待たせたわね、悪役の登場よ!
時は満ちた。
今日は高等部の入学式。今年は何年ぶりかとなる高等部への入学者がいるということで、学校中色めき立っている。
主人公が、入学してくる。
あのお笑い主人公が、趣味迷子、特技どじょうすくいの主人公が、入学してくる。
待ち遠しくて堪らない。
楽しみすぎて、今日は朝から浮き足立って、『セリア…えと、そんなセリアも素敵だと思うぞ?』『………今日は何があっても近くにいろ。下心抜きで、何かやらかす気しかしない』とレイヴァンとジオルクから言われてしまった。うっかりらしくもなく、教室で熱唱しながら踊り狂ったからかもしれない。前世のとあるアイドルの曲だったんだけど、上手に出来ていたはずなのに…。
ついでに楽しみをこじらせて、うっかりテストで満点を取ってしまい、新入生代表の挨拶もすることになった。個人的には、エスカレーター式で、新入生も今年のような例外でもない限りいないのに、入学式なんてする必要があるのかは疑問でならないが、形式美というやつなんだろう。
何にせよ、主人公が来る。
実は先生が余計な気を効かせて学校医になり『これでいつでも実験出来るね!』とかぬかしやがったので解雇にして研究室は私一人で使っているが、それより主人公が入学する!
待ちに待った、悪役令嬢との出会いイベントだ!
悪役令嬢は平民のくせにゴートン学園に入学してきた主人公を嫌い、目をつける。そこから長い長い戦いが始まるのだ…。
入学式は午後から。
だから教室ではっちゃけた後、校門の付近で待ち伏せして、主人公を待つこと一時間。私にくっついてきたレイヴァンとジオルクは早くも飽きて二人で仲良くお喋りしている。暇なら帰ればいいのに。私に惚れてんのかしら。
おっと、そうしてる間に主人公のお出ましだわ。
まあ、まるで乙女ゲームのワンシーンみたい。
やっぱり実際の主人公はオーラが違うわねー。ヒロイン粒子が舞ってるわ。さすが!不安そうに周りを見渡す姿も、庇護欲をそそってるぅ!
そんな彼女の前に、ざっと歩み出る。
不穏さを演出するようにびゅうと強い風が吹く。
―――タイミング、演出、ともにばっちり!
彼女の前に立ちふさがった私は、びしりと彼女に言い放つ。
「私、あなたのことが嫌いよ!気に食わないわ!だから、覚悟なさい!」
決まった!どこからどう見ても、立派な悪役令嬢だ!
心中で全米が震撼した。確実に。
「うちのじゃじゃ馬がすまない。よく躾けておく」
「覚えておきなさい!ただじゃすまさないから!」
そして五月蠅い同級生、もといお目付け役ジオルクに首根っこを掴まれて引きづられながら、私はどや顔で成果に満足していた。
それはもう、かなり満足していた。
入学式で生徒会長となったお兄様の完璧な演説に聞き惚れて、もう楽しさがマックスになって、うっかり代表挨拶を友好国の言葉でしてしまったぐらいテンションアゲアゲ(死語?)だった。
ちなみにそれはお兄様に、『さすがセリア、発音が完璧だったね。でも皆がセリアみたいに優秀なわけじゃないから、手加減してあげてね』と褒められた。誰がなんと言おうと褒められた。友好国に嫁ぐからって勉強頑張った甲斐があった。近隣国だから文法も単語も似てるし、英語を学ぶよりは簡単だったけど。
というわけで、今日は主人公に会えるしお兄様に褒められるし、とっても楽しい一日だった。
「……セリア、どうしたんだろ…?」
「……わからない。だが、いつも通りではないことは確かだな」
「俺、あんなに笑顔満開のセリアなんて知らない…あんなにお調子者のセリアなんて知らない…」
「第四のやつと仲が良いからそれかと聞いたら、笑顔で違うと言われた。笑顔で、だぞ?信じられるか?」
「そんな…セリアが疑われて笑ってるなんて…。じゃ、じゃあ、やっぱりセリアの身に何か起こったんじゃ…!?」
「………かもしれない。あいつの不愉快な後輩、プレシアに言い寄るゴミ虫が言っていたんだが、そういう急な人格変化は多重人格か憑依を疑えと。それが『お約束』なんだそうだ」
「あの変態教師がそんなことを言ってたのか…?あんな気持ち悪いやつの言うことだから当てにならないけど、でも、もしそうなら今のセリアは…」
「―――今までのあいつではないかもしれない」
「そんなっ…!俺は、俺はっ、厳しくってサディストでブラコンで商売人で貴族的で傲慢で俺王子なのに虐げてくるようなひどい父さんでも、セリアがいいんだ…!今のいつも笑顔で多少のミスにも寛容でおやつもいくらでもくれて親しみやすくて可愛いお調子者より、あの鬼畜セリアがいいんだ…!」
