兄の楽しみ
「やっぱり、いくら軍事力があると言ってもこれはないと思うの。見過ごしてたら舐められるわ」
「しかし世論は反戦意見が多い上、負ける公算のほうが高い。どうするつもりだ?」
「武力制裁が駄目なら経済制裁よ。お祖父様、我が国とこの国の貿易相手とルートを調べましょう。できれば塩とか石炭とかを差し押さえたいわ」
「………ふむ、なるほど。やろうか」
祖父とそう悪巧みしてから、妹は今日も元気に策略策謀で遊んでいる。
自分がどれだけ騒ぎを起こしているか知らないで、いい気なものだ。
ある日、俺のところにジオルクが来た。
珍しい、とは思ったけど、大事な友人だ。勿論歓迎したしもてなした。
『………ヴィオラ・シュペルマン、という女を知ってるか?』
ジオルクはそこから話し始めた。
ヴィオラが来てからセリアの関心が移り、レイヴァンが落ち込んでいること。
自分がヴィオラに付きまとわれていること。
ヴィオラとの仲を応援するとセリアが言っていること。
もし交際したらどうする、とセリアに問うと、笑顔で喜ぶと言われたこと。
何故か泣き出しそうなほど胸が傷んだこと。
ぽそりぽそりとジオルクは語った。
『………なるほどなあ…』
俺が思ったことは一つだ。
大丈夫、セリアはそんな気が回せるほど周りを見てないよ、と。
大体セリアは猪突猛進すぎる。周りを一切見ない。政治的駆け引きとか社交で空気を読みまくるから一見わからないけど、突き進み始めたら周りなんか見ない。そういう妹だ。
ヴィオラの話は聞いている。面白い玩具だ、と笑っていた。セリアの関心は、そこまでだ。
二人と比べてヴィオラを取ることなんてありえないし、ヴィオラとジオルクがくっつくことによってセリアたちから離れていくかもしれない、なんてこと想像もしていない。
そもそも、セリアはヴィオラを『玩具』と称した。それが全てだ。
あくまで玩具なんだから、『この玩具は面白い』というお気に入りはあっても、所詮玩具だ。人間ではない。一時楽しませてくれたらそれで良い、というものだ。困った時に支えあい、楽しい時に笑い合う、そんな人間的な心の交流など、一切期待していない。どころか、拒否している、とすら言える。セリアはあれで区分けがきっちりしているから、玩具の分際で人間を語るな、と不快感を覚えるかもしれないからだ。
なんだかんだでここまで一緒にいたジオルクとレイヴァンとは、まるで違う。
まったく、二人はもう少し、自信を持つべきだと思う。
セリアは自己満足に浸るタイプっていうか、自分が良ければいいって性格なんだよね。
今、国の政治に携わってるのも、『綺麗に整頓したいから』だそうだ。あと、『恩を売って牛耳るため』とかも言っていた。セリアの動機なんてそんなものだ。
だから、セリアは器が広い。自己満足しか見てないから、周りがどうやいやい騒いでも、自分に支障がなければ受け入れちゃうから。
逆に言えば、支障があるのにやってあげてるってことは、そのセリアが内側に入れてるってことだよ?
勿論二人をカードとして切る時は切る。『王太子』と『ウェーバー家嫡子』の札は大きい。
でも、普段、セリアは外交用の隙のない仕様だった?
悩んで、怒って、冗談言って、笑って、楽しんでなかった?
レイヴァンはこのままで大丈夫かって、レイヴァンの将来を心配してたよ?一人の人間として、案じてたよ?
ジオルクはもっとわかりやすい。喧嘩してもいつも一緒にいるのはなんで?嫌なら避ければいいし、レイヴァンを挟んでも一緒にいたくないでしょ。
喧嘩してばかりでも一緒にいるのは、その関係が嫌じゃないからでしょ?
ここまで言ったらわかって欲しいけど、ついでにヒントを追加で出しておいた。
その一、セリアは今夢中になってることがある。そういうとき、周りのことなんか見ないし、言葉も足りなくなる。察しないで、ちゃんと聞いてみること。
その二、セリアはヴィオラのことを人間扱いしてない。完全に玩具と思ってる。じゃあ、もし仮に喧嘩友達が馬鹿で五月蠅い玩具に絡まれてたら、どう思う?交際する、なんて言い出したら、どう思う?ちなみに俺は吹き出して大笑いする自信があるよ。
その三、セリアは、っていうかうちの一家、笑いの沸点低くて、面白いことが大好きなんだ。
その四は言うのはやめておいた。まだ早いかと思ったから。
ジオルクは『レイヴァンにも言っておく』と意気揚々帰って行った。
それが、昨日のこと。
「あらお兄様、どうかなさったの?随分、楽しそうだけれど」
「うん、ちょっとね」
無自覚に周りに影響を与えてる妹がどうなるのか、とっても楽しみだ。




