目を背けたいような現実の話
予約掲載するの忘れてた!
「へー、そんであいつ、一新小奇麗になってんだなー」
「ええ、可愛らしいでしょう?シャンプーリンスーで髪を洗わせて、傷んだ毛先は切りそろえて、毎日肌の手入れをさせて、服や装飾にまで口出してるもの。昨日お母様と『モデルです』ってパーティに見せびらかしに行ったら大好評で、商品もばんばん売れたわ。これで初期投資の負債分ぐらい賄えたかしらね」
「………初期投資の負債分っていくら?…いや、何に使った分?」
「プレシアを借りる賃金と、ラッピング費用ぐらいかしら?原価はそこまででもないし、今までも仕入れていたから」
「義姉さんって素敵だねー。ボク絶対に敵にしたくないよー」
「あらあら、それに勘付けるあなたも大したものよ?仲良くしていきましょう?この国と、レイヴァンのためにも」
「別にリコールする気ないって。そういや、面倒な蝿がいなくなってたけど、追い払ってくれたんだな」
「ええ。ちょっと書類まとめてお祖父様に提出すればすぐだもの。孫には結構甘いのよ?」
「そういうレベルでもないと思うけど…」
「それよりあなた、人脈広いわよね?中等部に知り合いいないかしら?」
「中等部に?でもあんた、兄貴いるじゃん。そっちに聞いたほうが早いだろ」
「お兄様は知らないって言うのよ。頼めば探してくださるんでしょうけど、お忙しいのにこれ以上負担を掛けたくないわ」
「へー。んで、誰?」
「―――スカイ・ボルナノフっていう中等部一年生の男子生徒よ」
間者エリオンを使った結果、意外とあっさり判明した。
女遊び先輩ことスカイ・ボルナノフは子爵の一人息子。幼いころに母を亡くしたせいで寂しがりやさんになった、というのは前世のゲーム知識で知っている。
女遊び先輩は中等部から入学で、成績そこそこのためCクラスにいるそうだ。人数が一気に増える中等部からはクラスもEクラスまで増える。クラス分けは成績順。お兄様は勿論最優秀クラスであるAクラスに所属している。さすがお兄様素敵!
で、現在の女遊び先輩は、この時点でかなり女好き。中等部生なのに声をかけまくっているそうです。元気だなー。
ただまだ入学してきたばかりだし、そこまで有名でもない。その情報を掴めているのは情報通のエリオンぐらいだろう。というか本当にこの子の人脈が気になる。どうなってるの?
「で、スカイ・ボルナノフになんか用なの?行くなら兄さん連れて行きなよ。あれでも頼りになるから」
「ご心配ありがとう。でも結構よ。レイヴァンは空気を読まないという才能があるもの」
「………まあね」
「ところで、あなたの情報源について質問してもいいかしら?」
「あ、気になる?」
「当然でしょう。同学年のお兄様より詳しいなんて、普通に考えたらありえないわ。何をしてるの?」
「………うーん、あんたになら教えてもいいけど、その前に俺から質問しても良い?」
「いいわよ。なあに?」
「あんたさあ、……一欠片も驚かなかったよな」
「あら、何に?」
「俺が本性表した時に。全然驚かなかったよな。なんで?」
「笑顔でねちねち嫌味言う人は、大抵裏でせせら笑ってるものよ。それに私たち一家は、揃って面白いことが大好きで笑いの沸点低いもの。突然笑い出すなんて、よくある話よ」
「それはそれで恐ろしい一家だな…。じゃあ、俺がこんなんだって見抜いてたってこと?」
「見抜いてた、というより、何かあると予測してたってところね。別にあなたが本性出さなくてもよかったもの」
「へえ、そう?」
「ええ。私、上辺だけの言葉も水面下だけの応酬も、嫌いじゃないもの。別にどっちでも構わないわ」
「じゃあ俺がいい子ぶっててもいいんだ?」
「それで何か支障でもあるの?そりゃ長年一緒にいたレイヴァンやジオルクに今更猫かぶりされたって気味が悪いし調子が狂っちゃうから止めて欲しいけれど、たった数日の付き合いのあなたがどうなろうが影響はないわ。『素の自分を見て欲しい』系なら私以外に言って頂戴ね。私、変なフラグ立てなくないから」
