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一応グロ注意です。
会場に戻り、レイヴァンとリリーを観察して野次を投げるという遊びをしていたら、ついにそのときが来た。
「っ全員動くなぁ!!」
パーティイベント最大の見せ場、襲撃事件だ。
仮にも乙女ゲームの最大の転機かつ見せ場が襲撃ってどうなんだ、という話だが、これは意外と好評だった。
何故って、あのホラー要員になるほどオーバーキルな攻略対象たちが、主人公を守ってくれるからである。
俺様王子はとっさに、というようにツンデレ(『か、勘違いしないでよね!』の方。レイヴァンはそっちのツンデレはないけどゲームでは両方併せ持ってた)も忘れて主人公を背に庇い、
ドS公爵は冷静に剣に手をかけ、
癒し系教師ははわはわと慌てながら主人公を安全そうな場所に誘導し、
優しい生徒会長は主人公に目配せして自らが襲撃犯の前に行き、
女遊び先輩は日頃の愛想の良さを捨てて険しい表情で襲撃犯を睨みつけ、
ミステリーな後輩は足を震わせながら、『だ、大丈夫ですから、リリー先輩!』と主人公を励ます。
逆ハールートでは後輩はいないが、その他五人に守ってもらえるのである。オーバーキルにも程があるが、ちゃんとした乙女ゲームを求めてきた人たちには好評だった。
ちなみに、ノーマルエンドのときは、悪役令嬢が『邪魔しないで頂戴!』と襲撃犯に突っかかっていっていて、それもそれで胸熱だった。いやいじめたいからって襲撃犯に突っかかるなよ、という笑いと、主人公へのライバル意識が見えて、結構好きだった。後輩は『百合展開美味しいですムシャア!』とか言ってたから引っ叩いた。
で、その襲撃犯は、王族に恨みのある集団。詳しい動機などはゲームでは明かされていなかったが、聞く限り隣国、エリオンが婿に行く予定の敵対国の人間のようだ。
なんでも、エリオンがきたら国が乗っ取られる、とか訴えてる。正しい。実に正しい。あの子は乗っ取る気満々だ。
だからとりえず襲撃かけたけど、ここにはエリオンはいない。王族が出るってことだけで、エリオンとレイヴァンを取り違えたらしい。あらまあ。
なんて間抜け。
「ですから、ここにエリオン殿下はいらっしゃいません。皆、無辜の生徒たちです」
真っ先に出てきて、『生徒会長だから』と襲撃犯と交渉している兄。
襲撃犯は、サーカス団に偽装していた。
エリオンの情報収集能力を知っていたのかわからないが、見事にその弱点を突いている。エリオンは、流れ者には弱い。情報が流れだす前に行動すれば、出し抜ける。
サーカスだから刃物があっても不思議ではないし、足りない突貫力は猛獣で追加出来る。流れているのも、興行といえばそれまでだ。
さらにいえば、人間より、猛獣のほうがよほど恐怖を煽る。怖いのは、結局のところ、人間ではなく武器だ。ならば、自律して動ける猛獣というのは、とても強い武器だ。恐怖も煽られる。人間を制圧したってどうしようもない。
上手いことを考える。
こうして侵入できた手際一つ考えても、エリオンとレイヴァンを取り違えこそしていたがその動機にしても、綻びはない。
賢いんだろう。
ちゃんと考えた末の行動なんだろう。
でも、やっぱりあなたたちは間抜けなのよ。
「なら、王太子を連れて来い!そいつを人質にしてやる!!」
キャンキャンと吠えて、兄に虎を向ける襲撃犯の一人。
兄は虎が自分をロックオンしても、そこから動かず、その背に生徒たち全員を守る。
エリオンがいないと知らなかったように、襲撃犯たちは知らなかったんでしょうね。
ここに、天才児という賞賛をほしいままにしたサディストがいることを。
最悪に備えて鍛え上げ、そのサディストと同等以上の実力を持つ性悪女がいることを。
今要求している王太子の背後に、モンスターペアレントが控えていることを。
そして、自分たちが殺意を向けているその生徒会長が、誰よりも愛されていることを。
きっと、知らなかったんでしょうね。
―――ご愁傷様。
***
突然の襲撃者たち。
その時レイヴァン殿下といた私は、彼の背にかばわれて、ただ怯えていることしかできなかった。
「全員、その場から動かないように」
その私達全員を、殿下や教師たちを含めた全員を、大きな背中で守ってくれたのは、生徒会長だった。
襲撃者たちが入ってきた時に、躊躇いもせず前に進み出て、皆を守ってくれた。
「てめえ、なんだ?」
「生徒会長のフランツ・ネーヴィアです。……俺には生徒たちを守る権利がある。だから全員、抵抗しないように。大人しく、その場で待機していなさい。これは命令だ」
凛とした声で、私達に指示を出した。見れば、レイヴァン殿下も何人もの生徒たちも、生徒会長を連れ戻そうと、あるいは生徒会長に危険に晒している襲撃者たちに剣を向けようとしていた。中には女子生徒ですら、テーブルのナイフやパン切り包丁などに手を伸ばしていた。わかっていたことだけど、会長の人気がすごすぎる…。
じゃあ、と会長が主に指示しただろうあの令嬢を探すと、…予想に反して、しれっとしていた。
幼なじみさんと一緒に、『あらまあ大変そうねえ、ところでデザートはまだ?』とでもいいそうなぐらい、普通にしていた。
拍子抜けする。
ついで、憤りも感じた。会長が危険なのに、普段からお世話になっているのに、なんでそんなに平気そうにしているんだ、と、自分も何も出来ないくせに理不尽な怒りを感じた。
何もできないなら同じだ。下手に頭に血を昇らせるより冷静である彼女たちのほうがいい。
そうはわかっていても、憤りを感じずにはいられなかった。
「………あぁ…」
でも、レイヴァン殿下は、彼女たちを見て、怒りを納めた。
驚いた。
どうしたんだ、と目を丸くした私に気づいたのか、不安になっていると思ったのか、「大丈夫」と小声で微笑んでくれた。
「大丈夫、俺たちよりよっぽどキレてるのがいるから、すぐに終わる」
……え?と思った。
レイヴァン殿下は「あー、さすがフランツの彼女、大人しくしてるし、巻き込まれないようにしてる。さすがだなー」と妙な感心をしつつ会場を呑気に見渡していた。ってことはその彼女さんがキレてるの?でも大人しくしてるって…?
