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悪役令嬢だけれど何か文句ある?  作者: 一九三
長すぎる事前準備~中等部~
38/76

でも正直、これは訴えていいレベルの暴力だと思うの

真っ二つにしようと思ったけど出来ず、この長さになりました。

反省してます。

 「スカイ、あなたとの友情を見込んで、お願いがあるの」

 「面倒事は嫌よ」


 内容を話す前に牽制された。

 さすがスカイ。友情を感じる。


 「今度、王后陛下主催のパーティがあるの。それに招待されているんだけど、エスコートを頼めないかしら?」

 「ああ、あのお見合いもどきのパーティね。嫌よ。婚約者か喧嘩相手と行きなさいよ」

 「私もレイヴァンに頼みたかったけれど、駄目だったのよ」


 レイヴァンに頼んだら、『まだ婚約してるけど、いずれ破棄するし、ならセリアのエスコートはやらないほうがいいと思う』と、珍しくまともなことを言われた。そして一緒にいたジオルクが、『俺はぜひエスコートしたいんだが、駄目か?』と言い出してきた。ジオルクはこの間から兄狙いが激しい。『あなたはプレシアがいるでしょう』と言って断った。

 じゃあ、と相手を探したけど、兄は兄で意中の子をエスコートすると喜んでいたし、エリオンは婚約者がいる上、あまり親しくしすぎてはバランスが崩れる。先生も、ヴィオラのお守りがあるから頼めない。なんでこんなに兄妹率が高いのかしら。困っちゃうわ。

 そしてエスコートを頼めるような異性の知り合いといえば、残りは後輩とスカイしかいなかった。

 後輩は正直礼儀の部分に不安が残るし、ただの『後輩』でしかない。しかしスカイは礼儀作法はばっちりだし、女遊びが激しかったからエスコートも上手いだろうし、職務上の付き合いも、今までの友情もある。余裕でスカイに軍配が上がった。


 「―――というわけで、駄目?」

 「………面倒そうね…」

 「仮装パーティらしいんだけれど、プレシアの仮装はスカイの好きにしていいわ」

 「行ってあげる。感謝しなさいよね」


 わかりやすい人である。大好きだ。


 「ついでにあんたの仮装も考えてあげましょうか?とびっきり可愛くしてあげるわよ?」

 「ありがたい申し出だけど、遠慮するわ。私はあなたの大好きなフリルが似合うタイプじゃないし、あなたの玩具でもないもの」

 「まあ、失礼しちゃうわ。純粋に、友人として、好意で申し出てあげたのに」

 「よく言うわ。可愛い服が似合わないからって、人をドレッサー代わりにしたいだけでしょう」

 「あら、それを教えてくれたのはあなたよ?」


 スカイが優しく微笑んでくる。強面の顔が和らぎ、可愛らしさが出てくる。


 「ありがとう、セリア。感謝してるわ。プレシアの次に好きよ」

 「照れちゃうわね。私も、そこでプレシアを先に置くあなたが大好きよ」


 かく言う私も順位はあげないし、スカイにしてもまずプレシアが何番目なのかは明言していない。仲良しさんだと思う。


 「そういえば、話は変わるんだけど」

 「なあに?ついに着物に手を出す気になったの?」

 「あれは時代を先取りしすぎだわ。やめときなさい。……じゃなくて、あんたの喧嘩相手よ。好きだって言われたんでしょ?今どうなってるのよ」


 身近な女友達として、私はジオルクのことをスカイに相談していた。そういえば、あれっきり報告はしていなかったな…。


 「どうもこうもないわよ。決闘で勝てないからって、そういうことを言って動揺を誘おうとしてるのよ。卑劣でしょ?ジオルクからしたら、私は良い結婚相手みたいだし、何よりお兄様がいるもの。動揺を誘いつつ言い寄ってお兄様を奪う気なのよ。許せないわ」

