すがる手は振り払うもの
今回短いです。
「ジオルク、離婚しましょ」
「………は?」
『何言ってるんだこいつ』って目で見られた。その後に『馬鹿じゃないのか』がついていない分、ジオルクも家族ごっこに慣れたものだと思う。
「今までノリで家族ごっこをしてたけれど、傍から見るとやっぱりおかしいし、そろそろ年齢も年齢だからやめたほうが良いって言われたのよ。だから止めましょ」
「っと、父さん、俺と母さんを置いて出て行くのか…!?」
「レイヴァン、そういう茶番を止めにしましょうって話してるの。それとあなたは連れて行くわよ、長男だもの」
「レイヴァンは渡さないぞ…!」
「やめてジオルク、もう潮時なのよ。別れましょう」
「離婚なんてやめてよ、俺は父さんと母さんと暮らしたいよ」
「いつまでも甘えるんじゃないの。母離れしなさい」
「愛人のせいか…?」
「違う、とは言えないわね。とにかくジオルク、もう別れましょ。新しい愛に生きて頂戴」
「父さん、母さんのことが嫌いになったのか…?」
「………そうね。そういうことかしらね」
「それは」
がしっと、想像以上に強い力でレイヴァンに腕を掴まれた。
「そんなことを言い出したのは、あの女のせいか?」
苛立ちが混じった強い目で、睨まれると言ってもいいほど強く見つめられる。
腕をつかむ力は振り払えそうにもないほど強くて、少し驚いた。
「レイヴァン、決めて行動したのは私よ。ヴィオラがどうだとか、問題かしら?」
「セリア」
「確かに言い出したのはあの子よ。でも採用したのは私。文句があるなら今、言いなさい」
こっちも睨み返す。まさか、飼い犬に手を噛まれるとは思わなかった。
「………俺達より、あいつがいいのか?」
「いいえ、そんなことはないわ」
「でもあいつに唆されてるだろ。あいつが馬鹿でいじめ甲斐があるから、あいつの言うこと聞くのか?俺は、セリアの言うこと聞いて、ちゃんとやってるのに、あんな五月蠅くて馬鹿で人の話も聞かないやつのほうがいいのか?―――だったら俺も、もうセリアの言うことなんて…」
手を振り払った。
躾の時間だ。
「レイヴァン様、失礼ですけれど、ご自分のおっしゃってることがわかりまして?奇矯な茶番は止めましょうと言っただけですわよ?それが、どうしてそんなことに繋がるのか、浅慮な私にはまったくわかりませんわ。説明してくださいませんこと?」
「………せ、せり、あ…?」
今更震えたって、遅いわよ?
「私が、あんな馬鹿で破滅寸前で五月蠅くて人の話も聞かず皮肉もわからないような小娘の言いなりになってるですって?私が、あんな馬鹿を好むですって?あらあら、随分と私も馬鹿にされたものねえ。―――随分と、丸くなっていたようね」
「ひっ…!」
「やっぱり私も、あなたたちといるのが楽しくて好きよ?馬鹿やって笑って喧嘩して、とっても楽しいわ。勿論あなたのことも好きだし、無意味に怯えられて嬉しくもないわ。だから、甘かったのかしら。ちゃんと吠える度に、噛み付く度に、躾けて来たんだけれど、まだまだ甘かったのかしら。次からはもっとしっかりわからせないと駄目なのかしら。―――ところで、さっきあなた、私に逆らおうとしたわよね?」
「………!」
がたがたと震え、顔を真っ青にするレイヴァン。
「レイヴァン、あなたの前にいるのは、だあれ?」
「っせ、セリア・ネーヴィアです!俺の婚約者で、ネーヴィア家の長女で、宰相の孫の、セリアです!」
「ええ、そうね。その私が、あんな馬鹿に誑かされると、本気で思って?」
「っま、まままままさか!全然思いません!」
「そうよね。じゃあさっきのは、かるーいジョークだったのよね?茶番の延長線上の、軽いお茶目だったのよね?」
「っはい!!」
「まあ、ならつい本気にしちゃって悪かったわね。そうよね、そんなはずないものね。この私が、あんな糞の役にも立たないミジンコ以下の知能の呼吸と排泄を繰り返すだけの無意味なかろうじて生存している生命体に、誑かされて言いなりになっているなんて、そんなことありえないものね。もし本気で言ったのなら怒りに任せて決闘でも申し込んでめためたのぎたぎたにして惨めな姿で泣きながら靴でも舐めて許しを請わせて、両陛下にお伝えした上でお祖父様に相談して婚約解消して弟さんをバックアップしてお母様にお話を広めていただいて、顔を合わせる度にぐちぐち言って精神叩き折っておこうと思ったけれど、ただの冗談だものね。それならよかったわ。徹底的に潰そうと思ったら、手間がかかって面倒だもの」
にこやかに言えば、レイヴァンはジオルクに泣きついた。本気で泣いてしまったようだ。
「………お前な…」
ジオルクも、顔を青くして引いている。
「あら、名誉を傷つけられて怒るのは当然じゃなくて?久しぶりにあなたと決闘してもいいのよ、ジオルク」
「遠慮する。……で、俺の何が不満で別れ話を持ち出してきたんだ?」
むすっと、ちょっと不機嫌そうなジオルク。なんだかんだいってジオルクもノリがいいから、あの茶番を気に入っていたのだろう。
「飽きたのよ、あなたに。今まで喧嘩も多かったし、子供にも悪影響が出るから、すっぱり別れようと思ったの。きっと三年後にはいい思い出になってるわ」
「………ふうん」
あら珍しい、皮肉の一つも返ってこないなんて。
都合がいいから指摘はせず、「そういうわけだから、よろしくね」と話を打ち切った。
その後、あまりに高圧的な態度をとる隣国を攻めるかどうかでもめていたから、しばらく学校生活のほうまで手が回らなかった。
だから気づいた時には、もう全部終わっていた。