親愛と友愛と恋愛と憎愛は違うのよ
え?一個変なのがある?そんなことないわよ。
「セリアー、今日のお昼は…」
「今日はヴィオラと食べる約束をしてるの。悪いわね」
「今日、昼はどうするんだ?」
「今日は後輩と食べるわ。レイヴァンの守りは任せたわよ」
「………今日、放課後は?」
「あら、拗ねてるわね、レイヴァン。放課後はプレシアと約束してるの。中等部に行って寂しいんですって」
「放課後、予定はあるか?ないなら一緒に…」
「エリオンと買い物に行く約束しちゃってるの。残念だけど、喧嘩ならまた今度誘ってくれる?」
「………セリア」
「お昼は我儘言って、しばらくの間はお兄様とウィルキンズ侯爵令嬢といただくことにしてるの。そう安々とお兄様は渡せないわ。あ、レイヴァンたちは来ないで頂戴ね。ウィルキンズ侯爵令嬢はあまり人が好きでないみたいなの」
「………おい」
「スカイと約束があるの。また今度ね」
「セリア、セリア・ネーヴィア、王太子としてレイヴァン・サルトクリフが命じる、今日のお昼と放課後は俺達三人で過ごすこと」
「婚約者をないがしろにしてあちこちに愛想を振りまいて、結構なことだな。まるで行き遅れの年増女みたいだ」
そうしていたら、二人が拗ねた。
………ふうむ。
「かしこまりました、殿下。ご命令でしたら、ご随意に。けれど、今後はご遠慮願いますわ」
「………なんで」
頬をふくらませるレイヴァン。拗ねているのがまるわかりだ。
「私はネーヴィア家のものですもの。家に入るのならともかく、そうでないのに王家と癒着しすぎてはいけませんわ。貴族の筆頭として、節度ある距離感を保たなければなりませんもの」
「え!?」
「次期家長の兄は宰相を継ぐので、殿下と交流を持つのもよろしいでしょう。けれど、私は所詮他家に嫁ぐ身、必要以上に王家と関わりを持ちすぎるのは貴族として、バランスを崩しかねません。どの家が私を手に入れるにせよ、兄が王家派につく以上、私自身は中立か反王家を示さなければなりません。現状、王族の皆様には親しくさせていただいておりますが、殿下からの婚約破棄ということでイーブンに戻ります。その後も殿下とお付き合いするのは、明らかに逸脱した行為です。ネーヴィアの人間として、それは慎みたく思います」
「……え…えっと…」
「………どこか、嫁ぎ先の当てでもあるのか?」
言葉に詰まったレイヴァンに代わり、ジオルクが聞いてきた。
「一応ありますわ。友好国の王族にでも嫁ごうかと思っていますの」
これはエリオンとも話してある。私は影響力があまりに強いから、いっそ国外に輸出するのはどうか、という話だ。戦馬鹿の隣国にはエリオンが行くから、そこと敵対しいる、うちの友好国に私が行けばいいんじゃない?って話した。エリオンは『本当に、兄さんたちも大変だね…』と遠い目をしていた。何故だ。国のために尽くしているのに。決して、これからレイヴァンに頼られることと比べて楽な方に逃げたわけじゃない。
「………国外?」
でも、レイヴァンは私に懐いてくれているから、ショックを受けた表情をした。
ああ、心が痛む。
そっと、レイヴァンの手を取った。
「大丈夫よ、レイヴァン。お兄様もジオルクもいるじゃない。エリオンは出ちゃうけど、あの子なら平気よ。任せておいて、ばっちり内部から掌握して良いように運んであげるから」
「………それより、セリアが良い」
レイヴァンは拗ねきった表情で私を見て、私が握っていた手を逆に掴み、自分のほうに引き寄せた。
ぽすっとレイヴァンの胸の内に収まる。さすがにレイヴァンのほうが背が高いし、かなりがっしりしてきている。まあ、そのレイヴァンより背が高いジオルクに、まだまだ決闘で負ける気はないから、その程度なんだけど。
「どこにも行かないで。ずっと一緒にいて…」
ぎゅうっと抱きしめられる。
まるでプロポーズのようだが、違うことはわかりきっている。
「レイヴァン、いい加減親離れしなさい。あなた、将来国王になるのよ?わかってる?」
「………」
「ほら、人前でみだりに女性に抱きつかない。ここ教室よ?場を考えなさい」
「………だって…」
「お手つきと思われたら価値が落ちるでしょう。嫁ぎ先のランクが落ちたらどうしてくれるのよ。責任が取れないんだからおかしな行動は謹んで頂戴」
「っじゃあジオルクが責任取るから!ジオルクと結婚すればいいだろ!」
は?ジオルク?
