表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢だけれど何か文句ある?  作者: 一九三
やっとたどり着いた本編~高等部~
56/76

性格極悪。性癖はサディスト

 「……で、エリオン殿下とプレシアを敵にした、と」

 「あと、お兄様がリリーの味方についたわ。だからって敵になるわけじゃないらしいけれど」

 「ふうん。じゃあ今、味方はいるのか?」

 「ノーコメントよ。手駒はいる、とだけ言っておくわ」

 「じゃあその手駒と、むしろ足手まといな馬鹿がいるだけか。それでどうするつもりなんだ?」

 「どうするって、勿論報復してギャフンと言わせるつもりだけれど?」

 「二人でか?」

 「あら、それは、私が勝ち目がない戦いになると尻尾を撒いて逃げると思ってるってことかしら?私は、首だけになっても、食い殺すわよ」

 「それは知っている。……そうじゃなくて、味方を増やそうとはしないのか、と訊きたいんだ」

 「私の手駒は優秀よ。以上」

 「……ほう、他にいらないと思うほど、信用しているのか…」

 「腕は認めてるわ。人間的にも、気に入ってるわ」

 「………ふうん」

 「何よ、面白くなさろうな顔して」

 「面白くないからだ。……俺達は、そもそもこんなくだらない喧嘩などなくても、前提条件から敵だよな?」

 「ええ、そうね。あんなつまらない小娘のことがなくても、最初から最後まで、徹頭徹尾敵ね」

 「―――じゃあ、俺を味方にしたいと思わないか?」

 「………はあ?」


 思わず、眉を寄せた。

 人気のない、図書室の奥。普段から誰も来ないから、良い密会場所になっている。いつもならここにレイヴァンも含まれるが、今は敵なのでいない。

 ついでに、ウィルにも用事を言いつけてあるから、本当に二人きりだ。

 だから、遠慮なんて必要ない。


 「どうしたの?あの過保護なレイヴァンの保護者のあなたが、お兄様のストーカー信者のあなたが、対立中の私に売り込みなんて、気でも狂ったの?言っておくけれど、私は敵と共闘した場合、隙を見せたら即座に、共闘中でもその敵を始末するわよ?意味、わかる?」

 「だから背後を警戒しなくてはいけないから、面倒だから入れたくない、信用が欲しければ素直に企みを吐け、ということだろう。お前はつくづく性格が悪いな」

 「あなたもね。そういうことじゃないなら、もしかしてついに敗北を認める気になったのかしら?」

 「ほざけ。……敵だから味方になれないなら、敵以外の関係を作ればいいだろう」

 「1,短期契約雇用 2,お兄様の敵撲滅隊 3,レイヴァンを誑かす害虫駆除 4,一度決着を付ける、のどれ?」

 「……折角人が真面目に口説こうとしているのに、お前は…。まあ、お前らしいが…」

 「何、あなたのほうにも面倒があるの?何よ」

 「戦力が必要だから引き入れようとしているわけじゃない。お前と違って、そうそう騒ぎは起こさない」

 「そうね、起こってる騒ぎに便乗する専門だものね。たち悪いわー」

 「積極的に騒ぎを起こすお前のほうが質が悪い。……セリア」


 ジオルクが私の背後の本棚に、呆れきった表情で手をついた。当然だけれどジオルクのほうが背が高くて、壁ドンでもされてるような体勢になる。まあ、今更ジオルクにどうこうなんて思わないけど。するほうなら壁ドンなんて何度もしたし、別に嫌悪とか恐怖とかはない。


 「お前は、本当に性格が悪いよな。性格は悪いし、短気だし、喧嘩っ早いし、貴族的過ぎて、利害とか損得とかばかり見てて、何考えているかわからなくて、行動も突拍子がなくて、嗜好も奇抜で、口は悪いし嗜虐趣味はあるしサディストだし、正直可愛げが少しもないと思う」

 「喧嘩売ってるなら、買いましょうか?喧嘩っ早くて短気な私に言うんだもの、そういうことよね?」

 「違う。…見た目だけは綺麗で華奢なのに、実はタフだしメンタル強いし、腹なんて真っ黒でどろどろだ。実は体内は真っ黒なんじゃないかと思う。身内には優しくしているが、それ以外には容赦がない。利用価値がない無能は身内にしない非情さもある。道端で猫が轢死体になってようが、そのまま無視して素通りしてそうだ。利益のない優しさを振りまくことはないし、つまり逆に言えば、お前の優しさは常に利益を求めてのものだ。見返りを期待しない優しさは身内に見せれば精々で、利用価値のあるやつしか身内にしないことを思えば、本当に最低だと思う」