 「黙りなさいブラコン」

 「うっさいわよオネェ」

 「あんたなんて返したのよ。まさか好きって言われてお兄様じゃないと嫌とか答えたわけじゃないでしょうね、ブラコン変態」

 「まさか、あなたじゃないんだからそんな常識知らずなことはしないわ。胸ぐら掴んで引き寄せて、『あんまり誘ってると襲うわよ』って耳元で囁いてあげただけよ」

 「恥知らず!乙女の夢を叶えるんじゃないわよ!男女逆転で!」

 「だって私が夫なんだもの。やられたらやり返すわ」

 「ありえない!あんた本当に女!?」

 「正真正銘女よ。あなたとは違って」

 「コンプレックスを指摘しないで頂戴。お兄さんに嫌われるわよ?」

 「スカイ、あなたってとっても女性らしくってセンスもいいわね。羨ましいわ」

 「……この変り身よね…」

 「でも、さすがに未婚の淑女だもの。そんな変なことはしてないわよ?アピールしてくるのを、『本気にして押し倒されたいの?』って壁ドンしたり、『レイヴァンに顔向け出来ない身体にしてあげようかしら』ってはだけさせたり、『そろそろ、理性も限界なんだけれど?』ってうなじをなぞったり、そのぐらいしかしてないわ」

 「っあんたの中の常識って何よ!そのぐらいって何よ!」

 「あまり私を舐めて来ているから、そろそろ決闘でも仕掛けてボコボコにしてやるわってことよ」

 「それもそれで女としてどうなのよ!」

 「最近男女差のせいか、伸び悩んでるのよね。真っ当な決闘は諦めて、仕込みナイフで隙を狙うべきかしら?」

 「あんた何と戦ってるのよ」

 「しいて言えば運命、かしら?武器はペーパーナイフと、裁縫鋏と、リボンと、香水と、仕込み扇子。レディが持つのに相応しく、殺傷力も十分ある品々ね」

 「……もういいわ。私の可愛いプレシアに変なこと教えなければ、もうそれでいいわ…」

 「わかってるわよ。私も、プレシアのことは可愛がってるもの」

 「どのぐらい?」

 「勿論、あなたの次に」

 「じゃあ私はどのぐらいなの?」

 「ふふっ、大好きなお友達よ?」

 「……あなたって食えないわね。いいわ、私とプレシアが健やかに暮らせるなら、ややこしい外界との折衝はあなたに任せるわ」

 「任せといて頂戴。実はそういうの、結構得意なのよ」

 「知ってるわ」


 仲良く話して、話がまとまる。


 そして迎えたパーティ。



 「セリア、パートナーを交換しないか?」

 「あら、いいわよ。じゃあプレシア、おいでなさい。スカイはジオルクのほうに行ってね」

 「え、あ、はい!」

 「嫌だけど。プレシアは今日も可愛いね。その小悪魔の仮装、とってもよく似あってるよ」


 一応外なのでオネェ言葉ではないスカイ。傍から見ると、本当にただの女好きにしか見えない。そして素直に来たいい子のプレシアは頭を撫でてあげておいた。


 「ボルナノフとプレシアで踊ってきたら良い。その間、お前は俺といればいいだろう」

 「そんなのつまらないわ。スカイをエスコートしてあげなさいよ」

 「断る。せめて女にしろ」

 「スカイは立派な女性よ?私の友達を侮辱しないで頂戴」

 「……じゃあお前らは女同士で組んでいたんだな」

 「あら嫌だ、私はレイヴァンの父親よ?立派な、男女カップルだわ」

 「………そうだな。そんな仮装だしな…」


 仮装パーティなので、当然全員仮装している。


 プレシアはスカイの『天使が悪魔の格好してるっていうのも可愛いわよね!』という萌えの暴走の結果、可愛い小悪魔の仮装になっている。普段から天使をイメージした物を着せているから、もう恥じらいもないようで、笑顔で『こういうのも可愛いですねっ』と着てくれた。プレシアは本当に可愛らしい。


 ジオルクは面倒だから、と私に丸投げしてきたので、私もそのままスカイにパスした。結果、ジオルクも悪魔の仮装だ。スカイが言うには、『兄妹でお揃いとか可愛い!』とのことだ。わからなくもない。


 レイヴァンは私が決めた。お菓子で出来たような王冠に、ビスケットの模様のマントを着せ、ロリポップの形の杖を持たせた。題して、お菓子の国の王様。これからレイヴァンが将来王になることを暗に示せるし、現行の王に反逆する意志がないことも示せる。悲しいことに、お菓子は女子供のおやつ、という位置づけになっているから、『子供の王様』ということで、まだまだ未熟であると暗示しているのだ。あと個人的にレイヴァンはお菓子好きだから。中等部二年にもなって子供っぽいかとも思ったが、普通に喜ばれた。可愛いワンコだ。


