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悪役令嬢だけれど何か文句ある?  作者: 一九三
やっとたどり着いた本編~高等部~
58/76

悪役期待されてるんだから、全力で応えないとねっ

長くなりました…


漫画好きなので、そういうネタがあります。ご注意ください。

感想で貰ったネタ使ってます。ありがとうございました!

 数々のイベントを無視しまくって、とうとうここまで来た。

 重要な分岐点。

 前期終了のパーティ。一年の真ん中にある、息抜きの無礼講パーティ。

 これを抜ければ、あとは決められたルートをたどるだけだ。

 逆を言えば、ここで失敗すればヤバイことになりかねない。

 すでに潰れた隠れキャラの後輩以外、ここで下手を打てばどうなるかわからない。ていうか、後輩は後で殴っとこう。私もイベント無視し続けたけど、後輩はお助けキャラとしての助言どころか、リリーと一度しか接触してない。正体明かさず意味深に将来ほのめかした程度らしいけど、それでお役御免とか、卑怯だ。クラスメイトの私は毎日嫌でも顔を合わせないといけないってのに。


 「おい、どうした?」


 後輩をギッタギタにすることを考えていたら、ジオルクに怪訝そうに訊かれた。

 「なんでもないわ」と答えて、関係ないから口を突っ込むな、と態度で表す。


 不本意ながら、今日のパートナーはジオルクだ。ウィルは生徒じゃないから無理、となると他に頼める相手がジオルクしかいなかった。

 もう、お兄様が出席しなければ、レイヴァンが出席しなければ、ウィルに任せて欠席したのに。ウィルに任せておけば大丈夫だろうけど、兄とレイヴァンには傷一つでもついたら困るので、念のため、渋々私も出席することにした。


 そう、パートナーといえば、お兄様が晴れて恋仲になれた彼女とパートナーなのはいいけど、レイヴァンのパートナーが、よりによってあの女ってどういうことよ。

 他に組む相手がいなかったのはわかるけど、その辺り上手く立ち回りなさいよ。喧嘩売ってんのならブッ殺すわよ。


 「……何を企んでいるんだ」

 「何も企んじゃいないわよ」


 ついでに、ヴィオラと後輩は欠席だ。ヴィオラはそもそも興味がなく、後輩が出席するのは『主人公が他に相手がいないから』と頼んだとき、つまり後輩ルートのときのみだ。それ以外なら、中等部の後輩が出てくることはない。

 そんなわけで後輩はいなくても、スカイは仕事関係の女友達と、先生は教員として出席している。

 舞台が整った、って感じだ。


 「………おい」

 「何よ、さっきから五月蠅いわねえ」


 ジオルクはちょっと面白くなさそうにしている。何かしら。


 「さっきからお前が無視するからだろう。…観察が終わったのなら構ってくれないか、ダーリン」

 「甘えたがりなのね、子猫ちゃん。…いいわ、あの庶民に成果発表会のダンス優勝ペアの実力を見せつけてあげましょう」

 「それは嬉しい申し出だが、あっちばかり気にして足を踏むなよ」

 「やっぱり私達気が合うわね、ジオルク。ヘマしたら足を踏んづけるわよって言おうと思ってたところだったのよ」

 「………」

 「………」


 その後、とびっきり優雅に、とびっきり優美に、会場中の視線を集めて踊った。


 「ついてこれずに転べ」

 「ちっ、踏んでやろうと思ったのに避けるんじゃないわよ」

 「お前こそ、リードを変えたのに安々とついて来るな」

 「すっ転びなさい」

 「裾踏んで顔面から倒れろ」


 思惑と話してる内容はともかく。





 「あら…」


 それに気づいたのは、止める人がいないためジオルクとの喧嘩がヒートアップして、息の根を止めておこうと思ってそこに手を伸ばした時だった。


 「ねえ、私の十字架知らない?腰にひっつけてた銀のあれよ」

 「……そういえばないな。最初はあったが…さっき喧嘩した辺りからなかったような…」

 「さっきの喧嘩って、いつのよ」

 「あれだ、花の話から喧嘩になったやつだ。お前がナイフを持って殺る気満々だったからフォークで応戦しようとして、さすがに周りが止めたやつだ」

 「ああ、あれね。そういえば、その時なら盗れるわね」


 十字架はチェーンにかけて腰に飾られた、ドレスの装飾品だ。高価だと思って盗んだのだろうか。

 なら、盗人に制裁を加えないといけない。


 さあ楽しい楽しい犯人探しでもしよう、と思ったところで、それが目に入った。

 まあ、なんて素敵。

 喜んでリリーに声をかけた。


 「ちょっと、あなた、それはなあに?」

 「え…?」


 リリーの持つハンドバックから、私の十字架が顔を覗かせている。

 私の装飾品が盗難に遭い、リリーの手元にある。

 ―――なんて素敵なんでしょう。


 「その十字架よ。それ、私のじゃない。今盗まれたから探していたところなのに、どうしてあなたがそれを持ってるの?」

 「え、やだ、なんでこんなの…。…し、知りません。入れた覚えもありません…」

 「あなた以外の誰があなたのバックに触れるって言うのよ。…所詮、卑しい身分の女だものね。高価なものだからって盗んだんだでしょう。―――っこの盗人!」

 「ち、ちが…!」


 腹式呼吸で腹から怒鳴れば、さすがにリリーも焦り、見るからに混乱している。ああ楽しい。片手に持ってるパラソルを杖のようにして、コツコツと床を叩く。


 「男だけじゃなくて装飾まで盗むつもり?とんだ性悪女ね。これだから平民は…。さすがに、もう限界。堪忍袋の緒も切れそうよ」

 「…ちがい、ます…わたしじゃない…私、ぬすんでなんか…」

 「言い訳しないで頂戴!見苦しい!…そこのあなた、この盗人を牢屋に入れてくれる?―――うっかり間違えて男たちの牢に入れて、囚人たちの慰め者にしないように気をつけるのよ?」

 「っ…!」

 「っセリア!」


 警備の兵に言いつけて牢にぶち込もうとしたら、さすがにレイヴァンが止めてきた。何か気に触ったのかしら?親切に注意してあげたのにねえ?


 「何よ、もしかして犯罪者を庇うの?」

 「…リリーはずっと俺といた。盗んでいない」

 「じゃあその子が私の十字架を持ってるのはどういうことなの?十字架が一人手に動いてその子の鞄に入ったとでも言うの?―――あなたみたいに」

 「っ…」

 「楽しくお買い物に行ったりお手てをつないだり、結構なことね。ねえ、楽しかった?今までの怖い婚約者といるより?今まで、十何年も一緒にいたのに、ぱっと出のその子のほうが大事?だから私が悪いの?十字架なんか盗まれた私が悪くて、心当たりもないのに『何故か』自分の鞄に『何故か』盗まれた私の十字架が『何故か』入ってたその子は悪くないって?そう言いたいの?」

 「そうじゃ、なくて…」

 「そういうことでしょう。いいから、少しでも私に同情してくれるなら、退いて頂戴。何も斬り伏せようってんじゃなくて、ちゃんと司法に委ねようとしてるだけよ。……十中八九その子が盗人として鞭打ちなり罰金なり咎を背負うことになるでしょうけど、仕方ないわよね。私は貴族で、その子は平民なんだもの。そういうルールなんだもの」

 「っリリーはやってない!」


 レイヴァンが叫ぶ。ますます注目を集める。


 「じゃあ、その子がやってないなら、どうして私の十字架をその子が持ってるの?」

 「……誰かが、リリーを嵌めようとした、とか…」

 「ふうん、嵌めようと。そうね、疑いだけで罪に問われるものね。嵌めようとしたってことは、その子のことを嫌いな人間の犯行かしら?」

 「そ、そうだ!きっとリリーのこと嫌いなやつが、リリーを牢屋に入れようとしてやったんだ!」

 「でも、そんなことできるかしら?あなたが庇うのもわかりきってるでしょうに。私とあなたの不仲を知らなければ、あなたが庇って私が溜飲を下げておしまいだわ。最近婚約解消したって言っても、言い出したのは結構前からだし、その後も仲良くしてたもの」

 「同じ一年の生徒とか、知ってるやつは知ってるし、そいつらなら俺がセリアに頭が上がらないことも知ってるはずだ!そいつらが犯人だ!」

 「なるほど、私がリリーのことを嫌いで、私とあなたが対立してることを知ってる相手、ね。結構絞れたわね…いえ、でも、私を知っているなら、わざわざ私を敵にするようなことをするかしら?私以上の権力者でも、ここまで大義名分が揃っていたら言い逃れ出来ないわよ?」

 「でも、セリアも身内に甘いところあるし…」

 「なんかしっくり来ないわねえ。…あら、でもこれが盗まれるとき騒ぎがあったし、その騒ぎを利用して突発的にやった犯行ってことなら、いいのかしら?じゃああの騒ぎは…」

 「その騒ぎを起こした奴が犯人だ!リリーじゃない!」

 「―――つまり、私が犯人だと」


 面白いほど誘導されてくれた。素直な子だわぁ。


 「へ?セリアが?…なんで?」

 「だって、あなたが今言ったんでしょう?騒ぎを起こしたやつが犯人だって。それ、私よ。いつものようにジオルクと喧嘩して、ナイフとフォークでバトルしようとしたら止められて、その時に盗まれたんだから。最初にナイフ持ちだして今日こそは長年の因縁にケリをつけてやろうとしたのは私よ」

 「……でも、セリアがそんなことするわけが…」

 「私自身なら、誰かをターゲットにするより自作自演で済むから楽よね。甚振るなら自分の手でやるタイプだし、こうやって疑いをかけられても権力で乗りきれちゃうから危険は少ないし。わざわざ私の物を盗む、なんて危険を冒す愚か者を想定するより、ずっと自然で想像しやすいわ」

 「……え?…え?」

 「つまり、リリーが犯人じゃないってなったら、私が犯人ってことね。で、レイヴァンは私が犯人って糾弾するのね。捨てた元婚約者より今の可愛い彼女を選ぶのね。ふうん」

 「そんなことない!セリアがそんなことするはず…ない、よな…?」


 不安げなレイヴァン。そこは言い切りなさいよ。本気で。私がそんなことする性格に見えるのかしら。やるなら、素直に挑発して不敬罪でぶち込むわよ。


 「私ならありえるって?普段から突拍子もないことをしてるから?奇行ばかりだから?だから、十字架を盗まれた被害者であるはずの私が犯人ですって?」

 「………」

 「そうね、私が犯人じゃなくたって、私なら『ちょっとしたお騒がせ』で済むけれど、リリーなら逮捕の上裁判だものね。平和主義なあなたは私にしたいわよね。例え本当はリリーが犯人だったとしても、私って言うわよね」

 「………セリア」

 「ふふっ、止めてよレイヴァン。そんなことするわけがないでしょう?ジオルクと喧嘩中でも、大事な十字架が盗まれたのに私が気づかないなんて、あり得る話じゃない。偶然リリーの鞄から十字架が見えて、しかも張本人の私が偶然発見するなんて、普通のことよ」

 「………」


 レイヴァンが黙った。

 さあ、この後どうしようかな、と思っていると、後ろから腰に手を回された。まるで枷みたいに、暴走を止めるように。


 「そのぐらいにしろ。レイヴァンをあまりいじめるな」


 呆れた声で言う、ジオルク。止めに来たらしい。

 邪魔するな、と睨んだら腰に回した手を退けて頭を撫でて宥めてきた。髪が乱れないように撫でるとか、さすがジオルク。むかつく。


 「あら、どう見てもいじめられてるのは私でしょう?被害者のはずなのに、犯人だって糾弾されてるんだもの」

 「糾弾されるように誘導したのはお前だろう。というか、お互い短気で気が立っていたから、そこでこっそり十字架を盗むのも、現物を知っているお前が見つけるのも、おかしな話ではないだろう。お前はリリー・チャップルとレイヴァンをことあるごとに監視していたし、第三者が嵌めようとしてやった犯行なら、発見されやすいように十字架を入れるのも当然だ。どこをとっても普通のことだ」

 「だからそう言ってたじゃない。普通の、あり得る話だって」

 「わざわざ疑わしく言っておいて白々しい…」


 ジオルクが離れて、やれやれと呆れた目で見てくる。

 ああ、むかつくこと。


 「…あの十字架があれば黙らせてやれるのに…」


 ぼそっと呟くと、怪訝そうに見られた。


 「は?俺は吸血鬼じゃないぞ?」

 「は?頭湧いてるの?物理的に黙らせるのよ」

 「物理的に…、…どんな十字架なんだ?」

 「仕込み武器で、十字架の下の部分を外せばスティレットになるわ」

 「なんてものを持ってきているんだ!」


 ジオルクがぎょっとしたので、リリーから十字架を回収して、見せてやる。


 「ほら、ここが鞘になってて、抜くと刃が出てくるのよ。とどめ用で、弱い鎧ぐらいなら貫けるわ。マジで体に穴が空くわよ。頭蓋骨も貫けちゃうから、とある地域では街中での所持が禁じられたほどの武器ね」

