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悪役令嬢だけれど何か文句ある?  作者: 一九三
やっとたどり着いた本編~高等部~
45/76

現在機能停止中につき登場人物紹介~シュペルマン兄妹~

本日二回目の更新です。

 僕には夢がある。貧しい人たちを助けたい、という夢が。

 その夢を叶えるために製薬の道を進めば周りから止められ、じゃあと医師免許を取れば、もっと大反対された。


 幼い頃からドジで、だから僕も医師を止められたのは受け入れた。助けたいのに、ドジって亡くならせることになりかねない。

 でも、夢も諦めたくない。

 だから僕は、反対されるから隠れて、残った製薬の道に戻った。製薬なら、ドジっても危ないのは僕だけだ。誰かを犠牲にすることはない。


 そうしてこそこそと製薬の実験を続けていたら、


 「ネーヴィアのお嬢さんが、お前を家庭教師として雇いたいそうだ」


 父にその話を持って来られた。

 僕は要領が悪く、上手く就職が決まらなくて、やっと父のコネで入れてもらった職場もドジってクビになってしまったばかりだ。次の働き口を紹介してくれるなら、ぜひにでも受けたい。


 「ネーヴィア殿にはお前も会ったことがあるだろう。宰相をしていらっしゃる、優秀なお方だ。今回の話はそのお孫さんの強い要望があってのことだ。実に光栄だろう」


 父は頭がいい。だが伯爵とはいえ没落気味の家なので、あまり重要なポストには就けない。

 昔、政治に携わる仕事がしたいのに勢力と家柄で却下され、その手腕も評価されずむしゃくしゃしていたそうだ。その父を拾ってくれたのが、現宰相、ネーヴィア様だ。

 『能力があるならば、やらせてみればいいだろう。駄目ならばもうやらせなければ良い』

 そう言って、父にチャンスを与えた。

 父は死に物狂いで取り組み、結果を出した。そして、今の大臣補佐の地位を手に入れた。それでも、権力や財力の関係で補佐からは出られないが、それすらも本来ならありえなかった地位だ。

 また、父が時期が悪く失策してしまったときも、『たまにはこんなこともあるだろう』と寛大に、叱責もせずいてくださったそうだ。

 嫌がらせにも、『こんなくだらんことで時間を取らせるな。お前の頭脳は陛下のためにあるのだ』と瞬時に対応して、以後二度とそんなことは起こらせなかった。


 そんな恩があるからか、父はネーヴィア様にぞっこんだ。信奉の域に達しているぐらい、尊敬している。


 「お孫さん、セリア嬢もそれはそれは優秀なお方でな。ネーヴィア殿の右腕、いや、相方と言ってもいいぐらいだ。ネーヴィア殿も、あの子の才覚には敵わないと脱帽しきりだ。私もたまに話すが、とても賢い方だとつくづく思う。現在はネーヴィア公を代表としてだが、実質セリア嬢が全て取り仕切って商会を運営している」

 「そんなに優秀なのですか…」

 「ああ。最近だと…ほれ、保険制度が出来ただろう」

 「はい。あれは素晴らしいと思いました」


 新しく出来た保険制度は、毎年一定額を国に支払うことで、もしもの時に保証金を出してもらえる、というものだ。

 農民で例えるなら、毎年麦を何キロか奉納することにより、凶作時や怪我や病気で農耕ができなくなった時などに、保証金として国からお金をもらう。それは、今までいくら分納めてきたからいくら分もらえる、というものではなく、少額しか納めていなくても規定額もらえるし、逆に多額を納めていたとしても規定額しかもらえない。


 今はまだ浸透していないが、これはすごいことだと思う。

 一定額支払うことで、『もしも』の時の安心を買える、というのは、今まで誰も思いつかなかった。

 怪我したら、病気になったら、そこで命運が絶たれてしまう。貯蓄がなければもう身売りしかない。

 でもこの保険制度に加入していれば、その時に援助を受け、質素でもなんとか暮らしていけるのだ。もし何事もなければ支払った金額は無駄になるが、何も起こらない保証はない。