状況がつかめない私を置いて、会場の生徒たちはどんどん落ち着いていった。クラスメイトたちから始まり、どんどん皆怒りを収めていった。
ついていけていない私に、レイヴァン殿下は笑って一言、
「自分よりキレてるのを見たら、自然と冷静になれるものだろ?」
……やっぱりわからない。実は会長こそが一番キレてるってことなの?あ、それありそうだな、なんて思ってる間にも展開は進む。
襲撃犯たちの要求、会長の交渉、そして出てきた―――武力行使。
襲撃犯たちの連れていた猛獣。
虎。
虎は、威嚇するように、生徒会長に唸りをあげる。
そして、一陣の光の後、ぽろりと首を落とした。
いや、首を斬られたんだ。
全員の時間が止まる。他の猛獣達も、注目しているように見える。
一拍置いて、血が吹き出し彼女に飛び散った。
首を落とした犯人。
大太刀を携えた、セリア・ネーヴィアに。
「猛獣って、いい武器よね。殺さない限り止まらないし、使用者を殺したって止まらないどころか獰猛になる。いいわね。私は欲しいとは思わないけれど」
彼女は何でもないように、独り言のように言って、咆哮とともに襲いかかってきたライオンの口を真一文字に切り裂いた。
さすがにライオンを上下半分にスライスとはいかなかったが、それでも十分絶命しているだろう。
冷静で、壊れているわけでもキレているわけでもないように見える彼女。
でも、そうだ。
やっぱり、あのブラコンの彼女が、キレてないわけがないんだ。
冷静なだけで、キレているように見えないだけで、…しっかり激怒している。
「ウィル、出番よ」
「うーっす」
彼女の言葉に、どこからか、男性が出てきた。
会長ぐらいの歳で、中肉中背の、どこにでもいそうな人。
存在感がないというか、気配を感じられない人。
彼は彼女の手下のようで、言葉遣いこそ不敬だが、彼女の後ろに控えて服従を示していた。
「ここの方々を守って頂戴。お兄様とレイヴァンを最優先で、私と関わりの深い人を優先的によろしくね。リリー・チャップルはワニの餌にしてもいいわ」
「ひっ…!」
突然飛び火した自分の名前に、彼女の言葉に、思わず引きつった。
こんな非常事態にも、恨みを決して忘れてくれない。
自己中心的。自分勝手。唯我独尊。傲岸不遜。
いろんな言葉が駆け巡った。
そうか―――彼女は、太刀のような人なんだ。
良いとか悪いとか関係なく、切り裂いてしまう、刀。
切っ先の向き次第でどこにでも刃は向く。周りの反応や使用者の意図なんか気にもしない、ただの大きな力。
そんな力に睨まれたんだから…確かに、死なないように、でも弱い忠告だ。
走馬灯のように現実逃避していると、従者さんが呆れた顔をした。
「ご主人、そんなこと言うから引かれるんじゃないですか?あと、標的は王太子とくっついてるから無理ッス」
「役立たずね」
「常識的って言ってくださいよ」
彼女は太い針のようなものを彼に飛ばし、彼はひょいと避けた。その先にいた蛇に突き刺さり、蛇は泡を吹いて亡くなった。
その辺りで、もう動物たちも人間たちも腰が引けていた。
二人とも、恐怖がみじんもない。
普通に、『話しながら部屋の片付けをしている』ぐらいの気楽さで、気負いのなさで、殺している。
勝てる気がしない。
まともに戦えるとも思えない。
血まみれの彼女と、気配すら感じない彼は、とても恐ろしかった。
「……それ、どこに隠し持っていたんだ?というかお前はその太刀を使うのか?」
その空気を読まず普通に訊くのは、幼なじみさんだ。彼女が自然に持っている太刀について、気になったらしい。この状況で。
さすが幼なじみ。さすがあの令嬢に惚れる猛者。格好良すぎて勇者すぎる。
「太刀じゃなくて大太刀なんだけれど、説明が面倒だからそれでいいわ。で、これはパラソルに仕込んでいたのよ。柄の、あの丸まってる邪魔なところあるでしょ?それであの傘のひらひらしている部分とくっつけてたのよ。だからあれを外せばこうして出てくるってわけ。あと、後ろ」
「ん、悪い」
幼なじみさんは後ろから襲いかかろうとした人間を、サーベルで突き刺した。
目を、過たず。
絶叫する間もなく、脳まで破壊されてその人は倒れる。幼なじみさんは体液が散って、少し嫌そうに顔をしかめたが、それだけだった。
……ああ、勇者とかじゃなくて、それもあるだけどけどそれだけじゃなくて、彼も激怒していたのか。
幼なじみさんも、冷静なだけで、襲撃犯たちに憤り、キレていたのか。
なんて似たもの同士。
「生憎、後ろに目はないんだ。助かった。で、それがあのパラソルの中に収納されていたということは、普段からそれを持ち歩いているということか」
「ええ、愛刀だもの。当然じゃない。ちなみに鞘はちゃんとあるけれど、どの道大きすぎて抜刀術とか使えないのよね。だから鞘なしで良いってことよ。ちょっとパラソルが大きくなるのと、実際に開いたらかなり不格好になるのが玉の傷ね。沿った刀身を誤魔化すのにふりふりをつけているけれど、開けたらまるわかりだもの」
足元にいつの間にか忍び寄っていた毒グモに、細身のナイフのようなものが突き刺さった。従者さんの仕業だろう。私の前には、彼女が最優先と言ったレイヴァン殿下がいるから。守ってくださっているから。
「ふうん。サーベルとは使い方が違うんだな」
「ええ。だから、サーベルはあくまで決闘用なの。私はこっちが本業よ。こっちのほうがしっくりくるんだもの」