 「そんなものを所有するな!持ち歩くな!しまえ!」

 「ちょっとしたツテのお友達から貰ったのよ。一見、綺麗でしょう?その威力も見せてあげるから、片手貸しなさい」

 「断る!穴開ける気だろう!というか、さっきは盗まれていてなかったが、それに手を伸ばしたよなっ?刺す気だったのか…!」

 「だって、最近のあなた、調子に乗ってるみたいでむかつくんだもの。毒は塗ってないから失血死するだけよ?」

 「調子に乗ってるだけで殺すな!」


 だってベタベタくっついてきて邪魔だし…。長い付き合いで嬉しそうなのがわかる分邪険にしづらいし、邪魔なだけで、嫌だからやめてと言うほど嫌でもないし、対処が面倒臭いんだもの。


 「ま、いいわ。これでわかったでしょう。これは間違いなく私のよ。そしてそれをリリーが奪ったのよ。きっとこれで誰か殺して私に罪を着せるためね」

 「それがお前のだというのは間違いないが、盗んだ犯人はそんな危険なものだとは知らずに盗んだんだと思うぞ」


 ジオルクのツッコミは無視して、びしっとリリーを指さす。


 「つまり、犯人はあなたよ!真実はいつも一つ!」

 「楽しそうだな、お前」

 「これから牢屋にぶち込んでどれだけ刑を重くするか考えただけで楽しいわ」

 「セリア!だから、リリーじゃないって…!」


 レイヴァンが出てきたので、睨みつける。


 「黙らっしゃい。私の無実を信じきれなかった不義理者は知らないわ」

 「だってセリアならやりそうだし、リリーいじめるの楽しそうだったし!」

 「私を何だと思ってるのよ」

 「セリアだと思ってる」

 「よくわかったわ。あなたとの付き合いもこれまでね、レイヴァン」

 「セリアー!ジオルク、セリアを何とかしてー!」

 「いや、あれはお前が悪い。―――こいつなら正々堂々、挑発して自発的に暴行にでも訴えさせた上で不敬罪で斬って捨てるだろう」

 「なるほど」

 「悔しいことに否定出来ないわ」


 さすが、今まで数えきれないほど喧嘩してきただけあり、私の手口も読まれているようだ。

 とりあえず取り返した十字架をドレスにつけていると、ジオルクがまじまじと私を見てきていた。


 「何よ。不躾な目で見ないで頂戴。金取るわよ」

 「見るぐらいいいだろう。触ってもないのに金を取るなんて、どんなボッタクリだ。……今日も見た目だけは綺麗だと思っただけだ」


 ちょっと表情を緩ませて言うジオルク。

 リリーの前でそんなこと言うなんて、数時間後の自分に喧嘩売りまくってるわね。乗るけど。


 「まあありがとう。誰かさんに中身が醜い、なんてひどいこと言われたもの。見た目だけでも飾ってお目汚しにならないようにしてるのよ」

 「その飾るものの中に武器があるのはお前らしいがな。ついでに、醜いのは内面の話だ。服の中身は見たこともない」

 「ふふ、ぶっ飛ばすわよ?」

 「責任は取るから」

 「さあ出番よスティレット」

 「まあ、冗談だ。今はまだ。それより、パラソルを持ってるなんて珍しいな」

 「永遠に冗談で結構よ。パラソルは、結構携帯してるわよ?さすがにお城や正式な場には持っていかないだけで、こういう無礼講な場所やプライベートでは持ち歩いてるわ」

 「……ああ、そういえば持っていた気がする。大抵出歩いていたし、あまり不自然でなかったから気にしていなかった」

 「今も明るい時間だもの、不自然じゃないでしょう。愛用の品なのよ」

 「ふうん。学校や公式な場以外であまり会わないからな。今度二人で出かけないか?」

 「どこに何しに行くのよ」

 「おかしな場所でなければどこでもいい。お前と休日も会いたいだけだ」

 「わかったわ、あの世で会いましょう」


 本気で十字架に手を伸ばしたらさすがにおふざけはやめた。ちっ、命冥加な…。


 「で、話を逸らすのはやめて頂戴。その犯罪者を投獄する話よ」

 「おいレイヴァン、次はお前の番だ。上手くやって話を逸らせ」

 「えー…。…えっと、セリアは本当は良いやつだって信じてるから!」

 「さっき散々疑ったのは誰よ。ねえ、誰よ」

 「本当は良いやつだけど、本当じゃなかったら悪いこともするから」

 「根は良い子、とか、本当は優しい、とか、ある意味罵倒よね。普段は悪いってことだものね」

 「え?セリアって普段から良いことばっかなのか?」

 「それを本人に訊いちゃうところが好きよ、レイヴァン。もう、大好き。だから一発殴らせてくれる?」

 「痛いからやだ」

 「うっさいわよ、さっき疑ったくせに。なんだかんだでリリー優先したくせに。一発ぐらい殴らせなさいよ」

 「その一発で歯とか折れそうだからやだ。メリケンサックとか普通に持ってきそうだから絶対やだ」

 「そろそろあなたの中の私が何なのか話し合う時間が来たようね」

 「ごめんなさい」

 「謝られるようなイメージだったのね?そうなのね?」

 「セリアだった」

 「あなたたち、私って言っときゃ許されると思ってんじゃないわよ」


 人を何だと思ってるのかしら。メリケンサックなんて持ってないわよ。宝石つきの指輪を嵌めて肉をえぐり取ることぐらいしか考えてないわ。丁度いいし、もう一度教育してあげようかしら。


 「いいこと、レイヴァン。私だってレディなの、わかる?今までは親しいからって許してたけれど、親しい中にも礼儀ありって言うでしょう?さ、そこに正座なさい。今日はしっかり説教してあげるわ」

 「…自分を犯人って指摘させるように誘導したセリアに言われたくない」

 「そうそう、その糾弾のお礼も忘れてたわね。リリーを投獄するのも。現行犯なんだからとりあえず牢屋に―――むぐっ!?」


 ジオルクに急に抱きしめられた。いや、抱きしめる、というとロマンチックだけど、実際には捕獲されたって感じだ。気付かれないように気をつけたのか素早く抱き寄せられて、ジオルクの胸に顔をぶつけるはめになってしまったし。自慢の高い鼻が低くなったらどうしてくれるのよ。


 「レイヴァン、今のうちにさっさと逃げろ。どうせそのうち飽きて機嫌も直るから」

 「あ、ありがとうジオルク…!」

 「いい。早く行け」

 「ちょっと!何勝手なことしてんのよ!離しなさいよ!」

 「羽交い絞めにしなかっただけいいと思え。これ以上暴れるなら担いで二人きりで休憩室に行くという誤解しか与えない行動に出るぞ」

 「悲鳴あげるわよ!悲鳴あげて泣き叫んで、助けて助けてって引っ切りなしにエリオンでも呼んでやるわ!」

 「……なんでエリオン殿下なんだ。そこはフランツだろう」

 「本当にお兄様が来てくださったら、お兄様にご迷惑がかかるじゃない。あなたより高位で、まずここに来ないって言ったらあの子ぐらいでしょう?」

 「なるほど。確かにフランツに迷惑がかかるのは困るな」

 「ええ。これ以上迷惑かけて嫌われたくないわ。このパーティだけで、もう三回も喧嘩の仲裁して貰ってるんだもの」

 「…そうだ、いい案を思いついた。喧嘩しなければいいんじゃないか?」

 「まあ、名案ね。じゃあまず、さっきから一向に緩む気のない腕を離してもらえるかしら?」

 「離したらまたレイヴァンに迷惑をかけるだろう。あと、さっきから狙っているテーブルの上のアイスピックにも手を出さないと誓え。じゃないと離せないな」

 「一回だけ、先っぽだけよ。優しくするから…」

 「断る。…公衆の面前で下品なネタを言うな。淑女だろう」

 「あら、今の言葉のどこに下品な要素があったの?嫌ね、ジオルクったらいやらしい。汚れるから離して頂戴。触らないで」

 「よし、そう言うならいやらしいことでもしてやる。いやあ俺はいやらしいから仕方ない仕方ない」

 「それで潰されるのも仕方ないわよね?さあどこからでもかかってきなさい。あと指一本でも触れたら、あることないこと吹聴しまくってやるわ。明日から三児の父よ」

 「それはお前だ。レイヴァンと、プレシアと、今俺の腹に一人いる。手篭めにされて汚されて…」

 「ふん、畜生みたいにポコポコ孕むのね。本当に私の子なのかしら。あなたに似て愛らしいところしかないわよ」

 「お前に似て優秀だろう。だから、レイヴァンをいじめないでくれ。毎日母に泣きついて、五月蠅くて堪らない」

 「私の最愛の人を取るからよ。大体、あなたもあなたよ。一言目にはレイヴァン、二言目にはプレシア、暇ができればお兄様に擦り寄ってばかり。あなたは誰のものだと思ってるの?自覚が足りないんじゃなくって?」

 「お前が仕事だのなんだのと家に寄り付かないからだろう。仕事、商売、友人と出かけ、もううんざりだ。一体何日、お前の帰りを待って家で一人寂しく過ごしてきたと思っているんだ」

 「あなたたちのために身を粉にして働いてるんじゃない!何が不満なのよ、新しいドレスが欲しいの?それとも宝石?いくらでも買い与えてるじゃない!なのにどうしてあなたは浮気なんて…!」

 「それは感謝している。だが…」

 「五月蠅い!売女の言葉なんて聞きたくないわ!このアバズレ女!一体何人に股を開いてきたのよ!私はこんなにあなたを愛してるっていうのに…!あなたたちのためにこんなに尽くしてるっていうのに…!」

 「アバズレだと!?」

 「ええ、アバズレのビッチ!…もういいわ、今すぐ消えなさい。顔も見たくないわ」

 「それはこっちの台詞だ!朴念仁の頭でっかち!どこにでも消えてやる!精々一人寂しく老後を送れば良い!」

 「朴念仁ですって!?それに、子供たちを連れて行っていいなんて言ってないわよ!」

 「お前のところでは子供も真っ当に育たないだろう。どうせ不義の子なんだろう?なら、もらっていく」

 「不義の…っ誰よ!一体相手は誰よ!言いなさい!私の妻に手をだした男なんて八つ裂きにしてやる…!」

 「相手は……フランツだ」

 「あ、お兄様なら仕方ないわね」

 「おい」

 「だってあなた、お兄様に尻穴捧げられるほど信奉してるじゃない」

 「そこまでじゃない。そもそもフランツはそんな要求しない。誰であろうがそんなことさせないし、下品なことを言うな」

 「男娼も立派な職業よ?孕まないし、便利じゃない」

 「そういう話じゃない」

 「あ、勿論春を売る女性も立派だと思うわよ。ただ、それを立場のある女性に言うと侮辱になるから言っているだけで、彼女たちを貶めるつもりはないわ。実際、興味もあるもの」

 「そういう話でもないが、…興味だと…?」

 「ええ。いわゆる高級娼婦よ。私、吉原ってかなり上手いことやったと思うのよ。一種のアイドルにまで格上げしちゃうなんて、考えた人は天才ね。まあ、元々は巫女が宗教のための金稼ぎで春を売り始めたんだし、そこから違うものねえ」

 「よしわら?」

 「ま、気にしないで頂戴。私が職業差別をしないということだけわかってくれればいいの」

 「誰に言い訳しているか知らないが、つまり別にお前自身が春を売りたいわけではないんだな?」

 「ええ。売るのは春じゃなくて喧嘩よ」

 「媚にしろ」

 「油なら妥協するわ。で、いい加減離して頂戴」

 「レイヴァンを追いかけたりアイスピックで攻撃してきたりするなよ」


 やっとジオルクが離してくれた。まったく、釘を刺されなきゃ攻撃してあげたのに、ソツがないわね。それに、しばらく密着してたから、離れて急に体温がなくなったら、なんか寒く感じるじゃない。本当にろくなことしないわね。


 「で、邪魔したことについて言い訳があるなら聞いてあげるわよ」

 「レイヴァンをいびるな。もう婚約者でもないんだから、躾ける必要もないはずだ」

 「あっそう、つまり昔の女は口出しするなってこと?婚約解消して赤の他人になったんだから馴れ馴れしくするなって?」

 「あそこまで強く躾ける必要はないはずだ」

 「あの子がまだ未熟だからよ。それに、邪魔しなければ、対象はレイヴァンじゃなくてリリーだったのよ。私だって邪魔さえしてこなければ、レイヴァンじゃなくてリリーを攻撃するわよ」

 「それもやめろ。別にあいつも悪いやつではないだろう」

 「悪いやつよ。期待を裏切るし、つまらないし、身の程も弁えない。大嫌い」

 「ならうちの愚妹はどうなる。身の程はわきまえているが、つまらないだろう」

 「プレシアはいいの。頑張ってるし、ちゃんと稼ぐし、身の程を知ってるから。あと可愛いしね」

 「あの女もいろいろ努力はしているようだし、平民だから労働をすることも、身分が違うこともわかっているだろう。見た目も、あんな白髪と比べ物にならないほうどいいだろう」