 さらにこの制度で上手いのは、制度側としても大きな損がないことだ。

 保証金を支払うことになっても、今までの積立金でなんとかなる範囲だろうし、それ以上になっても、他の人間が納めたお金を使って保証すればいいのだ。

 あたかも一人の不調を大勢の人間で補うような、そんなシステム。


 まるで理想のようで、素晴らしいと思った。

 そんなことを考えるのは誰なんだろう、と思っていた。


 「…まさか、それを作ったのが…?」

 「そうだ。セリア嬢が、提言して、あの制度を作り上げた。無論ネーヴィア殿の手助けもあってのことだが、骨格はほぼ彼女一人で作り上げた」

 「すごいですね…!」


 信じられない。

 家庭教師、というからには彼女はまだ学生なんだろうに、そんな偉業を成し遂げていたのか。

 ………と、ここで気になった。


 「…そんな優秀な方に家庭教師なんて、必要なんですか?それこそネーヴィア様のような方ならともかく、僕みたいな青二才が教えられるようなことなんてあるんですか…?」


 そんな方に教えられるようなことがない。

 たしかに自分は学業では優秀だったが、ドジだし、専門部門以外はさっぱりだ。政治など、常識の範囲を出ない程度の知識しかない。

 いや、世の中の時勢などはむしろ疎いぐらいだ。あまりそういうことに興味がなく、そちら方面の才能もなかった。父の子なのに、と幼いころはそれで思い悩んだこともあった。


 ………そういえば、あの頃は大変だったなあ…。




 僕の母はいない。鬼籍に入ったのではなく、離婚したからだ。

 父は仕事人間で、あまり家庭を省みることがなかった。だから母は不貞をなし、父から離婚を言い渡された。

 政略結婚で、愛もなにもない夫婦生活だったらしいが、それでも情ぐらいはあったのだろう。あるいは面子かもしれない。浮気され、傷つけられた男としての面子。

 だから離婚後から、父は以前にもまして家に寄り付かなくなった。

 そしてある日、

 『……ヴィオラは、私の娘ではないのかもしれんな』

 父が呟いた言葉を、聞いてしまった。

 僕は急いで幼い妹の元に走った。

 妹はまだまだ幼くて、僕と歳が離れていて、母が不貞をなしていたことを考えると―――確かに、疑えてしまう。

 でも僕は嫌だった。折角の家族が奪われるのは嫌だった。もう母のように、失いたくなかった。それに、―――追い出されたくなかった。

 妹と僕は顔立ちが似ている。幼い今でも、よくそう言われるほど。

 だから妹が不義の子なら僕もそうで、もしそうであるなら父に追い出される。

 怖くて、怖くて、僕は必死に勉強した。

 父に似ているところを見せるために。捨てられないように。


 残念ながら、父と違い、政治などは不得手だったが、単純な学業は出来た。ドジなのはどうしようもなかったが、それでも頑張った。

 そうすると、ドジでも父は認めてくれたし、妹も追い出さなかった。

 あるとき、妹が三つになった辺りからぴりぴりしていた父の態度は温和になり、たまには僕達と一緒に話したりしてくれるほどになった。

 でも、怖くて。臆病な僕は怖くて怖くて、信用しきれなかった。追い出さないって、追い出されないって、安心できなかった。

 妹は成長するにつれ、父に似ず馬鹿なところを発揮するし、読書するのはいいけど娯楽小説ばかりだし、父の地位と一応の成績でゴートン学園に入学できはしたけどずっとBクラスだし。気が休む暇がなかった。



 そんな僕だから、安心が買えるというあの制度を絶賛し、そんなことを思いつく人に教えることなんてないと思う。

 父も、そこは同じように思ったようで、ううむと眉を潜めた。


 「…そこは私もわからん。だが、セリア嬢のことだから、何か考えがあるんだろう。なにせ、二年も待っていただいたんだからな」

 「………え?」


 二年も待った?