「じゃあ刃が潰されていないサーベルを持っていたらくれ。これじゃさすがにきつい」
「そんな余分なもの持ってないわよ。適当に殺して奪えばいいじゃない」
「こいつらが主に持っているのは短剣だが、短剣はサーベルほど嗜んでいない。今度こそお前を叩き潰そうと思って訓練していたのに、また別な手が出て来るなんて、まだまだ決着はつきそうにないな」
「あなたが負けを認めればすぐにつくわよ?あ、じゃああれなんてどう?いい感じじゃない?」
「ん、そうだな。じゃあもらいに行くか」
「私のほうが近いから私が行くわよ。……ほら、あなたもちゃんとお兄様とレイヴァンを守るのよ。ウィルも大変なんだから」
「言われなくともそのつもりだ。…ん、結構扱いやすいな、これ」
「あー、バスタードソードみたいね。片手半剣とも言って、片手剣と両手剣の雑種みたいなもんよ。切ることも突くこともできる便利な子」
「使いやすい。もらっとこう」
「お手入れはマメにしてあげるのよ。私なんて愛刀には名前つけてるわ」
「ほう?」
「この子は霧雨、サーベルのほうは秋雨よ。妖刀村雨はさすがにやめたわ」
「…よくわからん」
「それでいいわ。あ、右」
「…っと、すまない。というか、なんでお前は普通に会話しながら殺しながら俺のほうまで気を配れるんだ?」
「慣れね。でも、本職のウィルはもっとよ?会場中に気を配りながら、特にお兄様とレイヴァンに気を配りながら、さりげなく私のことも気にしてくれてるもの」
「ご主人が死んだらエリオンにくっそ拗ねられるので」
「…気になっていたが、そいつは誰だ?第四のとか言ってなかったか?」
「第四のって誤魔化しただけで、本当は私の手駒よ。ついでにエリオンの友達ね」
「ああ、曲者か」
「この理解で、ご主人とエリオンがどんな目で見られてるのかわかりますね」
「あなた自身の印象の悪さの原因を私達に押し付けないでくれる?」
「ご主人とエリオンがそういう人間だってことは変えようのない事実です」
「そういえば、ごま団子作ろうと思ったんだけれど、口の減らない密偵の分はいらないわよね」
「すみませんでしたぁあああ!!」
「ごま団子?食べたことないな…」
「ゴマ餡を餅で包んで、その周りにごまをくっつけて揚げたものよ。カロリー高いし焦げやすくて調理は大変だったけれど、私、あれ好きなのよ。この前やっと完成したラーメンもいい出来だったわ」
「かんすいが、とか、とりがらが、とか呻いていたやつか?あれは美味かったな」
「え、ご主人、それ俺食べたことないんですけど…」
「え?なんで手下に分けてあげる必要があるの?」
「…あ、あのー、ご主人、その…」
「甘いものならまだしも、甘くないもの。エリオンだって食べてないわよ」
「担々麺、とかいうやつはフランツが大喜びしてたな。普通の辛さのは美味かった」
「お兄様のために頑張って作ったのよ。レシピ思い出せないところは試行錯誤して。頑張ったのよ」
「ご、ごしゅじーん…」
「そうそうジオルク、足手まといにならない程度にね。最低限自衛してくれたらそれでいいわ」
「ああ、そうする。お前らの動きにはついていけない。…その本職はいいとして、お前は一体何を目指しているんだ…?」
「それは俺も訊きたい」
「あのねえ、言っておくけれど、私だって貴族のお嬢様よ?小競り合いはともかく、実戦はこれが初めてよ?」
「…っのくせに、ご主人もお前も慣れすぎてンだろ。マジで職業何だよ」
「職業学生。趣味喧嘩、特技サポート。日常的にセリアのような格上から殺意を向けられてきて慣れた」
「職業学生。趣味読書、特技暗躍。日常的にあなたとじゃれたりジオルクと殺し合いの一歩手前で競り合ったりして慣れたわ」
「世の中の学生はこえぇンだなァ!?」
「そんなことないぞ!なあ、フランツ」
「そうだねえ。あれが普通なわけないからね」
「そこ二人はなンで呑気なンだよ!」
「ずっとセリアとジオルクの殺し合い見たり仲裁したりしてて慣れた」
「二人とも俺のために怒ってくれてるんだからね。それを怖がったりしないよ。…当てにして、危険なことさせてごめんね。ありがとう」
「お兄様…!」
「フランツ…!」
「あ、わかった。あそこが頂点なンだな」
大太刀を携えて血飛沫を巻き起こす彼女。
その彼女の死角になるところや届かないところの敵を切り捨てる幼なじみ。
その二人と会場全体の防衛をする従者。
普通に話す彼。
きちんと惨劇を見た上で謝罪と感謝をする会長。
どこか、遠い世界の出来事のように感じた。
明るい光の下でも、血に濡れて鈍くしか光らない刀身。
華奢な彼女には不釣り合いなほど大きな、刀。
爛々と瞳を輝かせ、血飛沫を浴びる彼女。
むっとするほど、血生臭い匂い。時間が立っているからか、血には意外と粘度が出ていて、にちゃ、と足の下で音を立てる。消化器官の内部も外気に触れ、吐瀉物や排泄物のような悪臭もする。漏れでた胃酸は高価な絨毯を溶かし、つん、とした酸味のある匂いを振りまく。これに獣臭さや料理の匂いも混じり、思わず吐きそうになる。
ばっさばっさと、一太刀で斬り伏せる、真っ黒で真っ赤な、三日月形の口の人影。
完全に息の根を止められているわけではないのか、苦痛の呻き声や死にたくないとあがく声があちこちから聞こえる。
どんな気持ちでそれを聞いているのだろうか。
どんな気持ちで、殺しているのだろうか。
どうして、嗤っていられるのだろうか。
「いやー、ご主人、俺より獰猛ッスねー」
「本職に言われたくないわ。やっぱりあなたと比べると、まだまだね」
