つまり疲れたときだけ利用して、平時は蔑ろにするってことね
「………で、ボルナノフ様を雇ったって?」
「ええ。これが試作品よ。プレシアにぴったり。素敵でしょう?」
スカイが萌えという原動力で作ったのは、天使の羽がついたリュックサック。リュックサック自体は私が作っていたんだけど、貴族社会で受け入れられそうにないから、平民用として売り出していたものだ。平民なら、この両手が空く利便性がわかってくれるはずと信じて。
スカイはそのリュックに目をつけ、小さく可愛らしいリュックを作った。その後ろには羽。プレシアに背負わせると、本当に羽の生えた天使のように見えた。このリュックが売れる売れないは別としても、プレシアの可愛らしさは広がるだろう。天使の輪もつけたい、とかコスプレ趣味に走ろうとしていたオタクオネェは全力で止めておいた。オタクはネ申になる可能性の秘めた恐ろしい人種だ。そこまで萌えを加速させる気にはなれない。
代わりに小さな羽の着いたふわふわの髪留めを提案したら、すぐに原案以上のものを作り上げてくれた。なんでも可愛い小物を手作りしては女の子にあげていたそうで、スカイは裁縫がかなり得意だった。嬉しい誤算だ。使い潰そう。
「本気で、ボルナノフ様を雇ったの?」
「そうよ。ちゃんと契約も交わしたわ」
このままプレシア人気が出たら、プレシア人形とか作るのもいいかもしれない。きっとスカイは立派な職人になってくれる。萌えって怖い。
「ボルナノフ様の噂、知ってる?」
「ええ、女性好きな方よね。愛に生きてるって素晴らしいわ。私はビジネスライクな仲だけれど」
噂が面倒なのは知っているけれど、あくまでお仕事で付き合っているだけ、という体を押し通す。レイヴァンという婚約者もいて、仕事という名目もあって、私は公爵令嬢で、それでもなお文句を言ってくる馬鹿はいないだろう。それはもう、言いがかりという。ネーヴィア家を敵に回す愚かな行為だ。
「………レイヴァンから相談を受けてね。最近、セリアが目移りしてて不安だって」
「あら、婚約者として恥になる行為はしてないはずよ?」
そういえば、最近ヴィオラだとかプレシアだとかエリオンだとかといて、お昼も一緒じゃないけど。
「ジオルクも、君が良からぬことを企んでるんじゃないかって疑ってたよ?」
「ああ、それで最近不機嫌だったのね。話す暇がなかったからわからなかったわ」
お昼も放課後も教室から出ていて、そういえば最近まともに喧嘩もしてない気がする。忙しいからって全部聞き流してた。
「お祖父様もお父様お母様も、ここ最近のことで驚いて、大変みたいだね」
「そのことに関しては申し訳なく思ってるわ。でも、可愛い娘の可愛い我儘じゃない。結局良いって言ってくださったんだし」
急に代表にしたり宣伝役にしたり、まあ迷惑はかけた。祖父にも、運営でわからないところを聞きまくって手間を取らせている。
でも可愛い娘だもの、許してくれるわよね?応援してくれるわよね?
「で、俺にボルナノフ様に会えって?」
「ええ!スカイは男性が得意じゃないみたいなんだけれど、お兄様みたいな素敵な方に会ったら絶対考えも変わるわ!お兄様は世界一格好良くて、私大好きだもの!」
当初の目的である、スカイとお兄様の面通しのお願いに来たら、何故かにこにこ笑顔で凄まれている私。何故かしら?
