馬鹿を面白がるのは、何もヒーローに限られたことではないでしょう?
「だから、私は悪くないんです!悪いはややこしい決まりがある社会のほうなんです!」
「決まりを覚えて順応しないあなたが悪いのよ?」
「正論はいらんです!慰めろです!」
「やだ、なんで私が?何かくれるの?」
「最低ですこの人!さいてー!」
「んふ、私がその気になればあなたの首を切ることも一家露頭に迷わすことも出来るのに、よくそんなことが言えるわね。明日から家名を奪われたい?」
「ふふん、親はなくても子は育つのです!」
「育ってなーい、頭とかがー」
「丸くていい形でしょう!」
「な・か・みっ」
「頭のいい女性なんか嫌い!うわーーん!」
「私はあなたみたいな、破滅カウントダウン中のお馬鹿な子、だーいすきよ」
「なら友達になってあげても良いんですよ!」
「遠慮するわ。ペットと友情を築けるほど、出来た人間じゃないもの」
「………どうも?」
「動物並の知能しかないってけなしたのよ」
「っむきーー!なんですと!?てっきり、ペットにしたいほど可愛いって言われたのかと!」
「私、いくら可愛くても、誰かのペットにされるのはごめんだわ」
「騙しましたですね!?」
「騙しましてませんですね」
「大体このみすぼらしい食べ物はなんですか!木の枝みたいで、みっともない!」
「それを喜んで食べてる王太子がいる前で言っちゃうんだー。すごーい」
「あなたには王太子様を敬う気持ちが足りないんですよ。いくらあなたに怯えて尻尾を巻いてご友人に泣き縋って鼻水垂らすようなお方でも、この国の王太子様なんですから、一応」
「レイヴァンに面と向かってそこまではっきりけなした人、初めて見るわ。それで悪意がないっていうのが、もう救いがないわよね」
「一つ毒味してあげます。セリア、一つ食べて下さい」
「毒味はどうしたのよ」
「毒が当たって私が死んだらどうするつもりですか!セリアなら、自分で作ったものだから自分に毒は盛らないでしょう!」
「私が毒を盛る前提なのね。ていうか、もうレイヴァンが散々食べた後よ?」
「じゃあ毒味は十分ですね。毒味してあげましょう」
「毒味の意味は辞書で引くといいわ」
「……むっ!これは…!」
「セリア!こいつが芋けんぴ取った!」
「レイヴァン、面白いからやらせておきなさい。もう沢山食べたでしょう」
「けしからん!けしからんです!これは私が責任もって処分します!」
「美味しい?」
「はい」
「それ、私が作ったのよ」
「はっ、嘘はやめてください。あなたみたいな苦労知らずの生まれついてのお貴族様が、そんなことするはずないでしょう。よかったですね、家柄も容姿もよくて、頭の出来まで遺伝して」
「………決闘などではなく、女に手を上げたいと思ったのは初めてだ」
「ジオルク、やってもいいけど、さらに五月蠅くなるだけよ。ヴィオラも、私も苦労せず出来たわけじゃないのよ?」
「五月蠅い!それじゃあ私が駄目だったのは努力しなかったからって言ってるようなもんじゃないですか!」
「自覚があるのは素晴らしいけど、駄目なのは過去形じゃなくて現在進行形よ?」
「………褒められました?」
「いいえ、けなしたわ」
「っひどい!」
「ひどいのはあなたの頭の出来よ」
ああ楽しい、と笑っていたら、
「………セリア」
レイヴァンに袖を引かれた。
「セリア、明日は三人だからな!絶対!」
「いいわよ。一転一人ぼっちになって泣くヴィオラも楽しみだし」
「っあなた鬼ね!」
「嫌なら縁を切ってもいいわよ。あなた五月蠅いし」
「五月蠅くさせてるのはあなたよ!それと、一人ぼっちでかわいそうな私を見捨てる気なの!?ひどいわね!」
「見捨てるって、最初からそうだけど?何も状況変わってないじゃない」
「え!?」
「レイヴァン、明日は豪華なもの作って持ってくるわね。ジオルクが気に入ってたおせんべいも持ってくるわ」
「わー!ありがとうセリア!」
「期待してる」
「っ私には!?」
「ないけど?」
「なんでよ!私達友達じゃない!」
「寝言は寝て、言・えっ」
「笑顔で言わないでよ!」
「はあ?私とあなたが友達?自分の身分を顧みてから言ってくださる?」
「冷たくあしらわないでよ!あれ、結構トラウマなんだから!」
「そろそろ飽きたから帰っていいわよ」
「ひどい!私のことは遊びだったのね!」
「ええそうよ。私には本妻がいるもの。残りの芋けんぴはあげるから、とっとと消えなさい」
「もっといただかないと引けないわ!なんなら奥さんに話してもいいのよ!」
「………殺すか」
「あ、ごめん嘘」
「妻に浮気がバレたら離婚の危機だもの。口封じしましょ」
「え、キス?」
「どう聞き間違えたらそうなるのかしら」
「口で塞ぐって…」
「口封じだし、あなた恋愛小説の読み過ぎよ」
「っ今馬鹿にしたでしょ!どうせ相手もいない、寂しい女の妄想だって、馬鹿にしたでしょ!」
「安心して、あなたが何をしていようと、常に馬鹿にしているわ」
「………?」
「どうかして?」
「今、褒めた?けなした?」
「訊かないとわからないの?」
「ま、まさか!わかるわよ!」
「じゃあいいわね」
「うん!」
馬鹿って馬鹿でいいわー。
楽しんでいた私は、レイヴァンの視線に気付かなかった。
「………セリア、最近あいつとばかりいるな」
お城で二人でお菓子を食べていたら、レイヴァンがぽそりと言った。
「そうかしら。でも、あの子友達がいなくて暇だから、逃げてくるんだもの」
「楽しそうだし…」
「楽しいもの」
「………なんか、やだ」
むーっと拗ねたような表情のレイヴァン。
なんなのかしら。
そう思いつつお菓子を食べていると、
「なあ」
レイヴァンが、そっとこっちを伺ってきた。
「俺達、婚約してる、よな?」
「ええ、してるわね」
「………キス、してもいい?」
「………」
思わずまじまじとレイヴァンを見てしまった。
キス?
