フラグを全力で立てていたことに対する絶望感
放課後、「あいつってセリアの知り合いなのか?」と困惑するレイヴァンと、「お前があんな無礼を許すなんて、どういうことだ。あいつとはどういう関係なんだ」と睨んでくるジオルクを撒いて、ローウェンのもとに行った。
待ち合わせ場所は決めていなかったので、ローウェンのいるクラスを訪ねた。Aクラスだと思っていたのだが、Cクラスにいた。ゲームでもCクラスだったから、目立ちたくなくてゲーム通りになるように調整したのかもしれない。
あるいは…。
「ローウェン・ハイツ、先程はひどい無礼をしてくれたわね。落とし前をつけるわ。いらっしゃい」
怖い先輩を装って呼ぶと、ローウェンは「あ、はい!今行きます!」と素直に来た。少しは怖がりなさいよ。
……怖がらないということは、やはり…。
「あなた、前世を思い出したの、ごく最近でしょう?」
秘密会合場所の一つである温室の裏の人気のないベンチに座って、ローウェンに言った。
ローウェンは目を見開いた。
「え、なんでわかったんだ?もしかしてあんたも?」
「……私、先輩よ?言葉遣いに気をつけなさい」
まだ前世気分が抜けないようだ。だからこそ、『会長』『副会長』なんて呼んだんだろう。身分については言及するのもはしたないし、前世ではそんなものなかったから言わないで置くが、本来ならそちらのほうが優先だ。子爵子息風情が公爵子女にそんな口を利くなど、命知らずにも程がある。
「……でも、俺、精神年齢二十四だし…」
「TPOも弁えられない時点で、五歳児以下よ。実年齢は十三と十四。どっちが年上か、わからないほど馬鹿じゃないでしょうね?」
「えーっ。だから俺、二十四歳なんだって!入学式であんた見たら前世の記憶が蘇って、前世で二十四だったから!」
「前世は前世、現世は現世でしょう。それともあなた、『前世はお姫様だったのー』とか『前世で俺は伝説の騎士として竜に乗っていて…』とか言う電波なの?引くわよ」
「違うって!あんたも同じ状況だろ!?」
「大声を出さないで頂戴。怒鳴られなくったって聞こえるわ。はしたない」
「気取らなくてもいいだろっ?なあ、腹を割って話そうぜ。同じ仲間じゃないか」
「仲間?」
眉を寄せ、不快感を表す。
なんというか、非常に、不愉快だ。
「あなたに言いたいことが三つあるわ。一つ、私は公爵子女、あなたは子爵子息、慎みなさい。二つ、前世の記憶があるという点では共通しているけれど、それだけであなたの無礼を許すわけじゃないわ。三つ、……私の前世の享年は三十よ」
「え…」
「私は物心ついた時から前世の記憶があったわ。つまり、あなた風に言うなら、精神年齢四十四歳。―――年上には敬語を使いなさい」
「………はい」
ローウェンが大人しくなった。まったく、どちらが上かわからない馬鹿が多いから困るわ。
「で?あなたもあのホラーコメディゲームについて知ってるのね?」
「はい…。悪役令嬢のセリアが副会長なんてやってたから、あんたも転生者なんだと思って…」
「そう…。…今までの『ローウェン・ハイツ』としての記憶もあるのよね?」
「はい。フツーにフツーの人生送ってました」
「いいわね、隠しキャラは…。私は大変だったわよ…」
「でしょうね…。ここまで状況が整ってるなんて…」
「え?」
状況が整ってる?
どういうこと?
私の驚愕が伝わったのか、ローウェンは「え、だって…」と口ごもって、
「王子と婚約して、公爵と仲悪くて、家庭教師雇って、兄貴に迷惑かけてるんだろ?」
がん、と頭を殴られたような衝撃を受けた。
その後の「女遊び先輩は知らないけど…」というローウェンの言葉も耳に入らなかった。
王子と、『将来の王妃』という地位目当てで強引に婚約し、王子は婚約したがっているがそれを留めている。
公爵としょっちゅう喧嘩して張り合っている。顔を合わせればまず喧嘩している。
教師を、本来は関わりのないはずだった教師をわざわざ雇い、師弟関係のような良好な仲を築いている。
兄に迷惑をかけ、後始末をさせ、世話を焼かせている。我儘を言ってはべったり甘えている。
ついでに、先輩とも、本来関わりはないはずなのにわざわざ声をかけ、友達として仲良く付き合っている。
なんてことだ…。
完っ全に、立てなくてもいいフラグを立てまくってるじゃないか…!