 「プレシアはあの白髪がいいのよ。目立つし誰も真似できないから。それに可愛いっていうのは、外見もだけど、内面もよ。なんだかんだであちこちに振り回されてるところなんて、キュートじゃない」

 「あの女はレイヴァンより上にいくほど成績がいいだろう。あまり話さないが、少し話した感じ、普通に良さげなやつだったぞ。お前はあいつの何がそこまで気に喰わないんだ」

 「全部。足の爪から髪の先まで、全部大嫌い。もしヴィオラかリリーかと一蓮托生になれって言われたら、即決でヴィオラを選ぶぐらい嫌い。そのせいで処刑されても、絶対にあの女とは嫌」

 「そこまで嫌いか…」

 「ええ。むかついたから、十字架取り返すついでにレイヴァンがデートのときに贈ったっていう指輪を奪ってきたわ」

 「何をやっているんだお前は!」


 ジオルクにぎょっとされた。何をやってるんだって、嫌がらせ以外の何があるんだろうか。

 小指に嵌っていた、ちゃちな色ガラスがついただけの安物の指輪。

 私といたときは、こんな、心のこもった贈り物なんてくれなかったのに。

 いらないとは言ったけれど、貰って嬉しくないわけじゃないのに。

 ―――ああ、憎たらしい。


 「……私だって、こういう贈り物、羨ましいのよ」

 「……今度、俺がもっと良いのを買ってやるから、返してこい。他人に贈った物なんか手に入れても仕方ないだろう」

 「妬ましいのよ。金額の話じゃないの。レイヴァンから、自発的に贈られた物っていうのが、もう妬ましいの。―――私のほうが、あんな子より、ずっとレイヴァンのこと見てきたのに…」

 「………ちょっと待て。お前、レイヴァンのこと、好きなのか?」

 「好きよ。当たり前じゃない。レイヴァンのこと一番見てきて、愛してるのは、絶対私なのに…」


 なんで、レイヴァンはリリーなんかに…。私のほうが、好きなのに…。

 妬ましい。恨めしい。羨ましい。憎ましい。

 こんな物、壊れてしまえば良い。

 粉々に壊れて、レイヴァンが贈ったという事実も、消えてなくなってしまえばいいのに。


 「………ふーん」


 と、ジオルクが不機嫌そうに肩を抱いてきた。離さない、とでも言うように、ぎゅうぎゅうくっついてくる。


 「何よ。可哀想だから返してこいって話?」

 「いいや、今は俺がそのガラス玉を壊したいぐらいだ。ついでにレイヴァンに決闘を申し込みたい気持ちでいっぱいだ」

 「…あなたのほうがレイヴァンいじめてるじゃない。ていうか、あなたってなんでレイヴァンに過保護なの?それが『レイヴァンは相手にならないほど弱いから』とかいう理由だったら、私以上に最低よね」

 「そんなことを思うほど性格は悪くない。…お前とレイヴァンが婚約者面して仲良くするのが気に食わなかったんだろう。だからレイヴァンを庇うついでに間に割って入っていたんだと思う」

 「………ふうん。そう。結構長いのね」

 「自覚したのは、お前が俺のために『親戚』たちをやりこめてくれて、つい頬にキスしてしまった時だがな。あ、そうそう、あの時は悪かったな」

 「別にいいわ。驚いただけだから」


 手を出されたので、指輪を渡す。指輪を見る顔は本当に憎々しげで憎悪にまみれているが、肩に置かれた手はご機嫌そうだし、猫のように擦り寄ってくる。少しでも不埒な行為に走るようならフォークで突き刺してやろうと思っていたのに、そういうんじゃなくて、自然に寄り添っているという感じなので、残念ながら串刺しにはできなかった。なんか、私の傍にいてくっついてるのが当たり前で、しかもそれが幸せって感じの雰囲気で、私も悪い気はしなくて、まあいっかって流される。

 どうせ、あと数時間後にはなくなっているんだし。


 「…で、これを壊すのか?」

 「そのつもりよ。邪魔しないで頂戴ね」

 「…わかった。しっかりケリをつけてこい。ヨリを戻すことは認めないからな」

 「私が一度捨てた相手に縋るとでも?」


 鼻で笑った時、丁度リリーが騒ぎ出した。

 ナイスタイミング。

 ジオルクから指輪を返してもらい、手のひらの中に隠す。


 いつ来るか、と時間つぶしついでに古今東西ゲームをして待ち、やっと来た。


 「セリア!ジオルク!なんかリリーが指輪なくしたって言ってて、別にいいのにって言ったんだけど探すって!手伝って!」

 「レイヴァンといえば恩知らず」

 「恩知らずといえば殺す」

 「殺すといえば合法殺人」

 「合法殺人といえば決闘」

 「決闘といえば十八番」

 「十八番といえば惨殺」

 「惨殺といえば公開処刑」

 「公開処刑といえば社会的死亡」

 「社会的死亡といえば不名誉」

 「不名誉といえば汚点」

 「汚点といえば継承権剥奪」

 「継承権剥奪といえば追放」

 「追放といえば暗殺」

 「暗殺といえば一族郎党皆殺し」

 「一族郎党皆殺しといえば妻子殺し」

 「妻子殺しといえば強姦殺人」

 「強姦殺人といえば指輪をあげちゃうような大事な女の子の十八禁」

 「っ調子乗ってましたごめんなさい許してくださいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 レイヴァンが綺麗に頭を下げて謝罪してきた。あらあら、何なのかしらね?


 「どうしたの、レイヴァン。ちょっとジオルクと楽しく古今東西ゲームしてただけじゃない」

 「ああ。おっと、次は俺だな。指輪をあげるような大事な女の子の十八禁といえばエロとグロ」

 「続けないで!ていうか二人ともなんでそんなに機嫌悪いんだ!?」

 「昔の男を憎んで何が悪いの?」

 「惚れた女の前の男を憎んで何が悪いんだ?」

 「セリアにとって俺は出来の悪い子供だろ!?ジオルクにとっても!子供が可愛くないのか!?」

 「―――子供じゃないわ」


 子供じゃない。

 レイヴァンは私の子供なんかじゃない。

 私は―――親じゃ、ない。


 「あなたは、元婚約者で、クラスメイトよ。両陛下の御子で、私の子供じゃないわ。―――可愛くなんか、あるもんですか」


 丁度よくリリーも来たので、睨みつける。

 なんで、なんであなたが…。


 「指輪ですって?大事な大事な贈り物?王太子まで巻き込んで必死に探すもの?こんな、玩具の指輪が?」


 手の中に隠していた指輪を見せると、二人とも『あっ…!』という表情をした。

 鈍くて、抜けてて、我儘で、お綺麗で、まったくお似合いね。

 そんなに仲の良さを見せつけて、どうして欲しいのかしら?


 「こんな玩具が大事?価値なんてないガラス玉なのに、大切?ええそうね、あなたみたいな庶民にはぴったりでしょうね。お似合いだわ。―――でも、私は玩具すらもらってないわ」

 「セリア…」

 「何年一緒にいたと思ってるの?最初はどうでもいい存在だったわよ、でもずっと一緒にいたのよ?ずっと、誰よりもレイヴァンの傍にいたのに、誰よりもレイヴァンのことを考えて来たのに、何よそれ。将来立派な王になれるように厳しくもしたわ。厳しいだけでは駄目だと言うから甘やかしもしたわ。泣きついてくるなら何からも守ってあげたわ。調子に乗った時には戒めて、落ち込んでるときには慰めて…。最初、どういう思惑で近づいたにせよ、ずっとずっと、レイヴァンを見守って、育てて来たのよ。でも、それはあなたみたいな女にやるためじゃないわ!」


 最初は、権力のため、ルート潰しのためだった。

 でも、次第にそんなのじゃなくなって。

 ただ、守り慈しんで来たのに。


 「急に、私に何の落ち度もなく婚約解消を持ちだされても、受け入れる。だってレイヴァンが嫌って言うんだもの。理由を言いたくないって言うなら、無理に訊きはしないわ。言いたくないことぐらいあるもの。捨てられたくせにみっともないって言われてもお節介焼くわ。レイヴァンは頼ってくるし、まだ小さいんだから、私が守ってあげなきゃいけないじゃない。捨てた女に親としてずっと一緒にいてくれ、なんてこと言う甘ったれでも、見捨てられないわよ。一緒にはいられなくてもレイヴァンのために尽くそうと思ったわよ。でも、これは駄目。これは我慢出来ないわ」


 手の中にある、玩具の指輪。

 忌々しい。


 「私には装飾品なんて、くれたことなかったじゃない。玩具ですら、くれなかったじゃない。ねだったことなんてないし、自分で調達するけれど、それはその子も同じでしょう?同じ条件で、婚約者っていう立場と公爵子女って地位もあって、なんで私にくれないの?私にないだけならいいのに、どうしてその子にはあるの?私よりその子のほうが大事ってことなの?」

 「…セリアが欲しがるなんて、思わなくて…」

 「ええそうよ。欲しがるなんて思わないでしょうね。実際、いらないわよ。もしこんな玩具貰ったら、馬鹿にしてるのってビンタしてるわよ。でもね、他の女にあげてるってことは、また別なの。あの子の価値が玩具程度だとしたら、私には玩具程度の価値もないってことでしょう?…ずっと一緒にいたのに、私ってそんなに無価値な存在だったの…?」

 「…せり―――」

 「はっきり言って頂戴!あなた、どっちのほうが大事なの!?どっちのほうが好きなの!?私とリリー…親と嫁のどっちが大事なのよ!」

 「おい」


 ジオルクからツッコミが入った。


 「何よ」

 「お前は何が気に食わなくてそう言っているんだ?親などといわず異性として扱えということじゃないのか?」

 「は?何言ってるのよ、子供を異性として見る父がいて?それともまさかあなた…我が子をそういう目で見てるんじゃないでしょうね!?」

 「ない。ありえない」

 「…怪しいわね。母と息子のただれた関係なんてよく聞く話だし、あなたは子供に甘いもの。浮気したら、相手は、例え我が子でも殺すわよ」

 「お前以上に良い男はいないのに浮気などするか。お前が最高だ、ダーリン」

 「なら、後でキスしてくれるなら許してあげるわ。でも浮気は許さないわよ。もし他の男に指一本でも触れさせたら、屋敷に縛り付けて二度を私以外の人間と会わせないから。決して、誰にもあなたは渡さないわ」

 「子供やフランツも駄目なのか…」

 「そのぐらい愛してるのよ。…例え嫌でも、もう結婚して私のものになってしまっているんだから、諦めなさいな。ご愁傷様ね」

 「ああ、諦めた。こんな女に惚れた自分が悪いんだと思って諦めた。で、レイヴァンを異性として好んでいるわけではなく、あくまで親愛だと言うなら、何故リリー・チャップルをそこまで嫉妬しているんだ?」

 「―――私も、女なのよ」


 レイヴァンとリリーの方を見る。


 「厳しいからって父親気取ってても、貢物とか欲しいじゃない。ていうか父としても、可愛い息子からプレゼントとか欲しいわよ!すくすく成長して独り立ちするのは喜ばしいことだけれど、寂しくもなるのよ!ちょっとした花とかでも、貰えばにまにまして有頂天になっておやつ大放出してお兄様とお祖父様に惚気けてジオルクと我が子可愛さを語り合うのに!なのに、最初の贈り物はその女に?私には何にもくれないのに?っどういうことよ!一体誰がそこまで育ててやったと思ってるのよ!もうあんな子、親でも子でもないわ!ほら、母さんも言ってやりなさい!」

 「いや、俺はレイヴァンから物を貰っても気色悪いと思うだけだから要らない。美味い食い物なら受け付けるが、それ以外は貰っても困るか気味悪く思う」

 「っはああ!?あなた馬鹿じゃないの!?いいこと、レイヴァンが花束でも持って、『父さん母さん、今までありがとう』とか言って、笑ってくれたら、どう思う!?」

 「……こんなに大きくなったのかと、しみじみとするな。にやにやして機嫌が良くなって、でも巣立っていった寂しさを感じる。後でお前と二人かフランツを交えて、酒でも飲みながら思い出話を語る」

 「でも、何もなしよりは嬉しいでしょう?」

 「まあな」

 「なのにレイヴァンは、育ててもらった恩も忘れて、どこの馬の骨とも知らない女に指輪なんかあげて悦に入っているのよ」

 「レイヴァン、そこに正座しろ。いいか、母さんはお前の選んだ人ならあまり文句は言わないが、感謝しないのは駄目だろう。礼はしっかりしろと、父さんも母さんも教えたはずだ」

 「私達よりそんな女のほうが大事なんて、許さないわよ。幼いころのあなたは、そりゃあ生意気でむかつく馬鹿なガキだったわ。こーんなにちっさくて、すぐに泣いて、すぐにお母さんお母さんって泣きついて…」

 「父さん止めて。欲しかったなら後であげるから」

 「ま、聞いた?後であげるから、ですって」

 「まあ、好きな子の前で格好を付けたいんだろう。そっとしておいてやれ」

 「色気づくなんて三年早いわよ。家を出たければこの父を倒してから行きなさい」

 「お父さん、やめてください。…レイヴァンも、お父さんこんなこと言ってるけど寂しいだけなんだから。ちょっと優しくしてあげて」

 「そんな同情などいらん!勝手なことを言うな!おい、風呂!」

 「はいはい。すぐ行きますよ。…だからねえ、レイヴァン。お前はお父さんのことなんか気にしなくていいのよ。お父さんにはお母さんから言っておくから…」

 「……それより、早く指輪返して…」


 は?