 エリオンはちゃんと自分で決めていて、なんと女装していた。しかも似合っていた。まだ初等部四年生だからだろうか、かなりマジで可愛かった。女性の仕草や作法も完璧だった。エリオンが優秀すぎてウケる。女性に扮することで、『王位は狙っていない』ことと『女装しちゃうような親しみやすい王子』ってことを演出したかったんだろうけど、上手く行きすぎだ。兄はエリオンを見て強制マナーモードになっていた。さすがに王族を前にして吹き出すわけにもいかないからそうなった。長い付き合いのレイヴァンなら遠慮無く大笑いしたんだろうけど、兄とエリオンは年が離れているせいか、あまり親交がないから、マナーモード。お兄様の腹筋は犠牲になったのだ…。


 その兄も兄で自分で決めていたが、吸血鬼という、ありふれていて文句のつけようがなく、しかもきちっと正装である仮装を選んでいた。ちょっとマントと牙を付ければ完成だ。そのソツのなさが素敵だ。しかも、それならあまり目立たないから、ジャック・オ・ランタン(ばっちり顔が隠れる)の仮装をした意中の相手と一緒にいられるんだとか。もう、結婚して。


 スカイはもう自分を着飾ることには完全に重点を置いていないので、簡単に狼男で済ませていた。これもこれで、正装でも問題ない、いいところだと思う。尻尾や耳はつくが、基本は正装だ。何より、ゲーム内で手が早かったスカイにはとってもお似合いだわ。


 そして私はというと…、


 「セリア様、とっても格好良いです…」

 「まあ、ありがとう」


 エリオンの逆張り(といっても打ち合わせをしていたわけではない)、男装をしていた。さすがに長い髪は隠せないから後ろで一本に束ねているが、胸はサラシで潰して兄の昔の服を着て、ついでに前髪をかきあげてみた結果、ちゃんと男の子になっていた。……まあ、ツリ目で、キツい顔立ちだものね。男装の結果、鏡の中自分に、兄や祖父の面影があったから良いとしよう。同じ黒髪の祖父によく似ていると、兄も褒めてくれた。でもね?壮年のお祖父様に似てるって、褒め言葉じゃないのよ?お兄様、ご存知なの?

 ……プレシアがうっとりと褒めてくれるから、いいことにしよう。うん。


 「スカイ様も、そう思いません?セリア様、とっても素敵…」

 「え、あ、うん。そうだね。でも、折角綺麗なんだから、女の子らしく着飾ってくれたほうが嬉しかったな。勿論、その格好でも素敵だけど」

 「ありがとう、スカイ。あなたも素敵よ」


 取ってつけたような賛辞はいらない。出会った時、スカイは私の格好を見ても眉一つ動かさず、『あんたの格好なんてどうでもいいわ、それよりプレシアはどこ?』と言った。目で、じゃなくて、本当に言った。一応パートナーだからと褒めてやったのに、その返しがこれなんて、ひどい無礼だ。私も『狼男なんて、遊び人のあなたにはぴったりね』なんて褒め方をしたからおあいこだけど。


 「まさかお前が男装なんてするとは思わなかったな…」

 「ネーヴィアの家訓は一つ、『面白いことは正義』よ。面白ければそれでいいわ」

 「それでいいのか…淑女として、それでいいのか…」

 「今の私は紳士よ。お兄様にも負けないわ」

 「はあ?フランツに今すぐ謝罪しろ」

 「お兄様に似てるでしょう。私、お兄様の妹なのよ。血を分けた、たった二人きりの兄妹なのよ。ふふふっ…」

 「ちっ…それは否定出来ないな」

 「今、あなた舌打ちした?ねえ、ジオルクあなた、レディの前で舌打ちした?」

 「今のお前は紳士なんだろう?ミスター・セリア」

 「それはそれ、これはこれよ。信じられない。とっておきの、お兄様の物真似を披露するしかないじゃない」

 「随分と嬉しそうだな」

 「『ジオルク、女の子には優しくしなきゃ駄目だよ?』」

 「っ似てる…!?」

 「ふふん、どう?惚れなおした?愛しい妻の関心を買うために、頑張ったのよ?」

 「素敵な贈り物をありがとう、旦那様。次はお前の愛情が欲しいな」

 「これ以上ないほどあげてるじゃない。あなたのその蜂蜜色の髪に、いつも誘惑されているのよ?甘い匂いを漂わせてて、食べたくなっちゃうわ。緑の瞳も、エメラルドみたいでとっても素敵。あなたが家を乗っ取られないために努力していることも、レイヴァンのことを純粋に友人として案じていることも、いつも見て知ってるわ。なんでも器用にこなして、でも頭でっかちじゃなくて、ノリが良くて、好敵手で、プライドが高くて、そんなあなたのことを、―――壊しちゃいたいほど、愛してるの」

