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悪役令嬢だけれど何か文句ある?  作者: 一九三
長すぎる前フリ~初等部~
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兄の挟持

 俺はフランツ・ネーヴィア。ネーヴィア公爵の長男であり、この国宰相の孫だ。

 父母は俺達を愛してくれているし良い人たちだと思うが、政治には向かない。だから俺が、祖父の跡を継ぎたいと思っていた。

 でも、祖父は俺ではない後継者を見出したようで、無理だった。

 俺はそれでもネーヴィア家の長男として、意地でしがみついていた。


 ………なんて言えば、誤解されるだろう。

 俺には、妹が一人いる。

 ややツリ目だが我が妹ながら美人で、二つ年上の俺より頭が良くて、行動力があって、王太子の婚約者の座を勝ち取った、なんでもできちゃう妹がいる。

 祖父は、そんな妹を気に入っている。

 俺はそんな妹が、妬ましい。




 始まりはいつだっただろうか。

 妹は、ある日から可愛らしい猫を脱ぎ捨て、大人の顔を出した。

 祖父と対等に難しい話をして、父母を言いくるめて、大人の人とやりあって、遠い人みたいに振る舞った。


 俺への態度が変わったわけじゃない。変わらず「お兄様、お兄様」と懐いてくれる。それは可愛らしいと思う。

 でも、妹が羨ましいのだ。

 大好きな祖父に認められて、対等に話す妹が。

 自分より年下なのに、自分よりしっかりしている妹が。

 ひどく羨ましい。


 祖父や両親から、妹と比べて叱られたことはない。かと言って「妹はあなたとは違うから」と諦められているわけでもない。どちらかといえば、「妹はああいう子供で、あなたはこういう子」ときちんと区別しているみたいだった。妹は外遊びが好きだけど俺は中遊びが好き、みたいに、優劣もなく受け入れられていた。


 でもどちらが優れているかは子供の目にも明らかで、それがただの子供扱いにしか思えなかった。

 お兄ちゃんなのに、妹に負けている、と、陰口を叩かれているような気がした。

 それでも、それでも、と頑張っていると、


 「お兄様、いっぱい頑張って、すごいねえ」


 妹に、言われた。

 大人から言われるように、上から。


 どんなに頑張っても、俺は『子供』で、妹は『大人』。そう、言われた気がした。

 俺は気づけば泣きだしていて、妹が呼んできたらしい祖父に背を擦られていた。





 「………なるほどなあ…」


 祖父は俺が吐き出したぐちゃぐちゃの言葉を聞いて、そう言った。

 ちゃんと、祖父や両親から愛情を受けていることはわかっているし、比べられているわけではないことも、妹が悪意なんて持ってないこともわかっている、と伝えた。

 でも、それでも、情けないんだと。

 兄なのに、妹に負けることが、どうしようもなくみっともないんだと。

 妹なのに、兄を悠々と超える妹が羨ましく、妬ましいんだと。

 こんなに苦しいなら、セリアなんかいなければよかった思ってしまうんだと。


 「月並みな言葉だが、成長はそれぞれだろう。大器晩成型もいるし、早々に才能を発揮する者もいる。確かにセリアは私から見ても天才だが、それはお前に才能がないということではないんだぞ?」

 「わかってるよ…。わかってるけど、だって、おれはおにいちゃんなのに…」

 「………ふうむ」


 祖父は困ったように笑った。


 「フランツは他の子を知らんからそう思うだけかもしれん。フランツは、同い年の子供と比べれば、随分と賢い。五つぐらい飛び級してもついていけると思う」

 「……セリアは?」

 「セリアは、…嫌な言葉かもしれんが、はっきり言って異常だ。あの子なら、二、三年も修行すれば宰相補佐として正式に雇っても問題ないぐらいになるだろうし、それから五年も経てば宰相の座を譲ってもいいぐらいになるだろう」

 「………やっぱり、セリアは…」

 「言っておくが、これはセリアが異常で、おかしいんだ。比べることはないし、セリア以上というと、異常という言葉では足りん、バケモノになる。私は、お前にもセリアにも、そんな茨の道を進んで欲しくない。セリアの賢さも、なければ良いと思わないことがないと言えば嘘になる。―――それでも、セリア以上になりたいか?」


 迷いなく、頷いた。

 祖父の言うことはわかる。心配してくれて、止めてくれてるのはわかる。

 でも、俺はお兄ちゃんなんだから。

 妹に負けたくない。


 祖父は嘆息をついた。

 それからほとほと困ったような顔をした。


 「フランツ、お前の判断を叱りはせん。だが、私にも、どうやったらお前がセリア以上になれるのか、わからんのだ。祖父として、お前になんと言ってやればいいのか、まるでわからない。情けない限りだ」

 「そんなこと―――…!」


 そんなことはない、と言おうとした。

 自分が泣き叫んで、セリアへの憎悪を吐き出しても、祖父は自分を軽蔑したりしなかった。全部聞いてくれ、真剣に考えてくれた。馬鹿なことを、と笑い飛ばしたりしなかった。それだけでも、自分の心は随分救われたのだと、伝えようとした。


