ちなみに前世は広島人じゃないわ
「…先輩、もしかして公爵とフラグ立っちゃってるんですか?」
「決闘フラグなら常に立ってるわ。ジオルクの死亡フラグもね」
放課後、あのパーティを見ていたとのことで後輩が話したいと言ってきたのだ。
仕方ないので中庭で、お好み焼き(広島風)と烏龍茶でもてなしてあげながら会談をしてあげている。
「……いえ、というか、口も挟めなかったんですけど、なんでお好み焼きなんですか?ご令嬢なら、紅茶とスコーンで優雅にティータイムじゃないんですか?」
「あなたがジャンクフードを食べたいと言ったんでしょう。たこ焼きは専用の鉄板を作らせてる最中だから、お好み焼きね。そしてお好み焼きは広島風。ここは譲らないわよ」
「……あんた前世広島人ですか?関西風でも広島風でもいいですよ。でも鉄板ならもんじゃで」
「あんた東京人?…いえ、別に広島風のほうが好きってだけで、関西風でもいいのよ。あれもあれで美味しいし、麺がない分失敗しづらいし。でもね、もんじゃなんて気持ち悪いものは許せないわ」
「はあ?…西日本の人って、もんじゃを食べたこともないくせに批判しますよね。ゲロ、とか言って。粉物文化は東日本にもあるんです」
「ええ、食べたことなんてないわよ。食べたくもないわよ。そんなもの食べなくても、美味しいお好み焼きがあるじゃない。たこ焼きがあるじゃない」
「え、そっちのほうは一家に一台たこ焼き器があるっていうのは本当だったんですか?」
「全ての家庭がそうってわけじゃないけれど、クラスの半数以上はあるぐらいよ。そっちこそ、駅で迷子になるって本当なの?新宿駅はダンジョンって、ネタじゃないの?何度か行ったけれど、迷ったことないわよ」
「あー…あれは待ち合わせとか別路線に行く時に迷うんですよ。西武からのJR乗り換えとか、全然別の場所の別の路線の駅でも『新宿駅』ですから。でもJRだけならさほど迷いませんよ」
「ふーん…。と、ひっくり返さなきゃ」
「そのドレスで!?汚れますよ!?」
「大丈夫大丈夫、お好み焼き作りで服が汚れることを気にしてるうちは素人よ」
「それ汚れてますよね!?」
「―――そして一流はそもそも汚れないのよ」
「大事な引きをそんなところに使っていいんですかってツッコミたくなるけど…、おお…確かに少しも汚れていない…」
「ていうか、ひっくり返すのはソースを付ける前だから、普通にやってたら汚れないわよ。さあいただきましょう」
「ヘラまであるんだ…」
「本当はレイヴァンたちとお好み焼き食べる予定だったんだもの。じゃないとここまで準備してないわよ」
「ああ、だから匂いにつられた一般生徒に混じってものすごい高貴な不機嫌オーラを発してるお方がいらっしゃるんですね!生命の危機を感じます!」
「大丈夫よ、私に影響はないから」
「駄目だこの先輩…どうしてこうなるまで放っておいたんだ…。……あ、美味しい」
「ふふん、でしょう?」
鉄板を持ってきて焼いているので匂いにつられて来た一般生徒や知り合いたちの視線の中、美味しくお好み焼きをいただく。ネーヴィア相手に文句も言えないでしょうし、知り合い達も私だから諦めているでしょう。我儘レイヴァンととにかく私が気に食わないジオルク以外。
「で、話を戻すんですけど、先輩って公爵と恋愛フラグ立ててるんですか?」
衆人の目の中とは言っても会話が聞こえるほどではないので、食べながら普通に話す。後輩が微妙に訂正してきたのはどうしたものか。
「あれは打算と妥協よ。お互いそういう感情は一ミリもないわ。長い付き合いだからある程度好意はあるけれど、そういうんじゃないわ」
「……いえ、あれはどっから見ても先輩に惚れてますよ…」
「あなたが庶民だからそう思うだけよ。いい?ネーヴィアは貴族筆頭という家柄で、王家と仲も良く祖父は宰相、次期当主のお兄様は優秀、文句のつけようがない家柄でしょう。さらに私自身も才色兼備で、元々は王太子の婚約者だったほど。昔から一緒で気心もしれてるし、あの親戚たちにしり込みするような性格じゃない。商会も持っていて稼ぎも十分。何より私と結婚するとお兄様の義弟になれる。ほら、これは買いでしょう」
「まあ、そうですけど…。それだけじゃないとも思うんですけど…」
「ジオルクは宿敵だもの。ライバルだもの。私を一度負かしたいとか、無謀な夢を持っているから私に執着しているように見えるだけよ。あるいは、それで私がジオルクに好意を持たれていると勘違いして惚れさせたいってところね。惚れたが負けだもの。優位にも立てるし、だからだわ」
「………可哀想なウェーバー様…」
「なんでよ、ここは私に同情するところでしょう?勘違いしてるみたいだけど、ジオルクが本当に私に好意を抱いてるわけがないのよ。だって―――…」
ジオルクは先日のパーティで、私のことを『人間的魅力が皆無』と言った。そんな性格でよく人に好かれていると思えるな、とも。
言い争いでの言葉だけれど、それではっきりした。