「一応俺は隠密行動が主体ですから。ご主人みたいに派手なやつとは比べるもんじゃないですよ」
「よく言うわよ、サボってるだけなくせに。…まあいいわ、精々私が食い散らかした後の残飯でも細々と食べてなさいな」
「ハハっ、ご主人の何がぱねーって、もう何も出来ない瀕死状態になったら、わざわざとどめを刺してやらないことですねー。何も出来ないし、なんかされても瀕死のやつらなんかの最後の抵抗なんて屁でもないから、無駄な手間かけないって、マジぱねーッス。気質の思考じゃねぇよ」
「言葉遣い」
「この状況で、この内容で、言葉遣い優先すんのも、ぱねーわ。…何でも極めたら芸術に昇華するっつーけど、師匠とか暗技とかつい見惚れるほど綺麗で演舞みたいだったけどよ、あんたそーゆーとこ皆無だなァ。野生動物が食い散らかしてるみてーで、汚くて、醜くて、残酷だわァ」
「じゃあ精進が足りないってことかしらね。お綺麗なやりかたが見たいなら、ちゃんとした剣や仕込み武器で魅せてあげるわ。―――でもこっちじゃ、見た目より実用性重視よ」
「…マジで、あんたの敵にだけはなりたくねぇな…。俺が殺せンのは鉄板だけどよぉ、気ぃ抜けば殺されそうだし、殺せても、トラウマになって後々に支障が出るだろ。下手すりゃ、あんた一人と引き換えに、俺の暗殺者生命絶たれそうだぜぇ…」
「じゃ、言葉遣いに気をつけなさい」
「ウィーッス」
人が死ぬ。どんどん死んでいく。
彼女が、殺していく。
「つまり、決闘のために剣術を鍛え、それだけでは不足だからと淑女の仕込み武器に手をだし、しかし実は本業はこの刀か。舐めているのかお前は。どこまで物理特化なんだ」
「なんだかんだで私が伸び悩んだと思わせるほど剣術の腕があるあなたに言われたくはないわ。あなたこそ何目指してるのよ。ていうか、話せるような状態なの?そろそろあなた、キツイんじゃない?」
「キツイ。だが一応戦力にはなれるぐらいだし、惚れた女戦わせてのんびり休めるか。意地ぐらい張らせろ。足手まといになる前には引く」
「状況把握ができてるならいいのよ。ちゃんと使い潰してあげるから、引き際だけは見余らないことね。死にたくなければ」
「はいはい。それより、お前は大丈夫なのか?さっきからかなり派手に動いているが…」
「あなたとウィルのサポートがあるもの。先陣切って突っ走るだけって、結構楽しいわよ?優秀で信頼できるサポートがあるときは、特に」
「はっ、それは光栄だ…」
彼女が翔ける度、血が舞う。
逃げ出そうとする猛獣達も、逃さず、針を投げて仕留めている。
戦意喪失したものも、動物も、逃がさない。
彼女の兄に敵意を向けた全てを、許す気がない。
「フランツー、当てにしてって、やっぱりあれ、セリアたち頼みだったんだな」
「うん。セリアとジオルク以外にこの状況を打破出来ると思えなかったから。だから他の皆、セリアやジオルクみたいにぶっ飛んでない皆には大人しくしてもらったんだよ。…まさかセリアにあんな優秀な手駒がいたとは知らなかったけど、それを呼び出す時間稼ぎぐらいは出来たみたいだね」
「それに、あの二人もうブッチギレてたもんなあ。あんなの見たら冷静になるし、下手に邪魔して獲物取ったら殺されそうだし」
「レイヴァンたちの何が怖いって、日常的に死ねとか殺すとか言って、しかも四割ぐらいは本気なことだよね。最近の若者の人間離れが深刻だよ」
「え?だってセリアが、上に立つ者は一言一言が誤解されたりするから、よく考えて発言しなさいって、本気じゃないことはあんまり口にするなっていうから…」
「ちょっと間違えたらそれ、ただのDQNだよ。本気で殺すって言ってるんだから」
「セリアとジオルクは、いつも本気で殺しそうだぞ?」
「あの辺は感覚が麻痺してるっていうか、命より名誉のほうを上に置いてる貴族なだけだから。レイヴァンは真似しちゃ駄目だよ」
「はーい」
真っ黒で真っ赤な人影。
三日月型に裂ける口。
私の感覚の外で笑う声。
血の匂い。
―――未だ止まない、肌に感じる彼女からの殺意。
本能が、ここは駄目だと叫んでいる。逃げたいと、泣いている。
何故か脳裏に浮かぶ真っ赤な月。
違う、今昼間で月なんかなくて、赤い月なんかなくて、……でも怖い。
半狂乱になり、私はその場から駆け出していた。
「っリリー!?」
レイヴァン殿下の声。
それを置いて私は駆けて、―――目の前に短剣を持った男がいた。
―――殺される。
直感した。
だって、あの令嬢は私のことが心底嫌いで、従者さんは忠実な手下で、だから私を守ってくれていたのは結果論で、レイヴァン殿下が傍にいない私を守ってくれる人はいなくて…、
振り下ろされる剣を、ただぼんやりと見ていた。
しかし、
ガキン、とそれは弾かれた。
目の前に、誰かの背中があった。
「―――馬鹿!死にたいのか!」
幼なじみさんだった。
そういえば、令嬢にばかり注視していて、見ていなかった。偶然こっちにいたんだろうか。
幼なじみさんはそのまま、目の前の男を斬り殺した。でも、その様子は背中に隠れて見えなかった。
振り返る、真っ赤に染まった、血生臭い人。
焦っていたその姿が新鮮で、驚いて、やっと涙が出た。
「こ、こわっ…こわか、た…!」
そうだ、最初から、ずっと私は怖かったんだ。
怖くて、泣きたくて、叫びたくて、でも出来なくて、溜め込んだ恐怖に耐え切れなくて逃走してしまったんだ。
怖かった。
怖かったよぉ…!
