面倒臭い立ち位置だ by第二王子
「セリア様、とお呼びしてよろしいでしょうか」
エリオンとの話は、そんな導入から始まった。
場所は中庭。放課後なので、もう人もまばらだ。私達に好奇の目を向けるものもいたが、少し微笑むとさっさと散ってくれた。気を利かせてくれたのか怖かったのかってところだ。
「ええ、どうぞお好きに」
にこにこと微笑んで受け流す。ここで『では私もエリオン様と…』なんて面倒は言い出さない。不仲なのも困るが、王太子の弟と懇意にしているなんて思われたら、レイヴァンを王太子から引きずり下ろし、弟に乗り換えるつもりなのかと思われる可能性があるからだ。私は徹底してレイヴァン派。その姿勢は崩さない。
「では僕のことはエリオンと呼んで頂けませんか?年下ですし、将来の義姉ですし」
「そんな恐れ多いこと、出来ませんわ。義姉といっても、婚約しているだけですもの。結婚まで至るとは限りませんわ」
「おや、うちの兄を捨てるおつもりが?」
誘導してくる嫌なガキだ。王族でなければ退席している。
「私が捨てられる可能性を考えていますの。レイヴァン様もまだまだお若いんですもの。他に良い方を見つけるかもしれないでしょう?」
「あなたを捨てるほど、兄は愚かではないと思いますよ。もし兄が捨てるようなことがあれば、僕のところに来ませんか?」
「あらご冗談がお上手ですこと」
ころころと笑ってみせる。誰が本気で取り合うものか。そこら中に破滅フラグが埋まってるじゃないか。
「本気ですよ?いつも話を聞く度に、あなたのような婚約者ができればと思っていたんです」
「まあ、レイヴァン様はなんて?」
話は逸らすもの。主導権は握らせた上で端から叩き落とすものだ。
「厳しいが優しく素晴らしい女性だと。国母にふさわしいと思っています」
「あら嬉しいこと。レイヴァン様を支えられるよう、精進を怠らないようにしますわ」
あくまで国王はレイヴァンだと念押し。私が国母に、というのなら、国王はレイヴァンしかありえない、と言外に言っておく。そりゃネーヴィアの娘でかつ両陛下とも仲が良好だから、『レイヴァンが浮気したから別れる!代わりにエリオンと婚約する!』とか言い出せば、うっかりするとエリオンのほうが王太子になる可能性がある。だから先に『お前の味方をする気はない』と釘を刺しておく。
エリオンはやや笑みを引きつらせた。いい気味だ。
「やはりセリア様は、兄に惚れていらっしゃるのではないですか?」
「ええ、好きですわよ。婚姻関係を別にしても、昔から一緒にいるんですもの。大事な方ですわ」
だから万が一にもお前になびくことはない。
笑顔でそれを示せば、エリオンはそれまでの作り笑顔を崩し、
「ははははっ!兄さんも、すげえ女に捕まってやがる!」
笑い出した。
裏の本性とか、テンプレすぎて笑えないんだけど。
「あー、わりぃ。父さんと母さんからあんたのことべた褒めされててさ、気になったからつい」
「気にしてませんわ。それで、お話は終わりでしょうか」
こういうのに構っても面倒だ。そういうのの救済は主人公に任せている。こんなところで奇縁とかいらないし。
「えー、もうちょっとー。ってか、本気であんたが国家転覆狙ってなくてよかったわー。第二王子だからって、兄さん押しのけて政権取れ系のやつらが多くて困ってんだよ。色んな奴が吹き込みに来てさあ。俺は王とかいう器じゃねーし、兄さんが治めてくれりゃいいと思ってんのに」
さり気なく、『レイヴァン反対派について教えるから取引しよう』と持ちかけてきた。このガキ賢いな。嫌なガキだ。
「そういう方も一定数必要でしょう。でもあなたがあまりに煩わしいと思っていらっしゃるのなら、対処しておきますわよ」
「そういえば、兄さんがあんたからの差し入れのおやつが美味しいとかすげー喜んでたな。俺、甘いのだーいすき」
恩に着せるように言ったのに、動じず対価を要求してくる。本気で嫌なガキだ。レイヴァンより面倒くさい。
「あら、でしたら今度祖父に頼んでおきますわ。異国のお菓子を融通してくださるんですのよ」
「それよりあんたの手作りお菓子が食べたいな?」
どこまで喋ってやがるレイヴァン。