 ジオルクと顔を見合わせる。ジオルクも驚愕の表情をしている。

 信じられない…。


 「何まともなこと言ってるのよ!ここは乗るところでしょう!?」

 「どうしたんだレイヴァン!熱でもあるのか!?」

 「……真面目にセリアに悪いことしたって反省したのに、父さんが父さんだっただけなんて…。…もう父さんなんて知らないっ」

 「母さん、拗ねちゃったわ。どうしましょう」

 「反抗期なんだ。そっとしておいたらいい。そのうち正気に返って、いつものセリアだと気づく」

 「……真面目に訊くんだけれど、私を何だと思ってるのよ」

 「真面目に答えると、お前だと思っている」

 「わかったわ、怒らないから。怒らないから、言いなさい」

 「手も出すなよ。十字架からも手を離せ。―――性格ブスだと思っている」

 「ブッ殺す」

 「怒らないと言ったのは誰だ」

 「性格ブスのそんな発言信じたあなたが馬鹿なのよ。よくも、よくも美人だの淑女だのの賞賛に事欠かない私に、ブスだなんて言えたわね。そんなこと、ヴィオラにだって言われたことないのに…!」

 「ブス。ブースブース、性格悪いー」

 「やめて頂戴!それだとブスの上に性格まで悪いように聞こえるじゃない!」

 「そうか。ところでブス」

 「現世と別れる準備は出来た?」


 近くのテーブルからパン切り包丁を取り、両手で構える。


 「おい待て。ちょっとした冗談だろう。本気にするな」


 言いつつ、ジオルクは腰のサーベルを抜く。

 殺してやる。

 ぶっ殺してやる。


 「………あのさ、だから、早く指輪返してって」


 そこで、レイヴァンが言った。

 あ。

 忘れてた。

 ………そそっと包丁を戻す。ジオルクも何もなかったように、サーベルを鞘に収める。


 「…さて、そういうわけで、こんな指輪、憎たらしいわ」

 「セリア、全然格好ついてないから。あと、本気で殺そうとするのやめたほうがいいと思う。ジオルクも、セリアにブスとか言うなよ。セリア美人だし、女の子にそんなこと言ってたら闇討ちされるってフランツ言ってたぞ」

 「私を侮辱するなんて、万死に値するわ」

 「わかった、ブスの前に性格を付ける」

 「……フランツー、ちょっと来てくれー。セリアとジオルクがー」

 「ジオルク、大好きよ。今日もいつもどおり、仲良くしましょうね」

 「ああ、勿論だ、愛しいセリア。好きな相手と喧嘩なんて、するわけがないからな」

 「………で、指輪。早く」


 レイヴァンが、ん、と手を出してくる。

 なんだか、嫌にテンションが低い。


 「…もしかして、機嫌悪いの?そうは見えないんだけれど」

 「…疲れただけ。セリアの十字架盗まれるし、リリーの指輪盗まれるし、セリアはセリアだし、ジオルクは止めないし…俺の救いはフランツだけだ…」

 「それは完全に同意するわ。お兄様のみが救いの神よ」

 「激しく同意する。フランツこそ神だ」

 「―――あのさ」


 レイヴァンが、機嫌悪く、睨んできた。

 あのレイヴァンが。

 私達を、睨んだ。


 「早く、返して」


 怒っている。

 苛立って、それでもふざけ倒す私達に腹を立てている。

 口調こそ柔らかいが、『さっさと返せ』と刺だらけの本音が聞こえてきそうだ。


 その時、大丈夫だな、と思った。

 今まで、とにかく逆らうなと教育してきて、さすがに婚約解消の話が出た辺りから緩和させてはいたが、それでもきっちり縛っていた。

 なのに、今、こうして歯向かう。

 ちゃんと、親離れしている。

 もう、私がいなくても大丈夫だ。

 そう思った。


 「これが、そんなに大事?」


 だから、私はにっこり笑って―――指輪を床に落とした。

 ぱりん、と軽い音がしてガラス玉が砕けた。


 「っセリア!」


 レイヴァンが我慢の限界だと言うように詰め寄ってきた。

 もう小さな男の子じゃない。

 一人の、男だ。


 「きゃあっ」


 私はわざとらしい悲鳴をあげ、指輪を踏みつぶした。


 「っ…!」


 …ところで、私とジオルクは自他ともに認める短気だが、レイヴァンはそうではないかというと、決してそんなことはない。

 レイヴァンは我儘さんで、その割に私達が周りの環境を整えてしまうから自分の思い通りに行くことが多く、『やってはいけないこと』は把握しているが、我慢強いわけではない。

 むしろ、温室育ちで世間ずれしていないから、私やジオルクのようにTPOを考えて抑えるということをしない分、さらに短気だ。


 今、苛立ちが限界に達したところで、さらにむかつくことが起こった。

 じゃあどうするか。

 まず、その相手に手をあげるだろう。

 兄やジオルクは『女性に手をあげるべきではない』と自分を律しているから、例え私やヴィオラがやりたい放題やっても自制して手はあげない。だが、レイヴァンは『セリアが怒るから』やらないだけだ。自分で律しているのではなく、私という外的要因により押さえ込んでいるだけだ。

 抑えとなる私自身が原因で、最近は躾も緩く、今ではほとんどその呪縛から逃れている。元々調子に乗りやすい性格でもある。


 まあ、やっちゃうよね。


 で、それを見過ごすほどジオルクは無能じゃないよね。


 パァン、と、レイヴァンが私の頬を平手で打とうとして来たのを、ジオルクは自分の腕で受け止めた。


 「………女だぞ」


 そして、低い低い声で言った。

 先ほどのおふざけをしていたのとは別人のように、咎めるように軽蔑するようにレイヴァンを睨んでいた。


 「―――あ…」


 レイヴァンも、勿論はっとして顔を暗くさせる。レイヴァンだって、私が叱るから、という理由ではあるが、『女性に手を上げるべきではない』ということは骨身に染みている。後が怖いから、なんて理由ではなく、女性に手をあげようとした自分を、ただ恥じている。


 「……ひどいわねえ、レイヴァン」


 だから、ねっとりとレイヴァンに絡みに行く。


 「ジオルクが守ってくれたからよかったようなものの、か弱い女性に手をあげようとするなんて、紳士のする行いじゃないわ。あなたがそんな野蛮で無礼な人じゃないことは、私もよく知ってるけれど、どうしたの?ねえ―――」


 横からジオルクが守ってくれたが、前には変わらずレイヴァンがいて、ちょっと身を寄せれば耳元で囁くことなんて簡単だった。


 ―――そんなに、あの子が大事?


 「………っ!!」


 即座に跳ねのいたレイヴァン。

 顔を青ざめさせて、私を見ている。

 くすりと笑いが溢れる。


 「指輪、落として壊して、悪かったわね。弁償するわ。おいくら?ああ、端数は切り上げで結構よ。どうせはした金でしょう?安物で、いくらでも買い替えが利く、粗悪品でしょう?」


 そんな子、潰しても、痛くも痒くもない。平民なんて、その他大勢の一人だ。

 なら、潰してもいいわよね?


 表情で、そう問いかける。


 「……足を、退けてください」


 それに応えたのは、さもありなん、リリーだった。まあ、しっかり教育したレイヴァンじゃ無理だろうとは思っていた。


 そもそも、別にレイヴァンが嫌いなわけじゃない。

 嫌いなのは、リリー一人。

 標的は、この子だけだ。


 「リングの部分は残っています。足を、退けてください」

 「あらそう。じゃあ、どうぞ」


 足をやや後ろに下げ、両手を広げて無害さを演出する。

 リリーはそんな風におどける私を睨み、足元に膝を付いて、指輪を回収した。

 ガラスも割れ、ますますみすぼらしいそれを、ぎゅっと、大切そうに胸に抱く。


 「そんなに大事だったの?それ」

 「………はい。とても」

 「じゃあ、なくさないようにしとくべきだったわねえ。掠め取られるなんて、その程度だったんじゃない?」

 「………」


 リリーは黙って立ち上がり、私を見据えた。

 儚げな容貌に似合わず、激しい闘志を感じた。

 いや、闘志というより、怒り、かな。

 青いわねえ。


 「……指輪がなくなったのは、あなたと話した直後です」

 「で?」

 「……あなたが、盗ったんですか?」

 「そうよ」


 で?と再度問う。

 リリーは顔をしかめている。


 「……例え私が賜ったものでも、元はレイヴァン殿下が購入なさったものです。それに、他人のものを盗んで壊す行為は、犯罪です」

 「へえ。ま、私はやってないけれど」

 「………は?」


 眉間にシワをよせ、呆れてでもいるような表情になるリリー。さっき自白したくせに何をってことだろう。

 そうやって人を見下す癖が、きっとあなたの敗因ね。


 「やってないわよ。やったって証拠でもあるの?」

 「……さっき、ご自分が何をおっしゃったか覚えてないんですか…?」

 「覚えてないとでも思ってるの?ひどい侮辱ね。…そういうあなたこそ、なんで私が盗んだ、なんて思ったの?」

 「……あなたと話した直後になくしたので…」

 「へえ?私と話した直後になくなったから、私が犯人?なあに、それ。ただの言いがかりじゃない。大体直後って言うけれど、あなたたちが逃げた後、私はしばらくジオルクと話していたのだけれど、『直後』ってどういう意味だったかしら?それとも、別れた『直後』に発覚していたけど、その間静かに探して、しばらくしてから騒いだの?私とジオルクが話してたから気遣って?まあ、ご親切なことね」

 「……で、でも、さっき、やったって言ったでしょう…!」

 「だから何?あなたが私に急に訊いてきたから、何か裏でもあるのかと思ってカマかけただけよ。ていうか、何あなたごときが私に糾弾なんかしちゃってるの?何様のつもりよ。レイヴァンがいれば虎の威を借れると思ってたの?」

 「そんなことありません!」

 「じゃ、なんで私に意見なんかしてるの?それこそ不敬よね。それをしちゃうってことは、よほど愚かなのか、大丈夫だって当てがあるからよね。レイヴァンが一緒なら、平民でも公爵子女に意見できると思ったんでしょう?―――あまり、貴族を舐めるんじゃないわよ」


 リリーを睨みつける。


 「私は生まれながらにして貴族の、ネーヴィア公爵令嬢よ?例え王族の意向であっても、陛下のご意向でも、意見することができる立場にあるの。王太子が仲間だから皆平伏す?そんなわけないでしょう?陛下が国のトップなのは当然だけれど、あくまで継承権第一位であるだけで、王太子にそこまでの権力があるとでも思ってるの?貴族に歯向かう平民を罰することなんて、当然の権利なのだけれど、それを留める何かがあるっていうの?」

 「………そんな…」

 「それとも、そのご自慢の美貌で寵愛でも得るつもりだった?そうね、スカイのお眼鏡に適うほどだものね、確かに美人だとは思うわよ。でもねえ、容姿を武器にするのはいいけれど、容姿だけで国政を動かすことは出来ないわよ?なにせ、私のお祖父様が宰相で、現在は私のお兄様がそれの補佐をなさってるんですもの。優れた容姿は確かに有力な武器だけれど、それだけで国を傾けることは不可能ね」

 「………美貌?」

 「ああ、自覚がないの?なんて宝の持ち腐れなんでしょうね。愚かしいにも程があるわ。そんなので、よく籠絡出来たわね。どうやったの?それとも皆がちょろすぎただけなのかしら?……ま、そんなのどうでもいいわ。立派な不敬罪。処刑のお時間ね。…事前にジオルクが私の手口を言っていたのに、それでも学習しないって、馬鹿よねえ」


 さっき、『挑発して手を出させ不敬罪にする』と言っていたのに。まんま引っかかって、本当にこれで頭良いのかしら?

