれる。

 そして私はレイヴァンを見捨てたくない。


 本当に、いっそ先生みたいに背反してくれれば、情なんて捨てられたのに。

 後輩みたいに関わらない道を選べればよかったのに。

 リリーがヴィオラみたいに欠点だらけの馬鹿ならよかったのに。

 どうしろっていうのよ。




 思い悩んだから、一応の方針として、阿弥陀くじをした。

 あ、リリーぶっ殺しルートね。りょーかーい。


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