賢い彼らにとっての彼女
推敲に時間がかかって30日になってた…orz
「あ、君、リリー・チャップル?」
ある男の子から声をかけられた。
丁度、登校してきたばかりの時間だった。
「はい、そうですけど…」
男の子はまだ中等部のようだったが、落ち着いた雰囲気で、子供っぽさは感じなかった。また、その穏やかな微笑みから、生徒会長が連想された。
―――シスターや神父様の暖かな微笑みではなく、裏のありそうな微笑みから、生徒会長が脳裏に浮かんだ。
「あ、警戒しないでください。怪しい者じゃありませんよ」
「…私なんかに何か…?」
私は平民だ。邪険になんか出来ないけど、でもつい身構えた。
私なんかに声をかけてきて、名前を知っている。
何者なんだろう、この人は。
男の子はにこりと微笑み、自分の瞳を指さした。
「いつも兄がお世話になってるみたいで」
「っあ…!」
紫の瞳。
それではっとした。レイヴァン殿下の弟君、エリオン殿下だ。王太子様ほど表に出られないから、すぐにぴんと来なかった。
「し、失礼いたしました!ご存知のようですが、私は平民のリリー・チャップルと申します。兄君様にはいつもご迷惑をおかけしております!」
「お気になさらずに。どうか楽にしてください」
「は、はい…!」
なんでこんな激レアな人と話しちゃったりしてるんだろう…。
今すぐ回れ右して逃げ出したい衝動と戦いながら、精一杯背筋を伸ばす。
……でも、本当に何の用なんだろう…?
「あなたが兄さんを狙わないか、釘を刺しに来たんですよ」
「そうなん―――…」
そうなんですか、と普通に答えそうになって、はっとした。
え?まさか声に出てた?
「いえ、大丈夫ですよ」
「やっぱり出てる!?」
「今のは出ましたね。…大丈夫ですよ、公式な場でもありませんし、兄さんの学友ですから。僕がどうこうすることはありません」
「そ、そうですか…」
あの可哀想な人にも言われたし、やっぱり私って顔に出やすいのかなあ…?
…じゃなくて、エリオン殿下はなんて言った?
釘を刺しに来たって…。
「あの…」
「頭は悪くないようですね。そのままですよ。―――身の程も弁えず王太子に恋慕なんて、してないでしょうね?」
「………」
身分。
そうだ。いくら私が親しくしていただいていても、身分があるんだ。
私には、手の届かない、空の上の人なんだ。
でも、……そんなの、初めから知ってる。
「…お慕いは、しております。でも、それを明かす気はございません」
「ああ、わかってるんですね。ならいいです。あなたなんか、側室にも入れられませんし、愛人にされても面倒ですから。寵を受けようだなんて考えるほど、恋に目が眩んでいるわけでないのなら、いいんです」
「………はい」
はっきり、最初から期待が入る余地もない現実を突きつけてくる。
わかってる。
わかってるから。言われなくても、わかってるから。
―――結局、殿下のお側が似合うのは、いくら傲慢でも、あの令嬢のような方なんだって。
「……ずるい、なあ…」
「ん?」
あ、声に出ちゃった。
聞き返してきたエリオン殿下には「なんでもないです」と笑って誤魔化す。
でも、ずるいよ。
あの、ふとした時に見せる弱気な表情や、驚きや喜びで垣間見せる表情を、彼女はずっと見てきた。
私には決して見せようとしてくれない素の顔を、悲しみや苦しみも、見せられている。
ずるい。
もし、もし私なら、一緒にその悲しみや苦しみもわかちあうのに。傍にいるぐらいなら、してあげられるのに。
彼女は殿下になんと言われても、ツンとすました顔で無視を決め込むだけ。
ずるい。
殿下に好かれているのに、何の問題もない立場なのに、なんでそれをそんなに簡単に放棄しちゃうの?
殿下と無理やり婚約して、でも殿下の心を手に入れて、なのに捨てるなんて。
贅沢だ。
もし私が彼女なら、
きっと、私が彼女なら…、
なんで、彼女なんかが…。
「―――そういえば」
はっとした。
そうだ、エリオン殿下がいたんだ。忘れてた。
ところかまわず思考に耽っちゃうのは私の悪い癖だ。直さなきゃ、と毎回思う。でも直せたことはない。もう性分なんだろう…。
「そういえば、あなたは高等部の生徒会役員の方に、貴族だからってどうということはない、と言ったそうですね」
「は、はい…」
会長以外の生徒会役員の方々と出会い、副会長に『貴族ばかりだからといって、玉の輿狙いで媚を振りまかないでくださいよ』と嫌味を言われ、人間関係に貴族かどうかなんて関係ない、気に入った相手と仲良くなるだけだ、と答えた覚えがある。
場合によっては不敬を咎められてもおかしくなかったが、その時は皆さん笑って許してくださった。つい売り言葉に買い言葉で言い返してしまったが、後から反省した出来事だ。
「そこに、会長や、兄たちがいなくてよかったですね」
エリオン殿下は、にっこり、背筋が涼しくなる微笑みを浮かべた。
「貴族は誇りを糧に生きています。あなたの言葉は、それを軽視しているようにも取れる。それを聞いたら、表向き温厚な会長も、さすがに注意していたでしょう」
「はい。軽率な発言だったと後で反省しました」
「軽率なのは発言だけでなく、態度もですね。平民ならば、いくら身分が低くとも、貴族相手に言い返すべきではありません。いつぞやのヴィオラ・シュペルマンへの暴言が許されたのは、彼女が嫌われ者だからです。それでも彼女が訴えれば、あなたを地べたに這いつくばらせて謝罪させるぐらいは出来たでしょう」
貴族だから、と、平民だから。
どんな嫌われ者だろうと、貴族なら優遇すべき、という論理。
つまり、それは…。
「………それは、相手が貴族なら、何をされても我慢しろ、ということでしょうか…?」
「はっきり言えば、そうですね。
だって、それが身分社会でしょう?身分制度でしょう?
かく言う僕も、それを無視した行動をとっていますが、それが許される立場と立ち回りだから黙認されてるだけなんですよ。
わかりますか?