懲りずに言い寄ってくるから、まあ好意を寄せられていると思うと悪い気はしなかったし、もしかして、と思うこともあった。国内で妥協するならジオルクになるだろうとも考えたぐらいだ。
でも、ジオルクが好きなのは私のバックグラウンドで、惚れ込んでいるのは私のオプションで、愛しているのは『ネーヴィア家の娘』だ。もっといえば、お兄様だ。
嫌われたくない、と言ってくれたのは本当だろう。私を、自分が打ち負かすのは別として、泣かせないというもの本当だろう。
同様に、私がジオルクがしょげていたら心配するのも本当だし、本当に困り果てていたらいじりながらでも助ける。そのぐらいには情がある。
でも―――好きだなんて言うのは、全くの嘘だ。
良くも悪くも宿敵、好敵手。
それが私達の関係だ。
そして、さらに言うならば…、
「―――ジオルクは、主人公に惚れるんだもの」
運命は決まっている。
万が一、後輩の言う戯言を採用したとしても、二年後にはフラれることが決定している。
ゲーム通り進んでいる世界。
どうあがいても、多少の変動がある程度で、大きくは変わらない。
運命には敵わない。
何度でも、おさらいする。
あのゲームはハッピーエンドでは主に悪役令嬢が、バッドエンドでは主に主人公が、ひどい目にあう。
例えバッドエンドでも、主人公は各キャラに惚れられている。主人公からの愛情を信じられず浚ったり壊したりヤンデレったり諦めたりするが、基本ルートに入ればその時点で惚れられている。後は愛情を伝えるために必死になるだけだ。
―――俺様王子ルート以外。
だから、私はレイヴァンがよかったのだ。
レイヴァンは、俺様王子は、バッドエンドなら悪役令嬢と結婚して、主人公への未練なんてないから。
ルートに入っただけで主人公に惚れたり―――奪われたり、しないから。
ねえ、主人公と少し接触しただけで余所に向くような愛情なんて、信じられると思う?
そんなもの信じて、そこら中にあるルートへの入り口を必死に避けさせ、捨てないでと縋るの?
そんなの、まっぴらだ。
意中の相手がいるお兄様は、まあなんとか頑張って貰いたいけれど、それだけだ。
ここまで状況が整っていて、ホラーゲームが開幕する中で、そんなものに構っていられない。
自分の命と、主人公の命運が何より大事だ。
元より俺様王子、ドS公爵、癒し系教師ルートに入らせる気はなかったけど、後輩ルートがこの様子では無理っぽいし、代案としてスカイルートのハッピーエンドに誘導しなければならない。がたがた抜かしてる暇はない。
傷ついてる暇なんて、ないのだ。
「いえ、あの、それはそうですけど…」
「何よ、文句あるの?」
「まあ…。…俺は状況が整ってるって言いましたけど、なんか生徒会長は彼女いるっぽいし、王子はツンデレじゃないし、女遊び先輩はただのフェミニストだし、やっぱりゲームと現実は違うんじゃないかって…」
「そうね、それは思うわ。でも、それって記憶持ちっていう異分子がいたからよね?多少は変わっても本質は変わってないわ」
例えば、確かにレイヴァンは身内には素直で良い子だが、普通に我儘だし対外的には好意を表したりしない。あれは身内限定特典で、身内で甘やかしたからこそ、我儘もツンデレも拍車がかかっている。『好意は弱みだから見せるな』と教育した賜だ。
お兄様の彼女はそうだけど、腹黒要素などは一切変わっていない。現在の意中の相手にだって、『ちょっとずつ懐いてくれてるんだ。そろそろ一気に行っちゃいたいけど、初等部から一緒で警戒されてるからなあ。地道に行くしかないよね』と腹黒に嵌めて落とそうとしていた。何も変わっていない。
スカイに関しては匙を投げる。確かにオネェだというのは発覚したが、女の子が好きなのは加速したぐらいだし、プレシアに『もう、閉じ込めちゃいたい!』などと怪しいヤンデレ発言をしている。要警戒だ。
―――じゃあジオルクだって、ある程度好意があるだけで、本当は私のことを嫌ったり鬱陶しく思っているというのも、信憑性がある話だ。
そう話せば、後輩は「ウェーバー様、救いがねえ…」とうなだれていた。そして髪にソースが付いて慌てていた。これだから素人は…。
「だからね、仮に、万が一ジオルクが私のことが好きだとしてもよ?それは最初から叶わないものなの。―――例えば私が絆されたとしたって、そんなの嘘の両思いなの」
「………」
「そうでしょう?ねえ、同じくあのゲームをやってたあなたなら、わかるわよね?ありえないの。悪役令嬢セリアがドS公爵ジオルクとくっつくなんて、ないの。絶対にありえない未来なんだから、……期待させないで」
「………すみません、先輩。俺、先輩の気持ちも考えなくて…」
「いいのよ…。いいの…」
だからお好み焼きを食べてるときぐらいは不愉快な思いを思い出させないでくれれば、それでいいの。
あーっ、今思い出してもむかつくわ!なーにが人間的魅力が皆無よ!人に好かれるわけがないよ!その数分前にあなた、私に『魅力を感じないなんて思ったこともない』ってお世辞言ったわよね!言ったならつき通しなさいよ!そんなの、お世辞でも失礼すぎるわ!