「セリア、明日学校に行ったら、まずレイヴァンとジオルクに謝りなさい。少なくとも明日は、二人とお昼を食べなさい」
「なんで私が謝らないといけないの?明日は別の方と食事する予定だから無理よ」
ヴィオラとお昼を食べる約束をしているのだ。例え相手もヴィオラでも、淑女たるものそうそう約束を破ってはいけない。
「誰との約束?またボルナノフ様?」
お兄様の笑顔で凄む能力は日に日に増している。立派な腹黒街道を歩んでいて、どうしようもならない強制力を感じた。これが歴史の修正力なの…?そんなお兄様も素敵だけれど。
「いいえ、ヴィオラと」
「断りなさい?」
「………お兄様が一緒にお食事してくださるなら、断りますわ」
「うん、じゃあ俺と、レイヴァンと、ジオルクと、セリアとで、お昼にしよっか?約束だよ?放課後も空けておいてね?」
「え?放課後は用があるわ。お母様とプレシアを連れ回さないといけないのだけれど…」
「じゃあそれは俺が代わるから、セリアはレイヴァンとジオルクと、久しぶりにゆっくりしたらどうかな?」
「そんな、お兄様に迷惑はかけられないわ」
「ど・う・か・な?」
そろそろお兄様がスタンドを出せるようになっていても、私は驚かない。
「………じゃあ、お言葉に甘えて…」
「うん」
「放課後は、ヴィオラをいじって遊ぶことにします」
「駄目」
何故?ジオルクは『馬鹿をからかっても面白くない。お前を言い負かすほうが楽しい』とか抜かす選り好みサドだけど、私は馬鹿を一方的にからかうことにも楽しみを見いだせる守備範囲の広い、良心的な悪役なのに。むしろこういうときは馬鹿を見下すことのほうが癒やしになるのに。
「セリア、セリアの性格が悪いのはもういいよ」
「お腹の中が真っ黒のお兄様には言われたくありませんわ」
「面白いことがあれば夢中になった猪突猛進なのも、周りのこと見てないのもいいよ」
「あら、空気の読めない行動を取ってたかしら…」
「次が読めない行動なら取ってたね。……でもね、お友達は大切にしなさい」
雷に当たったようだった。
兄の一言で、目が覚めた。
「お、お兄様、今気づきました。ごめんなさい…私…」
「気づいてくれたならいいんだよ。ね?」
「私…お友達のことないがしろにしてたわ!明日の放課後はスワン様たちとお茶会でもすることにするわ!」
「あ、そっか。セリアの中であの二人は友達じゃなかったね。ごめんね、俺が間違ってたよ」
「違うの?」
「違うよ。レイヴァンとジオルクを邪険にしすぎだって話」
「そうかしら?今まで腐れ縁なんだし、気にしないんじゃない?」
「気にしてるから、こうやって俺がセリアに話してるんだよ?」
「でも…」
「セリア?」
にこにこと、兄が凄む。
「俺と一緒に食事は嫌?俺が代わるんじゃ、不満かな?」
「っいいえまさか!お兄様とお昼なんて素敵すぎるわ!お兄様に代わっていただけるなんてなんて光栄なの!」
「じゃ、セリアも俺に代わって、放課後レイヴァンとジオルクと過ごしてくれる?交代だからね」
「ええわかったわ!」
気づけば兄の言うとおりになっていた。
あれー?
さすが腹黒ってことなのかしら?すごいわー、お兄様さすがっ。
「………」
「………」
「二人共、拗ねないの」
で、四人で昼食をとったんだけど、レイヴァンとジオルクがすこぶる不機嫌だった。
「セリア、今まで何してたんだ?俺達を置いて、またなんか楽しいことでもやってたんだろ。俺のことなんて、どうでもいいんだな」
拗ねまくり、フォークでぐさぐさと野菜を突き刺すレイヴァン。相当躾けているのに、言葉にトゲしか感じない。
「婚約者のレイヴァンもおいて、あっちにふらふらこっちにふらふら、尻が軽いことだな。で、次はなにを企んだんだ?俺達と食事など、どういう風の吹き回しだ?」
ジオルクも不機嫌全開で、無礼にも程があることを言ってくる。いつもの冗談での軽口ではなく、本気で不機嫌なようだ。兄がいるのに妹の私にこんな暴言を吐くあたり、相当だ。
「折角の食事なんだから、仲良く食べようよ。ね、セリアも楽しく食べたいよね?」
「ええ。ちょっと交友範囲を広げただけで、拗ねないで頂戴。今更じゃない」
「へー、ふーん」
「お前に交際する友なんていたんだな。驚きだ」
ぐさぐさと野菜を突き刺し続けるレイヴァンと、不機嫌オーラ全開のジオルク。
兄さえいなければ、この場で二人をとっちめているところだ。
「私にも付き合いぐらいあるのよ。おかげさまで、毎日楽しいわ」
「へー。誰と?」
「プレシアが中等部の遊び人が云々と言っていたが、どういうことだ?」
「セリア、説明したら?」
これは兄も事情説明を要求しているんだな。
勿論、大人しく正直に吐きます。エリオンにしたってスカイにしたって、秘密にするとは言ってない。変に隠して兄から嫌われる方が怖い。