 「………」

 「もう、ぞくぞくするわ。あなたが一般的に見ればかなりの優良物件で、今までの付き合いで私の宿敵たり得る人とわかっていて、それを踏まえた上で、全部踏み潰すのは、さぞ楽しいでしょうね。あなたの屈辱にまみれた姿を思い浮かべるだけで、もう堪らない気持ちになるわ。破滅して平民に身を落として、いえ、いっそ奴隷にまで身を落としたら、最高ね。興奮するわ」

 「………お前の性格が死ぬほど悪いのは知っているしもう諦めているが、…そんな顔を見せるな。他のやつが見る」


 ジオルクがじろっと睨んで、咎めるように私の手を取る。

 でも…。


 「あなた、顔赤いわよ?人の顔を言う前に自分の顔をなんとかしてから言いなさい。うぶな生娘じゃあるまいし、あの程度で恥じらってるわけじゃないでしょうね」

 「うぶな生娘なら、あれはドン引きして青ざめるところだ。お、お前が、…愛してるとか、言って、…うっとりした顔を見せるからだ…」

 「で?」

 「………すっ、好きな女の、そういう姿を見たら、…赤くもなるだろう…」

 「努力は認めるけれど、声、裏返ってたわよ。意外とあなたってうぶだったのね。いいわ、そういう方面で攻めるのは夫の努めよ。任せて」

 「そういう話じゃなくて…」

 「ああ、貞淑な妻は恥ずかしがるものだから?意地を張らなくってもいいのよ?長い付き合いだもの、あなたが演技でそこまでしないことはわかってるわ。私とあなたの仲じゃない、大丈夫よ。……でも、出来たら無理して欲しいって思う私は、悪い夫なのかしら…?」

 「そ、それは、どういう意味だ?」

 「……そうやって、あなたが慌ててる姿を見たいの。わかるでしょう?―――素晴らしく愉快だわ」

 「………そうだな、お前はそういうやつだな」


 何故かジオルクがため息を吐いた。サドっ気があるのはお互い様だ。


 「……それより、プレシアに遠慮してくれない?兄のそういう姿も、セリアの性癖も、見せたくないんだけど」

 「……え…え?」


 あ、忘れてた。

 混乱して目を回すプレシアを、スカイがよしよしとなだめている。確かに、プレシアにはまだ早かったかもしれない。私達は一年のときから親子ごっこで遊んでいたけれど、プレシアは純粋な良い子だものね。天使(商業用)だものね。


 「ごめんなさい。いつもはレイヴァンかお兄様が止めてくれるから、つい…」


 そう、ここには私とスカイ、プレシアとジオルクしかいない。

 いつもパーティでは一緒の兄は、意中の子と気兼ねなく一緒にいる。普段は一緒にいられないから、それは仕方のないことだと思う。兄は私達より大人だし、友達も多いし、付き合いがあるのも仕方ない。そこまで我儘言って縛り付ける気はない。

 そして、いつも私たちにひっついているレイヴァンは…、


 「レイヴァン殿下、ネーヴィア公爵令嬢と婚約解消なさるって本当ですの?」

 「その格好、とてもよくお似合いですわね。さすが将来の国王ですわ」

 「一曲お願いできませんこと?一曲だけでいいんです…」


 ここぞとばかりに女性に囲まれていた。

 あーあ、やっぱり。


 レイヴァンはエリオンが絶妙に調節し、私が躾けているお陰で、しっかり王太子の地位にいる。まず確実に将来の王となる。

 またゴートン学園で常に学年三位という成績優秀ぶりで、ジオルクほどじゃないけど非の打ち所のない優秀さで、身内には呑気で大らかな一面がある。容姿も、ゲームでは本命キャラになっていたほど、格好良く美形である。

 猛者(ご令嬢)が狙わないわけがないでしょう?