 しかし祖父が、いいんだ、というように首を振ったので、声が出ることはなかった。

 そのうちにぼろぼろとまた涙が溢れて、もう一度泣いてしまった。



 思えばその時、『セリアに勝てない自分』を認めてしまったんだろうと思う。認めて、悔しくて、泣いてしまったんだと思う。

 俺は確かにセリアが憎かった。セリアに嫉妬した。負けるのが、悔しかった。


 思い返せば、俺は一度もセリアに勝ててなんかないじゃないか。

 幼いころ、何かしたいか親に訊かれた時、いつも俺が先に答えて、セリアは『おにいさまとおなじー!』と言っていた。たまにそれに気づいて『きょうはセリアのしたいことでいいよ』と言えば、遠慮無く答えていたから『譲ってもらっている』という意識は薄かったが。

 怖いお話を聞いた後、セリアと一緒に寝た時も、セリアが『だいじょうぶ、おにいさま!せりあがやっつけちゃうから!』と励ましてくれた。

 何か二つから選ぶときも、『おにいさま、さきどうぞ』と選ばせてくれた。


 いつも、いつだって、セリアのほうが『大人』だった。

 悔しかった。泣くほど、悔しかった。

 だからせめて、そこだけでも勝てるように。

 見栄だけは、張りたい。


 そうして俺はまるでセリアの兄であるかのように振る舞い始めた。




 妹は懐いてくれた。いや、いつだって懐いてくれていた。

 しかし妹以外にも好かれたのは予想外だった。

 騙している、という思いで胸が痛くなった。

 だから特に懐いてきている方と二人きりになって、尊敬していると言われた時に、打ち明けた。


 俺はこんな人間なんだ。自分を好いてくれている妹に、いなくなれと思うような人間なんだ。君みたいな子に尊敬されるような人間じゃないんだ。


 がっかりした?と、失望される恐怖と打ち明けた解放感で問うた。


 「いいえ、むしろ、なお尊敬しました」


 そんなことを言われるとは思わずに。


 その子は、生来の優しさより、作り上げた優しさのほうが嬉しいと言った。

 偽りでも、偽りだからこそ、なお俺は素晴らしいと言った。

 尊敬する、と、言ってくれた。


 「―――ははっ、照れるなあ」


 久しぶりに、心から笑えた気がした。





 その帰り道、妹と二人で馬車に乗っていた。


 「……ねえ、セリア」

 「なあに、お兄様」

 「俺、セリアのこと憎いんだ。とっても嫌い」

 「あらひどい。私はお兄様のこと大好きなのに」


 わざとらしく驚いたフリをしているが、口元は笑っている。


 「兄なのに、セリアに負けて、悔しかった。だから意地で、優しい兄のフリをしたんだ。軽蔑する?」

 「何故?お兄様が私に優しくしてくださったことに、代わりはないでしょう?」

 「じゃあ、セリアはなんで、俺のこと好きなの?こんなに、駄目な兄なのに」


 わからなかった。

 セリアが懐いてくるから、嬉しくて、痛かった。

 好かれるような人間じゃないのに、セリアみたいなすごい人に、好かれるような人じゃないのに。


 「だってお兄様、いつも優しくしてくれたじゃない」


 セリアは一言で答えた。


 「だから、それは嘘で…」

 「私が周りのこと見ずに突っ走ってる時、色々後始末してくれたりしたわ。いつだって、『兄』であろうとしてくれたわ。悔しいって、そう思うプライドの高いお兄様が大好きよ」


 だから、それも嘘で。

 兄であることだって投げ出してて。

 悔しかったけど、それはまた別で。


 言いたかったけど、その前にじろりと睨まれた。


 「私は、悔しくて、でもただで諦めることもしたくなくて、敵わなくても抗いたくて、そのために努力を惜しまない、嘘吐きのお兄様が好きなの。私のことを憎んでも、そのせいで苦しんでも、兄でいてくれるお兄様が好きなの。妹じゃないから負けてもいい、じゃなくて、兄なのに負けて悔しい、と思ってくれるお兄様が好きなの。………一体何度言わせればいいの?いつも、お兄様大好きって、言ってるじゃない」


 ぷう、と拗ねたように頬をふくらませる妹。


 俺にとって、妹は妹で、だから俺と同じ『子供』のはずで、その妹が『大人』なら自分も大人でないといけない、と思っていた。

 だって自分と妹は同じ『子供』のはずだから。

 だって俺は、お兄ちゃんだから。

 セリアの、お兄ちゃんだから。


 セリアが一人でも大丈夫なんて思ったことはなかった。セリアだって万能じゃない。後始末は大変だし、前しか見ないから危なっかしいし、結構短気だし、交友範囲狭いし。

 だから、


 「………セリアは仕方ないなあ…」


 俺は兄として、セリアの心配して、セリアの後始末して、やり過ぎたら怒って、相談にも乗る。

 なんだ、結局、気張らなくたって、俺はちゃんと、ずっと、セリアの兄だったってだけだった。



 その後、セリアに「それでも、祖父様の跡継ぐのは俺だから」と宣誓布告して、頑張った。

 セリアたちも学園に入学して、面白おかしい日々を送っているようだった。



 その充実した毎日が、一人の女の子によって、色を変えた。

フランツに懐きまくってる三人ですが、懐き度は ジオルク>セリア>レイヴァン です。


三人からフランツへの思い

ジオルク:救ってくれた人。尊敬。憧れている。忠誠誓うぐらい尊敬してる

セリア:優しい兄。有効活用中。尊敬してるし好きだけど、表面上穏やかで上手く使えて裏切りの可能性がないなら本心がどうでも良い

レイヴァン:守ってくれる優しい人。セリアを止められるすごい人。普通に近所の優しいお兄ちゃんに懐くレベル


今は同い年の三人で固まってるけど、四人でいるときの中心はフランツ。

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