親子って色んな形があるわね
「セリア、お兄さんを誑かしたんですか!?」
「いつ私がお兄様を誑かしたのよ。いつも真摯に、誠意を持って接しているわよ」
「あ、セリアのお兄さんじゃなくて私の兄です。決まってるじゃないですか、嫌ですねえ」
「あなたの言い方は十中八九私の兄を指すものだし、私の前で兄と言って、私のお兄様を指さないと思うあなたがおかしいわ」
「え?セリアの前で兄と言ったらセリアのお兄さんになるんですか?そんな馬鹿なことがあるわけないでしょう。世界はセリアを中心に回ってるわけじゃないんですから、勝手なルールを作っちゃいけませんよ?」
「あなたにだけは、言われたくないわね」
「そうそう、セリアが自己中なんてのはどうでもいいんです!それよりうちの兄です!どう誑かしたんですかっ?」
「誑かした前提なの、やめてもらえる?」
「怒ってませんから、素直に言っていいんですよ?兄もセリアのこと大絶賛でしたから」
「あら、なんて?」
「あなたは優秀で、機転が利いて、実験の話ばかりでも楽しんでくれるし、強欲なところも気に入った、と。父は耄碌して、あなたと王子様が別れるなんて世迷い事を言ってるんですが、じゃあセリアと婚約したら?なんて言ってましたよ」
「―――はあ?」
そこで横槍を入れてきたのは、ジオルクだった。後ろでレイヴァンが苦い表情をしている。
「あ、ジオルク様。今日も格好いいですねー」
告って振られたヴィオラは、全く気にせずそんなことを言う。この子のメンタルの強さは異常だと思う。
ジオルクもヴィオラを華麗に無視する。
「おい、そいつと婚約を考えているのか?この馬鹿のようにからかいがいのある玩具だったからか?」
「先生は馬鹿でも玩具でもないわよ。訂正して頂戴。ちょっとドジっ子で純粋なだけで、優秀な方よ。ヴィオラとは似ても似つかないぐらい」
「あー、兄は世間知らずですからねえ」
「わかったように頷いているけれど、ヴィオラ、先生もあなたには言われたくないと思うわよ」
「私に言われたくないことが多くて大変ですね。では、セリアがどうしてもとお願いするなら、言わないでおいてあげますよ?」
「立場もわかってないなんて、どう仕置きしたらいいのかしら…」
「教えてあげましょうか?セリア一人で大丈夫ですか?」
「何度でも言うわね、あなたにだけは言われたくないわ」
「一度でわかりますよ、もうっ」
「一度でわかるなら何度も言わせないで頂戴。一度でわかるなら」
「………今、馬鹿にされました?」
「いいえ、あなたを適正評価しただけよ」
「なんだ、私を評価してくれたんですね!」
「ええ、そのバカさ加減は、評価に値するわ」
「………おい」
ジオルクが不機嫌そうに再度声をかけてくる。
「お前は、そいつと婚約を考えているのか?」
「え?セリアにはヘタレで弱虫で泣き虫で我儘三昧でセリアがいないとダメダメな王子様がいるじゃないですか。見捨てちゃ駄目ですよ」
「セリアー!ジオルクー!」
「レイヴァンったら泣き虫さんね」
「レイヴァン、今取り込み中だからあっちに行っていろ。後で我儘聞いてやるから」
「ふふん、やっぱり私は慧眼ですね!」
「今回ばかりは同意するわ」
「そんな当たり前のことは良いから、話を戻せ」
「ひどすぎる…!」
いじられ慣れてないレイヴァンが拗ねたので、ジオルクと二人で適当に慰めて、おやつを与えておいた。本日はサンドウィッチ。レイヴァンは美味しい美味しいとご機嫌で食べ始めた。
「それで、先生と婚約するかって話だったかしら」
「私は、セリアが王子様を捨てたのなら、お似合いだと思いますよ。兄は王子様みたいにヘタレで面倒で、世話やき気質のセリアにはぴったりです!私もセリアになら兄を任せられます」
「先生も私も、あなたに任せられるような立場じゃないわ。それに先生とは、そういう関係じゃないもの」
「じゃあどういう関係なんだ。お前はそいつのことをどう思っているんだ」
「……なんかしつこいわよ、ジオルク。先生と私は、そうね――…」
目に浮かぶのは、劇薬の入った試験管をひっくり返した先生と、それを大きなパッドで何とか受け止めた私。
マウスの世話を真剣にする先生と、記録用紙を汚されないように厳重に保管する私。
出来た薬の価格と利権について理想と最低価格を提示する先生と、実験必要経費と先生の賃金と高額を提示する私。
私に製薬知識を教えてくれる先生と、先生のドジを矯正する私。
「………支えあいってところかしら」
「セリア、ものすごく遠い目をしてたけど、大変だったのか?」
「そうね…レイヴァンを一からもう一度躾け直すぐらいの苦労はあるわね…」
「……これまで育ててくれてありがとうございました。おかげでこんなに立派に成長しました。恩を仇で返す親不孝を許してください、父さん」
「いいのよ…親にとって、子供が自立していくのも喜びだもの…。きっと、もう巣立って行く時なのよ。私のことなんて気にせず、大空に飛んでいきなさい。疲れたら帰ってらっしゃい。お父さんはいつでもあなたのことを思っているわ…」
「まだそのくだらない家族ごっこやってたんですか?」
「殴ってもいいか?」
「許す。殴ろうジオルク」
「やめなさい二人とも。ヴィオラはどうでもいいけれど、あなたたちの評判に傷がつくでしょう」
「で、兄と支えあいってどういうことですか?セリアごときが兄なんかと支え合えるんですか?」
「あなたってすごいわね、同時に二人とも貶すなんて、早々できないわよ」
「えへへ、照れちゃいます」
「褒めてないわ」
しかし、支え合いが不適なら、他にどんな表現があるだろうか…。
「……こう、親子みたいな。手のかかる息子を見守る心境みたいな。多分あっちもあっちで、危険行動ばかりの娘を見るような心境なんでしょうけど」
「うーん?」
「手のかかる息子とちゃっかりしてる母、か、ドジだけど優しい父と危険行動ばかりのおしゃまな娘よ」
「……あー…」
「……なるほど」
「ちょっとセリア、私にわかるように説明してくださいよ。そんなんじゃ通じませんよ」
「通じないあなたが馬鹿なだけよ。……まあ、よくも悪くも師弟って感じよ。あなたと違って先生は頭脳明晰な方だから、教わることが多くて楽しいわ」
「ふふん、私の兄なんですよ」
「だから何?」
適当にヴィオラは追い返して、早く帰って先生と実験しようと思っていたら、
「セリア」
ジオルクに止められた。
なんだか最近、よく絡んでくる。暇なのかしら?