 僕の驚きがわかったのか、父は「ああ…」と説明してくれる。


 「お前が大学を卒業したときから、職が決まらなければうちで家庭教師をして欲しいとお声をかけていただいていたんだ。あの時は遠慮して辞退させて貰ったんだが、今回、お前がクビになったと話すとじゃあ、とまた誘ってくださったんだ。それだけじゃない。ヴィオラも親しくさせていただいてるようで、空想ばかりだったあの子が勉強もするようになったんだ」

 「ええ!?あのヴィオラが!?」

 「ああ、あのヴィオラが、だ。セリア嬢に馬鹿にされたから、と勉強して、分からないところはセリア嬢に教わって、以前とは比べ物にならないほど成長した。やはり粗相はするが、セリア嬢はそれを許容してくださっているそうだ。その上それなりに仲良くしていただいているのか、セリア嬢の気に入りならと、周りの方々も多目に見てくださっているようなんだ」

 「あ、あのヴィオラを…」


 僕がどれだけやっても、『でもお兄ちゃん、勉強って楽しくないよ?』と欠片も興味を示さなかったのに。『偉ぶってむかつくー!あの子、嫌いよ!』と社交も出来ない子だったのに。

 ………信じられない。

 セリア様はどれほど聖女なんだろうか…。


 「……そんな方に、家庭教師なんて必要なんですか…?」


 だからこそ、やはり僕なんて必要ないように思う。

 というかそもそも。


 「その方はどうしてヴィオラなんかと知り合ったんですか?あの子は社交の場に出していないはずですよね?」


 ヴィオラとの接点はなんだ?

 大学生で僕の後輩だとしても、初等部のヴィオラと出会う場はないはず。大学は高等部までとはまた別の場所にあるから、偶然出会うことはまずないし。


 「いや、セリア嬢はヴィオラの同級生だぞ」

 「………………は?」


 そう考える僕に、父が言った。

 耳がおかしくなったのかと思ったが、平時と変わらない。

 父もおかしくなっていない。

 つまり、おかしいのはセリア様か。

 ………は!?


 「父さん、冗談はやめてください!ヴィオラはそろそろ中等部になるような歳ですよ!?まだ初等部に在籍しているんですよ!?そのヴィオラと、同級生!?」

 「ああ。セリア嬢は宰相のお孫さんで、今年で中等部第一学年になる。ヴィオラと同い年だが、とても利発な方だ」

 「利発って…っそんなレベルじゃないでしょう!」


 あの保険制度を作り上げたのが、初等部の少女?

 あのネーヴィア商会を作り切り盛りしているのが、まだ中等部にもなっていない児童?

 父がここまで認めている人物が、自分よりずっと幼い子供?

 ―――そんなの、


 「信じられませんっ…!」


 そんなの、ありえない!


 「………アルバート」


 父は取り乱した僕を叱責するでもなく、静かに言う。


 「あの方は神童というより、才媛、才女というべき方なんだ。幼少の時から、『大人』なんだ。……もうお前もいい年だから話すが、私は実は、お前たちが本当に私の子なのか疑っていた」


 知っていた。

 知っていたのに、ひゅっと喉が詰まった。


 父は続ける。


 「丁度その時国政も上手く行かず、失敗が許されない時だった。だからなおさらお前たちに冷たくなっていた。その時にネーヴィア殿が連れてきたのが、セリア嬢だ。当時、三歳だった。

  子供の意見でも、国政の足しになると思われたのかもしれないし、ただ単に孫可愛さに息抜きがてら連れてきたのかもしれない。あの方はお孫さんに甘いからな。

  そしてそのセリア嬢が、膿を全て取り去ってしまった。

  極限状態だったのだ。幼子の意見に真面目に耳を貸し、それを実行してしまうほど。

  さすがにそれ以後はネーヴィア殿を通して意見を出す程度になったが、最近はもう普通に意見を出している。それが、認められている。誰も異議を唱えない。

  ネーヴィア殿は公平な方だ。孫可愛さにそんな特例を通しはしない。

  つまり、―――セリア嬢はそれだけの方だということだ」


 父がそこで一度言葉を切り、自嘲するように顔を歪めた。


 「それで私が何を思ったかわかるか?―――異常、だ。セリア嬢はどうしようもなく異端だった。

  まったく、ネーヴィア殿はすごいお方だ。私なら、あんな孫、見たくもない。存在だって認めたくない。無能の誹りを受けていたネーヴィア夫妻だが、今では考えを改められている。だって、すごいだろう?あんな子供を愛するなんて、少なくとも私は出来ない。まだ、そこらの平民を拾ってきて育てたほうがマシだ。あんなのと血のつながりがあるなんて、実の娘なんて、冗談じゃない。