何がいいたいか、わかりますか?」
「………身を引け、ということですか?」
「いいえ、勘違いするな、です」
エリオン殿下の笑顔は崩れない。
それが、ひどく気味が悪い。
「上に立つ者なら楽だろう、ということはないんですよ。平民なら許される行動が許されず、ミスは容赦なく糾弾され、余程のことがなければ褒められはしない。『出来て当たり前』の世界なんですよ。
例えば、自国の王を褒める民はあまりいないでしょう?その王がよほど優れた為政者であるか、そうでなければ他国の為政者や前任の王がよほどひどかったときだけ、比較して『まあマシなほうだ』と言われるぐらいです。領主も同じです。普通のことを普通にしていても、不満しかぶつけられない。ミスをすれば事情も訊かず責められる。善政を心がけても『マシなほうだ』と上から目線の嘲り。歴史に名が残るレベルの功績を残してもなお、人々の勝手な物言いで貶められる。
為政者は、基本的に嫌われる者なんですよ。
それが、こっちの立場なんです」
「………」
「だから貴族に生まれれば、たとえ跡継ぎでない者でも、徹底的に教育を施されます。たまにヴィオラ・シュペルマンのような傑物が生まれますが、貴族だからと天狗になる愚か者がいますが、それは少数派ですよ。大多数は、死に物狂いで親からの英才教育にしがみつき、周りの批評に耳を潜め、どう見られるかに目を光らせるようになります。そういう人材がいないと、政治が立ち行かなくなりますから。
そうして血の滲むような努力の末、得られるのは罵声と妥協の声のみ。
選ばれし者の名誉だとでも思わないと、やってられませんよ。
確かに飢えることはありませんが、情勢次第では首が飛びます。汗水たらして働くことはありませんが、胃痛とストレスは避けられません。収入は多いですが、維持費もかかりますし体裁を綺麗に保たなければなりませんし、必要経費が同じぐらい高額になります。
ちなみに、貴族の子供たるもの、十にもなるころには腹芸の一つも出来なければ落ちこぼれです。ですから、物心付く前からの英才教育と社交性のための化かし合いで、結構不遇な幼少期の方が多いんですよね。―――そこを、あなたが突いたんですよね」
「突いた…?」
エリオン殿下の視線が怖くて、オウム返しして少し後退った。
目が笑ってないとか、そんなレベルじゃなくて、……表だけは、表情や声は穏やかで微笑んでいるのに、何故かひしひしと敵意を感じる。
温和そうなのに―――怖い。
「複雑な家庭環境に同情したり、歪んだ人格を素直に嫌悪したりして、見事に虜にしてたじゃないですか。結婚は政略の一環ですから、愛のない家庭も離婚もありふれたことですし、ストレスもたまりますから早死もします。恨みも買いやすいので、それらが人為的に引き起こされたり、事故という形で落命することもあります。そんな家庭環境で、怒涛の教育を施され子供でいることを許されなかったら、まあ人格も歪むでしょう。そんな方々には、平民で毛色の違うあなたは新鮮に映るでしょう。思春期ですし、惹かれるかもしれません。
いえ、それ自体はどうでもいいんですよ。ヴィオラ・シュペルマンと同じ主張になりますが、僕の知らない人がどうなっていようが、僕には無関係ですから。どうでもいいんです。
でも、うちの兄を、王太子を巻き込まれちゃあ困るんです」
「そ―――…」
「あ、今は返事は要りませんから。黙っててくれますか?
…貴族でそうなんですから、王族はもっとですよね?その貴族と並立し、かつ上位にいる立場なんですから、なおさらですよね?
兄は今まで、厳しくされてきました。その厳しさは期待であり、優しさです。無能な王ならばすぐにでもクーデターで首を切られますから。次男の僕だって、兄の地位を脅かすようなことがあれば、不穏分子として処刑されちゃうぐらいですから、付け入る隙を作らせない、というのは文句なしに優しさなんですよ。
だから、兄は厳しくされてきました。父母からも、周りの大人からも、婚約者からも、厳しく教育する、という愛情を受けてきました。
―――ねえ、厳しく躾けることが問題だというリリー・チャップルさん。怯えるほど厳しい躾の意味、わかった?」
「………」
微笑みを向けられ、沈黙した。
「わ か っ た ?」
しかし、再度問われる。
沈黙では許してくれない。
答えるしかないと、答えろと、迫られている。
逃げることは許されない。
「………はい」
俯くことも出来ずそう言うと、エリオン殿下は変わらない笑顔で「わかってくれたんですね、遅いですが、嬉しいです」と応じた。
まだ中等部生で成長期もきていないからか、自分よりも下の位置にあるその頭が、声変わり前の子供の声が、異様だ。変わらない微笑みも合わさって、まるでバケモノのようで、怪談に出てくる悪霊のようで、怖い。
逃げたい。
この子の前に居たくない。
あの可哀想な子とは真逆の理由で、殴ってでも、黙らせたくなる。
「第一、僕から見ても、セリア嬢のあの教育は正しいと思いますよ。やや行き過ぎの感はありますが、兄さんは調子に乗りやすいですし、セリア嬢に逆らうのは自殺行為ですので、逆らえないぐらいが丁度いいんでしょう。何より、セリア嬢は兄さんのことを心から愛してくれていますから。掌握してくれたほうが兄さんのためになります。
セリア嬢は貴族筆頭の家の娘で、他に類を見ないほど貴族らしい、素晴らしい淑女でもありますからね。
秀でた頭脳をお持ちですが、祖父や父を表に立てて裏に徹するところや、何かあれば家名や婚約者を優先させるところ、家や政略のために私情を挟まないところなど、いくらあげてもキリがありません。現在では表立って国政に関わっていましたが、それも周りや陛下からの強い推薦があったからです。基本は、分をわきまえた行動を取っています。
勿論、見た目や経歴、立ち振る舞いなどは言うまでもありません。彼女ほどの逸材となれば、ウェーバー家嫡子ぐらいですね。それでも、彼女には敵いませんが。
いや、本当に、素晴らしい方だと思います。
彼女も兄が言い出さなければ、あなたが現れなければ、そのまま兄と結婚し、兄を支えてくださるつもりだったみたいですし。
あなたが現れなければ、彼女も兄も幸せになれたんですけどね。
あなたが彼女から兄を奪っても、彼女は兄を愛してくださっているぐらいですから」
「………随分、あの方を評価していらっしゃるんですね」
つい口に出た。
だって信じられない。
家柄や、頭脳、容姿はいい。確かに申し分ない。
でも、あんな奇行をする人なのに。
「確かに、奇行もありますね。料理などしますし、決闘など型破りなところもあります。でも、料理をすると言っても、商品化して大ヒットしているぐらい突き抜けていますし、決闘も城の近衛兵と対等にやりあうぐらいの剣の腕がおありですから。そこまで実力があるのなら、いっそ発揮したほうが世のため国のためだと思いますね」
「………は?」
また思考を読まれたが、そうではなく、商品化?近衛兵?
