公爵嫡子の胸の内
なぜだか、ここ最近調子が悪い。
「ジオルク、ヴィオラってあなたのことが好きみたいなの。私、あの子のこと応援するから、よろしくね」
何気なくセリアに言われて、鋭く胸が傷んだ。
あの馬鹿女の相手が嫌なせいだろうか。確かにうんざりするほど嫌だが、機嫌の良いセリアに言われたから、なお痛かったように思ったんだが…。
「あ、あの、ジオルク様って一時期天才児とかもてはやされたのにセリア様に全く敵いませんよね!そんなところも素敵です!」
「これほど女を殴りたいと思ったのは初めてだ」
「え!?私が初めて!?」
「殴ってもいいか?」
「いいわけないじゃないですかー。女性に手をあげちゃいけませんよ!もう!」
「おいセリア、引き取れ。この女を殴りそうだ」
「嫌よ。忙しいのに、そんな馬鹿の相手をしてられるもんですか」
「………」
「っありがとうございますセリア!ジオルク様と二人でお話が出来て、嬉しいです!」
セリアはあの女を『いじり甲斐がある』と評していたが、生憎その気持ちは欠片も理解できなかった。
話は通じないし、馬鹿だし、五月蠅いし、全然楽しくない。
レイヴァンやフランツと話して、セリアと喧嘩しているほうが、ずっと楽しい。
一方的にからかわれる馬鹿よりも、セリアのように逆にからかってくるやつのほうが楽しい。―――そういうやつを屈服させるのが、何よりも楽しい。
あんな馬鹿より、ただプライドが高いだけの間抜けより、俺が言い負かされるぐらいのやつを完膚なきまでに論破してやったら、―――きっと、ものすごく楽しい。
いつかセリアを完全に屈服させてやりたい、と常々思う。
でも、セリアは事あるごとに「じゃあヴィオラとね」と俺とあの女をくっつけたがる。その度に、不快感と痛みを感じる。
話しかけに行くっても、一応相手はしてくれるが、そういう扱いだ。何でも実は幼いころから宰相である祖父を通じて政治に口を出してきて、その業務があるから忙しい、ということだった。
そんなの、知らなかった。
婚約者のレイヴァンは知っていたようで、「ジオルクは知らなかったのか?」と不思議そうに逆に問われた。
確かに、しょっちゅうセリアが城に行ったと言っているからおかしいとは思った。だが、レイヴァンや陛下に会いに行っていたとばかり思っていた。精々祖父におねだりだろうと思っていた。
俺だけが知らなかった。今まで、ずっと知らなかった。
レイヴァンを元にしても、フランツを元にしても、基点はセリアだ。妹の婚約者、か、婚約者の兄、という繋がりがある。
その繋がりが自分にはない。
セリアはただの腐れ縁で、友達の妹か友達の婚約者で、直接の関わりもないしひどくもろいものだ。
あの女と、似たような、関係だ。
反吐が出る。あんな馬鹿と同じということも、その程度でしかないということも、それに傷つくことも。
ひどく不快だ。
完璧を目指して、いい気になって周りを見下して、結局あの頃から何も進歩がない気がする。
レイヴァンを庇うのだって、レイヴァンのことを考えてじゃない。セリアの言い分が、傍目にもあんまりだからで、まるでかつて自分に言われていたことのようで、嫌だからだ。
あの頃、俺にも守ってくれる人が欲しかった。『親』が欲しかった。
セリアのように、愛情と論理をちゃんと持ちあわせていて欲しかった。
レイヴァンが、羨ましい。
セリアのような愛情をもって導いてくれる大人がいて、泣きつく先があって、愛されていて、羨ましい。
だから、セリアと喧嘩することぐらいは貰ってもいいじゃないか。喧嘩して駆け引きして、相手を屈服させたい、と楽しんでもいいじゃないか。遠慮のないやりとりを望んでも、いいじゃないか。
結局レイヴァンのためじゃなくて自分のためで、周りを馬鹿にして向き合わなかったあの頃と変わらないじゃないか。
それを突きつけられた気がした。
そんな自分だから、未だに仲間に入れてもらえてないような気がした。
「だから、なんか、ジオルク様のお役に立てたらって…!」
それを言えば、この女は、もしかするといいやつなのかもしれない。
馬鹿でさりげなく人をけなすやつだが、俺の容姿やセリアをたしなめるところに惚れたとか言っていて、家や成績はまるで関係ないらしい。
等身大の、といえば良く言い過ぎだが、オプションなしで見てくれた。
そう言えないこともない。
だから、あえて追い払うこともなく、邪険にあしらい続けていた。
「どう?ヴィオラと交際でもする気になったかしら」
そんな折、セリアが聞いてきた。
痛みを抑えて、ある程度あの女の賛否を言って、問うた。
「交際も悪くはない、とでも言ったら、どうするんだ?」
と。
「勿論、喜ぶわよ」
セリアは一分の影もない、満面の笑みで答えた。