  ……そうしてみれば、お前たちが実子かどうかなんて、なんて小さい問題だろうと思えてきた。

  一度は妻にした女が産んだことは間違いないんだ。後妻を取る気はなかったから、この子たちしか家族はいないんだ。そう思って見てみれば、お前もヴィオラも、私にそっくりだ!特にお前など、私の幼い頃に瓜二つだと言われた。逆に妻の血が本当に入っているのか、というほどな。

  ああ、勘違いするなよ。私はお前のようにドジではなかったし、ヴィオラのように馬鹿でもなかった。だが、疑いようがないほど似ていて、親子で、笑ってしまった。

  お前とヴィオラは間違いなく、私の子供だ」


 ………拳に力を入れる。

 この歳で、人前で泣くなんて、情けない真似は出来ない。

 溢れ出る感情を、必死に抑えこむ。


 「だからお前が潰れる前に言う。―――セリア嬢と自分を比べるな」


 それを断ち切るように、父が言う。


 「私にとって、いくらドジで馬鹿でもお前たちのほうが可愛い。ああなれば、などと間違っても思うな。二度目の誘いで断ることはできんから行かせるが、もし何かあれば逃げろ。決して咎めないし、お前が潰されるほうが親として怖い。いいな?何かあればすぐに逃げ帰ってくるんだぞ?」





 父の強い強い警告を、当時の僕は理解していなかった。

 だって会ってみたら、セリアさんはとっても綺麗で、優秀で、何でも出来て、でも全然威張ったりしなくて、すごくいい人だったから。

 そうだよね、あの制度を作るような人なんだから、ひどい人のわけがないよね。商売してるからか金勘定は厳しけど、僕の意見を無視して勝手に進めたりはしない。それが出来るのに、そうはせず、僕の話を聞いて、ちゃんと話し合ってくれる。

 『そのドジはそのうち死ぬわよ』って本気で心配してくれて、ドジを直すように気長に付き合ってくれた。おかげで重要なところだけでもドジらないようになった。

 実際の製薬についての授業もよく聞いてくれて、雑談も実験のことばかりだけど興味深そうに聞いてくれた。僕も僕で、完璧な淑女のセリアさんが淑女らしくなく商人気質なところは面白かった。

 あれは父が心配してくれただけだ。的外れだったけど、心配してくれて嬉しい、なんて思っていた。



 「え?あの制度、ですか?」

 「うん。セリアさん作ったんでしょ?すごいなあって思ってたんだ」

 「まあ嬉しい。今のところ、順調にいってますし、あれは我ながら良い案でした」

 「僕もそう思う。特に、あの目的っていうかさ、皆が一人を支えてるところがすごく好きで…」

 「………は?」

 「………え?」

 「先生、何馬鹿言ってるんですか?……もしかして、趣旨を理解してないんですか?」

 「え、や、……あれは、保険で、安心をお金で買えるっていうものじゃ…?」

 「それも一側面ではありますけど、違いますよ?

  なんで平民にわざわざ金を出してやらないと行けないんですか?

  貴族は蓄えがあるから平気でしょう?あの制度をそう見た場合、得するのは平民だけです。私なら、最初の保険金を納めた後で、すぐに病気にかかったことにしますね。それなら、その後のお金を払わずに、逆にお金をもらえる。あるいは家の一番稼ぎの悪いのを病気にさせておしまいです。

  保険金は稼ぎに応じて決めているのでまちまちですが、大体一人を三人で支える計算です。支給額は『援助金』程度ですから。つまり、三分の一以上に保証金を払うようになると赤字なんですよ。

  じゃあなんでそんなことするかって、簡単です。

  民のための救済でもなんでもない。

  金を集めるため、ですよ」

 「………金、を…」

 「はい。そうしたら、一時的にでも、お金は集まるでしょう?実はあの時、隣国を嵌めるために金が必要でして。だから突発で集めたんです。おかげで、しっかり恩を売ってやれましたよ。

  あ、勿論それだけでもないですよ?

