無知の知もない馬鹿は騙しやすくて楽だわ
「お祖父様、私、ちょっとお出かけに行きたいのだけれど」
「どこまで行くんだ?馬車か?」
「ええ。ちょっとウェーバー公のところまで行きたくて」
「一緒に行こう」
お祖父様の協力を取り付けた。
まあ、無鉄砲な孫娘が、蛇の巣窟ウェーバー家に行くなんて言い出したら絶対に同行するだろう。正直子供の私だけじゃ駄目だし、それを狙ってわざわざ祖父に言ったところもある。それでも押し通そうと思えば出来るだろうけど。主に権力撒き散らすことで。
というわけでお祖父様と二人でウェーバー公の屋敷に行った。アポは取ってあるから問題はない。
「ようこそ、ネーヴィア様方。むさくるしいところですが…」
「こちらこそ、急に押しかけて失礼を…」
お祖父様が大人の挨拶をしているので、とりあえず任せてきょろきょろと周りを見る。
ああ、いたいた。
「ジオルク、プレシアを連れてきて頂戴」
「もう連れてきている。お前の祖父がいるから驚いて、柱の影に引っ込んでいるだけだ」
「あらそう。引っ張りだして」
「………プレシア、自主的に出てきたほうが被害は少ないぞ」
ジオルクが諦めたように言うと、「……あぅぅ…」と柱の影から出てきたプレシア。白髪を隠すように白いニット帽のようなものを被っている。
「せいっ!」
「っきゃあ!?」
だから、とりあえずそれをむしとってジオルクに投げた。ジオルクは呆れながらもちゃんと確保してくれている。
「な、何をなさるんですかぁ!お兄様、帽子ください!」
「駄目よ。自信を持ってと言ったでしょう。…ジオルク」
「ああ、わかっている」
ジオルクは一切躊躇せず窓から帽子を投げ捨てた。プレシアの悲鳴を聞きながら、帽子は池に向かって落下していく。帽子に石か何か仕込んでいたのだろう、綺麗な放物線を描いて、見事に池ポチャした。こういうコントロール力と事前準備は、さすがジオルクだ。私の喧嘩相手だけある。
さて、では。
「行きましょうか、プレシア」
「………はい」
生ける屍となったプレシアとジオルクと連れ、大人たちのところに戻る。
「セリア、先ほどの悲鳴は…?」
「気になさらないで、お祖父様。ちょっとプレシア様の帽子が風で飛ばされてしまっただけよ」
「はい。妹の気に入りの帽子でしたので、風に流されて池に落ちてしまったところを見てつい悲鳴をあげてしまったようで…。妹の非礼を謝罪いたします、先ネーヴィア公」
「そうか…。お前も学友に恵まれたな、セリア」
打ち合わせなしの流れるような嘘に、祖父は遠い目をしていた。子供なんてこんなものよ。
まあ何はともあれ応接間に案内され、祖父とお茶をいただく。ジオルクの父親は子供たちを退室させようとしたが、「孫の友人だから」と祖父がとどめてくれた。私の意図を言わずともわかってる祖父も、立派な同類だと思う。
そうしてある程度世間話をしたところで、
「ところで、この度の訪問の用件はどのようなものでしょうか」
ウェーバー公が話を切り出してきた。
ここからが、私の出番だ。
「私の我儘なんですの。お話、聞いて頂けます?」
私は公爵家の娘とはいえ、ただの娘。爵位があるのは親だ。だから下手に出ざるを得ない。現状ではあっちのほうが立場は上なのだ。甘える小娘の体をしてでも、交渉のテーブルにつかせなくては。
祖父はその辺り厳しいから、私が自力でやらないと助けてなんかくれない。本当に、なんでこの祖父のもとであの馬鹿親父が育ったのか、不思議でならない。
「ええ、なんでしょう」
息子の学友と思っているらしいウェーバー公はにこやかだ。明らかに下に見ている。祖父が孫達に甘いことは意外と知られているし、私のおねだりのために来たと思われているのかもしれない。
こりゃジオルクが今から家督とったほうがいいんじゃない?って感じのダメ親父だ。ちなみにうちの両親もそうだけど、うちの親は自分が馬鹿なのを自覚して、祖父に頼ってるからセーフ。兄にも『お前は将来有望だ。頑張ってくれよ』と応援している。勿論子供たちも愛してくれている。うちの親よりは賢いんだろうけど、総合評価で見たら下の下だ。
「実は…」
鞄から、書類を出す。
子供っぽさを捨て、キリリとウェーバー公を見る。
「ビジネスのお話に参りました」