まさか、そこまでだったの…?
信じられない…。
「信じられないようですが、本当ですよ。ちなみにあなたが来た当初のあの壊れようは、あの時だけです。彼女の兄ですら初めて見る一面だったそうです。過去にどんな因縁があったかは知りませんが、よほどあなたに会えるのが嬉しかったんでしょうね。今まで、あんなに壊れたことは一度としてありませんでしたから」
「……でも…じゃあ、常識はずれだって言われてるのは…?」
「良い意味で、常識はずれですね。あの身分の高さで驕ることもありませんし、でもその身分にふさわしい誇りも持ちあわせていますから」
「あの可哀想な…ヴィオラ・シュペルマン様とご友人なのは…?」
「友人ではないそうですよ。ヴィオラ・シュペルマンも言っていたでしょう?自分はただの玩具だと。セリア嬢はヴィオラ・シュペルマンを面白がって気に入っているだけで、いつか破滅すると思っていますし、その日を待ち望んでいます。ヴィオラ・シュペルマンも、だからセリア嬢を特別好んではいませんよ。決して嫌いではないようですが」
「幼なじみ二人を侍らせたり…」
「幼少期からの付き合いですし、一人は元婚約者ですよ?かつもう片方は、幼なじみのほうが、彼女に好意を持っているんでしょう?それで一概に彼女に責任があるとは言えないでしょう。そもそもセリア嬢は、侍らせるより従える質の方ですから、侍らせて喜んだりはしません」
「………」
絶句した。
そんな…全部、勘違い…?
じゃあ…どう、謝れば…。
ひどいことばかり言って、偏見で決めつけて、どう謝罪すればいいんだろう…。
「それを、あなたは踏みにじったわけですか」
エリオン殿下の笑顔が刺さる。
とても、痛い。
「本当に、会長や兄さんたちが聞いてなくてよかったですね。会長はあのネーヴィア家で、あのセリア嬢の兄として、必死に食らいついてきた努力の方です。その挟持の高さに見合うだけの自分であろうと努めてきた方です。馬鹿にされたら、修正不可能なまでに怒りますよ。兄さんも、特別厳しい教育を受けてきました。貴族ではないし呑気な兄ですが、ご友人たちの努力を見てきているだけ、不快に思いますね。そして兄は不快感を我慢しない質ですから、すぐにでも牢屋に送られるかも知れません。セリア嬢とウェーバー嫡子はもっとですよ。あそこまで極めるためにどれほど努力してきたか。あそこまで実力が伴っているから、その誇りはいかほどのものか。喧嘩っ早いし性格は悪いし嗜虐趣味と加虐趣味を併せ持ってますし、何より二人は気が合いますから。息ピッタリに、精神崩壊まで追い込んでくれますよ。
ついでに、四人のうち誰か一人でも侮辱されたと感じたら、他三人も一緒に的に回します。ネーヴィア嫡子を侮辱したと感じられた場合、怖いですよ。兄さんたちは彼に懐いてますから。仮にネーヴィア嫡子が寛容しても、他三人、特にセリア嬢とウェーバー嫡子が許しませんよ。いやあ、怖いですね」
「………」
「そんな世界なんです。兄さんたちが、僕達がいるのはそういうところなんです。貴族だから、特権階級だから羨ましい、なんて簡単に言わないでください。それに見合うだけの苦労があり、それを乗り越えてお高くとまっているんです。望んでも望まなくても、そうあれと定められているから、そうするしかないんです。傍から見て野次を飛ばすだけの観衆が、わかったような口を利かないでください。不愉快だ」
その声色に、はっとした。
怖かったが、やや見せた素のような声に、気づいた。
「……ごめんなさい。殿下も、苦労してらしたんですね…」
「……そうですね」
殿下は少しだけ不快感を覗かせた。
そうしてくれるぐらいには、怒りを収めてくれたようだ。
今まで殿下は自分のことにあまり触れていないが、彼も、大変だったはずなんだ。
目をそらさずに見てみれば、最初からわかったはずだ。
こんな異端が、何事もなく平和に過ごせていたわけがない。
なのに『羨ましい』なんて思ったから、怒らせたんだ。
……もう本当に、私って最低すぎる…。
「………本当に、ごめんなさい」
頭を下げて、謝った。
あなたたちの苦労も考えず、浅い考えで羨んでごめんなさい。
あなたが怖いからって目を逸らしてしまって、ごめんなさい。
あなたのお兄さんを好きになってしまってごめんなさい。
それから、
「…あなたの大事な人を誤解してひどいことを言って、ごめんなさい」
「………だいじな、ひと?」
あどけない声に顔を上げると、エリオン殿下が目をぱちくりとさせていた。
その表情は、なんか可愛かった。
「だって、あの方を誤解していたから、正してくださったでしょう?あの方が誤解されたままでいるのが、嫌だったんじゃないんですか?」
「……違う、…と、思う…。あいつ、便利だけど、お菓子美味しいけど、同類で気に入ってるけど、それだけで…。友達じゃ、ないし、仲良くしたいのも、他国にいかれたら面倒だから、で…、だから…」
とても賢い子なのに、目をぐるぐる回している。
ああ、やっぱり子供なんだ。まだ、自分の気持ちがわかってないんだ。