  人気取りも、です」

 「………」

 「先生みたいに、皆国を褒めるでしょう?ころっと騙されるでしょう?

  でもやっぱり資金調達が一番の理由ですね。

  あれ、私が発案なんですよね。で、ネーヴィア家でも保険金払ってるんですよね。ネーヴィアがやっているのに、それを突っぱねるわけには行かないでしょう。そのぐらいのはした金、払えないと思われるほうが怖いです。意地でも皆さん払ってくださいました。平民なんかより、よほどいい金づるですよ。何かあっても保証金が欲しい、なんてさもしいことは言えませんし。保証金なんてそれこそ雀の涙程度ですから、なおさらです。

  それにしても先生、悩みでもあるんですか?

  安心がお金で買えるなんて、戯言を言うなんて。

  保険なんて、そんなもの、権利体制が変わればすぐに反故にされるに決まってるのに。

  安心も愛も信用も、お金で買えないなんて、今どき子供でも知ってますよ。

  というか、この前先生、ヴィオラに言ったそうですね。私は先生に協力はしても反対はしないし、理由も聞かない、受け入れてくれて嬉しいって。

  違いますからね?

  私は先生の夢に協力しているんじゃなくて、先生の知識をお金を出して買っているんです。主体はあくまで私、勘違いしないでください。

  理由を聞かないのは受け入れているからじゃなくて、察しているからじゃなくて、興味がないからです。私に知識をくれたら、それでいいんです。

  まあ、理由もわかってますけど。

  ヴィオラから家庭環境も聞いてますし、わかりますよ。

  あれでしょう?

  よくある話。

  今の生活を壊されないか不安で必死に媚び売ってるだけ。

  コラソンさんに、まったく見当違いのゴマすりをしているだけ。

  『人を助けるとか、貧乏人を救うとか、なんかいい人っぽい』

  それだけでしょう?

  馬鹿馬鹿しい。だから昔、ジオルクには言ったんですよ。目標を見つけるのが目標だって。

  先生は、目的と手段を取り違えています。

  先生が欲しいのは『安心』であり『親からの愛情』であって、貧しい人を助けたいのはそのための手段です。

  その手段にこだわって親を心配させるとか、馬鹿ですか。

  先生のドジを知っていたら、これは止めるほうが正しいですよ。止めてくれる、邪魔をする人のほうが本当に先生を思っていますからね?私は先生の身も一応心配ではありますが、それ以上にその知識が、頭脳が失われるのが惜しい。だから止めません。先生が死ぬのと、頭脳を発揮できなくなるのは同義ですから。

  賢い人は金の玉子を産む雌鳥を殺したりしないんですよ。百姓に重税を課して餓死させたりしないんですよ。宿主を殺すタイプの寄生虫は、他に目的があるか、寄生する宿主を間違っただけなんですよ。

