ゆびきり
ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます。
日本人なら誰しも一度は聞いたことのある、あの唄でございます。
針を千本も飲ますだなんて、恐ろしい話ですねぇ。
昔は今じゃとてもじゃないができない酷い拷問や、哀しい風習が数多くありやした。
それが今も唄として、唄い続けていられるんですねぇ。
そう考えるとあっし、胸が熱くなる思いでありやす。
おっと失礼。話がずいぶん逸れちまいましたね。
嘘は泥棒の始まりとも言いますから、そらぁもういけないことなんです。
それにね、嘘を罰する人の身にもなってみなさい。
針を千本用意するのに、針屋は大忙し。お裁縫する娘さんは、家に針がなくてあら大変!
あっちの村とこっちの村にある針をかき集めても、一つ二つの村じゃ集めきれませんね!
ならば今度は針を買いに、大勢で遠出するしかありやせん。
人が出払ってる間、畑も田んぼも荒れ放題。
すると収穫の時期に収穫できるもんも、できなくなっちまいます。
米は採れず、年貢も納められず、生活ばかりが苦しくなる。
あーら大変!村存続の危機の、一大事でございます!
だから、嘘はいけないんです。
嘘をついたら、嘘を裁く人が、あとが大変なんですよ。
え?今日は教訓の話だけだって?
まっさかぁ!あっしがそんなわけないじゃありやせんか!
ちゃーんと、今日も不思議なお話を仕入れてきましたよ。
この唄、最後になんて続くかお客さん達ならご存知かと思いますが、そうです。
針を千本飲むのも恐ろしいですが、約束したからには、あれをしないといけやせん。
そう、今日はゆびをきった遊女のお話でございます。
昔からの唄には諸説ありやすが、番をもてない遊女が心を決めた男には、自分の指を切って愛を伝えたのでございます。
切るのは約束する時に必要な、小指。
つまり小指がなくったら、もう他の誰とも約束ができないわけです。
だから遊女から渡された小指を持っている男だけが、その遊女と約束できる、唯一の男となるわけです。
これを畏怖するか羨ましがるかは、お客さん達次第。
愛なんてものは、当の両人達さえ満足していれば、荒波立たないもんなんです。
というわけで、これはとある男と、その男に心を預けた遊女―――イツキ太夫のお話でございます。
遊廓で遊ぶ金はあるものの、身請けするまでには至らなかった男は、それでもイツキ太夫の元に通いつめ、愛を育んでおりました。
ねぇ旦那様。わたし、姉様達からすごい話を聞いたの。
へぇ。どんな話だい?
ゆびきりげんまんというお唄よ。旦那様は、知ってらっしゃる?
ああもちろん。こうやって、小指と小指を結んで約束するんだろう?
ええ。だから小指がないと、約束ができないのよ。
そうかそうか。普段はほとんど使わない小指にも、そんな大事な役目があったとは。ならこれからは、小指も大切にしなくてはいけないなぁ。
それでね、遊女は心に決めた殿方に、自分の小指を差し出して、真の愛を示すんですって。
ほう、それは興味深い話だ。お前が最近おれの小指ばかり噛むのも、それと関係があるのかい?
うふふふ、旦那様ったら隙がないわね。旦那様の大きな手が小さくなるのは、悲しいわ。
おれもお前の真の愛が貰えるのは嬉しいが、それでお前が痛い思いをするのは嫌だ。
でも旦那様。わたし、本気よ。
えっ?
わたしはここから出られないけど、せめて一部だけでも、あなたと一緒に外に出たいの。
だが、こんなにきれいな指じゃないか。それに指がなくなったら、もう客がとれなくなる。
旦那様、小指は足にもあるのよ。
あっ。
足の小指なら、体の指の中でも一番小さいし、着物や足袋で隠せるわ。
だ、だがな。
ねえ、お願い。あなた以外の殿方といる時のわたしの胸の痛みに比べたら、これくらいちっとも痛くないわ。
イツキ太夫の強い想いに心打たれた男。
男は次の相瀬の時にこっそり持ち込んだ刃物で太夫の右足の小指を切り落とし、火鉢の中の焼石で傷口を塞ぎました。
それから太夫は三日三晩熱を出して床に伏していましたが、その間ずっと幸せそうな笑顔だったとか。
さて、太夫の小指を持ち帰った男はというと。
いくら愛している人のものでも、所詮は肉。
時が経てば腐って虫が沸いてきてしまいます。
そこで男は家で三日三晩悩んだ後、小指を釜で茹でることに決めました。
肉を柔らかくして削ぎ落とし、骨と、熱湯に残っていた爪を小袋に入れ、首から下げることにしたのです。
太夫から真の愛を得られた幸福感か、骨にまだ熱湯の余韻が残っているのか、小袋がある男の胸は、いつも暖かかったそうな。
それは冬になれば一層暖かくなって身に染みり、男はきっと太夫が守ってくれているのだと、肌身離さず小袋を持ち歩きました。
まっ、言うまでもありませんね。へへっ。
冬といえば、遊女は冬でも裸足でいることが粋だとか。
なので猫を飼い、足元を歩かせることで暖をとっていたんだと。
それはもちろん、イツキ太夫とて同じ。
しかし太夫は猫を飼わず、足袋も履かず、いつも右足を着物で隠しているだけでありました。
あの日から足袋を履こうとすると、もう痛まないはずの傷口が痛みだし、火がついたように右足が熱くなるのです。
なので太夫は人前に出る時は、足が痛いと言って極力歩かないようにすごしていました。
座敷に座っている今も、右足からの柔らかな熱が全身を覆い、冬でも寒さは感じません。
まるであの男がずっと傍で守ってくれているようだと、太夫は男との相瀬を恋い焦がれ、人知れずこっそり泣いておりました。
相思相愛なこの二人。
この二人がこの後一体どうなったかと言うと…………。
実はこのお話は、これでおしまいでございます。
遊女と客として相瀬を重ねた二人は、誰にも慕情を気づかれることなく、それぞれの寿命を終えました。
表に出ることができなかった二人。
せめてあの世では、仲睦まじく暮らしていてほしいものです。
ところで指って、親指からひーふーみーと数えますと、小指は五番目ですね。
え?なんの話かって?
いんや、ただの蛇足でございます。
これにてイツキ太夫のゆびきりのお話は、お開きとさせていただきやす。
ご清聴、ありがとうございました。へへっ。
終