王族で、感情を抑圧して利害を考えてってやってたから人並み外れて賢いのかもしれないけど、やっぱりまだ子供なんだなあって気持ちになる。
「あの方とよく会われるんですか?」
「よくってほどでもないけど、必要なときには会う。あと、お菓子ねだりに行ったり、暇だからって会いに来たり、悪巧み持ちかけてきたり、…け、けっこう、会う、かも…」
「お菓子ですか。殿下はお菓子がお好きなんですか?」
「好き。甘いのが好き。あいつの菓子は、…俺らしくないけど、なんか…あったかくて、やさしくて、…だいすき」
「お優しい方なんですね…」
「んや、優しくはない。絶対に優しくはない。…優しいけど、優しいだけじゃないし、性格悪いし、嫌がらせ上等だし、俺と同じで、俺以上にシビアに利害でしか考えないし、…でも、冷たくない。…お菓子くれるし、ウィル、友達にも良くしてくれてるし、…甘えたら、当たり前みたいに甘やかしてくれる」
「身内に優しい方、なんでしょうか?そういえば、王太子様もよく泣きついていますね。完全に無視されていましたが」
「兄さんざまぁ。…身内に優しいっつーか、…良くも悪くも周りに興味がなくて、大雑把。大事なものとそれ以外がはっきりしてるから、大事なものを傷つけなきゃ後は大抵許容する。芯がしっかりしすぎてブレない」
「じゃあやっぱり、殿下はあの方の『大事なもの』なんですね」
「……そ、そうなるの、かな…?…確かに身内認定はされてるけど、…大事っていうのは…。そう、だから大事な人も違うような…。だって、あいつが暴漢に襲われても守りたいとか思わないし、どうせ自分でなんとかするし…あいつ守る役は幼なじみ二人もあいつの兄もいるし…」
「殿下、失礼します」
殿下の両目を手で覆った。
きっとこのぐらいじゃ頭の回転を止めることなんて出来ないんだろうけど、処理する分を少なくするぐらいは出来ただろう。
「有事の際、殿下にとってあの方は、切り捨てる者に分類されますか?不利益が出るなら、助けませんか?助ける助けないは置いておいて、助けたいと、思いますか?」
「………」
エリオン殿下は少し固まって、
「―――お、もう」
と言った。
……手を退ける。
「あいつが使えるからじゃなくって、普通に、助けたいって思う。国を傾けてまで助けたらあいつ自身に軽蔑されるし、俺もそんな馬鹿なことはしないけど、でも、助けられる範囲なら助けたいって思う」
「では、改めて謝罪しますね。殿下の大事な方を誤解していて、申し訳ありませんでした」
「…それはいい。あいつは貴族の中の貴族だから、あいつを馬鹿にするってことは間接的に全貴族を馬鹿にするってことだから。それとは関係ねえ」
「そんなにすごい方なんですね…」
「今は逆に貴族をこじらせすぎて面倒だけどさ。ま、同類の甘えられる相手、姉貴分みたいなもんだ」
「…では、あの方には気楽に話していらっしゃるんですね」
混乱していたからか、エリオン殿下の笑顔も胡散臭い態度も剥がれ落ちている。でも、それを今も取り繕っていない。きっと忘れていたからじゃなくて、一度バレた以上隠しても仕方ないと思ったからだろう。この子は、先ほど私が思ったより、さらに強かな子だ。
本当に、賢すぎて嫌になるほど。
「まーな。あいつ、俺の話し方なんて気にしねーもん」
「…もっと礼儀に厳しい方かと思ってました。平民の私からすると、今の殿下の話し方のほうが楽で好きですけど、あの方はしっかりしろと言うのかと…」
「あいつ曰く、ご丁寧な水面下のやりとりも、気楽な話し合いも好きだからどっちでも良いってさ。自分の都合しか言わないってことは、じゃあ後は俺の好きなようにしろってことなんだろ。だから楽なほうにしてる」
「……よくお分かりなんですね。一瞬、自分のことだけなのかって思っちゃいました…」
「それもあるだろーけどなー。ま、そこそこに長い付き合いだし、気は合うし、あいつのこと好きだし」
「…それは―――…」
「ないない。好きっつっても、全部が全部レンアイの好きじゃありませんのコトよ?ねーちゃんに対するほうの好きね。それもついさっき気づいたぐらいのモンだし、そんぐらいの薄っぺらい好意だわ。ハハっ、じゃああいつが親父の兄さんって、俺の甥なわけ?ウケるわー」
げらげらと笑うエリオン殿下。
……最近の若い子って感じだ。こういう人、苦手なんだよね…。
「っつーわけで、兄さんにはきちっと上に立つものの義務として政略結婚してもらうから、ちょっかい出さないよーに。ウゼーこと言わずにお子様のお守りしてくれてサンキュ。うちのねーちゃんに手ぇ出すとマジでだりぃし、誤解解けたなら大人しくしとくが吉。以上、ごセーチョーありがとーございましたー」
エリオン殿下は言いたいことだけ言って、さっさと立ち去ってしまった。
切り替えが早過ぎるというかなんというか…。
まるで嵐のような、こんな朝から一日が始まった。
………でも、そういえば、エリオン殿下はどこから私やあの可哀想な人の話を知ったんだろう?
