視覚への暴力はやめてちょうだい
「お兄様、中等部に遊びに行ってもよろしくて?」
「どうしたの?何を企ててるの?」
企てることが前提なのね。的を射ているけど。私の事理解してくれてて嬉しいけど。さすがお兄様!
「ちょっとお話したい方がいるの」
「へえ。誰?」
「お兄様と同じ学年でC組の、スカイ・ボルナノフって方、ご存知?」
「駄目だよ?」
有無も言わさず却下された。
にこにこと威圧感に富んだ微笑みが飛んでくる。
つまり、この様子なら…。
「………お兄様、知らないって言ったのは嘘だったのね?」
私が近づかないように、あえて知らないフリをしたんだろう。
なんて兄だ。妹思いで素敵すぎる。私も妹として、看破した上で気付かなかったフリをするぐらいの器量をみせないと駄目ね!もう後の祭りだけど!
「まあねえ。可愛い妹があんなのに近づくなんて、兄として阻止するでしょ」
そしてクラスも違う兄が知っているということは、それなりに派手にやっているということだ。さすがに初等部までは届いていないし、お兄様も情報通だから知っているんだろうけど。ついこの前入学したばかりなんだから、いくらなんでもそこまで有名ってわけではないと思いたい。
うーん、じゃあなおさら兄の協力がないことが痛手になる。そんな噂のある人のところに、女一人で会いに行くなんて、良からぬ噂を立ててくれと言ってるようなものだ。
『兄に会いに行ったら偶然出会った』という形にしたかったのに、兄からの協力が受けられないとなると…。
「お兄様、忘れ物なさいません?」
「なさいませんねえ」
忘れ物を届けにきました作戦も却下された。
「放課後、会いに行ってもいいかしら?初等部のほうが早く終わるから、学校探索して待ってるわ」
「ジオルクとレイヴァンに頼んで、それまでセリアの話し相手になって貰っとくね」
お目付け役は駄目だ。あの二人に説明しても、絶対徒労に終わる。言わなくても『セリアだから仕方ない』で済ませてくれる兄だから同行を許容したのだ。
「………駄目?」
「だーめ」
最後に上目遣いでお願いしてみたけど、素敵な笑顔で断られた。
駄目だったか…。
渋々、自室に帰る。
兄もわかっているだろう。その気になれば、いくらでも中等部に行ける。口実となるだけで、兄の協力は別にいらない。勝手にありもしない忘れ物を届けに行ったとしても、私の醜聞を避けるため、兄は話を合さざるを得ない。
でも、兄が私のことを考えて反対しているのもわかる。
だから、安々と行けない。
心苦しいと罪悪感を感じつつ、『でもお兄様も多分見越してるんだろうなあ』と予想をつけつつ、行った。
へ?行くのかって?
いや、そもそも行かない選択肢がないし。
兄から協力を仰げるかどうかってだけだし。
そんで兄も、止めたぐらいで私が止まるわけがないって諦めてると思うし。
ということで『兄と放課後買い物の約束をしてるから~』と中等部に潜り込み、これからCクラスを散策しようと思っていると、
「あ、あの…だから…」
「ネーヴィアのモデルさんでしょー?可愛いなーって思ってたんだー。一緒にお茶しない?」
白髪の少女が茶髪の強面の男に壁ドンされていた。
ていうかプレシアだ。プレシアが、スカイに壁ドンされてる。
………みさかいなさすぎだろとか何歳差だと思ってるんだとかその子初等部一年生なんだけどとか、色々ツッコミはあったけど、とりあえず見過ごすわけにはいかない。
「プレシア、どうしたの?」
声をかけて、スカイなんて見えないようにプレシアに歩み寄る。知っている顔が来たから、プレシアは目に見えてほっとして、「セリア様…!」と感激していた。
「あ、君は綺麗だねー。友達なの?」
スカイは私にまで声をかけてくる。
無視して、プレシアとスカイの間に入り、プレシアを救出して自分の後ろに隠した。
「うちのモデルに、何かご用でも?」
「うちの…?…もしかして、ネーヴィアの…?」
「質問に答えていただける?…この子に、何か、ご用なの…?」
威圧を含めて睨んだ。レイヴァンなら即座に謝ってくるレベルだ。
「へー!あのネーヴィアの!美人だねー!」
が、全く気にせず、にこにこと近づいてくる。
そこに、違和感を感じた。
いくら浮いているとはいえ、私だって女の子だ。ロリコンに下心満載の目を向けられたことはあるし、あのレイヴァンにキスを持ちかけられたときだって、そういう雰囲気があるのは感じ取っていた。
でも、スカイからはそういうものが、一切感じられなかった。
しいて言うなら、母が好みの装飾品を見つけた時にする、あの目と同じだ。
前世知識で言えば、いわゆる『Kawaii』、あるいは『萌え』。
「………ありがとうございます」
つまり、一切下心を感じない。純粋に好ましいと思っているかのようだった。
………そっとプレシアを出す。私のような悪役令嬢顔より天使のようなプレシアのほうが好みのようで、ぱっと瞳が輝いた。
………これ、半分確定じゃない…?