 ていうか、我ながら、テンプレの悪役令嬢すぎてウケるんだけど。物盗んで目の前で壊して踏みにじって、権力で始末をつける。テンプレすぎ。そっか、世の中の悪役令嬢にテンプレが溢れかえってるのは、それが一番楽で成功率が高いからなのか。笑えるわー。


 じゃあ殺しますか、と近くの兵から剣でも借りようとしたところで、


 「セリア、やりすぎだよ」


 兄が来た。

 しかも、ちゃっかり仲間を集めてきてた。後ろにスカイと先生もいる。用意周到すぎる。さすがお兄様。


 「そ、そうだ!リリーの件は謝るから、止めてくれ!」

 「いい加減拗ねるの止めてよねー。プレシアが気にしてるんだから」

 「えっと、リリーさん、大丈夫…?」


 レイヴァン、スカイ、先生が言う。

 とりあえず、邪魔してきた部外者は排除。


 「スカイ、別に拗ねてなんかないわよ。あなたやプレシアには恨みもないし、大人しくしててくれない?邪魔されたら、あなたたちまで排除しなきゃいけないじゃない」

 「あっそ。それより、いい加減退屈なんだけど。セリアの無茶ぶりとか暴走とかがないとつまんないの。さっさと機嫌直しなさい」

 「友情より恋愛とった人に言われたくないわ。早く終わらせたいならちゃっちゃとこの子潰させなさいよ」

 「リリーのことも好きだから嫌」

 「はいはい、じゃあ向こう行ってて頂戴。あなたの知らないところで全部終わらせておいてあげるから」

 「で、終わったらセリアを好きなだけ責められるって?後で自己嫌悪起こしていいからここいるよ。出来ることはやったって満足感与えられるより、何もできなかったって無力感奪い取ってくるほうがマシ」

 「あっそう。あなたのそういうとこ、結構好きよ。それだけに残念だわ」

 「俺も、惜しみつつ自分を曲げないセリアが好きだよ。だから折れて欲しいんだけど」

 「それは無理ね」


 仕方ない、スカイの説得は諦めて、次。


 「お兄様、これは私と彼女の問題です。お兄様のお手を煩わせることもありませんわ」

 「お前はどうしてチャップルさんが気に食わないの?」

 「期待していた彼女ではなかったからです。あと平民の分際でレイヴァンに言い寄るなんていう、不遜もいいとこの態度でしょうかね」

 「うーん、なんとかならない?」

 「なりませんわ」

 「俺がお願いしても?」

 「ご容赦くださいな。私のプライドが無駄に高いのは、お兄様もよくご存知でしょう」

 「そうだねえ。謝罪じゃ済まない?」

 「リスクを背負わぬ誠意はないと思っておりますの。私がヴィオラの暴言を許容しているのは彼女の行動が常に破滅に突き進んでいるからで、ジオルクを宿敵と思っているのは毎度刃を交えるからです。口先だけの謝罪とパフォーマンスで許せるほど、私は寛容でも寛大でもありませんわ」

 「でも、彼女と決闘したら、セリアは殺しちゃうだろ?」

 「それが決闘ですもの。相手がただの平民なら、なおさら支障はありません」

 「じゃあ逆に、レイヴァンが家を捨てて彼女をとる、ぐらいしたら許す?」

 「レイヴァンが、私と彼女の因縁に、何の関係がありますの?彼女は私を侮辱した、だから私は彼女を潰す。それだけでしょう?」

 「だから、破滅に向かったら許すかってこと」

 「は?愛しい男と結ばれて、どこが破滅なんですの?破滅っていうなら、一族郎党皆殺しか、最低でも極刑に処されるぐらいの未来が、確実にないと。それに、それでヴィオラを許すのは、あの子が面白くて好きだからよ。私も人間ですもの、私情が入りますわ」

 「リリーさん、決闘は得意?少なくともジオルクに匹敵するぐらいは最低条件で必要なんだけど。できればセリアと対等か、それ以上に打ち合えるぐらい欲しいな」

 「………ごめんなさい、決闘なんてやったこともないです…」

 「だよねえ。俺もないし。じゃあジオルク、代理でやってあげる気はない?」

 「いくらフランツの頼みでも、縁もゆかりもない女のために死地に赴きたくはない。命が惜しい」

 「じゃあいっそ俺が代理になるっていうのはどうかな?負けはするだろうけど、命まではとられないでしょ」

 「お兄様を傷つけるのは好みませんし、賭けの景品をお互いの命にすれば、勝利した時点で殺せますわよ?」

 「……どうしても?」

 「お兄様のことは大好きですわ。だから、私が可愛いなら、引いてくださらない?お兄様が憂うようなことにしたくありませんの」

 「駄目かあ…。…ねえセリア、チャップルさんも良い人だよ?先入観なしに話してみてよ。器の広いお前なら、案外妥協出来るかもしれないから」

 「お兄様の過大評価は嬉しいのですけれど、私、そんなご立派な人間じゃありませんわよ」


 兄が本気でそう言っているのも、丸く収めたい気持ちもわかる。

 でもねえ、結局矮小で馬鹿な人間だからねえ。


 「嫌いな人間は何があっても嫌いだし、自分にないものを持つ相手は妬ましいし、自分より劣った人間には優越感を感じるし、いい子いい子って褒められていたいし、他人の不幸なんて対岸の火事でしかないわ。器が大きいんじゃなくて、視野が狭いのよ」


 器が大きい?

 それ、誰の話?


 「視界に入るものには好き嫌いも出るけれど、そもそも大半が眼中にないのよ。例えば、お兄様のことは大好きよ?でも、うちの使用人のことはどうでもいいわ。ただのハウスキーパーね。給料に見合った仕事をしてくれれば、多少粗相をしようが見目がいいものがいようが興味ないわ。少々のことは目を瞑るわよ。で、私はリリーのことが大嫌いなの。だから見逃すことも見過ごすこともしないわ」


 日本人的に、『どちらでもない』のゾーンが広いだけだ。前世の彼女は、アンケートか何かで選択肢を選んでいたら、八割以上が『どちらとも言えない』になって、さすがにこれはまずいと書き直したことがあった。『どちらかと言えばはい』と『どちらかと言えばいいえ』に。ザ・日本人。


 そんな前世なので、今世でも『どちらでもない』の範囲が広い。無宗派といいつつ葬式あげたりお守り持ったりクリスマスやったりする日本人舐めんなよ。神様仏様どころか唯一神まで同居しちゃってるんだぜ。

 でも、私は日和見主義ではないし、事なかれ主義でもない。そもそも前世が日本人だっただけで、今世ではバリバリの狩猟民族だ。見た目的に。


 つまり、


 「好きな相手は好きだし、嫌いな相手は嫌いだし、それ以外はどうでもいいわ。好きであることにも嫌いであることにも、妥協なんてしないわ」


 YesかNoで、好きか嫌いかでスッパリ決めちゃう。曖昧に誤魔化して、なんてしない。

 ああ素晴らしきかな大陸文化。


 「ところで、人間って、好意より憎悪のほうが強い生き物なのよねえ…。お兄様のことは好きよ。本当に大好き。お兄様には幸せになってもらいたいし、例えどんなに落ちぶれても愛してるわ。……だから、無駄なあがきは止めてくださらない?どうなっても好きだけれど、あまり、嫌われたくはないの」


 引いてくれないと、嫌われるようなことしなきゃいけなくなるわ、と溜息を吐く。

 それに対して、兄は微笑んだ。


 「大丈夫、妹を嫌う兄はいないよ」


 ―――格好良すぎてうっかり惚れそうになった。

 つまり、嫌わないから、嫌われたくない私のために引く気はないってことよね?

 遠慮なく潰しに行っても、嫌ったりしないってことよね?

 だからお兄様も主張を貫くし、私も好きにしなさいってことよね?


 格好良すぎてヤバイ。一瞬でリリーとかもろもろが吹っ飛んだぐらい格好いい。もう、大好きなんて言葉じゃ言い表せないぐらい大好き。今すぐ抱きつきたい。お兄様にぎゅーってして頭なでなでして貰いたい。でもそんなことしたら格好がつかない、けどやりたい。


 「……格好いい…」


 そう思っていたら、明らかに高みの見物気取ってたジオルクがぽーっとした目でつぶやいていた。ついぽろりと漏れでてしまったんだろう。わかる。あの格好良さは惚れる。いや、もう濡れる。今ならお兄様の子を孕める気がする。


 「セリア、フランツの言うとおりにしろ。ええと、あまりにフランツが格好良すぎて忘れたが、なんか渦中のやつを許してやれ。確か、……女、だったよな?女のヒステリーに一々難癖付けるな」

 「ちょっと、私も女よ?ヒステリー起こすわよ?だから…えーと…なんとかチャンプル…ゴーヤチャンプルじゃなくて…喜劇王のチャップリンでもなくて…ギップルを許すわけがないわ」

 「じゃあ仕方ない、決闘しよう。見知らぬ女(仮)のために命は賭けられないが、フランツのためなら喜んで捧げよう」

 「ふっ…私だってお兄様のためなら心臓を捧げられるわよ。どこぞの自称風の精霊のふんどし変態なんか目じゃないわ!」

 「俺なら両の目をくり抜いて差し出せるぞ」

 「セリア・ネーヴィアはフランツ・ネーヴィアを愛しています。世界中の誰よりも」

 「フランツはとんでもないものを盗んで行きました。それは俺の心です」

 「…で、お兄様が格好いいって話の前はどんな話をしてたんだか覚えてる?愛と勇気だけが友達のアンパンの話だったかしら?」

 「いや、確か、…そう、ポテトは薄くスライスして揚げたポテチがいいか、棒状にして揚げたフライドポテトがいいかという話をしていた覚えがある」

 「あー、してたわねー。私ねえ、あれは絶対スライスのほうが良いと思うのよ。棒状に切るって、結構手間なのよ?」

 「棒状のほうが食いごたえがあっていい。適度に冷めてふにゃっとしたのがまた美味いんだ」

 「で、そこからヒートアップして喧嘩したわね」

 「確か最後は、お前が『五月蠅く言うならどっちも作らない』と言ったことで、渋々、仕方なく、矛を収めてやったんだったな」

 「はあ?記憶を捏造するのはやめてくれる?文句があるなら自分で作って来いって言ったら、あなたが自分じゃ作れないからって急に話題を変えたんじゃない。本当に小さい男ね」

 「何だと?もう一度言ってみろ」

 「あら、図星突かれて怒ったの?ダサいわね。それで喧嘩売って私に負けるんでしょう?最高に格好悪いわね」

 「―――剣を抜け」

 「はんっ、熱くなちゃって、ダッサ。本当のこと言われたから怒っちゃいました、謝ってくだちゃいって?怖いならそう言ってくれれば優しくしてあげたのに。おめめがうるうるしてるわよ?」

 「ほう、つまり勝てる自信がないから引いて欲しいと。それで挑発行為など、愚の骨頂だな。引いて欲しいならしおらしく媚の一つでも売ったほうが効果があるんじゃないか?考えるだけは、考えてやろう」

 「ウッザ!やだ、超ウザいんですけど。マジありえないわー。てか媚って何?何して欲しいわけ?跪いてぼくわるいスライムじゃないよ、なんてぷるぷるして欲しいの?やだキモーい!」

 「そうして欲しいならそう言え。いじめて欲しいとおねだりするなんて、お前はマゾか?」

 「ええ、そうかもしれないわね。自分より下の人間がこうして調子づくのを潰さずにいたなんて、マゾと言われても仕方ないわ。あなたがつけ上がる度、思うわ。私ってドMなのかしら、って」

 「じゃあ俺はサドなんだろうな。お前がそう調子に乗る度、叩き潰してやりたくなる。なんだ、案外相性がいいのかもしれないな」

 「本当に。じゃ、囀ってごらんなさい?小物がぴーちく言うのを見て、和んでおくわ」

 「なら遠慮しておこう。逆に、お前を喘がせてやる」

 「ふふふ、そんなに尻振ってたらブチ犯すわよ?」

 「……本当に、お前は語彙が下品だよな…」

 「口を塞ぎたいのはこっちも同じってことよ。吠えたいならベットの上で嫌ってほど啼かせてあげるから、今は我慢してくれる?少しの待ても出来ないほど、堪え性のない早漏なわけじゃあないでしょう?」

 「………セリア、ちょっと向こうでお話しようか?」


 あ、お兄様忘れてた。

 ヤバイヤバイヤバイ。ついいつもの調子で喧嘩してた。こんな下品なこと言ってるの聞かれたなんて、失望されちゃう!どうしよう!