***
「あ、先輩!」
「…リリーちゃん?どうしたの?」
昼休み、歩いていたら先輩を見つけた。
先輩はどうして私がここにいるのか、と周りをきょろきょろと見て、わからなかったようで再度こっちを向いた。
「これから、医務室に遊びに行くんです」
「ああ、だから第三学年の教室のほうにいるんだ。なーんだ、俺に会いに来てくれたのかと思ったのに」
「残念でしたねー」
先輩と少し話す。
先輩はこうしておちゃらけてはいるけど、慈しむようなところもあって、嫌な感じはしない。優しいしね。
と、そこでふと思い出した。
「先輩って、セリア・ネーヴィア様とお知り合いなんですか?」
「知り合いっていうか、友達だよ。一番の友達」
「…そうなんですか」
本当だった。びっくりした。
ううん、普段お世話になってるのに、先輩のこと何も知らないなあ。反省反省。
「先輩って、言っちゃ悪いですけど、ああいう人が仲良くするようなタイプに見えないんですけど、どうやって知り合ったんですか?」
「…知り合ったっていうより、救ってもらったって感じかな?」
先輩が、とびきり穏やかな目をした。
それだけで、あの人は本当は、本当に良い人なんだって思えた。
「誰にも言えない悩みがあって、ちょっとしたことからそれがセリアにバレちゃったんだけど、それを全力で全面的に受け入れて活用してくれて…。とっても感謝してる。大事な大事なお友達だよ」
「そうなんですか…」
「勿論リリーちゃんのことも好きだよ?でも、リリーちゃんは、その隣に立つのにふさわしくなろうっていう目標で、恋愛対象なんだよね。セリアは、何でも受け入れてくれる逃げ場で、同性の友達なんだよ。嫁と親の違いだね」
「先輩ってさらっと口説きますよねー…」
「それが女の子に好かれるコツだよ。リリーちゃんは特別に真似してもいいよ」
「遠慮しときます。できる気がしませんし」
「そうだね、そんなのなくても自然体で好かれてるしね。羨ましいよ」
「冗談はやめてください」
「冗談じゃないって。……でも本当にいい加減、セリアも落ち着いて欲しいよ。仲直りしようって手紙書いたのに、それを目の前で笑顔で破いて燃やして燃えカスまで踏みにじるんだもん…」
「……す、すごい方ですね…」
「あ、悪い子じゃないんだよ?ただありえないほど性格が悪くてブレなさが異常なだけだから。一度『敵』って思ったら戦争が終わるまで敵のままとか…、別に戦ってなんかないのに。ああいうところ子供っぽくて困るわ…」
「ん?」
「あ、ジョークジョーク。無視するかしっかりツッコんでよ。ボケたほうが恥ずかしいから」
「なんだ、ジョークですか…。もし本当ならって考えちゃったじゃないですか」
「へ?」
「そういう方もいますから。もし先輩がそうなら、笑い飛ばしたら失礼でしょう?」
「……そうだね。ありがとう」
「何がですか?」
「まあ気にしない気にしない。だから俺は君が好きなんだって話」
「先輩は女の子皆好きですもんね。じゃ、もう行きますから」
「君だけだって。じゃあ、またね」
相変わらずな先輩と別れ、医務室に行く。
「あ!リリーさん!」
先生は相変わらず癒し系だ。ふわふわしてて、本当に成人男性なのか疑わしいほどだ。
その先生に、妹さんのこととあの令嬢のことを聞こうと思ったんだけど…、
「……ごめんね、僕にも二人のことはわかんないんだ。わかってると思ってたんだけど…わからなくなっちゃって」
顔を青くして、儚く微笑む先生にそれ以上訊くことは出来なかった。
あの二人に、よほどのことをされたのだろう。
そう考えると、エリオン殿下や先輩が嘘をついているとは思えないけど、ただ単にいい人であるとも思えない。
二人とも『性格が悪い』と言っていたし、あの二人は結構タフで強かだし、あの人の毒が気にならなかっただけなのかもしれない。先生は、それをモロに食らってしまったのかもしれない。
良い人なのか悪い人なのかはかりかねて、教室に帰るとき大回りして花壇に行った。
「はあ~、癒される~」
ここの花壇は、貴族ばかりの学校だからか、本当に綺麗な花壇だ。高価な花ばかりでなく、普通の庶民的な花もあるが、どれも生き生きとしている。土いじりが趣味であっても特技ではない私からすると、感服するしかないほど美しい花壇だ。もう、惚れ惚れする。
うっとりと眺めていたら、後ろから足音がした。
誰だろう、と振り返って、
「―――」
驚いた。
そこには、溶けるように綺麗な白髪の少女がいた。
その白く長い髪は光を受けてきらきらと光る。芯まで透き通るような、自分のものと同じとは思えないほど綺麗な髪だ。
肌もそれに負けないぐらい白く、小さく細い体躯で、お人形さんみたいに可愛い。
「きれい…」
だから、つい声に出してしまっていた。
「あなた…とっても綺麗な髪してるのね…。天使みたい…」
「え、あの…。…あ、ありがとうございます」
少女はいきなりで驚いたのか、頬を赤くして、でも嬉しそうにはにかんでそう言った。
可愛い。
これは可愛い。
「えと、この花壇綺麗だよね。誰が育ててるんだろうね」
「あ、私も綺麗だと思います!それ、私の…お姉さんみたいな人が育ててるんです!」
「へえ…!私も土いじりは好きなんだけど、下手っぴだから、すごいなあって思ってたんだ。すごいんだね」
「はい。とっても優秀で…いろんな意味ですごい方なんです」
「ど、どうしたの?」
少女は急に遠い目をした。子供がして良い目じゃない。疲れきった中年がするような、諦念に満ちた目だ。
……この子に何があったんだ…。
「その方が…竹を割ったような、というか、竹を爆破させたような性格の方なんです…。すぱんとしていて、サバサバしていて、切り捨てるとなったらあっさりばっさりいっちゃう方で…」
「た、竹を爆破させたような…」
ものすごいことはよく伝わる。具体的にイメージは出来ないが、そのぐらいアレな、思い切りが良すぎる人だというのはわかる。
「優しい人ではあるんですよ…。困ってたら助けてくれますし、いつも良くしてもらっています。あの方に出会わなければ今頃どうなっていたのか考えたくもないぐらいで、もう恩人と言ってもいいぐらい感謝しています。強引なところもありますが、私の嫌なことは絶対にしませんし、本当に頼りになるんです。……私を連れ戻そうとした父を、その後荒野になるほど、草の根一本残さず論破してくださるぐらい…。その上、殲滅し切った後、兄に仲介に入らせて今後のお互いの立場も守るための後始末もしてくださるぐらい…。ふふふ…お兄様も、なんで突然のことで打ち合わせなんかする時間もなかったのに息ぴったりで乗れるんだろう…?」