「んー、フラグなら兄の婚約者に手を出すほど飢えてないから大丈夫だし、素の自分云々もないから心配ご不要でっす」
「それは好都合ね。ちなみに理由を聞いてもいい?」
「勿論。…嫡子とかで大抵苦労するのは長男だけどさ、次男も負けず劣らず面倒なんだよ。しかも俺、王家の王子だし。継承権第二位だし。うかつなこと言ったらクーデター疑われるし、出来過ぎても背心があるとか言われるし、色々立場微妙なの。王子である以上一定以上の出来は期待されてるし当然あるべきだけど、それ以上がありすぎると野心があるとか言われちゃうんだよねー」
「ああ、それはあなたも苦労したでしょうね。その智さだもの、加減調節が必要絶対になるわよね。相手があのレイヴァンならなおさら」
「ホント、それに尽きるよ。せめてダメダメか完璧な兄さんなら良かったんだよ。ダメダメならいっそ政権取るか傀儡として扱えるし、完璧なら俺がいくら優秀でも駒として手中に治めてくれるし。なのにあの兄さん、優秀なくせにぽけぽけで、大抵のことは器用に出来るくせに我儘だから…」
「わかるわ。後ろからはらはら見守るしかないし、もしもの時に殴ってでも止めるためにうかつに馬鹿を装えないものね。仲が良ければ掌握を疑われ、不仲なら反逆を疑われる。面倒よねー」
「本当にねー。だからあんたの存在は本気で俺にとっても救いなんだよ。あの兄さんを合法的に御してくれて、上手いこと操縦してくれてる。あんたが婚約者にいるなら兄さんの王権も疑いのないものになる。しかも政治利用だけじゃなくて本音で仲良いし、くっそ面倒くさいウェーバーの嫡子も友達にしてるし、あの人軽く最強じゃね?って思った。真面目に兄さんを尊敬した」
「ま、人を集める魅力も資質のうちってことね。それで?」
「このまま俺の情報源の話に続くんだけど、だから俺って付き合う相手も考えないと駄目じゃん?まずないけど、うかつにあんたら以上とかあんたらの対抗勢力とかと親しくしてたら反逆反逆言われるし、かと言って兄さん賛成派に行けばバランスを崩すことになる。兄さんの慢心や兄さんに取り入る馬鹿な輩のためにも、俺は抑止力でいないといけないからな。勿論中立も却下。中立ってのはどっちにもつかないから価値があるんだし、そこに俺と親しくさせて俺派に寝返らせてたら、そりゃ謀反企ててると疑われてもしゃーない」
「つまり、貴族相手の付き合いがほぼ封じられた形になったのね。勿論問題にならない程度で自分派の人と親しくする程度ならいいでしょうけど、ちゃんとした友達にはなれないわね」
「全員と懇意にってしたら反逆疑いだし、特定の贔屓は本気で俺を祭り建てようとしてる馬鹿どもが五月蠅いからなあ。一応一部友達はいるけど、兄さんたちみたいに親しくないんだ」
「それで?」
「こうも俺が悩むのは俺のプラス要素が多いせいだって思って、マイナス要素かさ増しすることにした」
「まあ…!」
「孤児とか使用人とかと仲良くして、『王族として相応しくない行為』をした。咎められた時の言い訳は『身分制度なんて糞食らえ、友達は友達だ』で。これで俺を祭り立てて利権を狙う狸の一部を追っ払うことに成功した。代わりに身分制度反対派の馬鹿に懐かれそうになったけど、『友人間で身分を問うことを問題視しただけであって、友人でもなんでもないあんたの言葉は不敬。身分制度の廃止によって国家転覆を狙っている可能性もあり。お父様にチクっときますねっ』って排除した」
「で、使用人たちの友達がいるから、情報通ってわけね。また賢いこと考えたわね」
「どーも。てかあんたは思いつかなかったの?公爵家の使用人は口が固くって、あんたらが重圧かけてるからかと思ったんだけど?」