今までそんな素振りは一切なかったのに、キス?
「……急にどうしたの?」
「………いいから、してもいい?」
「キスぐらい別にいいけれど、別にキスしたからって何も変わらないわよ?」
「……いいの!」
レイヴァンは私の肩を掴んで、じっと見つめて、
「………」
そっと目を逸らした。
恥ずかしくなったのね。ほっぺ赤いわよ。よほどそう言ってやりたかったけど、子供だしそんなものだろうとやめておいた。純情なレイヴァンのほうが可愛くて、操りやすいし。
「で、どうしたの?」
「………うん」
もそもそと隣に戻り、お菓子をかじるレイヴァン。
「………セリアが、あいつといるのが、嫌。俺の婚約者なんだから、俺達といればいいのにって思う。あいつ、嫌いだ」
「いるじゃない。お昼にあの子が入っただけで」
「俺、毎日は嫌って言った」
「嫌そうな日は二人で食べたりしてるでしょ?」
「俺はセリアとジオルクと、三人で食べたいんだ!だからそうしろ!」
驚いた。私に逆らえず、ジオルクかお兄様の後ろで震えていたレイヴァンが、私に命令するなんて。結構我儘はあったし何度か命令もあったが、この前ヴィオラの時にトラウマが触発されたみたいで、しばらくは泣いているかと思ったのに。
まあ、ヴィオラなんか放っといてもどうでもいいし、いいか。
「仕方ないわね、じゃあ、しばらくヴィオラはお預けね。見てたら面白かったのに」
「っセリア…!ありがとうセリア!」
「どういたしまして」
満面の笑みのレイヴァン。
それが崩れるのは、たった三日後のことだ。
「やっぱり、三人が一番落ち着くな!フランツならいても和むけど、俺は三人が一番だと思う!」
にこにことご機嫌なレイヴァン。ヴィオラにはぐちぐち言われたが、聞き流して来るなと脅したらきちんと聞いた。多少は躾が利いているらしい。
「というわけで、妻子を置いて浮気するなよ、ダーリン」
ジオルクもヴィオラがいると調子が狂うようで、三人に戻ったことで機嫌が良い。
何故そこまでヴィオラを邪険にするのかしら。お兄様に話したら、お腹を抱えて大笑いしてくれたのに。『それはいい玩具だね。でも、巻き込まれないように、友達にはなっちゃ駄目だよ』って言ってくれるぐらいだったのに。
「そうね、浮気は男の甲斐性って言うけど、ちょっと家族サービスすることにするわ、愛しい妻子たち」
「うん!三人が一番だ!」
「そこまでは言わないが、まあ、慣れているから落ち着くな」
「まあね」
そうして三人でいたら、放課後、ヴィオラに呼ばれた。
「あの、セリア様、お願いがあるんですけど…」
「良い子ぶっても、あなたの頭が残念なことは知れ渡ってるわよ?」
「お願いするから下手に出てあげてるんです!黙って享受して有り難がりなさい!」
「そこまで上から言っておいて、下手に出てるの?」
「あの…実は、その…」
ヴィオラは頬を染めて視線を泳がせ、もじもじと言いづらそうに口ごもり、
「………ジオルク様を、紹介していただけませんか?」
「もうしたじゃない」
「察してくださいよ!だから…っ、…ジオルク様のことを、お慕いしてるんです…」
真っ赤になるヴィオラ。どうやら本気のようで、物好きもいたものだと呆れてしまう。
「それで?」
「………協力してください」
「嫌よ。なんで私が?」
「あなたぶれませんねえ!」
「あなたに言われたくないわ」
「いいから、とりあえずあの家族ごっこやめてくださいよ!愛するとか、最初ぎょっとしましたよ!」
「………ヴィオラのくせに一理あるじゃない」
「私のくせにってなんですか!」
「まあでもそうね、それは聞いてあげるわ」
「当然ですけどありがとうございますって一応言っておきます」
「言いたくないしその義理もないからどういたしましてとは言わないわ。じゃ、この後用があるから失礼するわね」
「人の話の途中に失礼ですよ」
「あなたほどじゃないわ」
ヴィオラをあしらって帰る。
これは、面白くなりそうだ。