あああああ三歳の私の馬鹿ーーー!
フラグが嫌なら、王子と婚約なんかしなきゃよかったのに!親から無理矢理とか政治的なものならともかく、なんで自分から言い出してるんだ!プレゼンまでして!レイヴァンに関してはもうゲーム設定そのままじゃないか!もう私は馬鹿なの?アホなの?追放されたいの?
公爵にしても、喧嘩ふっかけられても無視してたらよかったんだ!なんで関わり持ったんだ!ゲームではジオルクとレイヴァンが友達、なんて設定なかったし、あそこでやり過ごしておけばジオルクと出会うフラグはなかったのに!なんで!わざわざ!自分から突っ込んだ!馬鹿じゃないのか!
教師も、どんだけ労力使って雇ってるんだ!ばっかじゃないの!?せめて学校に行かないように別の就職先を世話する程度でよかったのに!学校側に『あんなドジ嫌だ』と圧力かけるだけでよかったのに!雇う必要どこにもないわ!
兄なんかもう破滅に突き進んでいるとしか思えない!問題行動をせず、大人しくしてればよかったのに!兄に甘えたいのもわかるけど!わかるけどさあ!少しは迷惑をかけないようにしろ!恨み買いたかったのか!
っていうか、そもそも対策立てる必要すらなかったんじゃない?
だって、いじめなきゃ追放とかフラグが立ちようがないし。
証拠もないのに追放されるほど公爵家はやわじゃないし。
悪役令嬢がいなければ主人公の運命も変わってくるし。
無関心貫いて他人のふりで傍観してたらよかっただけじゃない?
っ私は!馬鹿か!馬鹿だ!
今までの十一年に思いを馳せ、呆然としている私に、
「それに、エリオンとプレシアにまで声かけてるなんて…」
ローウェンの声が届いた。
耳を疑った。
「……後輩、あなた今、エリオンとプレシアについて言った?」
「え?はい、言いましたけど…」
「あの二人はゲームではでてなかったわよね?……まさか、やっぱり狂気の続編が…!?」
「っまさか!まさかまさかまさか!それはいくらなんでもない!何が何でもない!」
即座に後輩が否定した。
心の底から安堵した。
そうよね、いくらなんでもそこまでキチってないわよね…。
「……じゃあ、なんで二人のことを知ってるの?」
「……あー…もしかして見る前に死んでた?」
「敬語。あなたの実家を潰すわよ。…ええ、そうみたい」
「…あの後、ファンサービスで特典ディスクが発売されたんですよ。それに、過去話とかも絡めた、プレシアのゲームが入ってるんです」
「プレシアが主役なの?」
「はい。プレシアが主役の、ホラゲです」
後輩から聞いた話によると、プレシアが主役のゲーム、『もう一度、君に会いたい』は『今夜、君に会いに行くよ』をなぞっていくような内容だ。
ある日、高等部一年生になったプレシアは、髪の色のことで思い悩み、温室で泣きはらして眠ってしまう。どれぐらい経ったか、熟睡していたプレシアは一人の人物によって揺り起こされる。
『ねえ、もう暗くなるよ?起きなくていいの?』
その人物は高等部一年生の姿の主人公で、だがプレシアはそのことには気づかない。『綺麗な人だなあ…』なんてぼんやりと思っている。
そこで主人公はプレシアが泣いていた理由を聞き、プレシアの髪を絶賛する。プレシアはそれで自分を認めることが出来る。
二人が話していると、温室の外からは主人公を呼ぶ俺様王子の声がする。主人公はそれで『ごめんね、行かなくちゃ!』と慌てて出て行く。プレシアは涙を拭くために借りたハンカチを握りしめ、『また、会えるかな…』なんて呟いて帰路につく。
それから、プレシアは過去と気づかぬ間に過去と交流する。
主人公からゲーム本編では明かされなかった主人公の出自、本編に市井の友達に手紙を書くシーンがあったが、その友達についての話を回想を含めて聞いたり、
謎の黒い人物が謎の行動をしているのを目撃したり、
たまには現実でエリオンと交流したりもする。