「し、しっかりして!大丈夫!?」
虚ろな目をしてあらぬものを見始めた少女を、あわてて現世に復帰させた。
幸い、少女はすぐに、はっと正気に帰った。よかった…。
「…とにかく、頼りになる、すごい方なんです」
「うん…。頼りになりすぎる、すごすぎる人なんだね…」
「……はい」
少女が私の隣にしゃがんでお花をつつき始めた。拗ねたようなその動作が可愛い。愛らしい。愛くるしい。
「……でも、今ちょっと困ってるんです」
「え?その人のことで?」
「はい…。…私のお姉さんとその人は友達なんですけど、お姉さんがその人の嫌いな人と仲良しになっちゃったんです。だから、嫌いな人と仲良くなるならあなたも嫌いって喧嘩しちゃって…。私はお姉さん二人とも好きだから、仲乗りして欲しいんです」
「……ごめんね、それってその人が悪いんじゃない?嫌いな人と仲良くしたから嫌いって、ちょっとどうかと思うよ」
「でも、その人は普段は全然そんなこと言わない人なんです。好きな人にでも容赦ないし、そもそも人を嫌うことがあんまりないぐらい、好き嫌いに無頓着なんです。だから、普段は全然そんなことないから珍しくて、あんまり注意もできないんですけど…」
「……うん、どんな人なの?」
「竹を爆破したような人です。正々堂々と真正面から裏切るような表裏のない人で、ナンバーワンでもオンリーワンでもなくホール・イン・ワンって感じの人です」
「ごめん、ろくな人じゃないよ、それ。全然想像できないけど、ろくでなしってことはわかるよ。関わらないほうが良い人だよ」
「王に据えるには人望がなく、王妃に置くには強大すぎ、参謀と為すには信用がなく、騎士と捨てるには聡すぎる。そういう人です」
「置き場がないってこと?」
「…王にするには支援者が少なく、王妃にさせるには権力がありすぎ、しかし参謀にするとクーデターが懸念され、騎士にと捨て駒にするには賢すぎて不可能、という感じの人です」
「結構真面目な人物分析だったんだ。ごめんね」
「つまり、その人の言い分を採用するには味方が少なく、次点に従えるには力がありすぎ、その人と下手に腹を割って話せば言いくるめられそうで、かと言って敵対すると怖すぎる、ということです」
「含むところがありすぎるよ!?わかんないからそんなに!」
「置き場がないってことであってます。……私の身の置き場が、ありません…」
「しっかりして!また遠い目になってるよ!」
「本当に、すっぱりしすぎなんです…。身内には優しいけど身内認定外すのも一瞬だし、でも情がないわけじゃないから非難も出来ないし、周りを黙らせておくぐらい今までの実績があるし…。今まで好きな人を好きだからって贔屓したり、難癖つけて嫌ったりしたことなかったから、はっきり自己主張するくせに我儘はあんまり言わないから、たまにはいいかって感じになって止めてくれない…。止めてください、助けてください…」
「うん、落ち着こう?ね?」
とりあえずその子の背をさすり、落ち着ける。苦労してるんだなあ…。苦労人オーラがにじみ出ている。
その子は少しダークサイドに堕ちていたが、なんとか戻ってきてくれた。
「…すみません、愚痴っちゃって。お姉さんからの和解の申し出をその人が断っちゃったから、ちょっと今参ってたんです」
「ううん、力になれなくてごめんね。でも、…その人の相手って、大変だね。こんな綺麗な花を咲かせられる人なのに…」
目の前で揺れる花々。これを見ると、良い人なんだとは思うけど、どうにも強烈すぎる。
少女も力なく頷く。
「はい…。…でもそもそもこれも、麦に力を入れるためにテコ入れして、それで園芸ブームが自分の中で来たからって衝動的にやったことらしいです」
「え、なにそれ」
「ええと…、米ばかりに力を入れるのは素人だ、麦も用途は多くあるし米のように大量の水が必要ない、麦に力を入れよう、と言って麦の作り方を指導して、ついでに、と園芸もしたんだそうです。はーぶ、という薬効のある草花のこともよく知っていて、食べられる草とそうでない草もよくご存知でした。まるで童話の魔女みたいで格好良かったです」
童話の魔女、というと空を箒で飛ぶほうではなく、薬などに詳しく、いろいろな知識のある方だろう。『魔法使い』でなく『賢者』のほうの魔女だ。
ていうかその人、ますます謎なんだけど。どんな人なんだ。
そしてまたしても顔に出ていたのか、少女が苦笑して、
「セリア・ネーヴィア様なんです」
と言った。
まるでそれで全部通じるように言ったが、確かにそれで通じた。
竹を爆破したような性格。なるほど、そんな性格だ。火にくべるだけで破裂する竹を、あえて爆破するような、過剰防衛かつ思い切りの良すぎる殲滅戦。
ああうん、そういう感じの人だ。
とすると、つまり…、
「あの人が、この花を育てて…」
私が好きな、土いじり。
私が下手な、土いじり。
貴族なのに、あんな性格なのに、私よりずっとずっと上手。
「え、大丈夫ですか!?」
敗北感でうなだれて少女に心配された。心以外は大丈夫です…。
「ごめんね」と謝って少女の心配に答えていると、予鈴が鳴った。そろそろ戻らなくちゃ。
「愚痴聞いてくれて、ありがとうございました」
「ううん、頑張ってね。ていうかそれって私が原因かもしれない。すごく嫌われてるし」
「え!?…あの、上手に逃げてくださいね。死なないでくださいね」
「……そういう心配されるレベルなんだ、あの方…」
「この程度じゃ足りないレベルです」
怖いなあ。
じゃあ、と別れかけて、名前も聞いてなかったことを思い出した。
「あの、私リリー、リリー・チャップル。今日はありがとう」
「あ、私、プレシア・ウェーバーです。私こそありがとうございました」
………え?
プレシア?
驚いて、その間に少女は去っていた。中等部だからここから教室が遠いのだろう。
でも、プレシア?
それは先輩が猫可愛がりしてる女の子で、ネーヴィア商会の『天使』とも呼ばれているモデルさんで…。
それに、ウェーバー?
あの、ウェーバー?
兄とか言っていたし、もしかして幼なじみさんの妹?
つまり、公爵令嬢?
その方に、タメ口利いちゃった?