「失礼ですけれど、お名前を伺っても?」
「あ、忘れてたね。スカイ・ボルナノフだよ。君たちは?」
「私はセリア・ネーヴィアですわ。こっちはプレシア・ウェーバーです」
「………よろしくお願いします」
プレシアが礼をする。でも私のそばを離れはしない。
ええっと、たしか…。
「ここで会ったのも一つの縁です。よろしければお一つ貰っていただけません?お好みの女性にプレゼントするなりお使いになるなり、ご自由にどうぞ。ただ、うちの商品であるとは宣伝していただきたいのですけれど」
商品として売り出しているシュシュを一つだし、スカイに渡す。元々宣伝用の安物だから、見かけの割に原価は安い。名刺代わりに配っても惜しくないような値段だ。
「……これ、何…?」
「シュシュ、という髪留めですわ。…プレシア」
ちょっと失礼して、もう一つのシュシュでプレシアの髪を束ねる。手入れを徹底させているから、触っていてとても気持ち良い髪になっている。透き通るような純白の髪が、本当に綺麗だ。
「このようにして使うものです。手早くまとめられますし、不要なときは手首に巻くなどしても良いと思いますわ。鞄につけてちょっとしたアクセントにもなります。シンプルですけれど、だから色々使える便利なものですわ」
「へえ…」
興味を引いたようだ。
……そのときの声音にやや引っかかったので、スカイに「では、失礼致します」と挨拶して、去ったように見せかけて物陰に隠れた。プレシアが「セリア様…?」と聞いてきたが、黙っているようにジェスチャーすれば従ってくれた。
そろりとスカイのほうを盗み見ると、
「………!」
たいそうご機嫌そうに、嬉しそうに、自身の髪にシュシュをつけてみていた。
ああ、決定。
驚愕するプレシアを連れ、出て行く。
「ボルナノフ様」
「………あ」
声をかけると、やっと気付き、―――真っ青になった。
ああ、うん、なんていうか、
「まず、一つお伺いしたいんですけれど、…初恋の相手は、男性ですか?女性ですか?」
遠回しに同性愛者かと訊けば、正体がバレたことでスカイが、その内容でプレシアが、がくりと崩れ落ちた。
その後、いくらなんでも刺激が強いだろうとプレシアは帰した。なんでも学校内で迷って、うっかり中等部のほうに来てしまっていたようだ。スカイもぶらぶら散歩中だったようで、偶然見かけたから声をかけたんだとか。本当に嫌な偶然があったものである。主に私以外の二人にとって。
スカイとあまりおおっぴらに話したくはなかったが、人気のない場所に二人きりというのはさらに不味いので、世間話をしている体を取ってこそこそと話した。
結論から言うと、スカイはいわゆる『オネェ』だった。
「私、昔から女の子のお洋服とか、砂糖菓子とかが好きだったのよ。お伽話も好きだったし、女の子のふわふわきらきらした世界が好きだったわ。……いいえ、昔からというより、お母様が亡くなってから、というべきね…。お母様を亡くして、私は母親を、女性を追い求めるようになったのよ」
母が亡くなり、母性を求めていた、ということね。
だから女性を口説いて、女好きの誹りを受けたと。
「言っとくけど、ああいう『女の子チック』なものが好きなだけで、ちゃんと男の子よ?シュシュ、っていうんだっけ?あれがあんまり可愛かったから、つい着けたくなっただけで、女装癖とかはないわよ。でも、そういうのが似合う女の子は大好きだし、私もそうなれたら、とは、思ったわ…」
「じゃあ、今までの噂はデマなのかしら?」
「うふ、女の子が好きなのは本当よ?それに、初恋の人も女性だったし、今まで女性以外を好きになったことはないわ」
「………なるほどレズね」
女の心で、かつ女が好きって、それは特殊なケースだと思う。周りに被害が来ないからいいけど。いや、なんか、すごく複雑でシュールだけど。強面の男がオネェ言葉で話す今の状況も大概シュールだけど。
「……ふふっ、女として扱ってくれなくて結構よ?可愛いのが好きなだけで、ちゃんと男の子だって言ったでしょう?本気で恋した女の子には、そういう欲もでちゃうもの」
スカイは何故か嬉しそうに言った。悪いけど、前世知識で『BL』というものも『GL』というものも知っている私としては、割とマジでその辺が洒落にならないことがわかっている。警戒に越したことはない。クレイジーサイコレズは恐ろしい。
「……無礼を承知で聞くのだけれど、…あなたに『女性になりたい』という思いはあって?」