  生かさず殺さず、精々長生きさせて利益を長期的にふんだくる。それが、長い目で見たら一番得ですから。

  ああ、話が逸れましたね。

  ですから、あまり根を詰めすぎないでくださいね。

  私は金の卵を産む雌鳥を殺す気はありませんし、

  コラソンさんや、ヴィオラに恨まれたくありませんから。

  好いてくださるのは嬉しいですが、間違えないで下さい。

  本当に先生のことを思っているのは、ご家族です。

  安心も愛も信用も、お金では買えないんですから。

  大事に、してください」



 思い込みを、根底からひっくり返された。

 父の心配は的外れなんかじゃなくて、聖女なんていなくて、安心は買えなくて、理想なんてそんなもので、でもそれで皆感謝していて、

 セリアさんはそんな悪法そのものだった。



 「ヴィオラ」

 「何ですか、お兄ちゃん」

 「ヴィオラはセリアさんのこと、どう思う?」

 「セリアですか?そりゃ賢さを鼻にかけた嫌味な人だと思ってますけど」

 「友達じゃないの?」

 「セリアが認めてくれないんです。照れなくても良いって言ってあげてるのに!」

 「ヴィオラは、セリアさんが…、…セリアさんが性格悪いの、知ってる?」

 「ええ、知ってますとも。むしろなんで知らないと思ったんですか?お兄ちゃんごときが知っていることを私が知らないはずがないじゃないですか」

 「あ、うんそうだね。……本当に、そうだね…」

 「どうしたんですか、急に。セリアに惚れちゃったんですか?婚約しますか?」

 「しないよ。あれは冗談だって言ってるだろ」

 「冗談ですかー。私、嘘吐きって最低だと思います」

 「嘘じゃなくて冗談。…ヴィオラは、セリアさんのどこが好きなの?一緒にいるなら、どっか好きなところとか、あるんだよね…?」

 「一応認めてやってるところもありますよ。セリアはですね、料理が美味しんです。貴族の娘の私は料理なんて使用人の真似事は出来ませんが、セリア程度ならやるんでしょうねえ。美味しいです」

 「………あ、うん、そっか」

 「あとは、非情なところですかね」

 「いじめられるのが好きなの!?」

 「違いますよ!お兄ちゃんじゃないんですから!…なんと言ったらお兄ちゃんが理解できるのか私にはわかりませんが、できるだけわかりやすく噛み砕いてあげますと、…私は別にセリアのことが特別好きなわけではないんですよ」

 「そうなの!?」

 「セリアは私のことを好きなようですが、私は全くです。一緒にいるのは、他に友達がいないからです。それと、セリアが非情で―――哀れんだりしないからです」

 「哀れんだり…」

 「興味を示さない。無関心である。それだけで懐く人もいるんです。他ならぬお兄ちゃんがそうだったでしょう。無干渉で自分を否定しないっていうのは、居心地がいいんです。醜い自分を受け入れてくれる。私情を交えない。気前がいい。だから傍にいる。―――でもはっきり言って、それって怠慢ですよ」

 「………」

 「醜い自分を受け入れられたら、自己改善しようと努力する人は少数でしょう。私情を交えないっていうのは、嫌われてないってだけじゃなくて、好かれてもいないってことなんですよ。それを忘れて、好かれる努力を放棄する。気前よく与えられて、それを当然と思ってしまう。自分のものでも、自分で勝ち取ったものでもないのに、得られるから」

 「……でも、それはセリアさんが悪いわけじゃないよね…?」

 「ええ、悪いのは周りです。決まってるじゃないですか。それに、そんなに悪いことでもないんです。私みたいな一時的に間借りしたいだけの人なら、お互い後腐れもなくて楽です。でも、勘違いしちゃいけないんですよ。暴言が許されてるのは親しいからじゃなくて、私がいつ破滅してもいいからだって。私に情なんてないからだって」

 「………情が、ない」

 「だからセリアは私に同情なんかしませんよ。家のことも話したんですけどね、欠片も哀れんでくれませんでした。だから私はセリアといるんですよ。―――私の事を可哀想って思わないから。罵っても、見下さないから」

 「………」

 「馬鹿だから、母と浮気相手との子かもしれないから、可哀想ですか?見限りますか?見下しますか?セリアは違うんですよ。可哀想なんて思わないし、見限ったり、失望したりしません。本当に、私を玩具として面白がって、好いているんです。メリットもないのに、私が私だから、好きでいるんです。―――私は現金ですから。セリアが熱烈に好き好き言ってくるから、ちょっとは返してあげてるんです。私のことを好きじゃない人なんて、私から願い下げです」

 「………」

 「お兄ちゃんが聞きたかったのは、セリアの受け入れ方ですよね?そんなの、どうでもいいんですよ。お兄ちゃんに価値がある限り、セリアは見捨てたりしませんから。いくらでも停滞していてください。セリアに甘えて怠けて、馬鹿な妹を見下し続けて下さい。セリアの何に悩んでいたのか知りませんが、意味なんてないですよ。