 「お兄様っ…!ジオルクが私を無理やり…!」

 「誤解だフランツ!そんな事実は一切ない!指一本だって触れたことはいしそもそもこいつとは初対面だ!」

 「二人とも、わかりやすい嘘はやめてね?」


 お兄様が笑顔だ。呆れてる。ああどうしようどうしよう…。


 「最初にふっかけてきたのはジオルクなの。だからやり返しただけで、悪いのはジオルクよ。ほら、私は決闘仕掛けられてもちゃんとあしらったもの!」

 「あしらったんじゃなくて挑発したんだろうが!…最初に言ったのは俺でも、こいつが何倍返しにもしてきたんだ。あそこまで下品なことを言ったのはこいつだけだし、悪いのはこいつだ」

 「ちょっと、罪をなすりつけないで頂戴。大体私のほうが下品だとか言っているけれど、それならべたべた体触ってくるのやめてくれる?変態」

 「自意識過剰なところ申し訳ないが、他意は一切ない。お前をそういう目で見たことは一度もない。どれだけ飢えていても、お前みたいな悪役に欲情するようなやつは、一人だっていない」

 「ジオルク、言い過ぎ」


 兄がジオルクの頭をぽかりと叩いた。いい気味だわ。


 「あのね、セリアも女の子だから。そんなこと言われて気にしないわけないでしょ?あと、セリアが言ってたのはどういうこと?セリアと進展あったの?」

 「………」

 「進展?ああそういえば性的暴行を受けたかもしれませんわ。許可なく身体に接触して、ひどい精神的苦痛を受けました。お兄様、慰めてください。良い子良い子してください」

 「っはあ!?何調子に乗っているんだ!お前だけ良い子良い子して貰うなんてずるいぞ!」

 「べーっだ!精々指くわえて見てることね!…お兄様、早く早くー!」

 「っフランツ!こいつがこんなこと言った!叱ってくれ!」

 「………うん、あのさ、二人とも、もう高等部生だよね?ちょっと落ち着こう?慕ってくれるのは嬉しいんだけど、もうちょっと大人になって欲しいな」


 言いながら、それでも私とジオルクの頭を撫でてくれた。顔が緩む。お兄様大好き。


 「えーと、一個ずつ解決していこうね。まずジオルク、セリアになんかしたの?応援してるけど、セリアは可愛い妹だし、嫌がることしてたらもうセリアは近づけないけど」

 「お兄様素敵…」

 「フランツ、それはない。考えてみてくれ、この姑息な女相手に、無理やり、とか通じるのか?本気で殺しに来るような、凶器を常に持ち歩いている女を、無理に触るとか、不可能だろう。そこまで命賭けるなら、せめて貞操ぐらい狙わせてくれ。触るだけで命を賭けたくない」

 「……それもそうだね。じゃあセリア、―――一体どこであんな悪い言葉覚えてきたの?」


 びくっと肩が跳ねた。

 にっこり笑う兄の目は全然笑ってなくて、絶対背後にスタンド出てる。怖い。

 冷や汗が額を伝った。


 「………い、いろいろな方とお付き合いがありますもの」

 「あんな言葉を使うような人と、知り合いなのかな?」


 背筋が凍る。兄が怖くて、じっと床を見る。


 「………ただの、ジョークですから…」

 「セリアは未婚の女性だよね?それに配慮してくれない人たちなの?それとも、セリアのほうが、配慮の必要がないって思うような、態度なの、かな?」


 ………ぎゅっと目をつぶって、拳を握りしめて、開く。

 顔をあげる。


 「……レディとして不適切な言葉であることはわかっています。でもっ…そのほうが効果的に相手を侮辱出来るんです…!」

 「うん、後でしっかりお話しよっか?」


 死亡決定。ちーん。


 「ざまぁ」

 「ジオルク、あなたの【ピー】を潰して裂いてすりつぶして【ピー】て切断して豚に【ピー】させて【ピー】をぐちゃぐちゃに【ピー】して【ピー】て【ピー】にして残りの一生【ピー】にするわよ」

 「おい!」

 「叱られると決まったら自重はしないわ!お兄様ー!ジオルクがねー!私にねー!」

 「っそんなことしてない!何もしてない!こいつは倒すべき敵でそれ以上もそれ以下もそれ以外もない!こんな汚くて穢らわしくて汚泥にまみれたようなやつに殺意と侮蔑以外の感情を向けるわけがないし殺しに行く以外の行為はしない!」

 「すごい勢いで墓穴掘るねえ。後でその穴に入ればいいよ」

 「………ひどい…美人だ綺麗だ愛してますって服従誓ったのに…嘘だったなんて…」

 「は?そんなこと言ってないだろう。本気で」

 「お兄様ジオルクがひどいの!慰めてー!」

 「っそれが狙いか!卑怯者!」

 「………そろそろ俺も怒るよ?」

 「「ごめんなさい」」


 ふざけすぎた。兄を怒らせたくないから慎もう。お兄様、怒ったら口聞いてくれないんだもん。


 「つまり、問題の女をどうしたら許すのかって話よね。ジオルクが土下座して謝罪したらいいわよ」

 「あ、女だったんだな、結局。フランツが収めろと言うなら仕方ない。……ごめんなさい」


 ジオルクがびしっと土下座を決めた。

 うむ。


 「じゃ、その女のことは許すわ」

 「ああ。フランツ、これでいいか?」

 「………そこまで躊躇いなくやると思わなかったよ…」

 「フランツの頼み事だからな。命の危険があるのは嫌だが、頭の一つ二つ下げただけで済むならそうする」

 「ジオルクも問題の女もむかつくけれど、お兄様が憂いていらっしゃるならその程度で済ませるわよ。怒らせたくないもの」

 「………この二人もすごいけど、それを気にせず食事できてるレイヴァンもレイヴァンだよね…」

 「ん?だって、いつものだろ?あ、俺はポテトは皮付きで揚げたのが好きだし、セリアはすっごく可愛いと思うぞ。ジオルクに愛想尽かしたら、もっと良いのを探したら良いと思う。セリアは格好良くて綺麗で美人なんだから、よりどりみどりなんだし」


 もきゅもきゅと料理を食べていたレイヴァンが、にこーっと無邪気に笑った。

 躾の成果なのか、お世辞も上手に言えるようになっているようで、ますます不安はない。一人で頑張りなさい。そしてポテトは皮なしって決まってるのよ。皮はシャリシャリしててなんか嫌い。


 「………おい」


 と、ジオルクが、やや困惑したように話しかけてきた。


 「本気で、フランツが格好良すぎて人物像が吹っ飛んだ。どの女が問題のやつなんだ?」

 「…実は私も、遭遇しないように避けさせてるし、顔、そんなに覚えてないのよね。確か、色は白いほうで、名前はちゃんぽんだったわ」

 「ちゃんぽんか」

 「ええ。…で、どこかしら?」

 「さあ?おいレイヴァン、どれだ?」

 「………因縁つけないか?」

 「つけるわ」

 「つけない。野次馬するだけだ。もしこいつが暴走しても止める気はない」

 「教えない」

 「じゃあお兄様」

 「駄目かな?」

 「………」


 仕方なく周りを見るが、わかるわけがない。ゲームと実写は別物だし、ゲーム内でも主人公の姿とかあんまり出てなかったし、結構本気で分からない。現実でも、避けさせてろくに視界に入れなかったから、顔と名前が一致してないままだ。

 この状況でどうやっていびろうか、と悩んでいると、気楽そうなジオルクが見えた。

 むっとした。


 「………ジオルク、あなたも探しなさいよ」

 「いなくても困らない。必死に探すほどでもないだろう」


 あからさまに協力する気がない。

 ますますむかつく。


 「さっきもお兄様の手先として、あの子のために頭を下げたし、結局あなたもあの子の味方なの?」

 「フランツの味方でお前の敵だ」


 それは―――…。


 ………なるほど。


 なるほど。


 「………やっぱり、あれは嘘だったのね」


 味方になると言って、兄目当てではなく好きだと言ってくれた。

 でも、魅力なんかないし、ただ憎くて殺してやりたいだけだと言った。

 ただの敵だって言った。

 結局好きなのは兄で、兄の味方で、兄のために潜入してきただけだった。

 主人公に取られるまでもなく、最初から私のなんかじゃなかった。


 「………あ、いや、その…あの…」

 「いいわよ、あなたも向こうに行けばいいじゃない。どうせ私は悪役よ。嫌われ者よ。全部嘘だったんでしょう?…いいわよ、もう…」

 「ちがっ…、…う、売り言葉に買い言葉というか…、本心ではないんだ」

 「もう結構よ。もう嫌。あなたの気持ちはよくわかったわ。ええ、お兄様は素敵だものね。仕方ないわよね。他に味方なんていない悪役に取り行ってアピールもするわよね。あなた、本当にお兄様が好きだもの」

 「フランツのことは確かに好きだが、そうじゃなくて…本当にお前のことが好きだから…」

 「お兄様のためなら、私にだって土下座出来るんだものね。汚らしい性悪に言い寄るぐらい簡単よね。いいのよ、言い訳なんかしなくて。別に怒ってないし、報復する気もないわ。お兄様のためなら、仕方ないもの」

 「聞いてくれ。俺が悪かった。お前を傷つけて本当にすまなかった。土下座でもなんでもするから許してくれ。頼む」

 「口先だけの謝罪もパフォーマンスもいらないわ。…そう、ね。敵対してても、ある程度親密なほうが、便利だものね。お兄様とレイヴァンの敵を殲滅するって目的は同じなんだし、仲良くしていたほうが利があるわよね。……それなのに打算で言い寄られるのは嫌だとか、思った私が間違ってるのよね」

 「いや、それは間違ってないし、とても嬉しい。俺が馬鹿だったんだ。心にもないことを言って虚勢を張っていた俺が間違っていた。お前は悪くない」

 「そうよね、最初から、言ってたものね。利用するだけでも、あくまで交際止まりでもいいからって。ごめんなさい、勘違いして、自惚れちゃって。本当に自意識過剰よね。あなたの言うとおりだわ」

 「それはそういう意味じゃなくて、だから、お前が利用するだけでも良いから傍にいさせて欲しかったんだ!何も勘違いしてないし自惚れてもない!むしろもう少し真面目に考えて欲しいぐらいだ!本当に、ずっと、好きなんだ…!」


 ジオルクに両肩を掴まれた。

 どう見ても必死で、取り乱している。

 でも…。


 「……私のこと、最低限でしか、名前呼ばないじゃない…」


 他の人は普通に呼ぶのに。

 私には、『おい』とか『お前』とか『あいつ』ばっかり。

 全然呼ばないじゃない。


 「それは…!」

 「嫌いな相手の名前は呼びたくないってことよね?ヴィオラの名前を呼ばないように、私の名前だって呼びたくないのよね?」

 「あの馬鹿はそうだが、お前は違う!お前を嫌ってなどいないし、名前を呼ばないのは張り合っていたときの癖だ!あの頃はお前も、人のことを野良だのなんだのと言っていただろうが!」

 「…そういう関係だったものね。そういう仲だものね。ずっと、そのままだものね。…ああ、まだ返事してなかったわね。いいわよ、付き合いましょう。利用し合って行きましょう。大事なもののために、お互いを消耗品にしていきましょう」

 「っだから―――!」


 完璧な作り笑いで言ったら、ジオルクが激高した。

 ……そっと俯く。


 「……もうやめて。虚栄ぐらい張らせて。そんなの…私が、あんまりにも惨めじゃない…」


 濡れた声で言えば、肩を掴んでいた手が跳ね、ジオルクがぎょっとしたことを伝えてきた。


 「あ、あのな?えと、怒鳴ったりして、悪かった。ごめん。すまない。何でもする。何をしてでも償う。本当にごめん。あの…だから、セリア…その…」

 「………なによ」

 「………ごめん」


 肩にあった手がそのまま背中に回り、私の体を包み込む。


 「殴っても刺しても何してもいい。お前に恋慕している馬鹿な男が暴行に訴えただけだ。好きに抵抗して罵れ。自分に惚れるなど百年早いと嘲笑しろ。無様だと足蹴しろ。……お前は何も悪くない。俺が勝手に邪な思いを抱いているだけだ」


 ………こういう馬鹿な気遣いは、なんというか、嫌いじゃない。

 惨めだ、なんて言ったから、惨めなのは私じゃなくて自分だって言って、傷つかないで欲しいって言ってくる。

 仕方ない。妥協しよう。


 「じゃあ、お兄様に唆されたりしないで、真面目にあの子を撲滅するのを手伝ってね。それでいいわ」

 「………大丈夫か…?」

 「愚問ね。そもそもあなた、私が傷ついたって叫んでこき使おうと思ってたの、わかってるでしょう?何本気になってるのよ。こっちが困るわ」

 「おい」

 「え?気づいてなかったの?鈍っ」

 「ふざけるな。本気で罪悪感を感じていたのに…!」

 「身から出た錆ね。あんなこと言うあなたが悪いわ」

 「ああそうだな、お前相手に言質をとらせてしまったのが失策だったな。お前相手に心配などしてしまった自分を殴りたい」

 「あら、本当は土下座させた上で協力させようと思ってたのよ?手加減してあげたんだから感謝してもらいたいわ」

 「どこに感謝する理由がある。本当に、お前は最低だと身にしみて思った」

 「騙されるほうが馬鹿じゃない?私があんなしおらしいこと思うなんて、本気で思ったの?目ぇ腐ってんじゃない?脳みそ発酵してるの?」

 「この腐れ外道が…!」


 ジオルクが頭を撫でて、やや気遣わしげに見てくる。兄と祖父とジオルクは、髪型を崩さずに頭を撫でる術を会得しているので、公の場で撫でてきても問題ない。父は髪をぐしゃぐしゃにするからやめて欲しいし、レイヴァンはそもそも私が頭を撫でるぐらいだけど。

 だから、支障はないので、そのまま撫でられておく。


 「おい」

 「なあに?」

 「不満があるならその都度言え。気をつける」

 「あらありがとう。でも不満が溜まる前に喧嘩するから、特にないのよね」

 「今もか?」

 「不満があるなら、甘んじてないわ」

 「―――そうか」


 ふわりと、花がほころぶような、とろけるような笑みが咲いた。

 嬉しそうで、頬がちょっと赤くて、邪気とか一切感じなくて、……なんか逆にこっちが居たたまれない。


 ホラー要員でも乙女ゲームで攻略キャラ張るだけはあるわね。うん。幼い頃から敵として一緒にいたけど、改めて意識すると、まあ見た目は悪くないのよね。性格が捻れてるだけで。

 ていうか、ここ、公の場よね?なんでまだ抱きしめてるの?いえ、包み込まれてる、ぐらいの、腕が回ってるだけ程度だけど、近いわよ?結構、近いわよ?