ちなみに黒い人物は、攻略対象キャラたちが悪巧みするところだ。追放書を部下に渡したり、密偵に命じたり、劇薬を生成したり、妹を言い含めたり、縄を用意したりする、あの恐怖の逆ハーエンドの一歩手前だ。
表向き、主人公に勇気づけられてエリオンとの淡い関係が始まりそうな感じだが、裏の行動がひしひしとプレイヤーの心を削る。
そして、運命の日。
プレシアが主人公に今まで渡せなかったハンカチを渡すため、主人公を探している時、ミステリーな後輩に出会う。
ミステリーな後輩はプレシアを見て、何かわかったような、達観した表情をする。
プレシアはそれに怯えつつ、主人公を知らないか訊く。
『知ってるよ。……もう、遅いけど』
ミステリーな後輩は悲しそうな目で呟き、一点を指差す。
嫌な胸騒ぎのするプレシアはそちらに一心不乱に走る。
そして、
『『『『『今夜、君に会いに行くよ』』』』』
あのスチルの五人を見る。
赤い光が差す中、プレシアのほうを振り返り、
『 』
と淡く微笑み、歩き去る主人公を、ただ見ることしかできなかった。
はっと気づくと、そこはいつかの温室。
もしかして今までのことは全て夢なのかと思うプレシアだが、手には主人公のハンカチがある。
ふらふらと歩いて、また主人公を探し、またミステリーな後輩と出会う。
ただその後輩は、もう中等部三年生ではなく、高等部三年生になっている。
大人びたミステリーな後輩に目を見開き呆然とするプレシアに、ミステリーな後輩は、
『……もう、遅いんだ』
あの悲しそうな目を、憐れむような目をプレシアに向ける。
プレシアは恐怖で走り出す。三年前のミステリーな後輩が指さした方向へ。
赤い月が輝く。
誰もいない夜。
プレシアは走り疲れ、丁度主人公が立っていた場所で立ち止まる。
息を整え、そして、何気なく後ろを振り返って、
『―――プレシア』
兄の声を最後に、視界が暗転する。
最後、プレシアが、声にならない言葉を紡ぐ。
苦しそうな口元は、
『た・す・け・て』と、動いた―――。
ホラゲである。
これは乙女ゲーに見せかける気もない、ホラゲである。
ちなみにルート分岐点は一つしかなく、運命の日の朝、ハンカチを忘れ、エリオンに話しかけることで生存ルートに行ける。
エリオンに、返そうと思っていたハンカチを忘れた、と主人公のことを話すと、『そういえば兄さんが…』とエリオンが思案し、『その人は行方不明だよ』と教えてくれる。
プレシアはその人が本来ならもう高等部四年生であることに驚くが、エリオンは『優しい人だったって聞くから、きっとプレシアを慰めに来てくれたんだね』と綺麗にまとめてくれ、それで終わる。
ハンカチを忘れただけなら、やはり主人公の行き先をミステリーな後輩に聞き、高等部三年生のミステリーな後輩に話しかけるところまでは同じ。だが、このルートでは、ミステリーな後輩から主人公が行方不明であることを聞く。
王子と、兄と、教師と、生徒会長と、先輩の行いを聞く。
そして、あの黒い影の意味を知る。
自分があそこで止めておけば、と後悔して、泣いて、手首を切って自殺する。
後味が悪すぎる、ホラゲである。
続編はないのかと何度か確認したら、その後そのゲーム会社は格闘ゲームに転身したのでありえないとのこと。格ゲーの合間に男同士の怪しいラヴが見え隠れしたり、陥れたはずの亡霊が出たり、やっぱりあらゆる意味でホラーなものを作っていたそうだが。というかそこまでホラーを求めるならいっそ真面目にホラゲを作れ。
とにかく、続編がないとはっきりしたならいい。
「じゃあ、後輩」
「はい?」
「―――潰されたくなかったら、これからの行動はよく考えてすることね」
情報と前世知識持ちのよしみで無礼を見逃してやったが、次はない。
視線でそう言うと、「はいっ!」と良い返事が返ってきた。それでいい。