「俺って友達結構いるから、自然に情報も入ってくんの。じゃないと今頃、傀儡として反第一王子派の神輿になってるよ」
「情報は大事ですものね。レイヴァン様は良い方ですけれど、そんなに反対なさる方がいらっしゃるの?」
「あ、俺は別に国家転覆狙ってないし、むしろあんたみたいなしっかりしたのがぽけぽけな兄さん支えてくれたほうが嬉しいから。口調も適当でいいよ。『先輩』なんだし。呼び捨てプリーズ」
「じゃ、レイヴァンってそこまで不安に思われてるの?」
ノリが良くて賢い子は嫌いじゃない。嫌なガキだとは思うけど。
「ていうか、勢力が強くなりすぎるんだよなー。例えばあんたが家柄だけのお飾りなら良かったけど、実際宰相継げそうなほど賢いし。貴族トップかつ国内随一の頭脳が王家に入ったら、権力が強くなりすぎて釣り合いが取れないんだよ。あんたがうちの平和な頭の兄を掌握して独裁政治するかもしれないし。それをしないってことは今までの実績でわかってるけど、可能性があるってことが問題だからな」
「まあね。だから表向きは祖父を通じてやってるし、家を継ぐのも宰相候補も兄よ」
「あのものすごい尊敬されてるお兄さんか…。でも、あんたにしてはそのへんの手の打ち方が甘いだろ?もしかして、兄と別れる予定でもあるから甘いのかなーって」
七歳のくせに賢い。三歳で国政に口出してた私が言うことじゃないけど、生意気なガキだ。
「正直、お兄様一人でネーヴィア家は十分なのよね。私がどこに嫁に行くにしても、権力が強くなりすぎるのよ。だったらいっそ最高権力者にってことなんだけど、それって完全に私の都合じゃない?だからレイヴァンが恋でもして好きな人を作ったら、潔く身を引くつもりよ。これから先、誰とも恋に落ちないってことはないだろうしね」
「あんたがその相手になる可能性はないの?」
「まずないと思うけれど、だったらその時はその時だわ。レイヴァンのために全力を尽くして、反対者をねじ伏せるわ」
「………おっかねー…」
「一番手っ取り早いもの。説得でなんとかなるレベルじゃないのは重々承知の上だし」
「じゃ、兄さんが誰かと適当にくっついて、その後あんたは?」
「レイヴァンが『セリアも一緒だろ?』とか言って国の要所につけてくれるでしょうね。下手すればそのまま爵位でもくれちゃって、女当主として適当に領地運営する姿が目に浮かぶようだわ」
「………兄さん…」
「そうならずに誰かと結婚しても、王家と懇意であるってだけで貴族からの反乱は防げるもの。正直それが一番楽ね」
「あ、じゃあじゃあ俺とは?」
「ありえないわね」
「超いい笑顔で断られた…泣きそう…」
「白々しいわよ。第二王子と、なんて、王権で問題が起こるじゃない。レイヴァンの相手がどれほど良い方であっても、私以上の地位の娘なんてそういないし、だったら『元々王太子と婚約していて実家の後ろ盾も強い私の子を王にすれば』なんて意見が出てくるわ。そんな面倒、ごめんよ」
「あー、そこまで考えてるならいっか。これからも兄さんをよろしくー」
「言われなくても、見捨てる選択肢なんて最初からないわよ。……調子に乗って反逆するなら話は別だけれど」
「兄さん国のために頑張ってー!…で、お菓子くれるの?」
にっこり笑顔で話を戻してきた。
………まあ、嫌いなタイプじゃないし…。
「いいわよ。今日は用意してないから、明日、教室にいらっしゃい」
「はーい。ありがとー」
「いいわよ。それより―――…」
にっこり笑って、釘を刺す。
「レイヴァンのために、よろしくね」
もしこれが嘘なら、レイヴァンの敵に回ったら、容赦はしない。
そう含めて微笑んだ。
エリオンは顔を引きつらせていたけど、「兄さんのためにも自分の身のためにも、野心なんて出さないよ」と言ってくれた。
これで、よし。
ちなみに翌日、甘いものが好きというから洋菓子は食べ飽きてるだろうと、あんころ餅を持っていった。
エリオンは「とても美味しいです」と猫かぶりながら目を輝かせて喜んでいた。レイヴァンが「いつの間に仲良くなったんだ?」と拗ねていたので、エリオンが帰ってから三人でポップコーンを食べた。すぐ機嫌が直って、やはりレイヴァンは扱いやすいと思った。