彼と彼女の日常生活
短いです。
「あらまあ、あなた、それっぽっちしか勝てなかったの?ひぃ、ふぅ、みぃ、よぅ…たったの七つ?私と一緒だったのを除くと四つしか勝ててないじゃない」
「フランツやレイヴァンもいたからな。お前のように、女の中で男一人じゃないんだ。ああ、そういえばお前はいつから守られる女側になったんだ?騎士のくせに主人側にいるなんて、反則じゃないのか?」
「騎士のくせに主人に負けるなんて、確かに違反よね。思いやられるわぁ」
「おや?お前は俺の騎士じゃなかったのか、旦那様?」
「まあ、てっきりあなたは勇姿を見せたいんだと思ってたわ。あなたの気持ちがわからなくてごめんなさい。いいわ、私の後ろでぷるぷる震えていて。私が守ってあげるから、何の心配もせず、お布団の中で丸まっていて頂戴」
「じゃあ誰がお前を守るんだ。お前こそ、女側で出るなら大人しく守られていろ」
「大人しく守られていられるほど、騎士が優秀じゃないんだもの。ていうか、主人より弱い騎士に何を期待するの?」
「あまりに主人がじゃじゃ馬すぎて、守る気が起こらないだけじゃないのか?そこまで言うなら、いっそ男側で出ればよかっただろう」
「まあ、淑女なのに剣術部門で優勝するなんて、そんなはしたない真似は出来ないわよ」
「面白い冗談だな。優勝だなんて、準を付け忘れているだろう」
「そうねえ、あなたに準をつけ損なったわね」
「…よし、剣を抜け」
「自分から負けに来るなんて、殊勝な心がけじゃない」
教室に来ると、険悪な雰囲気と緊張感が漂っていた。
昨日の男女成果発表会のせいだろう。
男女成果発表会は、例えるなら運動会みたいな行事で、女子はマナーとかお裁縫とかを中心に、男子は剣術とか馬術とかを中心に競う。中には男女関係なくチームを作って、障害物競争とか借り物競争とかする競技もあった。
で、あの令嬢はなんだかんだ言ってもきちんとした令嬢のようで、普通に各部門で優勝をかっさらって行っていた。
幼なじみさんも奮闘したようだが、彼女のほうが圧倒的に優勝数が多く、今、喧嘩している。
「…今日も二人は仲が良いなあ」
「あれでですかっ?」
レイヴァン殿下はそれをほのぼのと眺めている。いや、絶対仲悪い。今にも決闘を始めそうなぐらいだ。
「本当の本当に喧嘩したら、ああやってじゃれてないですぐ決闘するし、もっと怖いぞ。ジオルクはねちねち嫌味ばっかり言って罵倒するし、セリアなんか敬語で淡々と追い詰めて来るから。だから今は、仲良く遊んでるだけだ」
のほほんとレイヴァン殿下が言う。大分仲良くなれたみたいで、気の抜けたところも見せてくれるようになった。
クラスを見てみれば、確かに皆気にせずいつも通りの日常を過ごしている。あれが普通らしい。本当にこのクラスの皆さんは度胸が広すぎる。
「そういえば、レイヴァン殿下も活躍なさってましたね。格好良かったです」
「……そうか。ありがとう」
◇◆◇◆
「ぶふーーっ!あはははは!なにこれ!これ何!?」
「………死ね」
「今日の絵画の授業は、そこの兎を自分なりに描くことよね?それで…あなたなりにアレンジした結果がこのUMAなの?この妖怪なの?あなた絵下手すぎでしょ!」
「今すぐ死ね。いや殺す」
「レイヴァンレイヴァン、ちょっと見てよ!この絵!ジオルク下手すぎるのよ!」
「セリア、ジオルクも頑張ってるんだし、そんなに笑うことはぶはははは!」
「レイヴァンも殺す」
「なんだこれ!ジオルク下手だな!絵心なさすぎだな!何でもできるくせに絵が苦手とか…!」
「苦手ってレベルじゃないわよこれ…!もうおなかいたい…!あとでお兄様にも見せてあげなきゃ…!」
「殺す。……じゃあ、そう笑うお前らはどうなんだ。見せろ」
「私?これよ?」
「………見たこともない技法だな」
「水墨画よ。鳥獣戯画とちょっと迷ったんだけど、こっちにしたわ」
「色がないけど、上手だなー。さすがセリア」
「あら、レイヴァンも上手ね。図鑑の挿絵みたい」
「………緻密でしっかりしてるな」
「ありがとう。でもセリアやジオルクみたいには崩せなくて…ぷぷっ」
「そうね…あの崩し方は斬新すぎるわ…ぷっ」
「いっそ殺せ」
三人組は楽しそうにわいわいと騒いでいる。レイヴァン殿下も仲間に入ってるけど、あの令嬢はいいのかな?