 私はあのチャンネル(確かこんな名前だった気がする)を潰したいだけで、だからジオルクを馬車馬のようにこき使おうと思って、それは成功して、成功したはずなのに予想外に近くて、逃げる理由があったら逃げられるのになくて、ああもうスカイの馬鹿、喧嘩してる間に雲隠れしてんじゃないわよ、こういうときこそあなたに相談したいんじゃない、いや別にセクハラが嫌とかじゃなくって対応に困るってことでよ?そこのところ勘違いしないでよ?嫌なんて一言も言ってないから。言ったかもしれないけど言ってないったら言ってないから。誰に言い訳してるのかわからないけど!


 「ツンデレって、最初はツンツンしてるけど仲良くなったらデレデレって子のこと言うらしいわね。最近じゃ『本当は好きなのに素直に言えない子』って意味で使われたり、ヤンデレとかクーデレとかいろんな派生語もあるけれど、どれも自分が好かれてるってことが前提にあってむかつくと思わない?」

 「急になんだ」

 「デレるのが前提にあって、どんなデレ方をするか、どんなギャップを演出するかって話でしょう?デレがないツンデレはツンツンとか言われるけれど、やっぱりそれも『ツンデレとはデレるもの』って先入観があってのことよね。で、そういうあれこれを考えたら、原義でのツンデレ、仲良くなったらデレまくりって、『あれ?普通じゃない?』って思ってこない?ていうかよくいるわよね。仲良くなったらデレるとか、好きな相手に好きって言ってなにが悪いのよって話だし。別に『ツンデレ』なんて名前つけるほどでもないわよね」

 「本当になんなんだ…」

 「別の言い方すれば、『身内に甘い』ってことにもあるわよね、原義のツンデレって。でも身内に甘いのは良さげに聞こえるのに、ツンデレって聞くと全然印象違うのよ。不思議よねえ。だから、今やツンデレの代名詞でもある『か、勘違いしないでよね!あんたのためじゃないんだから!』って言うのは、もうツンデレであってツンデレではないものの言葉よ。……それを踏まえた上で」


 ジオルクを見上げる。身長差から、自然と上目遣いになる。


 「―――で?」

 「………は?」

 「何期待してるの?退いて、邪魔よ。あのチャネリングを潰すって言ってるでしょ。手間とらせてんじゃないわよ。スカイも先生もあのジャグリングもいなくなってるじゃない。さっさと潰さないと面倒だって言うのに。さっきの不敬はお兄様のとりなしで許したけれど、また別に嵌めて陥れて潰さなきゃ。ほら、さっさと離れなさいよ、公衆の面前でみっともない。―――ああ、勘違いしないで頂戴ね、あなたのために言ってるんじゃないから」

 「………」


 ジオルクが離れて、兄の隣でうなだれた。なんだか真っ白に燃え尽きたような気配だ。


 「どうしたのよ、早く探しなさいよ。多分、スカイか先生と一緒にいるから。何ならレイヴァンも探して。ジャングルジムが取られるわよ」

 「ジャングルジムって誰?……でも、確かに…」

 「どうせあなたのことだから、何でもないように見送ったんでしょう?馬鹿馬鹿しい。本当に好きなら、なりふり構わず言い寄りなさいよ」

 「う、うん!そうだな!行ってくる!」


 レイヴァンが行った。よし。これで見つけた頃に行けば簡単に捕獲できるって寸法よ。本当に馬鹿で素直な子って操りやすいわー。


 「……で、何してるのよ、ジオルク」


 対してジオルクは、ぴくりとも動かない。どっかに電源コードでもあったのかしら?蹴躓いた覚えも踏んだ覚えもないのだけど。


 「…そっとしておいてあげて。セリアの言葉に落ち込んでるだけだから。ジオルクは図太いから、しばらくしたら懲りずに言い寄りに行くと思うけど、さすがにちょっとは落ち込ませてあげて」

 「は?落ち込む?」


 兄の言葉に、わけがわからない、とジオルクを見る。


 「ちょっと、どういうことよ。ツンデレ属性ないの?ツンデレが地雷なの?もしそうなら全力でツンデレに転身するわよ?」

 「……つんでれなんかどうでもいい…もうころせ…」

 「……なんなのよ。…そりゃ、私もらしくないこと言ったわよ。でも動作不良でオーバーヒート起こしてたんだから仕方ないじゃない。いいわよ、忘れて。なんでもないわ」

 「………ん?」


 ジオルクが顔をあげた。あら?

 ………。

 ………ウン。


 「っ早く殺しなさいよ!殺せばいいじゃないの!」

 「じゃあ遠慮なく」


 ジオルクが顔を緩ませてきゅっと抱きしめてきた。

 ああもう、だからそう裏もなく喜ぶのやめて頂戴!殴れないじゃない!


 「やはり、行動に出られると弱いんだな。混乱して、とりあえず離れて落ち着きたかったんだな。でも素直に言えなかったんだな。べらべらと話していたが、つまり話の要点は、『最近よく使われるツンデレは原義と異なる』、ひいては『最近のツンデレは、決め台詞が勘違いしないで云々という、素直に好意を表せられないやつ』ということが言いたかっただけなんだな。だから冷ややかに拒否してきても、素直になれないだけだから勘違いするなと、そういうことか」

 「違うわよ!ツンデレツンデレって喜ぶような輩は、無意識のうちに好意を当てにしてるから不愉快で、あなたも好かれてるなんて勘違いして調子に乗ってるって嫌悪を表したのよ!それをツンデレとかいって処理されないために、事前に釘を刺したのよ!」

 「はいはい。あー、可愛い。全く可愛げはないくせになー」

 「もう殺して、殺してよ。一思いに殺しなさいよ」

 「もう虫の息だが、そういうならとどめを刺そうか。……最近のツンデレのことを『本当は好きなのに素直になれない子』と言ったな。つまり、俺のことが好きなんだな、お前」

 「SAN値チェックに失敗して、不定の狂気に陥ったわ。自意識過剰男にツッコミを入れることすらままならないなんて、不甲斐ない限りだわ」

 「死人に鞭打つことは勘弁してやる。……ていうかもう、そのジャングルとやらはどうでもよくないか?明るい家族計画の話でもしよう」

 「死になさいよあなた。アマゾネスへの恨みは忘れないし、あなたと明るい家族計画を考えるような展開には絶対ならないわ」

 「既成事実を作ってしまうのも、嫌がるのを組み伏せて無理やりやるのもいいよなー」

 「ポジティブシンキングサド野郎が。潰すわよ」

 「一方通行をムーンウォークで逆進する系馬鹿に言われたくはない。というか行動が常に受け身なんだから、お前は真性のマゾだろう」

 「だからマゾだって言ってるでしょう。あなたにこんな気持ち悪いことされても殴らず耐えてるなんて、我ながらドMね」

 「………そんなに嫌だったか…?」

 「あのねえ、お互い喧嘩っ早くて意地っ張りで相手を罵るためならなんだって言うぐらいだって理解してて、多少の言動を深読みするわけないでしょう。むかついて、言い返して終わりよ。…だから、無駄よ」

 「ちっ」

 「レディに舌打ちはやめなさい」

 「じゃあわかっていて無視するな。Mのそしりを受けないように行動を起こすとか、ちょっとは素直になるとか、しろ。ただの一人よがりに見える」

 「見えるってことは、そうじゃないって思ってるってことね。ふうん。おめでたい頭ね」

 「そう言われて否定出来ないから、お前からの言葉なり行動なりが欲しいんだ。家族計画はさすがにまだ冗談だが、…なあ?」


 笑顔で頬を撫でられた。早く死ねばいいのに。今すぐ死ねばいいのに。


 「庭園のほうは人気がなくてオススメだよ。先客がいるかもしれないけど、いたらいたで二人とも楽しむでしょ?」

 「お兄様、それはいらないアシストよ」

 「ありがとうフランツ。おい、フランツの厚意を無駄にする気か」

 「あなたの行為を無駄にしたいのよ」

 「そこは好意と言ってくれ。…嫌なら、別に強要はしないが。俺のことをそういう意味で好きか、という質問にYesかNoで答えてくれれば、場所を移動するまでもない」

 「強要じゃない。本当にぐいぐい来るわね、あなた。何かあったの?」

 「俺は自覚したときからぐいぐい行っている。お前が本気にしなかっただけだ」

 「お兄様」

 「本当だよ。セリアの叩き潰しっぷりは、今思い出してもすごかったよねえ。家族ごっこに変換したり、自分から迫ったり、俺目当てとか本気で言ったり、本当にジオルクもレイヴァンも大変そうだったよ」

 「………」

 「というわけだ。やっと伝わったんだから、アプローチぐらい好きにさせろ。お前も、逃げたり殴ったり唾棄したりしないんだから、不快なわけでもないんだろう?」

 「……お兄様」

 「俺もパートナー置き去りにしちゃってるから、もう行くね。頑張って二人とも」


 お兄様が去って行った。お兄様待って、可愛い妹を飢えたケダモノの前に置いて行かないで。私も連れて行って。お兄様の彼女さん、私も結構好きだから。


 「じゃ、行くか。プライドが邪魔して認められないというなら、逃げずに受けてくれるだけでいいから。本当はお前からも何かあって欲しいが、無理ならまだ待つから、逃げないでくれ。追い詰めないから、早まらないでくれ」


 ジオルクはやっと離れて、代わりに手を取り、庭園のほうに歩き出した。

 …自殺者にするような説得じゃない。私を何だと思ってるのよ。そう心中で愚痴りながら、仕方なく、エスコートされてあげた。





 こうなったらやられる前に押し倒そうかと思いつつ、ご機嫌なジオルクと庭園に行った結果、ジオルクにからかいつくされることも、私が押し倒すこともなかった。

 先客がいたのだ。

 もしもこれが、一般生徒のカップル(同性同士や二人以上でも可)なら二人で野次馬して嘲笑っていただろうが、そうはならなかった。

 そこにいたのは、すっかり忘れていた、密林の女戦士たちだった。


 「……そういえば、忘れていたな。何をしているんだ?あいつらは」

 「さあ?楽しいイベントじゃない?」


 ジオルクと生け垣の影からこっそり覗き見する。

 そこにいたのは、ドキッ☆女戦士だらけの異種姦陵辱!~触手もあるよ~と、レイヴァンとスカイと先生だった。

 無言のうちに牽制していたようだが、丁度スカイが動いたところだった。


 「俺は君のことが好きだよ。冗談じゃなくて、本気で。親切な先輩以上に見られてないことはわかってるけど、それでも、好きだよ。……『ごめんなさい』でもいいから、返事、くれないかな…?」


 さすがオネェ。さすが私の友人。どっかのヘタレ王子とは違って玉砕確定でもしっかり告白してる。

 レイヴァンは原義の、最初ツンツン後デレデレなツンデレだから、今告白も出来ないのはツンデレではなくヘタレが原因だ。情けない…。どうせツンデレならヤンデレになるぐらいこじらせなさいよ。アグレッシブヤンデレだったゲームでのスカイ見習いなさいよ。


 女だらけの酒池肉林は、一度驚いたように目を見開き、視線を落として、スカイに頭を下げた。


 「こんな私を好きになってくださって、ありがとうございます。ずっと冗談だって思いを踏みにじってきて、ごめんなさい。……ごめんなさい」


 スカイは、微笑んだ、と思う。


 「うん、わかってた。俺じゃない誰かが好きで気になってる君が、好きだったから。誰かのために努力する君が、好きだった。―――君を好きになってよかった。ありがとう」


 「あーあ」と空元気で笑い、背を向ける。


 「セリアには大人しくしてくれるように頼んどくよ。応援は出来ないけど、最後にお願い―――幸せになって」

 「………はい」


 女の園はしっかり頷いて、もう一度スカイに頭を下げた。

 スカイはそのまま立ち去った。……後でお菓子でも持って遊びに行ってあげよう。それで惚気も愚痴も未練も、しっかり聞いてあげよう。きっとプレシアや周りには、格好付けて泣けないだろうから。せめて私が、聞いてあげよう。スカイがどれだけ好きだったのかを、それでも幸せを願って身を引くしか出来なかった、選ばれなかった悲しさや悔しさを、せめて私ぐらいは、受け止めてあげよう。

 喜びを倍に増やすのが想い人の役目なら、悲しみを半分にするのが友達の役目だ。

 格好つけさせるのが想い人なら、格好も虚栄も剥がして、格好悪くて惨めったらしい叫びを吐き出させるのが友達だ。


 「え、えっと…」


 何の菓子を持って行こうか考えていると、先生が目を回していた。

 先生も先生で、頭が悪いわけではない。状況を把握したんだろう。


 ところで、実は私はあのキチホラーゲームしか乙女ゲームはプレイしたことがないが、一つ疑問があった。

 複数人のルートに入ったら、選ばれた一人以外はどうなるんだ?