「エリオンが甘いモノが好きだからって、よく話すのよ。生意気だけど賢い子ね。プレシアはよくやってくれてるわ。お母様も可愛い可愛いって可愛がって、プレシアもまんざらでもないみたいだったわね。お兄様、今日会うんでしたら話してあげて。良い子よ。スカイはプレシアと話していたところを偶然見て、仲良くなっただけよ。センスがいいからデザインをやってもらってるわ。細かいところに気がつくし、外面も良いし、図太いところもあるし、結構気に入ってるわ。なんなら将来私と経営しましょって誘ったら、プロポーズなのかって笑われちゃったわ。そのつもりって言ったら、受けてくれたけど」
「っセリア!?」
「………」
「………潰さなきゃ駄目だね」
何故か三人共いきり立ち、レイヴァンは先ほどまでの態度を一変させ、縋るように手を握ってきた。
「セリア、俺が悪かった。俺が拗ねたりなんかしたからいけなかった。だからエリオンに鞍替えしたり婚約破棄するのはやめて。ちゃんと良い子だから。セリアのいうこと聞くから…」
「……あなたの中の私が何なのか、とっても気になるわね。エリオンはあなた派よ?一緒にレイヴァンを応援しようってことで話してるのよ」
「……じゃあプロポーズの件は?まさかレイヴァンを捨てる気じゃないよな…?」
「違うわよ。あんなのただの冗談じゃない。スカイもわかってるわよ」
「………昨日から気になってたんだけど、セリア、なんで彼のこと呼び捨ててるの?エリオン殿下もそうだよね?……どういうこと?」
「エリオンは本人からそう言ってきたし、そういう間柄じゃないもの。気さくで楽でいいわよ。スカイは、従業員を様付けで呼ぶ趣味はないもの。だから呼び捨て。スカイもセリアって呼び捨ててくれてるわよ?」
「っセリアは俺の婚約者だから!他の男とか駄目だから!」
「婚約者のある身なんだから慎め」
「一度、じっくり話さないとねえ…」
「あ、そんなことより、今日のおやつは豪華にしたのよ!お兄様がいるから!」
野菜を突き刺すことに執心していたレイヴァン以外食べ終わっていたので、デザートを出す。レイヴァンは慌てて穴だらけの野菜をかきこみ始める。
「まずお兄様が好きな辛子明太子のぼんち揚げでしょ?ポテチ(タバスコ風味)でしょ?らっきょう(唐辛子多め)でしょ?で、ついでに緑茶ね。どう?」
「わあ!美味しそうだね!」
「………見事にフランツ用だな」
「緑茶って、あれ?前セリアが持ってきた、緑のお茶」
「ええ。さあお兄様、食べましょ!レイヴァンにオススメなのはポテチね。ジオルクはたぶん、ぼんち揚が好きだと思うわ」
「へー。セリアのお菓子久しぶりだなー。毎日食べたいなー」
「………これ美味いな。また食べたい」
「セリアセリア、これ、どうやって作るの!?もっと辛さマシマシで!」
「………これ、十分辛いよな…?」
「俺、辛すぎて一個で十分…」
「お兄様用でしっかり辛くしたのに…お兄様…」
わいわい話す。次第に二人の機嫌も治ってきたようで、いつものように戻っていた。
「そういえば、二人共装飾品はお好き?」
「え、セリアそういうの好きだっけ?贈った方がいい?」
「自分で調達する性質だろう、この女は。で、質問の意図は?」
「広告塔になってもらいたくって。あ、エリオンは二つ返事で了承してくれたわよ」
「え、そんな性格だったっけ、あいつ…」
「……面倒くさそうだったが…」
「ピンクのリボンつけてっていうのは丁重に丁重に断られたけど、ピンクのブローチは快諾してくれたわよ?あ、ピンクの薔薇のブローチね」
「っそんなやつだったっけ!?」
「………っふ!じゃあ俺は、白い羽のブローチでもつけようか…プレシアとおそろいだな…っ」
「ぷふっ…!な、なら俺は、緑のリーフのブローチで頼むよ…っあはは!」
「俺は小鳥でいいや。色はセリアに任せるから」
「じゃあ青い鳥ね。ぴったりだわ。…私は赤い猫のブローチでもつけようかしら。皆、おそろいねっ」
「っあはははは!セリア、いい笑顔すぎるよ…!」
「なんて名前にする?セリアと愉快な仲間たちか?」
「なんで私が中心人物なのよ。ここはお兄様を崇める会で行きましょう」
「それだと俺が自分で自分を崇める変な人になるじゃないか。天使様崇拝会で」
「プレシアか。あいつか…!」
わいわい話していると、あっという間に時間はすぎる。
ああ、楽しい。
「……最近、外に出過ぎてたみたいね。やっぱりいつもどおりが一番だわ」
しみじみと思う。レイヴァンが我儘言ったり、ジオルクと喧嘩したり、兄に甘えたり、この関係が楽しくて、故郷に帰ってきたような安心感がある。
ふるさとは遠きにありて思ふもの、なんていうけれど、私は一番身近にあるものだと思う。気づかないぐらい身近にあって、つい蔑ろにしてしまいがちだけど、なくなったら一番に気づくもの。困ったときに支えてくれるもの。
幼い頃から一緒のこのメンバーたちは、私をゆっくり休ませてくれる。
「俺もいつも通りが一番だと思う!」
「……まあ、お前がいると菓子がついてくるからな」
「うん、そうだね。だから大事にしなよ、三人共」
放課後に兄は代わってもらった用事に行ってしまったけれど、兄の分もと三人で楽しく過ごした。