「あ、リリーさん上手だね!まるで生きてるみたい!」
「ありがとうございます」
◇◆◇◆
「……なんでセリアって、声は綺麗だし音程もとれてるのに小節がきいてるんだろう…?」
「ビブラートもきいているぞ。あいつは何を歌ってるつもりなんだ…?」
「前、『演歌は大和魂!』とか言ってた」
「演歌…あいつがたまに熱唱するこぶしのきいたあの歌か…」
「うん、それ。変な歌だよな」
「…まあ、だが、音痴なフランツに比べたら…」
「…なんでかお経みたいになるもんなあ…」
「それに合わせてあいつも変な声を出していたぞ。へいけものがたり、という歌らしいが…全然歌じゃなかった」
「あと、ブツブツ本当のお経も唱えてた。怖かった」
「本当にあいつの趣味はわからないよな」
「うん」
音楽の時間、なぜか小節のきいた讃美歌を歌う令嬢を横目に、幼なじみさんとレイヴァン殿下が話していた。
その後、私が歌ったのには「すっごく上手だった!」とレイヴァン殿下は絶賛してくれたけど、それよりあの令嬢の歌のほうが印象的だった。色んな意味で。
◇◆◇◆
「殺す」
「すりつぶす」
「寸刻みにしてやる」
「留守中に家捜ししてお兄様に言いつけます」
「するなら犯す」
「簀巻きにして留置場にぶち込んであげるわ」
「ワタを抜きだしてやろう」
「打首ね」
「ねじり切る」
「ルアーの先に付けてワニの餌にしてあげる」
…外国語の授業中、外国語で物騒なしりとりをするのはやめてほしい。席が近いから、あの令嬢と幼なじみさんの会話が聞こえて困る。予習した甲斐あって先生に当てられたのはすらすら答えられたけど、それで褒められたけど、気が散る。
◇◆◇◆
「そういえば、この学校って意外と行事多いですね。合唱祭とか文化祭とか、普通はないですよね」
「そうだね。中等部までは普通なのに、高等部だけなんでか行事が多いんだよね」
「すごいかったですね…いろいろ…」
「あいつらが迷惑かけてごめんね。悪気はないんだよ。きっと」
「……はい。…でも、まだまだ前半なのに行事詰め込みすぎじゃないですか?」
「前半にばーっとやって、後半はのんびりする方針みたいだから。だから後半は殆ど行事はないよ。今度あるパーティで行事ラッシュは終わり」
「最後に一大イベント持ってきてるんですね…」
「パートナー必須だから、誰かに頼めばいいよ。ちなみにレイヴァンはセリアが相手じゃない以上誰とも組めなくて困ってるよ」
「……頑張ります」
「あと、来年あいつらが生徒会になるだろうから、この行事ラッシュもなくなると思うよ」
「え?…会長はどうなさるんですか?」
その言い方だと、まるで来年は会長が生徒会にいないみたいだ。
そう思って訊いたら、会長は不思議そうにしたが、すぐに得心した。
「そっか、チャップルさんは知らないよね。高等部は本当に学年終わりに生徒会選挙があるの。だから、第四学年の忙しいときにそんなのに関わってられないから、第三学年で生徒会とか同好会とかは終わりなんだ」
「そうなんですか…」
「学年終わりにあるから、一年生でも立候補しやすいんだよ。興味があるならチャップルさんも立候補してみたら?案外いい線行くんじゃないかな?」
「え、ええ!?そんな滅相もない!遠慮します!」
「あはは、まあそれがいいかもね。レイヴァンも立候補するだろうから」
「……そうなんですか?」
確かに身分的にはレイヴァン殿下以上にふさわしい人なんていないだろうけど、あののんびり屋さんな彼に向くんだろうか。どちらかと言えば、威張りがちなあの令嬢か、あるいは高みから全体を見渡す幼なじみさんのほうが向いている気がする。
「レイヴァンは中等部でも生徒会長やってたし、適任だよ。譲らないところは絶対譲らない頑固さも、周りに頼って任せる柔軟さもある。逆にセリアとジオルクは向かないね。セリアもジオルクも単独行動が多いし、黒幕か突撃隊長か遊撃部隊って感じで、後ろでどっしり構えて王冠被っててなんかくれないから。だから、あの三人が組んだら怖いよ。どこまでもやっちゃう」
「……どこまでも、ですか…」
「うん。比喩じゃなくて、本気で。生徒会の権力なんてほぼない中等部で、お祖父様と陛下を遠い目させるぐらいはっちゃけてたらしいから」
「………」
「高等部だとどうなるのか、もう怖いよね。セリアのやつが拗ねたままで入らなくても、ジオルクはレイヴァンのお目付け役で入るだろうから、…とりあえずあの行事ラッシュは解消されるよ」
「…とりあえずでそれですか」
「小手調べでそれかな。引き継ぎのついでに終わらせるぐらいの事前準備かな」
「………」
あの三人組の一番ヤバイのがいなくてそれとか、どうなってるんだろう。
会長に「パーティ頑張ってね」と励まされて、その場を離れた。
よし、レイヴァン殿下を誘うところから始めるぞー!
▽ 後輩ルート進行への隠れフラグ:一定回数以上の訪問 が達成されませんでした。