「………あるわ」
「趣味趣向は女性が好むようなものと一致するのね?」
「ええ。でも…」
「でも、恋愛対象としてみるのは女性のみってことね?じゃあ男性は野蛮で嫌い、とかは思ってる?」
「ちょっと…。皆女の子にひどいんだもの」
「女性に優しい男性もいるわよ?」
「そういう人は良いと思うわ。お友達になりたいぐらい」
これに自己申告の『女装などはしない』がくっつくいてくると…。
「やっぱりあなた、オネェなのね」
「………おねぇ?」
「心は女性だけれど身体が男性の人のことよ。私が思うに、あなたは心は女性なのよ。でもその外見で女性の身なりなんてしたら気持ち悪いから、女装はしない。可愛いふわふわきらきらな女性に憧れて、ついでに身体のほうにも引きづられているから恋愛対象は女性。……違うかしら」
「………そう、かもしれないけど、…ちょっと急で…」
「一応一つの意見として聞いておいてくれると嬉しいわ。それから、スカイ様とお呼びしてもよろしくて?」
遠回しに『仲良くしましょう』と持ちかける。
外聞的にはあまり仲良くしないほうが良い相手だけど、仕方ない。
―――お兄様のような格好良くて優しくて賢くて周りの気持ちを考えられて努力家で最高の男性もいるのに、あんな偏見許さないわ…!
ぜひ一度、兄に会わせたい。スカイもわかるはずだ。男性の中にも、兄のような素晴らしい人がいるのだと。
「ええっ!嬉しいわ!」
作戦を練っていたら、スカイがとても嬉しそうに笑っていた。
まあ嬉しい。
その後「お兄様と約束があるから、私はこれで…」と誰かに目撃される前に逃げようとしたら、
「セリア様、……私は、変だと思いますか…?」
スカイが俯き加減で訊いてきた。
「自覚がないの?変に決まってるじゃない」
勿論即答した。変じゃない、と言えるのは同じ変人だけだ。常識人の私からすると、変としか言い様がない。
「そ、そう…」
「まず男性の身体なのに心は女性でしょう?ワンアウトね。次に、そのくせ恋愛対象は同姓でしょう?ツーアウト。世の中には素晴らしい男性もいるのに気づいてない。スリーアウト。チェンジよ」
「………あの、何の話?」
「あなたの話よ。大体、似合わないってわかってるならシュシュなんか着けないでくれる?その強面で女装とか、似合わない通り越して気持ち悪いのよ。プレシア、さっきの白髪の子なら大抵似合うけれど、あなたには大抵似合わないわ。吐き気がするレベルよ。うちの商品と私の視細胞への冒涜よ。やめて頂戴」
「………わかってるわ」
「世の中には素晴らしい言葉あってね、『好きな服と似合う服は違う』というものがあるの。あなた、女性にモテたいんでしょう?女性と仲良くしたいんでしょう?ならまともにまともな服着なさいよ。ああいう吐き気をもよおす服装はやめてなさい。うちの商品を汚さないで頂戴」
「………じゃあ好きな服はどうすればいいのかしら…?」
「好きな女性にでも着てもらえばいいんじゃない?……あなたがそこまで可愛らしいものにこだわるなら、いっそうちに来る?」
「え?」
「可愛い服を作る側になってみない?」
私も女の子だし、母も流行には詳しいけど、特出してセンスがいいってわけではない。なら、ここまでオシャレにこだわるスカイを勧誘したほうが、よりよいものを作れると思う。
………なんで商会を広げようとしてるのかしら?最初は、ただちょっとした我儘だったのに…。
「それって…ネーヴィア商会で働かないかってこと?」
「ええ。勿論あなたはただの素人だもの、無理強いはしないし過大評価もしないわ。適当に作ってみて、いいのがあったら売るわ。その売上のいくらかをあなたへの報酬としてお支払いする。つまり、あなたが成果を出さないとお給料なんて払わないってことね」
「……でも…」
「一応試作は作ってもらうから、好きに材料使って小物作りが出来るわよ。材料も器具も、遠慮なく使って頂戴。駄目ならさっさと解雇にするから。材料費等は先行投資だと思って、最初から回収は考えてないわ。どう?」
「………」
スカイは迷う。もうひと押しかな?
「好きなものをいくらでも作れて、仕事だからって言い訳も出来て、―――プレシアみたいな可愛いものに囲まれた日々よ?」
スカイという専属デザイナーをゲットした。萌えは強し。
弱みを握ってから混乱している間に飴と鞭で畳み掛けるセリアさん。
まさに外道の所業。