 今までは貴族筆頭のネーヴィア家の長女が傍にいたから、誰も手を出せなかっただけだ。私もどこに出しても恥ずかしくない淑女だし、ジオルクとの喧嘩や国政への口出しで、『敵にしたら不味い』と不可侵認定を受けていたから、親たちも娘をけしかけなかった。ついでに、ジオルクと出会った辺りから態度を和らげたので、レイヴァンとも仲が良かった。付け入る隙がなさすぎた。だから、誰も寄って来なかった。

 が、婚約破棄を言い出し、しかもエスコートすらしなかった今回は、まるで話が違う。

 婚約解消予定は伝わっているし、それを示すように今までしていたエスコートを止めた。

 どっからどう見てもフリー。

 じゃあ、……狙うでしょ。


 「っせ、セリア!」


 今まで私という防波堤がいたお陰で群がれた経験なんてないレイヴァンは、女性あしらいが苦手のようだ。私と目があった途端、即座に助けを求めてきた。

 そうねえ、今まで私とジオルクとお兄様っていう、最強の布陣だったものねえ。好きな人間に囲まれていたから素直でいい子だと思っていたけれど、だからこそ、我儘なのよねえ。今まで自分にとって好ましい状況にしかいなかったから、それを当然と考えているから。


 「スカイ、あの方のドレス可愛いわね」


 だから、敢えて無視してエスコート役のスカイの手を引いて親密さを演出した。過去の男なんて眼中にないわ、というように。


 「セリア…!」


 さすが、正確に意図を読み取ったレイヴァンが悲痛な声を出す。

 これもあなたのためなのよ、レイヴァン。


 「ねえ、踊りましょうよ。あなたエスコートがとっても上手なんだもの、ダンスもよね?」


 甘えるように体を近づけて、ダンスに誘った。

 レイヴァンが泣きそうな顔をしている。でも、それに恐怖の色が混じっているのは何故かしら?そんなに肉食系女子が怖いの?これから草食動物は…。


 「っせ、セリア様!」


 それに触発されたわけでもないだろうに、プレシアが私の前に来た。


 「あ、あの、私もスカイ様と踊りたいです!えっと、……スカイ姉様に甘えたいんです。駄目ですか?セリア姉様…」

 「ふむ、あざとくって可愛いわね。でもスカイは『姉様』呼びを喜ぶけれど、私は別にそういう趣味はないわ。無理しなくても、好きに呼んでいいわよ。それと、もっとぎこちなくしたほうが女性には効果的ね。あざとすぎるのは、男性には好評だろうけれど、女性からは逆に不興を買いかねないわ。『本当は甘え下手なんだけどどうしても甘えたいから』って感じを出すといいんじゃないかしら」

 「……感動で打ち震えてる友人の前で、よくそこまで言えるね…」

 「睨まないで、スカイ。あなたのは感動じゃなくて萌えてるだけよ。YesロリNoタッチよ」

 「意味は?」

 「ロリコンはいいけど幼女に手を出すな」

 「誰がロリコンだって?純粋に、妹としてプレシアを可愛がってるだけよ」

 「素が出たわよ、気持ち悪い。毎回思っているのだけれど、その強面で女言葉で話すの止めてくれない?あなたにわかる?テノールヴォイスの強面イケメンから吐かれる女言葉がどれだけ嫌悪感を喚起するか。鳥肌が立つわ」