殺されるかと思った!死んじゃうかと思った!会長が、レイヴァン殿下が、エリオン殿下が、皆が、殺されるかと思った!私も、殺されるんじゃないかなって思って!怖くて!怖くて!怖かった!
涙が後から後から出てきた。
「………おい待て。待て待て待て。ばっさり行くとは言っていたが、ただの人命救助だろうが。待て。落ち着け」
「………敵を守るってことは、敵ってことよね?」
「違う!だから!何年片想いした末にやっと告白出来たと思っているんだ!こんなことでコロっと行くか!」
「……へー、コロっと行きそうだったってことね。へー、ふーん。……コロっと逝っとく?」
「そんなにチョロくないといいたいだけで欠片も心は揺れてない!っレイヴァン!さっさとこの女回収しろ!」
「でも、絆されたから助けたんでしょう?敵ね。早く死になさい」
「っ誰か助けろ!」
「…あのー、ご主人、いくら人数が減ってても俺一人じゃ全員守るのは厳しいんですけどー」
「あらそう。じゃあすぐに行くわ」
「待てその前に話を聞け。だから俺は―――!」
「そういえばジオルク、上手く行くといいわね。応援してるわ」
「……えっと、リリー、大丈夫か?怖かったならそう言って大丈夫だからな?」
「はい…すみません…。…こわくて、…こわ、くて…」
「ああ、怖いよな。……怖いよな」
レイヴァン殿下に泣きついてしまっていた。恥ずかしい。
でもそういえば、なんだか幼なじみさんが風化してたけど、何かあったのかな?
***
なんだかんだあったが、脈はあると思う。
あいつから行動を起こされることはまずないが、こっちから何かしても言うほど嫌がられない。いや、自意識過剰とかじゃなくて、あいつは嫌なら本気でブチ切れて殺しに来るやつだから、勘違いとかではない。本物の『嫌よ嫌よも好きの内』のタイプだ。言い訳じゃなくて本当に。本当に。
…そう願いたいが、自信はない。
好きでないなら、好きでもないくせに嫌がらなかったあいつが悪いんだから特に俺は悪くないと思うが、好きであって欲しいとも思う。何度でも言うが、あいつは嫌なら全力で潰しに来るやつだから、無理やり何かするなんて命取りどころか不可能だ。力にものを言わせて、と言っても、腕力ならさすがに勝っているが、単純な戦闘力なら(不本意ながら)あいつのほうが高い。嫌ならさっさと殺しに来る。本気で。
言い訳ばかり長くなるが、だからあいつは嫌なら殺しに来るような過激なやつで、だから今生きている以上、嫌なわけではなくて、つまり脈があるんだ、…と思う。
まさかあいつに一抹の乙女心が存在して泣き寝入りしていたり、俺を利用したいがために『あー、マジ童貞だるっ』とか内心思いながら付き合ってくれているわけではないと思いたい。童貞で悪いかガキのころから一緒で女遊びする暇もなかったんだ初恋こじらせてんだ悪いか!(逆ギレであることの自覚はある)
あいつ、戦闘民族かってほど負けず嫌いだし、やられたらやり返せ精神でやり返しただけなのかも知れない…それが一番ありそうで嫌だ…。
なんだかんだで人がいるから二人きりにならないし、なっても喧嘩していてそんな雰囲気にならない。たまにデレたと思ったら利用のための布石だし、泣かせるかと思って本気で動揺した気持ちを返せ。冗談でもお前は自分のことをMだなどと言うな真性のドSが。Sで腹黒で俺様でたまに天然で謎で、どれだけ属性盛ったら気が済むんだあいつは。少しでも敵に好意を感じたらいらないとか、つまり味方は自分の敵に一切好感を持つなってことだろうが。束縛がキツすぎる。だから今までさりげなく最低限しかあの女に関わっていなかったのに…!
ああ、むしゃくしゃしてきた。
利用されていたのなら、いっそもっと要求してがっつけばよかった。嫌がらないし、一発二発ヤっちまってもいけたんじゃないか?そこで手が出せないから『童貞楽だわーwwおっつおっつ』とかネットスラングで呟かれるんじゃないか?
でも、目の前にしたらろくに手が出せなくて。
欲がないわけでは決してないが、なんか抱きしめるのが精一杯で。
腕の中で普通に話して、怒って、笑ってるあいつを見てたらそれだけで幸せで。
あいつが良いって言うまではこのままでも、なんて気持ちにもなる。
こんなんだからあいつに乙女童貞とか言われるんだろう。五月蠅いあいつだってバージンのくせに。下ネタばかりの下品女のくせ。絶対『良い女友達』で終わるタイプのくせに!