呆然とする私の足元で、早く教室に帰れと、あの令嬢の育てた花が揺れていた。
***
「あ…」
それに気づいたのは偶然だった。
中庭で、生徒会長が困ったように立っていた。その前には大きな木がある。
身分からすると失礼だけど、生徒会の皆さんは会長のことを(捻くれた言い方の方もいたけど)口々に褒めていた。だから、困ってるみたいだし、きっと大丈夫だろうと思って声をかけた。
「どうかなさったんですか?」
「あ、リリー・チャップルさん。いつも妹がごめんね」
開口一番妹の謝罪。
うん、この人も苦労人だ。頑張って。
「いえ…。あの、どうかなさったんですか?」
「ちょっとね。…生徒会の書類が風で飛んで、この木に引っかかっちゃったみたいなんだ。内側のほうで引っかかってるから、棒でつついて落とすには枝が邪魔でさ。ほら、あの白いの」
「…確かに、あれは無理ですね」
会長が指さしてくれたが、結構上の方にあり、しかも手前に大きな枝があって邪魔をしている。取るのは骨だろう。
「ね?だから今、セリアを呼ぼうと思ったところなんだ」
「……妹さんを?」
「うん。あいつ猿みたいに木登り上手だから。たまにジオルクとリアル猿蟹合戦してたね。ジオルクも木に登って追えど追えど追いつかない、ジャックと豆の木ごっことか、木の上で八艘飛びとか、無茶苦茶してたよ。さすがに危ないから禁止したけど」
「そ、そうなんですか…」
ここにきて新たな一面発覚。もう本当に、どんな人なんだろう。
「あの二人、結構無茶苦茶するし、レイヴァンまでノリ気になって木の上に秘密基地作っちゃったときは大変だったよ。やるって決めたらやるやつらだから。木の上で源平合戦できるほど野生に還ってないレイヴァンでも順応できるぐらい、かなりしっかりした作りになってて、招待されて行った時には驚いたよ。どうしたのって訊いたら、セリアが嬉々として設計上気をつけたところとか語って、ジオルクもしっかりその右腕としてストッパーかけつつ手助けしたアピールしてきて、レイヴァンも手伝ったり人が近づいてこないように根回ししたりしたって威張って、もうすっごくキラキラした目で見てくるの。褒めて褒めてって言ってるから褒めてやっといたけど、本当にあいつらは何目指してるんだろうって思ったよ」
「………や、やんちゃだったんですね。…ちなみに、それは何歳ぐらいのときの話でしょうか…」
そこまでやる子供も嫌だけど、そこまで童心に返ってるのも嫌だ。
「その秘密基地自体は初等部高学年のころだったけど、本質的には何も変わってないよ。三人とも愉快犯で、セリアは面白いこと大好きだし、ジオルクはノリが良いし、レイヴァンは楽しいことには流されやすいから。で、俺がそれ見て爆笑して窘めて後片付けするところまでがセット。本当に飽きないよ」
あ、苦労人だけど普通に同類だった。
この裏のある笑顔だけでもうすうすわかってたけど、そうだよね。あの令嬢の兄で、あの三人に懐かれてる人だもんね。この人も幼なじみだもんね。まともな人なわけがなかったよね。
……でも、ここまであの令嬢のことを知ってるなら、ちょっと聞きたいな。
「……今、私が妹さんに毛嫌いされているのは、ご存知なんですよね?」
「うん。本当に何があったんだろうってぐらい嫌ってるよね。あのヴィオラ・シュペルマンに暴言吐かれまくっても大笑いして気に入ってるぐらいなのに。すごいね。何したの?」
「……昔に出会ったことがあるみたいなんですけど、それをまるっと忘れたから可愛さ余って憎さ百倍になったみたいです…」
「あー、あの壊れてたのか。セリアがあそこまで壊れたことってなかったから、もう俺を含めて皆びっくりしたよ。あそこまで浮かれた挙句忘れられてたんじゃ、さすがのセリアも許せなかったんだね。そこに照れ隠しとかが入ってないあたりが、もうあいつらしいよ」
朗らかに笑う会長。
やっぱり、あの令嬢のことを知り尽くしてる。
なら、わかるかもしれない。
あの令嬢が、いい人なのか、悪い人なのか。
「……あの方のことがよくわからないんですが、会長から見て、あの方を一言で言えばどんな方なんですか?」
「ん?勿論、『可愛い妹』だよ?それこそ、可愛さが余って憎さが百倍になるぐらい、可愛い妹だよ」
「………」
それじゃわからない。ていうかその表現は本当に可愛いのか、兄妹特有の憎まれ口を叩いているのか、表向きは可愛がってるだけで本当は憎いのかわからない。笑いながら、自然と意味深な、いろんな意図を読み取れることを言うなあ…。さすが貴族。
「じゃあ、何かに例えるなら、どうなりますか?」
「えーと、例えば?」
「えっと、例えば例えると、レイヴァン殿下は猫みたい、とか…。…なんかややこしいですね。例えば例えると、って」
「だねえ。ちなみに、君から見たジオルクとセリアは?」
「…ウェーバー様は…鳥、でしょうか。高みの見物してるっぽいところが。妹さんは…、…コウモリ、みたいです。良い人なのか、悪い人なのか、わからなくて…」
「レイヴァンが猫で、ジオルクが鳥で、セリアがその中間のコウモリかあ。なんか面白いね」
「……会長から見たら、どうなんですか?」
「うーんとねえ、ちょっと一般的じゃない表現なんだけど…」
会長はそう前置きして、
「極上の白パンに銀シャリのご飯を挟んで、その中にさらに年代物の梅干しとA5のサートインステーキを入れてタバスコとメープルシロップをふんだんにふりかけて、さらにセリア特製のチョコレートケーキとたくあんとマカロンと生クリームと豆板醤とあんこでトッピングした料理って感じかな?しかも奇跡的にすっごく美味しい仕上がりになっちゃった、みたいな」
「っ全く想像出来ません!」
ありえない料理を言った。
ところどころ知らない名前もあるけど、そんなの問題ないぐらい、知ってる知識で十分なぐらい、カオスな料理だ。
どんな料理なのか想像も出来ない。