「使用人は使用人よ。身分制度の根底を、まさか貴族筆頭のネーヴィア家が崩せるわけないでしょう。ちゃんと手厚くして給金も弾んでるから口止めもしっかりしていて、自主的に本心から我が家に仕えてくれているだけよ。実際、感謝はしているし人としても扱っているけれど、本分を超えたことはさせてないわ。彼らがいるのは、あくまで仕事だから、だもの」
「………なるほどー。ま、王家で次男坊で子供だから許された暴挙だって自覚はあるさ」
「自覚があるなら問題はないわよ。だからその子たちが友達だったから素云々はないってことね。その言葉遣いも、その子たちから移ったものでしょうし」
「ついなー。あいつらに王子モードのとこなんか見せたら、大笑いされると思うぜ」
「……いいお友達なのね」
「あんたにも劣らないほど。ま、だから正直、驚きも同情も詮索もしないあんたの態度はチョー楽だった。さんきゅ」
「どういたしまして。そこまであなたに興味がないんだもの」
「清々しいねえ。でも少しは興味持ってよ」
「あらどうして?情報の対価として、それなりに協力してるでしょう?お菓子もあげてるわよ?」
「うん、あんたんとこの商品横流しは正直すげー役立ってるけど、そうじゃなくて。新たに取引持ちかけてるわけでも報酬の追加を要求してるわけでもなくて」
「なくて?」
「俺としてはあんたみたいなやつと仲良くしたいのよ。切実に。あんたも、俺と仲良くしてて損はないと思うよ?だから、こうやって会ってくれてんだろ?」
「そうね。でもねえ、頭が回る権力者ならレイヴァンとジオルクもそうだし、頭が回る上空気も読める人ならジオルクとお兄様がそうなのよ。絶対権力者はレイヴァンでしょう?情報通なら、あなたほどじゃなくてもご友人の多いお兄様に頼ればいいし、不本意だけど息が合うっていうのならジオルクがいるのよ。沢山の友達がいなくても、三人味方がいれば十分なのよねえ、困ったことに」
「いやいや、国家繁栄を願う気持ちは同じだろ?国家安寧が最優先か兄さんが最優先かで若干優先順位が前後するだけで。兄さんの敵なら俺が一番そうなりやすいし、逆に言えば俺を押さえとけばそうそう強敵は現れないってことだし。それに貴族ネットワークと使用人ネットワークは完全に別物だぜ?情報源はいくつ持ってても損はないと思うけど」
「でも、使用人たちの情報をそこまで欲しがってないのよね。あったら便利なのはわかるけれど、今のところ貴族たちの話でも十分なのよ。レイヴァンの件なら、あなたに与するより手足をもいだほうが早くて確実だし」
「……うー…」
「それで、本音は?どうしたいの?」
「………あんたを『義姉様』とか言って懐いてたら、兄さんを立てると同時に俺が二人の婚約を歓迎してることを示せる。ひいては兄さんが王権を取ることを賛成してるって表明できる。ついでに兄さん反対派のやっかみを全部あんたに押し付けられる」
「それに加えて私がレイヴァンの婚約者であることから逃げづらくなること、ね。却下よ」
「ですよねー…」
「ま、個人的に嫌いじゃないから、適度に抑えに回ってあげるわよ」
「え、本当!?」
「ええ。じゃ、話が以上ならもう行くわよ」
「はーい!セリア様さすがー!サイコー!」
「調子がいいわね。あ、これ、情報のお礼ね。いらなかったらレイヴァンに賄賂として渡したらいいわよ」
「……これ、何?」
「チョコレートトリュフよ。あなたの好きなあまーいお菓子」
「っありがとうありがとう!セリア様一生ついていきます!」
「チョロいわね。じゃ」
「どもーっす」
エリオンは便利だ。油断は大敵だけど、これからも仲良く利用しあっていきたい。
でも、少し不思議だ。
確かにここは現実で、ゲームの世界とは別物だ。
前世の知識のままだけれど、ゲームではなくリアルだ。
だが、ゲームと同じような、というのも事実。
なら、なんで―――…。
「―――なんで、ゲームに出てきてない主要キャラがいるのかしら」