「……そうだな。俺も、傲慢で思い上がりも甚だしく高慢ちきで一向に人の告白を真面目に受け取らずフランツを独占してレイヴァンをいじめて他の男と仲良くして俺のことを敵としか思わないサディストでも、あいつが良い。笑顔で対応してくれて容姿を褒めれば嬉しそうにして傍にいると言っても邪魔者扱いせず突き抜けた嗜虐趣味もなく明るく無邪気に笑っている面白くて可愛い女より、憎たらしい宿敵が好きだ」
「ああ!いくら今のセリアのほうが良さそうでも!可愛くてちょっときゅんと来たけど!厳しすぎる躾のセリアに戻ってもらわないといけないんだ!」
「まったくだ。いくら今のあいつにときめいても、可愛くて抱きしめたくなっても、完全防備の鉄壁仕様の好意を伝える隙もないあいつに戻らせないとな」
「………本当に?」
「……縋るような目で見るな。仕方ないだろう。……だが、もしかしたら時間がかかるかもしれないな」
「っ!そうだな!もしかしたら、一ヶ月ぐらいかかるかもしれないな!」
「ああ。本当に悔しい限りだが、長期戦となり一年かかってしまうかもしれない。その時は、俺達であいつを支えてやらないといけないな」
「セリアのお世話…!なんか新鮮でいいな!普段は世話してもらってるから!」
「世話を焼く隙もないからな。いいか?あの笑顔全開の可愛い――じゃなくって、危なっかしいあいつは、俺達が守ってやらないといけないんだ。今日のあの踊りでも、ウインクなんかして、どうしてやろうかと思ったぐらいときめい――驚いた。傍にいて、変な虫が付かないように気をつけてやらないと」
「うんうん、セリアは美人だから!踊った後、『レイヴァン、どうっ?可愛かったっ?』って聞かれたの、すっごく可愛かったし。その揺り返しがどこで来るかと思ったら、ずっと笑顔で綺麗なセリアのままだし!俺、セリア守る!誰からも何からも、守る!」
「まさか揺り返しが、あんな愉快で可愛いものとは思わなかった。あいつのことだから一、二国ぐらい崩壊させる気なのかと思ったのに。この安堵の後の胸のときめきはなんだ?この高揚感はなんだ?まさか、これが恋…?」
「ジオルク…。…セリアは、渡さないぞ。セリアは俺の婚約者だ。一度気の迷いで解消とか言っちゃったけど、まだ保留中だし、これからヨリを戻してくれって頼み込めば、きっと頷いてくれる。セリアは俺のものだ」
「ふっ…、ここからはライバルということか。お前には悪いが、絶対に譲らないぞ」
「ジオルクにならセリアを任せてもいいかとか思ったけど、やっぱり駄目だ。セリアは俺のだ。誰にも渡さない」
「―――レイヴァン?ジオルク?」
「はい」
「はい」
「随分、人様のことで楽しそうね。黙って聞いてりゃ鬼畜だのサディストだの、好き放題言ってくれちゃって。折角いい気分だったのが台無しよ」
「………ジオルクが言い過ぎるから」
「………レイヴァンが大声を出すから…」
「二人とも?」
「はい」
「はい」
「散々、言ってくれたわね」
「ごめんなさい。セリアが笑ってるのが可愛くて、つい…」
「申し訳ない。珍しく邪気なく笑っているから、今のうちに楽しんでおこうと思った」
「……私って普段、そんなに無愛想なのかしら…」
「あそこまではっちゃけることはないだろ。びっくりした」
「あそこまで壊れることはないな。面白かった」
「明日のおやつはあまーいマカロンに決めたわ」
「甘いの、か…」
「ありがとうセリア!明日が楽しみだ!」
「で、他に言い訳があるなら聞くわよ」
「セリアは美人だけど、笑ってたらもっと可愛いな!あと躾はもう少しゆるくして欲しいですお願いします」
「……可愛かったが、あまり笑顔を振りまかれるのも困る。恋敵を増やすな。俺だけに笑顔を向けて欲しいとも思う。あと、惚れた欲目なのかもしれないが、俺はお前の下衆でサドなところも結構好きだ。叩き潰したいからだけでなく、いっそ清々しくて良いと思う」
「あら、ありがとうジオルク。マカロンは半分にして、唐揚げも持ってくるわ。鶏を揚げたものよ」
「からあげ…鶏を揚げたもの…。楽しみだ」
「俺は辛いのも好きだから別にいいや。フランツ並みの辛いのは無理だけど」
「…あれは無理だな」
「大丈夫、私も無理よ。もうあれは、さすがお兄様としか言えないわ」
楽しい一日の締めくくりを邪魔してくれた二人と、いつも通り話した。
何邪魔してくれてるんだ、という気持ちはあることはあるが、
「今日のセリアも可愛かったけど、やっぱこうだよな!俺、やっぱりいつものセリアが一番好きだ!」
「……確かに、調子は狂ったな。たまにあるぐらいで十二分だ」
……二人がこう言ってくれたから、まあ、水に流してあげた。