そこから、代表は父になってはいるが主に私が商会を運営していること、一部の貴族のみの販売して商品を作っていること、試作の段階だが陛下からの評価は良いことなどを話した。
その上で、プレシアに商品モデル、広告塔になってもらいたいと依頼した。
「そんな、うちの娘は……あのような髪の子で…」
「いえ、問題ありません。むしろ好都合です」
ウェーバー公はプレシアの髪色があるから、と難色を示したが、『目立つからいい』と押し切った。
金の話では、プレシアにモデル代として、モデルした商品の売上の一部を渡そうかとも言ったのだが、話している私が子供だし、プレシアがモデルなんてこけると思ったのか、月額で固定の給与を渡すことを望んできた。
あら欲がない、と思ったが勿論了承。
最後にプレシアがウェーバー家の娘だと公表しないことを条件に契約を結んだ。
プレシアは兄のジオルクが気付かなかったほど引っ込んでいて、髪色も隠していた。白髪という大きな特徴があっても、あるからこそ、ウェーバー家の娘とは結びつかないだろう。
ちなみにここまで、立板に水でまくしたてたから、私が息子と同い年の子供であることは一切意識させなかった。ふふん。
「では、お嬢さんをお預かりします。また代表は父でネーヴィアの名を背負ってやることですので、賃金や契約などに関しての懸念はございませんでしょうが、私のような若輩者が相手をさせていただいたことに関する謝礼として、まずはこちらを」
そそっと用意していたお金を渡す。その金がどっから出たかと言えば、父からだ。欲しいと言ったら普通にくれた。うちの金銭管理は大丈夫かと不安になったが、母が社交界で一部の懇意にしている貴族にのみ売っている私の商品が好評で、結構高値で売れていたらしい。その売上から出したんだとか。元々私の稼ぎなら、そりゃあっさりくれるわよね。ちなみにその売上も、私が幼いから管理しているだけであって、一切手はつけていないらしい。無能の自覚があるから余計なことはしない、と笑っていた。無能でも、私も兄もこの親が意外と好きだ。
話を戻して。
渡したお金は…あまり度を越さなければ、宝石のついた指輪を買えるぐらいの額だ。
「いえ、このようなものは…」
「賄賂などではございませんのでご心配なく。ただの謝礼です。そして…」
再度、お金を出す。
今度はドドンとだ。
「月額ですので、信用を見せるためにも、先に一年分支払わせていただきます。万が一途中でプレシア様を降ろすことがございましても、こちらはそのままお納めいただいて結構です」
「………」
てっきり月額の基本給プラス出来高になると思っていたのに、月額だけで済むなんてラッキーだ。これで全額支払ったとして、一年プレシアを連れ回しても文句は言われない。なにせ先払い。金は先に払ったほうが偉いのだ。それで騙されたらただの馬鹿だけど。
「せ、セリア嬢、これは…」
「ですので、お借りさせたいただく代価です。きちんとその金額分ございます。お確かめ下さい」
「………」
ぽかーん、なウェーバー公。
ジオルクは『あまり馬鹿をいじめるな』と呆れているし、プレシアは金額のやりとりやビジネスなど聞いていなかったからか、真っ白な灰として燃え尽きている。一応驚きはしたが、『こいつならそのぐらいやるか』とすぐ受け入れたジオルクや、そもそもそのぐらいやらかす前提で来ていた祖父を見習って欲しい。
「ふむ、セリア、そろそろ…」
「ウェーバー公、祖父に都合があるようですので…。本日祖父には無理を言ってついてきて貰ったので、予定があまり開けられなかったんですの」
「ああ、じゃあまた学校で、セリア嬢。プレシアも、これからお世話になるんだから挨拶しなさい」
「はい…。よろしくお願いします、セリア様…」
私からは言い出せないからこの場で一番偉い祖父に言い出させ、言い訳は私がして、ジオルクが退室の準備を整える。燃え尽きているプレシアも、条件反射でちゃんと挨拶しているところは、さすが公爵家の教育だと思う。
で、あれよあれよとそのまま帰った。
明日からプレシア磨きをすることを考えると、楽しみで楽しみで、「セリア、悪い顔になってるから表情に出さないほうがいいよ」とお兄様に注意されたほどだった。内心でならいいんですねお兄様、さすがです。