 「それ、友人にいう言葉じゃないから」

 「友人だからこそ本音で言ってあげるんでしょう?何度でも言うように、女性に好かれたいなら男性らしくなさい。外面のあなたは格好いいのに、もったいないわ」

 「君にモテたいとは思わないから、望むところだ」

 「視覚への暴力の次は聴覚への暴力?やめて頂戴。私は繊細なの」

 「本当に繊細な淑女はそんなこと言わない」

 「言わざるをえないほど気持ち悪いってことよ。生理的に受け付けないわ。吐き気がするぐらい。もう駄目、耐えられないわ」

 「………それが本音?」

 「ええ。偽らざる本音よ」

 「それでも私のことが大好きなあんたって、どうしようもないわね」

 「そんな私のことが好きなあなたもね」


 本当に良い友人だ。しみじみとそう思う。


 「スカイ様…!」

 「ああ、わかってるよ。こわーいお兄さんがいるからね。怯えるプレシアも可愛い」


 でもその友人は、可愛い女の子に誑かされて、あっさり見捨てて去って行った。

 まあスカイは浮名を流しただけありエスコート上手なので、任せていいだろう。私も私でプレシアの心配しかしていないところが、本当に良い友人関係だ。


 「………あのカマ野郎を、随分と気に入っているんだな」


 あら、ジオルクが不機嫌になっていた。


 「わかってるわよ、浮気じゃないわ。私はあなた一筋で、レイヴァンのことを誰よりも大事に思ってるもの。救出にだって、ちゃんと行くわ」


 レイヴァンを放置して遊んでいたのが気に触ったのだろう。この過保護。


 「レイヴァン」


 声をかけ、そっちに行く。レイヴァンはぱあっと顔を輝かせている。飼い主に飛びかかろうとする犬みたいだ。お菓子の王様の仮装と相まって、とても笑える。


 「失礼、私の婚約者に、何か御用かしら?」


 顎でこっちに来るように指示する。レイヴァンは即座に私の後ろに隠れる。男としてそれでいいのか。


 「ネーヴィア公爵令嬢様は、婚約破棄されたんじゃなくって?」


 年上の、多分兄ぐらいの年の女性が言ってくる。確かこの人は侯爵の娘。ネーヴィアの娘にこんな態度を取るってことは、それなりに良い家なのか、思い上がっているのか、だ。


 「婚約は解消する予定ですけれど、まだしてませんわ」


 してないんだから、まだレイヴァンは私の婚約者だ。

 暗にそう言えば、しかし女性は嘲るように笑う。


 「でも、解消なさるんでしょう?王太子様から、破棄を申し出られたって聞きましたわよ?」


 くすくす笑いが起きる。

 貴族の女社会なんて、こんなものだ。他人のゴシップを笑い、食い物にする。一度転落すれば、容赦はない。


 でも、噛み付く相手ぐらいは選ぶべきね。


 「ええ、王妃となって牛耳る必要はないと判断しましたから。こんなところで婚姻というカードを使うより、別の場所で使うほうが有意義でしょう?」

 「え…?」

 「でも、私から婚約を申し出たんですもの、それを不要になったから破棄しようなんて、そんな無礼はできませんわ。だからレイヴァンとお話して、レイヴァンのほうから申し出てもらうことにしましたの。―――レイヴァン、お手」

 「っはい!」


 さっと出した手に、即座に手を置くレイヴァン。躾の成果が見える。

 いい子いい子と頭を撫でて、ご令嬢方に余裕の笑みを向ける。


 「この通り、レイヴァンは言うことをよく聞いてくれる、良い子ですの。婚約者でなくなっても、私が右と言えば右を向きますわ。―――私があの令嬢は駄目だと言えば、眼中にも入れないでしょうね」


 ざわっと騒ぐ令嬢たち。

 最後に、にっこりと笑う。


 「私の後釜に入ろうという婚約者様は、きっと、私などより素晴らしい方なんでしょうね。私が、レイヴァンにふさわしくないからとふるい落とさなくてもいいような方なんでしょうね」


 私以下が立候補なんかするな、それは私がお前以下という侮辱に取るぞ、私が認めた女以外を婚約者にはしないからな。

 そう牽制して、レイヴァンを連れてジオルクのところに戻った。


 「セリア!あいつら何なんだ!俺、王太子だよな!?偉いよな!?なんで退けって言って退かないんだ!?無礼すぎてどうしていいかわからなかった!」

 「皆が皆、身分制度を理解している常識人なわけじゃないのよ。ヴィオラみたいな馬鹿もいるわ。それと、一応私を通せって牽制しておいたけれど、ああいう女性あしらいも覚えなきゃ駄目よ。いつまでもは面倒見きれないもの」

 「え!?」

 「そうだな。仮に俺がセリアの夫なら、相手がレイヴァンと言えど、自分を放置して他の男を優先するのは面白くないな」

 「ほら、過保護なジオルクもこう言うのよ?独り立ちなさい」

 「ご、ごめんジオルク…セリア取っちゃってごめん…」

 「以後、気をつけろ」

 「………だからなんでジオルクに謝るのよ」


 話していたら、ふと先生が視界に入った。

 二人に「ちょっとごめんなさい」と断って、先生のほうに行く。


 「先生」

 「え…あ、セリアさん!その格好どうしたの?格好いいね!」


 先生は正装に包帯をところどころ巻いた、包帯男の仮装のようだ。ヴィオラの付き添いでしかないので、控えめな仮装だ。


 「あ、セリアー!どうしたんですかその格好!男装なんてはしたないですよ!どんなセンスしてるんですか!ちょっとは周りを見なきゃ駄目ですよ!」

 「周りを見るのはあなたよ。公の場だし、このまま処刑行っちゃおうかしら」


 先生のところに行ったから、ヴィオラも私を見つけて侮辱してきた。いつものことだ。そしてそんなヴィオラの仮装はポピュラーな魔女。なんでここでボケないのよ!と常識的な判断が逆に苛立つ。外すところを悪い意味で心得ている。