好かれるわけがないってのもねえ、じゃああなたそんな女に日頃好きだ好きだって告白してるのは何なのかって話よ!ふっざけんじゃないわよ!舐めてんなら潰すわよ!
ああもう、あそこでレイヴァンが泣きさえしなければ決闘と称してぼっこぼこのぎったぎたにしてやれたのに!男装で動きやすいから、日頃以上に動ける時だったのに!這いつくばって靴舐めさせてやりたかったのに!愛剣の錆にしてやったのに!
まったくもう、思い出してもむかむかするわ。食事中ぐらいそんな話題を出さないってことができないのかしら。まくしたてて感情に訴えて黙らせてやったけれど、もし周りの目がなければ怒鳴りつけてぶん殴って黙らせてやってたわよ。
「で、話はそれだけ?」
「あ、いえまさか!あれはちょっと気になっただけです!本題は…」
「何よ」
「……先輩の今の話の後だと言いづらいんですが…、あの超絶可愛い地上に舞い降りた天使ちゃんはどなたですか…?」
「キモッ!」
思わず飲もうとしていた烏龍茶を後輩の顔面にぶっかけていた。
鳥肌が立った。
「ひどいです先輩!」
「だまらっしゃいこのロリコン!」
「実年齢では二つ下の後輩です!ロリじゃないです!」
「小学生に手を出すなんて、最低のロリ野郎ね!」
「ああっ、急に犯罪チックに…!」
「スカイを見習いなさい!YesロリNoタッチ!Repeat after me!」
「YesロリNoタッチ!って、だからロリじゃないって!ていうか先輩発音いいな!?」
「五月蠅いわ元英語教師!黙りなさい!」
とりあえずお茶を注ぎ直す。ああもったいない、折角のお好み焼きにもお茶がかかってる。後輩のだから別にいいけど。
後輩も大人しくハンカチで拭いている。文句を言うのは諦めたようだ。
「……で、先輩」
「あげないわよ。あの子はうちの広告塔なの。保護者もいるの。あなたにはもったいにないわ」
「あの天使ちゃんのお名前は?」
「めげない…!?お茶かけられたのに…!?」
「萌えー!天使ちゃんは俺の嫁!」
「二次元逝っときなさい!」
「ここがある意味二次元の世界です先輩!」
「こんな時ばかりきりっとした顔を…!」
「合法ロリばんざーい!アルビノ少女ばんざーい!処女厨党の旗揚げだー!」
「っ黙れゴミ虫!」
後輩の頭を掴んで鉄板に押し付けた。もう火は消したけど、まだ熱い鉄板に。
「ぴぎゃぁああああああ!!!」
「このっ、このっ…!社会のゴミめ!カスめ!お巡りさんこいつです!」
「通報だけは…!通報だけはご勘弁を…!」
「少女の安全は法律により守られています!つまり貴様は犯罪者!犯罪者は処刑!」
「変態死すともロリは死せず!!」
「キモすぎて逆に格好良いっ…!?」
後輩を離して、席に戻った。直前に烏龍茶がぶちまけられていたおかげか、後輩の顔面が熱いキスをした鉄板は冷えていたようだ。
さて、ちょっと落ち着いて。
「……言っとくけれど、手を出したら各方面から叩かれるわよ。お父様もお母様も家族同然に気に入ってるもの。お兄様も可愛がってるわ」
「そんなことより天使ちゃんの名前を」
「…だからなんでこんなときばかり真顔に…、…プレシアよ。プレシア・ウェーバー。ジオルクの妹でエリオンのクラスメイト」
「義姉様と呼ばせて下さい!」
「エリオンと同じことを言わないで頂戴。お断りよ」
「紹介して下さいお願いします」
「自分から鉄板に顔面をこすりつけるなんて…!気持ち悪い…!」
「指一本触れませんから。お願いします」
「………」
「じっくりねっぷり視姦するだけです!」
「っそんなことだろうと思ったわよ!」
「YesロリNoタッチ!」
