王子の不安
「セリアは本当はあなたのことなんてどうでもいいじゃないですか?」
「ただ駒として使ってるだけというか…」
「地位とか関係ない、あなた個人のことなんか、これっぽっちも気にしてないんじゃないですか?」
あいつに、そう言われた。
薄ら寒くなった。
確かに、確かにセリアは『俺が王太子だから、将来の王妃という地位が欲しくて婚約しているだけで、用が済めば婚約は解消する』と言ってた。
最初は、怖くて怖くてたまらなかった。
周りの誰もが俺に気を遣う世界の中で、唯一堂々と歯向かうセリアが、俺を見下すセリアが、怖くて、気に食わなくて、避けていた。
でもジオルクと出会って、仲良く話すようになってからは、あの頃の自分がいかに馬鹿だったかわかる。
誰もが駆け引きをして、腹の中でせせら笑い、常に策謀を巡らせている。
皆が皆、俺に従うわけじゃない。そんな当たり前のことが、俺にはわかっていなかった。
フランツが程よく宥めながら、世界の生きづらさを教えてくれた。
ジオルクは俺を守ってくれながら、世界の難しさを教えてくれた。
そしてセリアは、俺を導きながら、世界の広さと厳しさを教えてくれた。
どれも、自分の世界に引きこもっていたら知らなかったことだ。
新しく教えてもらったのは、そんなの知りたくない、と思うような、世の中の悪い面ばかりだった。
でも将来のために、俺のために、三人は時に身を張って、時に厳しく、教えてくれた。
いつまでも引きこもってもいられない。
俺は、トラウマになりそうなほど強烈だったとはいえ、恐怖を与えるほど強引にひっぱり出してくれたセリアに感謝している。一生付き合って行きたいと思っている。
でも、セリアはどう思っているのだろうか。
ただの駒だと、そう思っているのだろうか。
父母とピクニックに行きたいと呟いてみれば、「あら、いいわよ」とあっさり親子の時間を実現してくれて、
甘いものが食べたいと我儘を言えば「これでいいかしら?」と持ってきてくれて、最近なんか手作りのお菓子を持ってきてくれて、
懐いていた使用人が辞めて落ち込んでいたときにはジオルクと二人でそばにいてくれて、
こっちを向いて欲しい一心からキスしてもいいかと聞いたら、事もなげに良いと言ってくれた。
あれは、嘘だったのだろうか。
駒を都合よく動かすための方便だったのだろうか。
見せかけだけの優しさだったのだろうか。
家族ごっこみたいな幼稚なことをやめ、政治のことだろうことを熱心に考えているセリアは、違う世界の人のように思えた。
「………なあ、セリア」
―――俺が『王太子』じゃなくなったら、追放されたりしたら、どうする?
「婚約解消するに決まってるでしょう」
叩き壊されることで、俺がどれほどセリアのことを好きだったかを思い知った。