「何よ。これから用事があるのよ」
「家庭教師と会うのか?」
「ええ。実験が途中なのよね。先生も早く来いって待ってると思うわ」
「……実験?人体実験か?」
「それが即座に浮かんでくるなんて、さすがジオルクね。人間性が見えるようだわ」
「ああ、悪い。お前といえばそういうイメージしかなかった」
「嫌だわ、こんなにか弱い令嬢を捕まえて、人体実験だなんて。血を見たら気絶しちゃうわよ、私」
「それは初耳だな。今から持ってくるから無様に気絶してくれないか?」
「いいわよ、でも準備は必要ないわ。あなたが出してくれればいいもの。なんなら私が出させてあげるわよ」
「血の気の強いお前が出せばいい。少しはまともに近づくだろう」
「あらあら、まともとは縁遠いあなたには言われたくないわね。あなたも、ヴィオラみたいに一度ではわからないタイプなの?」
「お前こそ、何度訂正しても学習しないなんて、あの馬鹿そっくりだな」
「ジオルク、剣を抜きなさい」
「ふん、受けて立つ」
「………これ、一番侮辱されてるのって、あの馬鹿だよな。あの馬鹿と同じって言われるのが耐えられない侮辱だって言われてるんだから」
「じゃああなたは耐えられるの、レイヴァン」
「お前だってあの馬鹿のことを馬鹿だと言ってるだろうが」
「俺には反逆罪と不敬罪という強い味方がいるから平気だ。頭がたかーい!」
「はあ?頭が高いのはあなたよ。飼い主になんて口を利いてるのかしら」
「ああ、物理的にか?俺のほうが背が高いからな。大丈夫、お前もチビと言われるほどチビでもない」
「不敬罪!不敬罪で断罪してやる!」
「え?不経済?」
「つまりレイヴァンは、無駄遣いはよせと言っているのか。じゃあお前の分だけおやつはなしで」
「いいえ、ジオルク、不経済ならお金のある人はお金を使わないと社会が回らないのよ。だからこれは、おやつのかさ増しを要求しているのよ。さもしいわね」
「なんて意地汚い…」
「これで王太子なんて、世も末ね…」
「いや、進んでブタになる道を選んだところは、尊敬に値する。俺はごめんだ」
「まあレイヴァン、虫歯のブタになる決断をしたのね…!並大抵のことじゃないわ。応援するわ。頑張ってね」
「辛くなったら、いつでも謝っていいだぞ。許してやるから」
「『僕なんかが偉ぶってごめんなさい』って、ちゃんと言うのよ?」
「ジオルクとセリアってサディストだよな!本当にお似合いだ!」
レイヴァンが破れかぶれで言った言葉に、ジオルクは何故か動揺した。
………ここは助け舟を出してあげようかしら。
「そうかしら、私はあなたとのほうがお似合いだと思っていたのだけれど?レイヴァン」
「え、あ、えと…。……ごめんジオルク」
「………いい」
「なんで私じゃなくてジオルクに謝るのよ。折角、ジオルクとあなたはお似合いだって褒めてあげたのに」
「っそっち!?」
「……確かにそうも解釈できるな…」
「婚約者を男に盗られた悲劇の主人公演じるから、好きにイチャイチャしてて頂戴。その間にエリオンに取り行って国盗りするから」
「っやめてセリア!婚約破棄は悪かったけど、そこまで気にしてたのか!?」
「ええ、とっても。酷い侮辱だわ、私を捨てて男となんて」
「……レイヴァン、気持ちは嬉しいが、俺も男とは…」
「っジオルク!?違うって知ってるだろ!?」
「じゃ、白状するか邪魔しないか、考えときなさい。もう行くわよ」
早く行かないと先生が拗ねる。拗ねるだけならまだしも、ドジって物を壊していたら困る。弁償してもらうために、狸とやりあわなければならない。
二人に構っている時間はない。目を離すと、何をしでかすかわからない。
「婚約破棄されて、次の相手を急いで探して、あちらこちらに毒牙を振りまくなよ。フランツに迷惑がかかる。だから…行き遅れ手前の娘みたいに、焦って色んなところに声をかけるなよ」
だが、最後にジオルクから言われた言葉には、「余計なお世話よ」と睨みつけておいた。
大体忙しいから二人と別行動してるっていうのに、そんな遊びをしてる暇はない。そんなことする暇があるなら三人で遊んだほうが楽しい。とお兄様に愚痴ったら、お兄様が教えたのか、翌日から二人の機嫌が良くなっていた。お兄様、ナイスフォロー!抱いて!