「やだこの子変態…!」
「HEN☆TAIです!」
「変態、DEATH!」
「それでも俺は生きる!そこにロリがあるかぎり…!」
「一匹見たら三十匹はいるアレみたいな生命力ね!」
「Noゴキ、Yesロリ!」
「どっちもゴミよ!あと、さっきからそのドヤ顔やめてくれる!?」
「源氏物語は聖書!光源氏計画とかムフフですぞ!」
「紫式部にスライディング土下座なさい!」
後輩の横っ面引っ叩いた。
「高慢美少女お嬢様からの平手打ちキターーーー!!」
後輩が歓喜の声をあげた。
もう、手遅れね…。仕方ないから目潰ししたら、後輩はまた「ぎぃあああああ!!」と悲鳴を上げて地面にのたうち回りながら黙った。よかった。
「……先輩、ひどすぎませんか…?」
「あんたのほうがひどいわよ。もう、折角のお好み焼きが冷めちゃうじゃない」
「あ、そっち優先なんですね。はい」
あと少し残っているお好み焼きを食べて、お茶を飲んで、ごちそうさまをする。
さて、
「可愛い妹分のプレシアの名誉のために決闘を申し込むわ」
「っ殺す気ですか!?」
「冗談よ、冗談。…レイヴァン、ちょっと来てくれる?この男がむかつくから処刑して欲しいの」
「っ殺す気ですね!!」
「………セリア」
いい子でこっちに来たレイヴァン。でもとても不機嫌そうだ。
「俺も食べたかった…!」
「この男のせいよ。美味しかったわ」
「っずるい!俺のも!作って!」
「嫌よ。もう一度作ったもの」
「…っお前のせいだ!
レイヴァンがびしっと後輩を指差す。ここで私に当たらず後輩に行くところは、躾の成果が見えると思う。
「い、いえ、王太子様、俺のせいってわけでは…」
「五月蠅い!…子爵の三男程度がこの俺と口を利くことがおこがましい。俺の婚約者と、俺を差し置いて食事など、不義でも考えていたんだろう。即刻引っ捕らえて牢屋にぶち込んでやる」
「え、ええええ!?見てたでしょう!?俺が一方的に暴行を受けてただけです!こんな年増となんて…!」
「レイヴァン」
「俺の婚約者を侮辱したな。年増などと誹謗中傷したな。処刑する。おい、誰か来い!こいつを捉えろ!」
「せ、先輩!この人本当に、先輩と一緒にいるお子さんと同一人物ですか!?まんまゲームの俺様王子ですけど!それ以上ですけど!」
「だから言ったじゃない。気が向いたら釈放してあげるから、牢屋でじっくり反省することね」
「せんぱーい!?」
後輩は学園の警備員に捕まえられ、引きづられて行った。いい気味だ。
そしてレイヴァンは私をむすーっと見る。
「俺も食べたい!ずるい!お願い!」
「駄目よ。さ、片付けましょう。レイヴァンも手伝ってね」
「俺食べてないのに…!」
そしてこの態度の差だ。
うんうん、和む。可愛い子供だ。
「もう、仕方ないわねえ。じゃあ作ってあげるからそこに座りなさい」
「えっ、本当か!?ありがとうセリア!」
にこにこ笑顔で席に着くレイヴァン。まあ可愛い。これで本当にこの子中等部二年生なのかしら。
その後、ジオルクとヴィオラも呼んで(ヴィオラは匂いに釣られて勝手に来ただけ)四人でお好み焼きを楽しんだ。
後日、『セリア・ネーヴィアは王太子を操っている』『気に食わない相手を権力で弾劾している』などという噂が流れた。何を今更、と思わず呆れた。
お好み焼き、もんじゃ、新宿については私の独断と偏見に基づいたものです。
あくまで個人の感想であることをご了承下さい。
また、本作はフィクションです。実在する某国鉄、地名、料理などとは一切合切関係ありません。某新宿ダンジョンを軽く見て、慣れた頃に迷ったりなんかしてない。してないったらしてない。