 AルートとBルートに入っていて、しかも全員攻略ではないから逆ハーにもならない場合、どうなるんだろう?

 告白時に一人しか告白出来なくなっていたりするなら必然的に一人に絞られるが、なら逆ハーもできないだろうという話で。

 あの乙女ゲームのようなゲームでは、そもそも二人だけ、とか三人だけ、とかの攻略をしていなかったから分からないが、どうなんだろうか。


 その答えが、これだ。


 「………あの…」


 レイヴァンたちからは見えないように、後ろ手に、劇薬を構える先生。


 逆ハールートがバッドエンドの塊である理由はこれなのだろう。『誰かのものになるぐらいなら壊してしまえ』と、そういう話なのだろう。ルートに入ったのに選ばれなかったキャラがいる場合、選ばれたキャラが、主人公を守るなり先に壊すなりしていたから、横槍を入れられなかっただけなんだろう。

 問題は、攻略中の対象と、思い余ったバッドエンドのどちらが優先されるかということだ。

 どんなバッドエンドでも、少なくともこの分岐点、パーティまでは確定せず起きないはずだが、ここはゲームではない。確実なことは言えない。


 先生が俯く。

 緊張の一瞬。


 「先生…」


 先に、レズが動いた。

 百合は――あ、名前リリーだわ。思い出した――頭を下げた。


 「自惚れかもしれませんが、ごめんなさい!」


 えげつねえ。

 告る前から振りやがった。


 「……あいつ、非道だな…」

 「……本当にね。私達が可愛く見えてくるわ…」


 誠意といえばそうなんだろうし、スカイのことで成長したといえばそうなんだろうけど、ただただえげつない。

 悪役より正義の味方のほうがよっぽど非道ってのはよくある話だけれど、その集大成を見た感じだわ。まだ、好意を利用する悪役のほうがマシに見えるってどういうことよ。誠意ある正しい行動がこんなにエグいとは思わなかった。今度から真似しよう。


 「おい、今、真似しようだとか思っただろう。言っておくがな、一切本気にせずかわし続けてきたお前も相当だからな」

 「あなたの普段の行いがアレだから本気にしなかっただけじゃない。そういえば、返事の先延ばしも誠意がないのかしら?ちゃんと返事をしなきゃいけないかしら」

 「……きっぱり振らずにそう言って茶化す分、マシだよな」

 「ええ。その気がないなら、そもそも脈を見せるなって話よね。好きって言うにしても、『親子みたいで』とか『頼れる先輩が』とか、ちゃんと牽制してからにしなさいよ」

 「その点お前は、しっかりしてるよな。『同類として』だの『あくまで同性の友達として』だの『仲良くはしているが生理的に受け付けない』だの、しっかり釘を刺していたからな。俺とレイヴァンにも、なんだかんだで一歩距離を置いていたところもあったし」

 「勘違いされて変な噂がたつのも、それで折角の関係が壊れるのも嫌だもの。レイヴァンは婚約者だったから別枠だし、あなたにも、ちゃんと敵だって明言していたでしょう?」

 「だが、頬にキスされても嫌がらないのは、脈があると勘違いさせるんじゃないか?」

 「その時は勘違いを正すだけよ。……リリーも、やんわりと正していけばよかったのにね」

 「そんな名前だったのか…。…本当にな。お互い溝ができるし傷つくしギクシャクするし、良いことないだろう」

 「レイヴァンっていう本命がいるんだから、さりげなーく恋愛相談するとか惚気けるとか、すれば先生だって気づいたのに。今まで気がある素振りしてて急に叩きつけるなんて、ひどすぎだわ」

 「というか、意中から『友達としては好き』という無邪気な好意を向けられるのは、むしろ嫌われていたほうがマシレベルの仕打ちだと思う。さらに、それでいて告白する前に断られるなんて…」

 「……同情を禁じ得ないわね」

 「おい、頼むから、振るときはもっと遠回しかつマイルドに振ってくれ。お前のことだからばっさり行きそうだが、これを見た後では心も折れる。やめてくれ」

 「OK、ばっさり行くとは思うけれど、気を使うわ。あなたも心移りしたときには、極力私のプライドを傷つけない方法で伝えてちょうだいね。ちゃんと察して振る舞うと思うから、何気なくかつさりげなくお願いね。絶対に、『悪いから謝ろう!』とか思って謝罪したり、土下座とかしないでよ。それやられてキツいの私なんだから」

 「わかった。ないとは思うが万が一ありえたら、その時は配慮する。何気なく、そういえば誰それのことが気になっているんだが何か知っているか、ぐらいの世間話で行く。会話中に『すまない』ぐらいは言っても軽いニュアンスに留める」

 「さすがねジオルク。それがベストな解答よ。正解ではなくてもベストよ。ええ、無駄に傷つけあうことはないわ。自愛と思いやりを忘れずに、作戦は『いのちだいじに』で行きましょう」

 「ああ。あんなことをやられたら、今後の関係にも支障が出る。立場上どうなっても関わりが出てくるんだから、ああもこっ酷く行かれると困る。あのカマ野郎のように、きちんと振って欲しいと言うのならともかく」

 「スカイはそういう性格だもの。だから後で泣かせてあげるわよ。敵対中とか、今は関係ないわ」

 「よろしく言っておいてくれ。お前はよくやった、男だ、と」

 「伝えておくわ」


 ジオルクと話していたら、その間に、先生が「………わかった」と言って去っていた。ああ、これはバッドエンド直葬ルートだ。レイヴァンに矛先が向かなければそれでいいけど。


 「レイヴァン殿下」


 二人の男を振ったリリーは、その勢いのままレイヴァンに向き直る。


 「お慕い申し上げます」


 そして一言言って、礼をした。

 レイヴァンは、……一瞬保護者を探すように視線を彷徨わせたが、すぐにちゃんとリリーを見た。


 「俺も、…お前のことが、好きだと…思う」


 「思うってなんだ。はっきりしろ」

 「そうね、告白で直接行動に出た肉食系突っ走り男ぐらい行っちゃえばいいのに。ていうか好きってだけならどうしていいかわからないじゃない。わー、両思いだやったねー、じゃ終わらないのよ」

 「平民のほうから付き合って欲しいだのは言い出せないしな。…ところで、特に謝る気もないが、お前的にあれはどうだったんだ?」

 「失言したのは私だから、まあ謝罪の要求はしないわ。でも、気持ちを確かめる前にするのは、正直ないと思うわ。女子的に考えて、それはないわ」

 「だよな。だから気になっていた。あの時は気が高ぶっていたしお前が失言したからやったが、一歩間違えれば性犯罪者だ。あのロリコン変態の仲間入りだ。ぞっとする」

 「ちょっとぐらい良いじゃないか、と軽視せず、相手がどう考えるかを慮っているところは嫌いじゃないわ。特に、私なら泣き寝入りなんかしないで後輩にするように暴力に訴えると思ってるところなんか、さすがとしか言い様がないわ」

 「お前なら即座に金的を狙って、蹲るところを蹴りつつ罵り、謝罪として金品を要求したり奴隷化するだろうな。傷心より怒りが上回る。本当に、一歩間違えれば恐ろしい目に合っていた…」

 「あら、よくわかってるじゃない。嫌ならそのぐらいやる女よ、私は。そう考えると本当にあなた、勇気あるわね」

 「自分でもそう思う。勇気というより無謀だが。それに比べて、レイヴァンは本当に、何をやっているんだろうな」

 「身分差もあるし、フルボッコにされることはないでしょうにね。しかも今、両思いって発覚したのにね。何ぐずぐずしてんのかしら」

 「さっきから無言で動きもなくてつまらないんだが。どうせなら押し倒せ。それか痴話喧嘩しろ。娯楽を寄越せ」

 「ヤっちまえばいいのよ。孕めば妾にするか捨てればいいんだし。思春期真っただ中の高等部生でしょうに」

 「顔見合わせてるだけなど、何がしたいのかわからないな。顔が赤いとか、あいつらのそんな姿、面白くもなんともない」

 「私やあなたやお兄様ならともかく、レイヴァンはよく泣いたりしてる、表情豊かな子だものね。……ああもう、話しかけようとして止めるとか、イライラするわね。犯るならヤりなさいよ」

 「距離あり過ぎだろう。近づけ。うっかりでもいいから押し倒せ。事故れ」

 「キスの一つぐらいしなさいよ。王族なんて種付けしてなんぼでしょう。草食系なんてただのヘタレよ」


 「………リリー」


 やっとレイヴァンに動きらしい動きがあった。

 さあ、と見守る。出歯亀とか言ったの誰よ。


 「……俺は…王太子で、いろいろ、しがらみもある」

 「……はい」

 「セリアが反対するように、それが正しいんだと思う」

 「……はい」

 「国や家族を捨てて、なんて出来ないし、したくない。王太子として、将来は国や国民を守りたいって、思う」

 「………はい」

 「でも」


 レイヴァンがリリーのほうに行き、その手を取った。


 「リリーのことも好きで、諦めたくない。障害も多いだろうし、問題も多いし、リリーだけを選ぶなんて出来ない情けない俺だけど、結婚を前提に付き合って欲しい!」


 言った…!


 「…レイヴァン…大きくなって…」

 「ジオルク、あの子はもう大丈夫なのよ…。…親として反対しなきゃいけないから、あの子の決断を応援出来ないのが、辛いところね…」

 「ああ…」


 我が子の成長にじんわりしていたら、リリーがぽろりと涙を流した。

 レイヴァンは慌てるが、リリーは涙を流したまま笑う。


 「はい…!愛してます、レイヴァン殿下…!」


 レイヴァンの胸に抱きつき、レイヴァンも恐る恐る腕を回し、…実感しているように強く抱きしめる。


 「………いいなー」

 「こっち見ないで頂戴」

 「いーいーなー」

 「キャラってもんを考えて発言なさい。そのおねだりが許されるのはレイヴァンだけよ」

 「あ?やはりレイヴァンがいいのか?ああ?」

 「柄悪いわね…。レイヴァンがいいなんて一言も言ってないでしょう。…あら、お熱いわね」


 目を離した隙に、レイヴァンとリリーはキスなんてしてた。いいぞもっとやれ。


 「……お前はあいつらの仲に賛成なのか?反対なのか?」

 「反対だけれど、他人のそういうのは面白いでしょう?レイヴァンももう立派な大人よ。どうなろうが自己責任。私が守ってやることないわ」

 「まあそうだな。…じゃあお守りも終わって、自分のことをしようとは思わないか?」

 「今までも自分のことやってたわよ。あと、そわそわしながらくっついてくるのやめて。反応が返しづらいから。やめて」

 「当てられた。少しだけ…」

 「レイヴァンたちを私達が見てるように、誰かに見られてるかもしれないわよ?」

 「俺は構わない。お前は?」

 「そうねえ、見せたいってことはないわね」

 「…見る限り誰もいないし、あいつらに声も聞こえないだろう。生け垣もあるし、見られるなら俺だけだ。……なあ」

 「………」

 「ん、ありがとう。―――セリア、好きだ」


 嫌ならそもそもこんなところまで付いて来てないし断固拒否してるってことで、ジオルクはちゃんと察したようだ。それでも一応配慮して、言葉もくれるのは、悪くないと思う。

 こんなことするのも最後だと思うと、それもそれだし。







 レイヴァンとリリーの睦み合いはすぐに終わり、うぶな二人は真っ赤になりながら、ぎくしゃくしながら会場に戻っていった。

 私とジオルクは、相も変わらず『チーズケーキはレアとベイクドのどっちがいいか』とか口論しながらその後を追った。ちなみにその口論は、レイヴァンはスフレが好きで兄はスティックの好きだということもあり、『どれも美味しいよね』で結論がついた。でもベイクドが一番美味しいと思うの。


色々おかしなところがあったので、休みだったし適当に手直ししました。

コラソンさん(先生とヴィオラの父)が何故か子爵に降格してました。直しました。

登場人物設定から大幅に乖離してる事実に直面しました。リリーには本当に悪いことをしたと思ってます。

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