  だって、セリアは道具に感慨を抱くような人間じゃありませんから」





 翌日、父に申し出て、次の就職先を斡旋してもらった。

 次はなんの因果かセリアさんとヴィオラが通うゴートン学園になったけど、それでもよかった。

 セリアさんは勝手に決めたことで解雇にしてきた。それでも医務室に来て、実験の指示を聞いて、実行してくれた。続きをいつものように作ってくれた。セリアさんのことが嫌いになったわけじゃないから、付き合いが絶えなかったのは素直に嬉しい。



 父の心配が、今ならよく分かる。

 師弟なんて、彼女の師なんて、おこがましい。おぞましい。

 セリアさんと仲良く出来るのは、ヴィオラのようなごく一部で、僕はその中には入っていない。

 それで、いい。


 「あの、絆創膏もらえますか?」


 そうしていたら、医務室のドアが開いた。

 ええっと、この子は確か、ヴィオラとセリアさんと同級生で特待生の―――…。





◇◆◇◆


アルバート・シュペルマン:癒し系教師(人工疑い)→癒され系教師(天然)

ある意味被害者。

セリアに勝手に期待して勝手に失望して勝手に離れて、それでもまだ甘えてる。

とことんドジだが、セリアに躾けられたので、致命的なところではドジらないようになった。重要なところだけはドジらないので人工っぽいが、純度100%の天然物。

医学系の知識は素晴らしく、セリアがなくすのには惜しいとドジの矯正をするほど。ドジさえなければ名医になっていたはず。

現在まで、就職先は父に頼っている。現在の勤め先を辞めずに次の就職を決めた。あまつさえ前の職場に仕事を残し、前の職場の雇用主に甘えている。つまり、そういう人。


本来

攻略対象その三。

勿論ばりばりの人工物。セリアの大改革がなかったので依然国政に余裕がなく、父も苛々して失敗が許されなかった。それと家庭内のごたごたが合わさった結果、親子関係は最悪になった。

だから、ドジだったけど死ぬ気で治した。それでもドジを装ってるのはそのほうが都合がいいから。大事なところでは絶対ミスをしないドジっ子(人工)。

医療を志したのは自分に向いていて、そういう職種ならそれなりの地位と学力が保証される上、食いっぱぐれがないから。ついでに人に恨まれることが少ないから。打算でしかないが腕はよく、実力でゴートン学園の校医になった。




ヴィオラ・シュペルマン:主人公の友人→悪役令嬢の玩具

本作におけるお笑い要員。あるいは嫌われ者。

面白さ至上主義者のネーヴィア兄妹以外からは基本的に嫌われている。好かれていない。家族よりもセリアのほうがヴィオラのことを好いている。

馬鹿でアホの子でセリアには散々に言われているが、それでも一緒にいる。最近はセリアの影響で少しは賢くなった気もするが、成長はあくまで不明。

自然な上から目線で話すものを苛立たせるという才能がある。周りが怒っても自分には関係ないと思える自己中の才能もある。いくらトラウマ植え付けられてもすぐに忘れられるという才能まである。才能豊かな子。

読書家で、好かれるために頑張ったりもしたが、そんな頑張りをしていない自分のほうが好かれたので努力は放棄している。

馬鹿馬鹿と言われているが、それでも長年セリアと一緒にいて、破滅寸前と言われながら未だに破滅していない。セリアのお気に入りでセリアが許容しているから、という部分もあるが、それだけでもない。つまりまあ、そういうこと。具体的に言えば本音と建前の線引などが出来るようになったということ。セリアには遠慮なく言ってもいいが、周りの人間には建前で接したほうがいい、というのを学んだ結果。


本来

主人公の憧れの友達。

不義の子だと思われ、その馬鹿さからも見限られ、母親の元に追いやられる。そして母から教会に捨てられる。

教会で主人公と出会い、持ち前のポジティブさで仲良くなったり主人公を励ましたりする。主人公もそんなヴィオラに憧れ、あんなお笑い要員になる。

捨てられても何も変わらず、市井で平民として生きていくことにも前向きで、むしろ明るさと忌憚のなさが好かれて、意外と愛されていた。毎日楽しそう。

結論:ヴィオラはどこでもヴィオラ


悪ノリでやった。

後悔はしていない。

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