「なんていうかね、一個一個は最上級の味で、すっごく美味しいんだけど、よりによって全部合わせちゃったかあ…、しかも奇跡が起きて完成品の味も美味しいのかあ…、ていうありえない料理」
「……甘いんだか辛いんだか…味が想像出来ません。例え美味しいとしても食べたくないです…」
「うん、俺もそう思う。だから、そういうやつ。掴みどころがなくて、食えないやつ。一個に着目するにも、全部最上でどれか一つに絞れなくて、結局『とにかくすごいやつ』としか言い表せない、ありえないやつ」
きちっと帰結した。
疑問の解消にはなってないけど、『なるほど』と納得してしまった。
というか、あの令嬢の周りの人は捻った回答が出来ないといけないの?それとも貴族は皆そうなの?……貴族すごすぎでしょ…。
「……ちなみに、ウェーバー様とレイヴァン殿下は?」
「付き合いが長いから、逆に例えづらいんだけど、でも例えるなら…、…ジオルクが純度が高すぎる水で、レイヴァンが炎かな?」
「水と、炎、ですか?」
「うん。ぱっと見あるかないかわからないぐらい純度が高い、水。かと思えば水面にいろいろ映して遊ぶし、水蒸気になったり氷になったり当たり前みたいに便利で有能。純度が高いから、その基本スペックも前提から桁違いに高いやつ。扱い次第で水害を巻き起こしたり、恵みの水になったりするやつ」
……幼なじみさんも幼なじみさんで掴みどころがないんだなあ。とりあえず優秀ってことはわかったけど。
「炎は、いろんなものに支えられながら輝くとことか、それっぽいかなって。燃料とか酸素とか、周りからいろいろ与えられて、それを全部飲み込んで周りを照らす、暖かいやつ。暖かくて、明るくて、結構自我が強いやつ。……レイヴァンはいい王になると思うよ。楽しみだ」
「……そう、ですね…」
そしてその時隣に、私以外の誰かがいる。
急に現実を突きつけられて、……ぎゅうっと胸が苦しくなる。
身分違いで、叶うはずがない思いだってわかってるのに、どうしても、胸が痛む。
不釣合いだって、わかってるのに…。
「―――大丈夫だよ」
そこに、優しい声が落ちてきた。
顔をあげると、優しい、温かい微笑みを浮かべた会長がいた。
「レイヴァンは、良い子だから。ヘタレっぽく見えるかもしれないけど、やるときはやるやつだよ。好きな女の子一人守れないような男じゃないさ」
「す、好きな!?」
「俺も今、片思い中だからね。わかるよ。好かれてるとは思うけど、近づき過ぎたら逃げちゃうんじゃないかって不安になったり、ちゃんと家族が認めてくれるか怖かったり、家族に反対されたら、それでも、家を捨ててでもその子を好きでいられるのか、心配になる。家族に反対されたら、それだけで好きじゃなくなるぐらい弱い気持ちだったらどうしようって、どうしようもなく怖くなる。彼女がいなくても生きていけちゃうような自分だったらって考えると、吐き気がするね」
「………どう、でした…?」
「うん、家族は認めてくれたよ。で、この前はっきり告白もした。今、返事待ち。多分頷いてくれると思う」
「おめでとうございます…!よかった…よかったです…」
「まだ返事もらってないから、もしかしたら振られちゃうかもしれないけど」
「っそんなことありません!会長みたいな人が好きになった方が、会長を振るわけありません!絶対、両思いです!保証します!」
「ぷっ…!保証してくれるの?」
「はい!絶対絶対上手くいきますから!」
「っあははは!じゃあ、上手く行かなかったらチャップルさんの奢りでやけ食いさせてね。あ、セリアとジオルクとレイヴァンの分もよろしく」
「う…い、いいですよ!上手くいくに決まってますから!」
「じゃ、俺が上手く行ったら応援してあげるよ。ネーヴィアとしてじゃなくて、俺個人で、レイヴァンの友達としてだけど、応援する」
ぽん、と頭に手が乗った。
「大丈夫。頑張れ」
優しい優しい眼差し。
陽だまりみたいな、暖かさ。
―――ああ、だから皆、あの令嬢ですらこの人のことを慕うんだな、と実感した。
身分がとか平民の分際でとか言われていた私を、初めてはっきり応援してくれた。
好きでいていいんだって、言ってくれた。
私の恋心を、否定しないでくれた。
……俯く。
「……もう…、会長に彼女さんがいなかったら、惚れてます…」
「それはレイヴァンに恨まれそうだなあ」
会長は笑って、そのまま傍にいてくれた。
◇◆◇◆
「エリオン、リリーと仲良くなったそうね。敵よ」
「Oh…。それ、どこ情報?」
「レイヴァンからの目撃情報よ。会話は聞こえなかったみたいだけれど、近かったって拗ねてたわ」
「兄さんマジ殺す」
「プレシア、リリーと仲良くなれてよかったわね。これで板挟みも解消して、晴れてスカイと同陣営よ」
「え…。お、お話したの、見てたんですか…!?」
「ジオルクが見たんですって。―――じゃあね、プレシア」
「………。……お兄様の、馬鹿…」
「セリア、さっき偶然話したんだけど、チャップルさんって良い人だね。俺、チャップルさんの応援するよ」
「あら、お兄様はレイヴァンがあんな女に取られてもいいっていうの?」
「ちゃんとレイヴァンのこと考えてたし、レイヴァンももう自分で考えられる歳だよ。だから、俺はチャップルさんの応援するから」
「………そう」
「でもセリアの敵になるわけじゃないよ。セリアは、俺の可愛い妹だからね」
「お兄様大好きーーー!」
▽ スカイルートバッドエンドフラグ:否定される本当の自分 を回避しました。
▽ エリオンからの好感度 が 30 上がりました。
▽ スカイからの好感度 が 70 上がりました。
▽ プレシアからの好感度 が 30 上がりました。
▽ フランツからの好感度 が 50 上がりました。
▽ フランツへの好感度 が 100 上がりました。
▽ セリアへの勘違い度 が リセットされました。