 ジオルクが本棚についたほうの手で私の髪を掬う。耳元でさらり、と髪が流れた音がした。


 「……ここまで近づいても、欲しても、逃げないのは、どうでもいいからか?俺なんかどうでもいいから、触れても動じないのか?」


 答えようと口を開くと、声にする前に「いい」と留められた。

 「答えがどうであっても行動を変える気がないから、後にしてくれ」と言われた。

 そして、まっすぐに私を見た。

 ジオルクの緑の瞳が、綺麗だ。


 「……好きだ」


 真剣な声が落ちてきた。

 目が、逸らせない。

 ……今更ながらに居心地が悪くなり、横にずれて距離を取ろうとしたが、腰に手を回され、ぐっと引き寄せられた。


 …この前、リリーの変貌を嘆いてジオルクに抱きしめられて慰められたけど、なんか、こんなに近かったっけ?

 おふざけでこうして腰を抱かれることもあるけど、なんでここまで逃げたくなるような気持ちになるんだろう?別にジオルクのことが嫌いなわけでもないのに。

 とにかくもう、ジオルクの様子がいつもと違って、反応に困る。


 「性格が悪くて最低最悪なお前が好きだ。人を馬鹿にしきった天狗のお前が好きだ。サディストなお前が好きだ。下衆外道なお前が好きだ。腹黒で暗躍ばかりのお前が好きだ。……非情なくせに、身内には当たり前に甘いお前が、好きだ…」


 頬がやや赤くて。

 目が、潤んでいるのかと思うほど熱っぽく、強く見つめられて。

 睨まれているようで、怒っているようで。

 腰に回った手はしっかり私を閉じ込めて逃がさないようにして来ていて。

 ………あ、あれ…?


 「甘いところだけじゃなくて、すっぱり本音で罵倒して叩き切るところも好きだ。同情して見下さず、対等に見るところも好きだ。わけが分からなくて食えないところも好きだ。厳しさの裏に優しさがあって、ただ優しいだけじゃなくて打算もある強かなところも好きだ。負けず嫌いで絶対負けようとしないしつこさが好きだ。負ける戦いは最初からすっぱり諦めて勝負すらしない潔さも好きだ。綺麗な見かけと、それに似合わない目を背けたいほど汚らわしい内面も好きだ。周りなんか顧みず人生謳歌しまくってる自分勝手なところも好きだ。自分が楽しむのと一緒に、悩んでいる周りまで楽しくさせてしまうところも好きだ。常識はずれでキチってる馬鹿なところも好きだ。賢すぎるバケモノじみた異端なところも好きだ。俺たちを異性として意識しないくせに無防備でもないソツのなさも好きだ。媚びない強さも、出来ないことは頼れる弱さも好きだ。貴族らしいところも、貴族らしくないところも、好きだ。―――お前の全部、好きだ」


 伝えるためというより、溜まった熱を吐き出すように言うジオルク。

 独り言のようだけど、視線は絡まったままで、全部私に向いていて。

 ………こんなイベント、ゲームにあったっけ?あれれー?ゲーム会社おじさん、これっておかしくなーい?助けてトラえもーん!


 だって、ジオルクは敵で、ライバルで、昔から一緒で、お兄様のストーカー信者で、妻で、完璧超人で、甘いものが苦手で、ノリがよくて、意外に面倒くさがりなところもあって、五月蠅くて…。


 「余計な理想とか押し付けないで、遠慮いらなくて、切磋琢磨して戦ってきて、気づいたら好きになっていたんだ。一緒にいたら楽で楽しくて、でも、例えレイヴァンとでも、お前が他のやつと親密になるのが面白くない。お前の全部が欲しい。泣き顔も怒った顔も笑顔も憎む顔も、全部欲しい。…好きだ。俺と、付き合って欲しい」


 最後の言葉は、ジオルクらしくなく、懇願の色を帯びていた。

 私も大概プライドが高い面倒なやつだと思うけど、ジオルクだって同じぐらい自尊心が高くて面倒だ。

 なのに、宿敵の私に、こうして言ってくる。

 今にも泣きそうにも見える顔。


 ―――本当なの…?


 …でも、ゲームでは、違った。ゲームでのハッピーエンドでのドS公爵の告白の言葉は、『お前だけは泣かせられない』だった。

 悪役令嬢とフラグなんて、立たなかった。

 ゲームなんか無視しても、ジオルクが一番好きなのは兄だ。そう言ってたから間違いない。それに、私に魅力がないとかも言っていた。今だって、喧嘩売ってるのかと思うほどボロクソに貶された。

 ………でも、じゃあ、これは何?

 お兄様のことを諦めてないから?弱ってるとことに取り入ろうとしてるの?

