脱ぼっち兼閑話
脱ぼっちの話と閑話が短かったので同居させました。
「じゃあ以上。宿題を忘れないように」
授業が終わり、教師が帰っていく。
これから楽しい放課後の時間だ。
だが、一部浮かない顔の生徒もいる。
「こんな難しい問題、解けるかしら…」
「どうしましょう、わからないなんて言ったらお母様に叱られるわ…」
宿題が解けない、と嘆いている者たちだ。
―――さあセリア・ネーヴィア、今こそ出番よ…!
「あの、スワン様」
「セリア様!まあ、どうなさったの?」
「よろしければ、お教えしましょうか?」
勉強を教えることを口実に、友達になるきっかけを作る…!
このために、たまに「祖父からいただいたの」だとか「私みたいな素人が作ったのがお口に合えば…」だとか言って餌付けして、話すハードルを下げていたのだ。
断るにも、私は学年一位。勉強を教えてもらうには適任よ!
いつものレイヴァンとジオルク(邪魔者)は視線で『邪魔したらキレるわよ』と脅してあるし、ここまでお膳立てされて断れるかしらね…!
「まあ、本当に!?ありがとうございますセリア様!セリア様が教えてくださるなら百人力だわ!」
「あら私も教えてもらってもいいかしら?ちょっとわからないところがあって…」
拍子抜けするほどあっさり上手くいった。
話しながら教えたら、「ありがとうセリア様」「さすがセリア様だわ」だとか普通に懐かれた。
そういえば、よくお菓子をくれて、身分が上で、勉強も出来る同級生に懐かない理由がない。
こうして、私はこのあと考えていた作戦を使う間もなく、念願の『お友達』を手に入れたのだった。なんか釈然としない。
「お祖父様、私ってそんなに我儘だったかしら…」
「どうしたんだい、セリア」
「学校でお友達が出来たの。でも、あっさり罠にかかりすぎてつまらなかったの」
「……セリアは私の手伝いでいろいろやってくれているからねえ…」
「だってお兄様なら、その後『あら不味いことしたかしら』って思うぐらい意味深かつ素敵に微笑むし、ジオルクは絶対皮肉を返してくるし、レイヴァンなんか予想しない方向に行っちゃうわよ?そんなに素直に罠にかかっていいの?あの子達大丈夫なのかしら…」
「それはなあ…」
「成功したのにつまらないなんて、私ってそんなに我儘だったのかしら。これからどうしたらいいの…?」
「―――大丈夫だよ、セリア。セリアは賢いから、物足りなかっただけなんだ。何も同年代にこだわることはないだろう?ここで、お友達を作るといい」
「っそうね!さすがお祖父様!じゃあコーヒーの製法を盾に外務大臣とやりあってくるわ!上手くいったら美味しいカフェオレをごちそうするわね!」
「こーひーにかふぇおれか、また新しい言葉だな。まあ、行ってきなさい。しっかり特許権はふんだくって来るんだよ」
「勿論よ!行ってきますお祖父様!」
後で陛下に「ほどほどにしてやってくれ」と注意を受けた。何故かしら?ちゃんとお友達になれたのに。
***
前世の私は食に興味のない人だった。
『食べれれば良い』『腹の中に入ったら同じ』を信条に、塩と砂糖どころかカレールーと板チョコを間違えたカレーも『まあ失敗したもんは仕方ない』と食べるような女性だった。さすがに私はそこまで達観していないし味覚音痴でもないので遠慮したいが、とにかく彼女は食事にこだわりのない人だった。
なのに、何故か『カカオ豆からチョコレートを作るには』とか『白いんげん、小豆から作る和菓子(上生菓子)入門』とか、無駄な雑学知識は蓄えている人だった。砂糖と間違えて塩を入れたチョコチップクッキーを『ビスケットみたいで美味しいよ』と普通に食べる人間だったくせに…!
そして私は、彼女が食に興味がなかった影響か、彼女ほどではないが食に拘りはない。
前世の記憶があるので、彼女の無駄雑学も溜めこまれている。
その結果、
「セリアは食事に興味がないのに、よくこんなにいろいろな料理を思いつくな」
……こういう、不思議キャラになっていた。
「気にしないでくれる?それよりレイヴァン、ポタージュの味はいかが?」
「うん、とっても美味しい!馬鈴薯がこんなに美味しいなんて知らなかった!」
馬鈴薯、つまりじゃがいもは、芽に毒があるし、見た目も悪いし、土の下にできるし、敬遠されていた食材だ。実際には北の小麦もろくに育たないような土地でも栽培できる上、ビタミンも豊富で非常に優れている。現に、じゃがいもの料理法と栽培法を広めれば、それであっという間に広がっていった。
「この前の、スイートポテトも美味しかった!また作ってくれ!」
南の地域では、さつまいもを栽培させている。やはりさつまいもも、食物繊維も栄養も豊富ないい食材だ。芋にしては甘いので、専らお菓子などで注目を集めている。
「ええ、勿論。また試食お願いね」
「うん!」
レイヴァンの餌付けも、前世知識のおかげでばっちりだ。二人で仲良くお菓子を食べる、なんて、どこからどう見ても本物の婚約者同士にしか見えないだろう。
レイヴァンは懐いてくれているし、私も、レイヴァンとなら結婚してもいい。
それは家柄とか利益とかからじゃなくて、レイヴァンだから。
少なくとも他の攻略対象(ミステリーな後輩、お兄様除く)とは絶対嫌だけど、レイヴァンならいいかと思える。
それはレイヴァンの操縦しやすいところなども理由にあるけど、他にも…。
だって、レイヴァンは、レイヴァンだけは…。
「―――セリア?」
考えていたら、レイヴァンに覗きこまれていた。
つい、考えこんでしまったのだろう。いけないいけない。
「ごめんなさい、レイヴァン。ちょっとぼーっとしてたわ」
「セリアがぼーっとするなんて…珍しいな。疲れてるんじゃないか?大丈夫か?」
純粋な心配がレイヴァンの目に浮かぶ。
………数年後、レイヴァンに追放されるフラグはすでにへし折ったのではないかと思える瞬間だ。
「ええ、ありがとう。大丈夫よ。ちょっと傲慢な隣国を攻めようかと考えていただけ」
「……そ、そっか…」
「それよりお茶のおかわりはいかが?入れてあげるわよ?」
レイヴァンと穏やかな一時を過ごした。
「―――それでセリア、これはなんだね?」
「寄木細工よ。木の目で模様を作ってるの。ちょっと不格好だけど、素敵でしょ?それはクロワッサンね。いかに生地を薄く伸ばして重ねるかが勝負だったわ。そっちはドーナツ。穴が空いてるから火の通りが早いの。そっちはマカロン、女子力の象徴よ」
「………」
「で、こっちが鉛筆。黒鉛を木で挟んだもの。これはシャンプー、髪を洗う専用の石鹸ね。これがハーブティーで、あれがお茶碗で、それが草履ね」
「………お前が何を目指しているのか、わからんよ…」