よいしょと少し離れさせてジオルクと見ると、―――ものすごい形相で睨んできていた。
あんな馬鹿なことを言ったのはレイヴァンよ?怒鳴るならレイヴァンにしてね?
「………レイヴァン、すぐにこっちに来い」
「あ、や、あの…だって…」
「すぐに、来い」
「っはい!」
レイヴァンがすぐにジオルクの前に行き敬礼した。我ながら惚れ惚れするような躾だ。抱きしめられたことで崩れた服装を整えながら、満足してレイヴァンを見る。
ジオルクはそんな私をじろりと睨み、「来い」とレイヴァンを廊下に連行して行った。
廊下からはレイヴァンの泣きそうな声で紡がれた謝罪の言葉が響いた。
「で、お前は結婚相手を探して東奔西走してるのか。さもしいな」
昼食時、不機嫌全開のジオルクに睨まれた。お仕置きされたレイヴァンは大人しく黙って食べている。いつもこうならいいんだけど…。
「未だに婚約相手もいないあなたには言われたくないわ。そろそろ嫡子として、相手探しでも始めたら?」
ジオルクのこの程度の侮辱にはもう慣れた。出会った当初なら確実に決闘を仕掛けているぐらいの無礼だけど。いつでも決闘をしかけられるように剣の腕は鈍らせないようにしているけど。
「………婚約したいと思う相手ならいる」
「あら、どなた?後でお悔やみの言葉をあげなくっちゃ」
「お前と婚約解消出来るレイヴァンに祝福の言葉をかけるようにか?」
「それでどなたなの?お兄様は渡さないわよ?」
「フランツなわけがないだろうが。……フランツと似ているやつだ」
「お兄様と似ている方なんて、人類にはいないわ。いるとしたら全ての創造主だけよ」
「確かにそうだな。だがそうじゃなくて、…け、血縁的に、似ているやつ、というか…」
「ああ、従姉妹のガーベラ?そうね、あの子はいいわね。惚れたら一途な子よ。親戚を排除するなら、実家の後ろ盾が強くて、あなたのいうことをきちんと聞く子がいいものね。ガーベラはぴったりだわ」
「………」
「どうしたのよ、そんな目して。ガーベラじゃ嫌なの?」
「……ああそうだな。もっとフランツと近い血縁関係の、年も近い女がいる気がするんだがな」
「……いないわよ?従姉妹で遠いならもう妹の私しかいないもの」
「お前は駄目なのか?」
「駄目っていうか、プレシアがもう仲良くしているから、ウェーバーとの縁は十分なのよ。そんなところに婚姻を使うなんて、もったいないじゃない」
「………気心知れているから楽だし、お前みたいな厄介者が味方になれば一時的にでも心強いし、フランツと親戚になれるし、身分的にも釣り合うし…」
「そんなにお兄様が好きなら、逆に私はやめておいたほうがいいわよ。お兄様を取るような輩は、例え夫でも、容赦しないから」
「フランツの妻はいいのか」
「妻と妹は違うものよ。でも、妹と弟は似ているわ」
「一理あるな…」
「でしょう?それで、本当の意中は誰?邪魔しないから教えなさいよ」
「………黒髪で青い目でツリ目で色白で左目の下に泣きぼくろがある同い年のクラスメイト」
「邪魔しないって言ってるのに、そんなに信用ないの?ちょっとからかうだけよ」
「………女のくせに決闘を仕掛けてくる上に強くて、家族を大事にしていて、成績優秀で、料理が上手くて、計算が得意で、面白いことが好きで、性格が悪くて、思い通りに行かないやつ。いつか負かしたい相手」
「精進したら?で、誰よ」
「………。………お前」
「本当は?」
「だから…っ、…お、お前と、…っお前と結婚して権力が欲しいんだ!悪いか!」
「だったら私より、レイヴァンの妹さんのほうがいいわよ。彼女も婚約者はいなかったし、ウェーバーなら下賜してもらえるわよ?」
「お前がいいんだ!…フランツが義兄になるから!」
「あなたって、本当にお兄様が好きね」
呆れて物も言えない。
家目当てならともかく、兄目当てだなんて。レイヴァンも「ジオルク…」と遠い目で見ていたぐらいだ。
勿論丁重にお断りしたけど、……告白でもされるかと思ってちょっとときめいた気持ちを返して欲しいわ。もしかして私のことが好きなのかも、とか自惚れちゃったじゃない。もう。