…落ち着いた。
だから、人様のうだうだ恋愛攻防なんて興味ないだろうが、つまり、今のところ負け続きで命綱握られているってことだ。
あいつが嫌だと泣けば終わるし、惚れた弱味でどうしても下手になる。開き直ってぐいぐい行けるのはいいが、あんまり追い詰めすぎると自分のプライドのためだけに、好きとか嫌いとか関係なく振ってくるような女だ。で、それでなお追いすがるには心が折れすぎる。Sは打たれ弱いってあいつが言ってた。ならやっぱりあいつはMなのか?打たれ強いし。いや、壊れはしたが、逆に強かったし。
もう本当、強いし。
リリーとかいう、いきなり安全地帯から飛び出した馬鹿にぎょっとして、レイヴァンの女だからと守ってやった。
そうしたら、「怖かった」だの言って泣き出した。
俺の知る身近な女は、セリアとプレシアと、あと精々あの馬鹿とフランツの女ぐらいだ。あの馬鹿は突拍子もないが「しっかりしてくださいよ怖いじゃないですか!」とか苛つくことを言いそうだし、フランツの女は邪魔にならないように逃げて、後で落ち着いてから礼に来るぐらいの常識があるし、病弱で内気なプレシアですら震えていてもこっちの指示に従って足手まといにならないようにするぐらいの能はあるし、セリアなんて、そもそも守るところを想像できない。守られても『計画通り』って顔して笑ってるに決まってる。
だから、泣かれるなんて思わなくて、驚いた。
なんて声をかければいいかわからなくなって戸惑ったのは事実だし、泣き顔が綺麗だと思ったのも事実だ。決して『可愛い』とは形容できないキレイ系美人のセリアや、天使と称される、まあ我が妹ながら愛される可愛い系の顔立ちのプレシアとは違い、綺麗かつ可愛い、という感じの女だった。
俺が知る中で一番の美人は、惚れた欲目を抜きにしてもセリアだが、それと遜色ないほど美人で、セリアには生まれ変わっても望めないような可愛げがあって、しかも泣き顔で、怯えた女の泣き顔いいなー、セリア泣かせたいなー、なんて思った。あいつもこうやって守ってやったらこんなに可愛くなるのかな、いやあいつはあの馬鹿と同系統だ、絶対『はよしろ』って舌打ちするタイプだ、とか考えた。
しかし怯えて泣くのは良い。できれば俺に怯えて泣いていたらいいが、多分あいつの大虐殺でそっちしか意識がないだろうから無理だ。あいつは何かに怯えたりそれで泣いたりするんだろうか。あー、怯えさせて泣かせたい。泣かせたい!ただ、実際にまるきり同じ状況なら、多分あいつを怯えさせたやつらに怒りが向いて『可愛い』とか思ってる余裕はないだろうな。俺以外のやつから泣かされたら泣かせたやつ殺す、などと思っていた。
なんにせよ、その泣き顔を『可愛い』と思った。
それは単なる客観的事実でそう思っただけで、例え彼女や妻がいても好みの女に『お、可愛い』と思うだろうし、そのぐらいのものだ。
だがあの女、嫉妬深いにも程がある。
―――スパンっ
「………っ!」
あいつほどの実力はなくて、肉や脂が剣にこびりついて切れ味が悪くなり、そろそろ休憩しようかとか思ってたぐらいの俺に、容赦なく斬りかかってきやがった。
なんとか避けたが、あいつの刀はうっすら赤くなっている程度でまだまだ切れ味が良さそうで、あいつ自身も『仕留め残ったか…』と目を眇めていた。
本気で、殺す気か。殺す気だな。知ってた。
しかし、ちょっと可愛いと思っただけで、ここまでするか!?嫉妬深いというか、もう病んでるんじゃないか!?いやもうそれは覚悟の上で好きになったし告白したが、これは誤解されてるパターンなのか!?
「………おい待て。待て待て待て。ばっさり行くとは言っていたが、ただの人命救助だろうが。待て。落ち着け」
「………敵を守るってことは、敵ってことよね?」
あ、これは嫉妬じゃない。病んでもない。ただの敵愾心だ。通常運転だ。
「違う!だから!何年片想いした末にやっと告白出来たと思っているんだ!こんなことでコロっと行くか!」
「……へー、コロっと行きそうだったってことね。へー、ふーん。……コロっと逝っとく?」
「そんなにチョロくないといいたいだけで欠片も心は揺れてない!っレイヴァン!さっさとこの女回収しろ!」
後ろに泣いてる女がいると思うと、気が散って仕方ない!さっさと抱きしめるなりキスするなり押し倒すなりして黙らせろ!
「でも、絆されたから助けたんでしょう?敵ね。早く死になさい」
セリアは一切話聞かないしな!この話し合いの最中も、隙あらば殺そうとして来てるしな!
ああもう本当に、
「っ誰か助けろ!」
「…あのー、ご主人、いくら人数が減ってても俺一人じゃ全員守るのは厳しいんですけどー」
「あらそう。じゃあすぐに行くわ」
その叫びを汲んだわけでもないだろうに、あいつの手駒がいい働きをしてくれた。それで話が丸く収まるわけでもないだろうが、とりあえず落ち着ける。
だが、この流れは、確実にまずい。殺すのはやめさせて欲しいが、話し合いは続行したい。
せめて行く前に一言、と思った。
せめて、ちゃんと好きなのはお前だと意思表示しようと思った。
「待てその前に話を聞け。だから俺は―――!」
「そういえばジオルク、上手く行くといいわね。応援してるわ」
が、そんなの許してくれる甘い女じゃなかった。
にっこりと笑顔で、振られた。
確かに話した通り、ばっさりだが遠回しかつマイルドな表現だ。でも今に限りば、他の女との仲を応援されるよりは、まだ『ごめんなさい』と振られたほうがよかった。
未練なんて、微塵も感じなかった。
嫉妬心でもなくて。
ただ、レイヴァンの女への敵愾心しか感じなくて。
脈があるとか、俺のこと好きなんじゃないのかとか、全部ただの自惚れの勘違いなんじゃないかって思った。
なんであそこまでスッパリしてんだよ。何年越しで初恋こじらせて、やっと自覚して告白通じて、なのにこれか。これで終わりか。
ああもう、やってられるか。
ふざけるな。
もうすっかりあの爆竹女が舐め回し、フランツを威嚇なんてしやがったやつらは息絶えている。
今は、手駒と楽しそうに話してやがる。
皆みーんな遠ざけて、最後のそいつと二人きりで、そいつはお前を守れるぐらい強くて、優秀で、信用してて、楽しそうに、笑って…。
……むかつく。
殺気でも出ていたのかフランツとレイヴァンが止めようとしてきたが、無視してあいつの方に行く。
「おい」
「何か用?こんな性格悪い女より、平民でもお優しいあの子のほうがいいんじゃないの?」
「黙れ」
人の話を聞かない、よく回る口を塞いだ。
もう合意とか何だとか、関係あるか。
他の野郎に盗られるぐらいなら、多少嫌われても唾付けておく。
泣き顔も怒り顔も、好きだし。
「………殺すわよ?」
案の定、十字架を抜いて腹に突きつけてくる、顔に青筋作っているセリア。
ああ、じゃあやっぱり今までのは合意だったんだな。
それとも、公衆の面前、フランツの前でしたから怒っているのか?