 「………セリア、ヴィオラと、こちらの方は?」


 後ろから声をかけられた、と思ったら、そのまま腰に手を回された。

 ぴたりと体がくっつく。声でジオルクだとわかっているからいいが、さほど親しくない相手なら一本背負いを決めている。機嫌が悪ければ、親しくても婚約者のレイヴァンと兄以外も投げ飛ばす。というか、普通こんなことを婚約者と家族以外にしない。何を考えているんだか。一度投げ飛ばしてあげようかしら。


 ……でも、こんな誤解を受けそうな危険な行動をするなんてジオルクらしくない。何故かピリピリしているし、先程も不機嫌だったし、何か気に喰わないことでもあったのかもしれない。仕方ないから、大人しくしておいてあげましょう。


 「アルバート・シュペルマンよ。ヴィオラのお兄さんで、私の家庭教師。ドジっ子だけど優秀な方よ」

 「ふうん…」

 「先生、彼は私のクラスメイトの、ジオルク・ウェーバーよ。るっくんって呼んであげて」

 「おい」

 「へえ。あ、いつもセリアさんにはお世話をかけっぱなしで、本当にお世話になってます。アルバート・シュペルマンです。よろしく、るっくん」

 「……セリアに求婚中の身の、ジオルク・ウェーバーだ。間違っても、るっくんなどと呼ばないでもらいたい」

 「え、でもセリアさんは…」

 「お兄ちゃん、るっくんは照れ屋さんなんですよ!セリアなんかに求婚しちゃってるぐらいですから、きっと二人だけの愛称なんですよ!」

 「次呼んだら侮辱と受け取る」

 「先生、るっくんは私の愛しい妻なの。屈辱にまみれた姿がとっても魅力的で、一目で恋に落ちちゃったのよ。あっちでお菓子を喜んで食べてるお菓子の王様が、その愛の結晶なの。家庭を持つって、本当にいいわよ」