使用人と親しい、二面性のある第二王子。
隠蔽されていた、白髪の公爵令嬢。
どちらも、目を惹くキャラクター性だ。
さらに加えて、ヴィオラ。
ヴィオラのような妹がいるということを、ゲーム内で癒し系教師は言っていただろうか。
記憶持ちが介入することで不確定要素が出てきたというのは妥協できるが、あの奇矯な性格の子が、はたして大人しくしていたのだろうか。
そもそも幼少期から私と関わっている兄、レイヴァン、ジオルクと違い、ヴィオラはつい最近の付き合いだ。
最初に会った時から、あのパーソナリティだった。あれが私の影響だとか、ありえない。ていうか嫌。絶対認めないし、あの実物を前にしたら瞬時に却下出来る。あれは天然モノだ。
では何故、ヴィオラに一切話が触れられていなかったのか。
エリオンとプレシアにしても、ただの一般生徒ならわかる。ただの二面性のある悪ガキと病弱な白髪少女ならわかる。
だが、二人は攻略対象キャラの弟妹なのだ。
少しぐらい触れられていてもいいだろう。実際、ゲームで二人に妹弟がいることは話に出ていた。なら、『苦手で』とか『病弱で』とか、いくらか説明があっても良いと思う。
現実でも、私は二人の家族のパーソナリティなんか興味なかったからあまり知らなかったが、兄などは『二人も兄弟で苦労してるよね』とさりげなく苦労アピールをしてきたこともあるほどなので、きっと知っていたんだろう。隠されていたわけではない。
じゃあ何故登場しなかったのか。
あのゲームとはまるきり別の世界だから?
いや、ここまで類似しているのに、それは逆にありえない。
では私の影響が出ているのかといえば、それもありえない。
確かにある程度は変えてしまっているが、それは私の行動により変えられる範囲だ。今まで接触のなかった三人を変えることは出来ないはずだし、プレシアの髪色についてはどうにもならないレベルだ。私の影響と言い張るにも、私が真面目に行動を起こし始めたのは物心も前世の記憶との折り合いもついた三歳からだ。その時には、もうプレシアは産まれている。生まれつきの、白髪で。
こうなると、ヴィオラが私達と同学年で、プレシアとエリオンが同い年であることが気になってくる。
ただの偶然と言い張ることもできるが、ずっと療養中で人目を忍ぶプレシアがわざわざ学園に来ていて、本来なら別の学校に行くはずだったエリオンがいるのは、どれほどの確率なのか。
プレシアは家から何の期待もされていない。ウェーバー公はプレシアを『恥』だと思っている。なのに、将来要所を担うことになるだろう生徒たちが通っている学園に入れたのは何故なのか。そのまま療養させておかず、恥を晒してまで学園に通わせたのは何故なのか。
エリオンは継承争いを避けていた。兄であるレイヴァンを立て、次の王はレイヴァンをと押している。なら、何故兄と同じ、一番人気のあるこの学園に来たのか。この学園には劣る学園に行っていたほうが、『やはり跡目を狙っている』と疑われずに済んだのではないか。レイヴァンが楽しそうだから気になって、とは言っていたが、レイヴァンが大丈夫か不安を感じていたようだが、その一方で私がいるからレイヴァンも一応は盤石だろうとも言っていた。私と結婚したときの懸念も思案していたが、バランスを崩すほどではなかったはずだ。レイヴァンを疑っているのでないのなら、何故わざわざここに来たのか。
………前世の彼女は三十歳の誕生日に死んだ。
その時点で、忘れずに覚えているほど、ゲームは真新しかった。
つまり、―――彼女の死後、続編が出た可能性がある。
彼女の知らない物語。私の『知識』にはない世界。
なんということだろう…。
「あのゲームの続編を出すなんて…ゲーム会社は正気じゃないわ…!」
あんなゲームの続編を出すような社会人がいるという恐ろしい可能性に、私は打ち震えていた。