分からない。
いい加減、化かし合いも面倒だ。
「お前のことが好きだ。愛してる。俺と結婚してくれ」
「え、嫌」
……このアマ…。
「じゃあなんだ、花でも持ってくればいいのか、それとも宝石か?どんな利益を提供したらお前は頷くんだ」
「逆に訊くけれど、人前で、相手の合意も取らずに直接行動に訴える男に、何を考えて了承をだすの?」
「お前が変な勘違いをするからだろう。話を聞け。俺は、あんな女ではなく、お前のことが好きなんだ」
「それが何か関係あるの?今の論点は、あなたが折角あの子を合法的に葬れるチャンスだったのにふいにして、あの子を守った話よね?あなたの裏切りの話よね?」
「あーはいはい、面倒だなお前は。反射的に守るだろうが。親友の女なんだし、それで放置してレイヴァンやフランツに恨まれたくないだろう」
「―――だから嫌なのよ」
吐き捨てるように、セリアは舌打ちした。本当に唾棄するかのような表情だった。やはりこいつ、絶対Sだ。なんでこんなに唾棄顔が似合うんだ。そして俺もSだ。心が折れるから侮蔑の表情で見るな。やめろ。サディストの豆腐メンタルを思いやれ。
「誰かに遠慮して殺せない。手加減する。そういうのはただの足手まといどころか、邪魔よ。あの女を殺すか、私が暴走するのを見るかなら、私の暴走を見る方に傾くんでしょう?だから敵なのよ。私はただ、あの女が憎くて、殺したいだけなのに。それを邪魔する輩は、全員敵よ」
こいつは正気か?と思った。
本気で、殺す気なのか?
フランツやレイヴァンや諸々に恨まれて、それでもなお殺す気なのか?
ああ、馬鹿だ。
こいつは、どうしようもない馬鹿だ。
でもそんなところも好きな俺は、もうどうしようもない。
「そうか。それは悪かった。今度から邪魔しないようにする」
「一度折り曲げた紙って、伸ばしても折り目がつくのよねえ」
「だから、一度邪魔した俺は信じられないか?」
「ええ。…それに、なんだったかしら、あなた本当はお兄様が好きだったって言ってなかったかしら?いくらお兄様が好きでも、妹から落とそうなんて、行きすぎよ」
もうセリアは俺が好きだと知っている。だからこれは、ただの牽制だろう。考えを改めてもヨリを戻す気はないと。元々、戻すほどのヨリがあったのかは別として、もう考える気もないと。
だが、そのぐらいで引くぐらいなら、お前なんかには付き合えてない。
「お前が、好きだ。例えお前の兄にフランツがいなくても、お前が平民でも、好きだ。どうせ平民でものし上がってくるような実力至高のお前が好きだ。利用価値の高いカードだから、お前が良い。あと単純に見た目が好みだ。そのすまし顔を泣き崩してやりたい。それと、胸がいい感じに美乳ですごく良いと思う。あの女は貧乳だから好かん。男も、乳がないからいらん」
「ぶっ!」
セリアが吹き出した。これで引かず、笑うところは、もうこいつらしいとしか言えない。
「そう…それは、仕方ないわね…。貧乳はステータスとかいう言葉があるんだけれど、それについては…?」
「揉めない乳の、どこがいいんだ?」
「真顔やめて…!あははは!ちなみに私は巨乳派よ!あの柔らかいのに顔埋めたいわ!」
「巨乳は垂れるからな…。だが、迫力はあるよな」
「本当に。あれだけで、『お、おう…』って押されるわ」
「それと、あの女が怯えて泣いてるところは、確かに可愛いと思った。だからお前も怯えて泣いてくれないか?できれば俺に怯えて泣いて欲しい。泣かせたい」
「あなたの性癖って歪み切ってるわねえ。わかるけれど。理解できるけれど」
「やはり、偉そうなやつが泣き喚く姿に興奮を覚えてる。俺の知る中で一番偉そうで泣きそうにないのがお前だ。だから泣いてくれ」
「泣かせてご覧なさい、出来るものならね。私は、あなたが屈辱にまみれた姿で、嫌々平伏して、靴の裏でも舐めるのがいいわあ。ぞくぞくしちゃう。今度やってくれる?」
「逆に泣かされないといいな。もう、押し倒したい。胸揉みたい」
「寝言は寝て言いなさいな。そういえば、お兄様やレイヴァンは泣かせたいって思わないの?」
「同性に性的興奮を覚えるわけがないだろうが。レイヴァンの泣き顔は見飽きてるしいっそ守ってやりたいし、フランツを泣かせたら自害する」
「あら、そのへんの嗜好はあうのね。私は性的興奮じゃないから、ヴィオラをいじめても満足だけれど」
「俺は性癖だから、好きな相手、お前を泣かせたいだけだ。初めて見たときから、お前の容姿だけは文句なしに綺麗だと思っていた。性格がどんなに悪くても、見た目が良いから許す。身分や家族がどうでも、お前自身に実力があるから良い。というわけで結婚しよう」
「嫌よ。こんなサド野郎に付き合うのなんてまっぴらごめんだわ」
「……じゃあ仕方ない」
セリアの膝裏を掬い、抱き上げる。
「あれだ、既成事実作って家族になろう。絶対幸せにするから、結婚してくれ」
「何よ、それ。さっきから結婚押しが強いわよ」