 「………あ、そういうお遊びなんだね」

 「早い話が」

 「……俺は遊びではなく、本気で、お前に求婚しているんだがな、セリア・ネーヴィア」

 「駄目よ、ジオルク。誰にでもそんなこと言ってたら」

 「誰にでもなんか…」

 「あなたが他の方にもそんなこと言ってると思ったら、―――縛り付けたくなるもの」


 つぅっとジオルクの頬から首筋を指先でなぞり、その指を自分の唇に当てて微笑んであげた。


 「………」


 見事にフリーズしているジオルク。その額をとん、と指先で押して下がらせて、先生との話に戻る。


 「先生、余計なお世話かもしれませんが、妹さんはしっかり躾けたほうがいいですよ。いつもあの調子ですから」

 「……うん、本当にごめんね…セリアさんが妹に構ってくれてるから、多目に見てもらえてるんだよね…」

 「面白い玩具だからわざわざ壊そうとは思いませんが、壊れるのを止めるほどじゃありませんから。むしろ壊れるのも一興と楽しみにしているぐらいですから」

 「忠告だけでもありがたいよ…。本当に、兄妹共々迷惑かけてごめんね…」

 「それよりお兄ちゃん、あれ食べたいです!行きましょう!セリアなんかいつでも会えるんだからほっときましょう!」

 「ヴィオラ!」

 「構いません、行ってきて下さい。ヴィオラも、お兄さんが好きなのよね。いつも時間貰ってて悪いわね」

 「いいんですよ、他ならぬセリアですから、許してあげます。お兄ちゃんもセリアの影響でも楽しそうですし、よくやってくれています」

 「その自然な上から目線、なんとかならないの?」

 「セリアほどじゃないですよー、嫌ですねえ」

 「っヴィオラ!…セリアさん、本当に妹がすみません…」

 「もう慣れましたから。じゃあね、先生、ヴィオラ」


 二人と別れて、お菓子に目を輝かせているレイヴァンのところに戻る。先生も、あんな妹を持って大変だ。どの家も兄は妹で苦労するようにできているのかしら。


 「レイヴァン、急いで食べなくてもたくさんあるわよ」

 「あ、セリア!これ美味しいんだ!食べて食べて!」

 「はいはい、ありがとう。……そうね、美味しいわ。ジオルク、あなたもどう?」


 フリーズから再起動して戻ってきたジオルクに勧める。

 ジオルクは妙に疲れた目をしていたけど、「………貰う」とお菓子を食べていた。




 三人でお喋りしていると、後ろから足音がした。

 こちらに向かっているようなので、なんのかしら、と振り返ると、


 「―――あ…!」


 早足で駆けていたピンクのドレスの子と目が合い、そのままお互い回避できず、ドレスの子が私の胸に飛び込んでくる形になった。


 か細い、小さな体躯に、つい腕を回して抱きしめる。

 その子が来た方を見ると、数名の男性がいる。こんな子を追いかけてきたらしい。抱きしめている私を見て、睨んできた。


 ああ、これは、乗るしかない。


 「……大丈夫かい、可憐な薔薇(ローズ)。一体どうして、駆けたりなんかしていたんだね?」


 努めて低い声を出し、男性たちから視線をはずさないまま、腕の中の子に問いかける。イメージは祖父のように、だ。


 「あの方々が…近づいてきて…嫌だと申し上げたのに…」


 か細い声が返ってきた。

 ぎゅっとその華奢な肩を抱いて、男性たちを睨む。


 「どういうことだね?嫌がるコマドリを無理に捕まえようとするのは、紳士のする行動ではないと思うが?」

 「お前には関係ないだろう。ちょっとお話がしたかっただけだ」


 親分らしき一人が出てきたが、そういう男性の目には、明らかに下心がある。男性たちは、大学生ぐらいだろう。つまり成人済み。この子は初等部生。立派な変態だ。


 「この子は嫌がっている。やめたまえ」

 「五月蠅い!お前は、どこの誰だ!」


 身分差で押し込もうと考えているのか。馬鹿な輩だ。


 「私の素性など、どうでもいいだろう」

 「っなんだと…!」


 男性が激高する。

 名乗りとか面倒だから、ちょいちょいと指で誘う。


 「一人の女性と二人の男性。この状況ならば、決闘だろう。他にあるかね?」

 「決闘っ…!?…っああいいだろう!決闘だ!」


 男性が手袋を投げつけてきた。よし。最近、馴染みの近衛兵ぐらいしか相手をしてくれなくて、つまらなかったんだ。近衛兵相手じゃ普通に負けるし、たまには雑魚を潰して快感を味わいたい。


 「可愛いローズ、下がっていてください。あなたに勝利を捧げましょう」


 そっと後ろに行かせ、男性に向き直る。どこかで兄が吹き出したような声が聞こえた気がするけど、きっと空耳だ。そういうことにしておく。


 立会人は男性の子分その一を使って、さっさと始める。


 「たぁ!」


 さすが、成人男性。力も強いし動きも速い。年齢を考慮に入れなければ、レイヴァンよりも強いかもしれない。


 まあしかし、ジオルクより強い私の相手ではないんだけど。

 これならジオルクでも勝てるぐらいだ。負けるはずがない。


 「な…」

 「降参するかね?」


 相手の喉に剣を突きつけて、一応聞いた。これで断るなら、男装しているため珍しく帯剣している愛剣でボッコボコにしてあげようとわくわくしていたのだが、残念ながらあっさり降参された。がっかりだ。


 まあ小物は捨て置いて、待っているピンクのドレスの子のほうに行く。


 決闘なんてしでかしたから、注目が集まっている。

 その中で、私はその子に歩み寄り、片膝付いて忠誠を表す。


 「あなたの憂いを払って参りました、―――エリオン殿下」


 一言で、一気にざわめくギャラリー。


 薄々気づいてはいただろう。女装と男装とか出た辺りで、『こりゃどっかで絡むな』と予想していただろう。ピンクで薔薇とかの辺りで、微妙に引っかかただろう。本当に微妙に。

 そう、ピンクのドレスの子供はエリオンだ。

 ピンクのドレスに身を包み、豊かな金の髪と高貴な紫の瞳の、華奢で可憐な子供は、男の子、エリオンだ。

 かなりマジで、何人か新しい扉を誘われるやばさで可愛い。


 「あなたの忠誠と功績に心からの感謝を―――セリア・ネーヴィア嬢」


 再度、動揺が走る。

 私もエリオンも派手に遊んではいたが、知らないものも多くいたのだろう。この男女逆転劇に、驚きを隠せないようだ。


 さて、「ありがたき幸せ」と定型文でネタバレ茶番は終わらせて、男性たちのほうを見る。

 女装男子の尻を追って、男装女子に叩き潰された男性たちを見る。

 第二王子に言い寄って、公爵令嬢に楯突いた男性たちを見る。


 「エリオン殿下」

 「はい、セリア様」


 「「別室で、ゆっくりお話を伺いましょうか」」


 真っ青な男たちを別室に連行して、しっかりお話をした。

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