 …傍観ならいいけど、ジオルクが邪魔してくると厄介だし、味方に引き入れたほうがいいかもしれない。兄とは敵対してないから、ジオルクもここで交際と交換条件で味方につこうとしているのかもしれない。


 受けるべきだ。脅しはしたが、ジオルクはなんだかんだで喧嘩友達みたいなものだし、息は合うし、味方なら力強い。―――でも、もしそうなら、兄目当てで甘言を囁いているだけなら、嫌だ。

 馬鹿にされたから?侮辱されてるから?

 なんか―――嫌だ。


 「………そんなに、お兄様が好きなの?」


 だから、ぽそりと声が出ていた。


 とたんに、息が詰まった。


 驚いて、後ろに逃げようとしたが、腰拘束されてるし、逆に本棚に押し付けられた。これが壁ドンの有効活用か、なんて思う余裕もなく、視界が埋まった。


 「―――何を、聞いていた」


 やっと解放されたと思ったら、至近距離で唸られた。

 低く、怒りを押し殺した声。緑の目はギラギラと光っている。

 そういえば、いつもの喧嘩はジオルクが突っかかってきて憎まれ口を叩いて私が怒って、という流れだった。私が失言をしてジオルクが怒って、というのは初めてかもしれない。


 「俺が、いつ、フランツが兄だからお前が好きだと言った。人がどんな思いで、どんな思いで言ったと…」


 激情が抑えきれなかったのか、また黙る羽目になった。

 押さえられた、というか掻き抱かれたから、髪はすっかりぐしゃぐしゃになってしまっている。後で整えないと。ていうかそれより、弁解ぐらいしたいんだけど、ちゃんと舌回るかしら?


 「……びっくりして、つい出てたのよ。悪かったわ」

 「………」

 「だってあなた、お兄様のことが好きでしょう?宗教の域で尊敬してるじゃない。実の妹の私と同じぐらい慕ってるって、よっぽどよ?だから、まず『え?お兄様のこと好きなのに?』って思うじゃない。今までのお兄様ゲット作戦の延長だと思うじゃない」

 「最初から、お前が好きだ。フランツじゃなくてお前目当てで言い寄っている。……お前のことが、好きなんだ」

 「………」


 ゲーム無視した行動を取ってきたから詳細は分からないが、この時点で残りのジオルクルート強制進行フラグは、一つ。最大の転機のあのパーティでの行動だ。

 そしてゲームのドS公爵ならともかく、ジオルクの性格なら、まずフラグを回収するだろう。

 フラグ回収して、リリーがルートに入って、ジオルクはあの子に惚れる。

 数日後、まず間違いなくジオルクはあの子を好きになる。


 「とにかく、考えてみてくれ。味方に引き込んで利用してやろう、でも、あくまで交際までの関係として、でもいいから」

 「………あなたは宿敵だし、無駄なことはしないわ」

 「…ん、敵のままの関係も好んでいるし、ただの交際などなんの利益もないからしない、と。だから、そういうものと関係なく真面目に考える、と。……ありがとう」


 ちゅ、と頬にキスをされた。

 さっきはすごく睨んできてたのに、今は緩みきっただらしのない顔で、もう乱れてしまったのを良いことに、遠慮なく私の髪を撫でてきている。私を見る目が幸せそうに滲んでいる。


 「……さっきの問いかけの答えがわかった。お前、どうでもいいから逃げないんじゃなくて、どうしていいのかわからないから動けないんだな。逃げるほど嫌でもなくて、どんな意図があってそうするのか理解できなくて、それでエラーを起こしてるのか。―――行動に出られると弱るなんて、いい弱点を見つけた」


 ぎゅっと抱きしめられる。

 さっきから好き勝手やってると思ったら、嫌がらないからって増長してるのか。断られる可能性もしっかり考えて、『じゃあ今のうちに浸っておこう』と遠慮せず味わっているのだろう。勿論、私が逃げないぐらいには嫌じゃないっていう前提の上で。


 でも、弱るですって?弱点ですって?


 「……ジオルク」

 「なんだ?」


 声をかけたから、やや体を離して話を聞こうとするジオルクの胸ぐらを掴む。

 そして、引き寄せた。

 ―――(うぶ)なねんねはあなたのほうよ。


 「………」


 ぽかん、と間抜け面のジオルク。

 ふん、いいざまね。


 「あなたごときが私に勝とうなんて、百年早いのよ」


 顔が熱いが、鼻で笑って勝ち誇った。これで一勝一敗だ。やられたらやり返す。


 「……言ったな。今に地べたに這いつくばらせてやる…」

 「あらあら、威勢だけはいいわね、威勢だけは」


 赤い顔のジオルクといつものように挑発しあう。

 その後、じゃあとすぐ交戦に移行する喧嘩っ早さもいつも通りだ。


 今度は、引き分けだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