くすくすと笑うセリア。笑って機嫌も直ったのか、嫌がる素振りもない。どころか、落ちないように軽くもたれてくれている。片手に持ったパラソルという名の凶器は恐怖だが、俺も腰に戦利品の剣を差しているからお互い様だろう。そもそも血まみれ姿で、そんなムードもくそもない。
「お前のこんな性格まるごと好きな物好きなんて、俺以外にいないと思うぞ?俺にしても、こんなに好みストライクな女が他にいると思えない。だからくっついてとりあえずキープしておかないか?いくら断られても、諦める気はないから、受けようか?」
「それ、ただの脅迫じゃないの。ていうか重いでしょ?降ろしたら?」
「こうやってさりげなくお前の身体に接触しているんだ。邪魔するな。出来るなら胸を当てて欲しい」
「っぷはははは!真顔で!キメ顔で!何言ってるのよ!あーおかしい!あなた壊れたのっ?」
「ああ。お前に振られて、他の女との恋路を応援するとか言われて、未練もなく捨てられて、だいぶ壊れた。責任取って娶ってくれ」
「娶ったんでいいのね…!娶られたいのね…!」
「今までレイヴァンとついでにプレシアを育ててきた。子育ては任せろ」
「そうね、愛しい妻よ。あなたを娶るのも、いいかもしれないわね」
首に腕を回し、ぎゅっと抱きついてきた。胸が当たる云々は冗談だったが、それよりも顔の近さに困惑することがわかった。いや、胸より顔だ。ビビる。
「でも駄目ね。そうするには私達はプライドが高すぎるわ。似たもの同士すぎるのよ」
「じゃあどうするんだ?」
問いかけてやると、んふ、と嬉しそうに微笑んだ。やはり顔が近い。顔が赤くなってしまっているのだろうか。自分では確かめるすべはない。
「決まってるわ。こういうときは、決闘でしょう。もし私が勝ったら、あなたは一生私の奴隷ね。跪いて足にキスなさい」
「…じゃあ俺が勝ったら、お前は一生俺に隷属しろ。犯して孕ませてやる」
「ふふ、今まで一度も勝てたこともないくせに」
「男女差というものがあってだな。決闘で剣を使うなら、まだ勝機はある」
「どうかしらねえ」
セリアが近い。
だから唇を重ねたら、まあ、とわざとしく目を丸くさせ、またくすくすと笑った。
抱き上げているから、両手はセリアを支えるために使っていて、押さえるようなことは出来ない。
なのにもう一度キスしたら、普通に出来た。もうこれは同意で良いと思う。
とか思っていたら、セリアが笑顔で額にキスしてきた。
よく落とさずにいられたと、自分で自分を褒めてやりたい。
セリアは楽しそうに、
「あなたのしつこいところ、嫌いよ」
と笑った。
「しつこくって、粘着質で、うっとうしくて、お節介で、うざくて、もうとにかくウザいの一言に尽きるわね。そういうところ、嫌いだわ。ふふっ、だーい嫌いっ。死んじゃえばいいのに」
きゅっと抱きついて、無邪気な笑顔で言う。
「……俺も、いい加減告白の返事をくれないところは、嫌いだな」
「勿論お断りよ。さっきも言ったでしょう?嫌いだもの」
「………行動と言葉見合ってないんだが、それは口を塞いで欲しいってことでいいのか?」
「嫌がる女の子にそんなことするの?最低ね」
にんまり笑うセリア。さっきからご機嫌だな、こいつ。
「わかったわかった、何をしてきたら許してくれるんだ?あの女を嵌めて殺してくればいいのか?」
「それは自分でやるわ。でも、そうねえ、何してもらおうかしら」
「なんだ?」
「…んー、なら、あの女に取り行ってスパイでもして頂戴。ハニートラップよ」
「……ふうん。俺が他の女に言い寄っていいのか?」
「いいわよ。だってあの子、貧乳でしょう?」
「ふっ…!そうだな…貧乳に、興味はないからな…!」
まさか返ってきた。やはりこいつは、楽しい。こういうところ、好きだ。
「…ご主人ー、いちゃらぶはいいですから、次はどーしますー?」
と、そういえばセリアと話していた手駒が呆れきった目で見てきていた。
「あら、そういえば忘れてたわ。じゃあウィルは一先ず自由行動で、家のおやつ棚にあるお菓子食べてていいわよ。お兄様は、後の始末お願いします。レイヴァン、自分の女ぐらい躾ときなさい。殺すわよ」
それから、と俺に笑う。
「血がついてるし、私達は一足先に逃亡しましょ。ジオルク、馬車で家まで送って頂戴」
「喜んでさせてもらうが、なら、俺もこんな姿で帰ったら家人が騒ぐな。お前の家の風呂を借りれないか?服は、フランツのを借りる」
「いいわよ。お兄様、いいでしょう?」
「セリアがいいなら、うん、いいよ。うん…」
「じゃあ行きましょう」
ぎゅうと再度抱きついてきた。
…馬車ってことは密室だよな。キスぐらいは出来るよな。
そんなことを考えながら、面倒をフランツに押し付けてセリアを連れて逃亡した。
ちょっと忙しくて一月ぶりになりました!じゃあ一気に終わらせようと思ったらさすがにそれは無理で、しかも溜まったら推敲するのが面倒になりました!誤字脱字多いと思いますサーセン!あと眠い!