part.2
アル爺の店を後にしたブレイクとエリスは、街を歩いていた。今回の血族も純血だと分かったブレイクの足取りは、力強い音を立てていた。
「まるで子供ね」
「何がだよ」
「相手が自分の目的だって分かった途端それだもの。さっきまでのあの足取りはどこに行ったのかしら?」
呆れるような口調のエリスに対し、ブレイクは頬を数回指でかき、話を誤魔化すかのように話し出した。
「……今回の件が純血だってのは分かったけど……問題は“もう一つ”の方だな……」
「……“少年”?」
「ああ。ソイツが血族なのかどうかは分からねえ。でも、鍵を握ってるはずだ。能力しか分かってない血族を探すより、そのガキを見つけた方が手っ取り早いかもな」
そう淡々と告げるブレイクに対し、エリスはどこか浮かない顔をし、小さく“そうね”と呟いた。それはその少年が血族だった時のことを考えてのことだった。
彼は……ブレイクは、少年が血族だった時、砂に変えるのだろうか……
それを思うとエリスは胸を締め付けられる気分だった。
おそらくブレイクは、その“目的”の為であるならば、その少年が血族だった時、迷うことなく砂にするだろう。
それは、エリスにも想像出来ることだった。だからこそ彼女は祈るような気持ちだった。少年が血族でないことを。ブレイクが少年を手にかけないことを。
二人は聞き込みを開始した。
しかし、その対象は大人ではなく、年端もいかない少年少女であった。
彼らは分かっていた。大人は簡単に嘘を付く。自分の身を案じ、白を黒と、黒を白と簡単に嘘を付く。その口から出る“真実”は、その実、信用性に乏しい。
しかし、子供は違う。利害を考えず、ただ純粋に真実を口にする。
それは時に残酷でもある。思いもしない言葉を発することもある。だが、ブレイク達が欲しがるのは、残酷であっても“真実”なのである。
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「……思ったより集まらないなあ」
「そうね……もともとこの街の子供じゃないのかも……」
二人は街の中にある食堂にいた。夕食時の食堂にはたくさんの人が空腹を満たしにきていた。仕事帰りの者、買い物帰りの者……様々な人々がテーブル上に並べられた食物を会話をしながら食べている。
ブレイクはそんな状況が苦手であった。しかし、嫌々ながらも腹は減る。仕方なく食事をするブレイクだったが、彼のストレスは高くなっていた。
それは、話し声が溢れる食堂だけが原因ではなかった。彼らは街を歩き回り、情報を集めようとした。しかし、予想よりも情報は少なく、血族どころか、少年に関する情報もほとんど得られなかった。
「今のところ、分かったのは銀色の髪のガキってだけか……」
「目立つ髪ではあるけどね……」
「目立つ色の髪なのに、ほとんど情報がないなんてなぁ」
「これは、長期戦になるかもしれないわね……
ああ……メンドクサ――――」
そう呟いたエリスは、ふと右を見て固まった。
しかし、イスにもたれ掛かっていたブレイクは気付かない。
「だよなあ……ひょっこり俺らの前に現れてくれれば早いんだけどな…………
まあ、そんなに上手くいくわけ――」
「――ねえ……ブレイク……」
「あ? なんだよ」
「少年の特徴って、銀髪だったわよね」
「だから、そういう話してただろ……」
「もしかして、“アレ”じゃない?」
「“アレ”?」
ブレイクは、エリスが見つめる先を注視した。
そこには、一人の少年の姿があった。
……その少年、銀色の短髪を靡かせ……
「アレだあああ!!」
「ちょっとブレイク! 声が大きい!!」
二人は身を机に屈ませ、机の端にあるメニュー表で顔を隠した。そしてその隙間から少年の動きを観察する。
年は、10歳といったところか。情報の通り、銀色の短髪である。色黒で小柄。上衣は緑色のノースリーブシャツ、膝までのハーフパンツであった。一見すると、ただの普通の少年である。
その少年は、周囲をキョロキョロと見渡し、何かを探しているようだ。
「……何してるのかしら」
「さあな。ま、見てりゃ分かるだろ……」
その少年は、酒に酔い、机に伏せて眠る中年を起こし、何かを耳打ちし始めた。するとその中年男性はすぐに起き上がり、ヘラヘラ笑いながら少年と共に外へと出ていった。
「……付けるぞ」
「……ええ」
それを追い、二人もまた、暗闇が広がる店外へと足を運んだ。
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外は人影が数えるほどになっていた。街の灯りも少しずつ減り始め、今日という日に終わりを告げるかのようだった。
少年と中年男性は、そんな街を歩き続けていた。
「どこに行く気かしら……」
「……この方向からすると……町外れか?」
ブレイクの予想は当たっていた。少年と男性は、徐々に市街地から離れていった。そしてやがて、岩肌が目立つ町外れに辿り着いた。
岩の陰に身を潜めたブレイクとエリスは、二人の姿を静観していた。二人は、会話をしていた。
「おい小僧。本当に、タダで美味い酒が飲めるんだろうな?」
中年男性は、どうやらそのことで呼び出されたらしい。
(んなわけあるわけないだろう……)
ブレイクは、そんな卑しい男性を蔑むような表情で見ていた。
すると、少年は、なぜか男性から数歩後退りして遠ざかった。男性は周囲を見渡し、それに気付いていない。
「……なんだ?」
少し離れたところで、少年は目を瞑った。
――その瞬間だった。
グシャ――
辺りに鈍い音が響き渡る。男性の頭からは、何かが生えていた。……いや、何かが“貫いていた”。
「な――――!!」
ブレイクは驚愕の声を上げ、身を乗り出した。
「あば……ばば……」
男性の頭からは鮮血が吹き出す。体はガクガク痙攣し、目は白目を向き、口からはドボドボと血液が流れ出ていた。
男性の足元からは“何か”が地面を突き破り、上に伸びていた。そしてそれは、男性の下半身から頭頂部まで突き刺していた。
その光景はあまりに残虐だった。一目見れば、もはや助からないことが明白だった。
男性を突き刺したのは……植物の蔓だった。
「何てことを……」
エリスは口を覆い、絶句していた。ブレイクは眉間に皺を寄せ、死んだ男性の横に立つ少年を睨み付けていた。
「……なんだ、今日の飯は、酔っぱらったオヤジかよ……」
突然暗闇の奥から、声が聞こえた。そして、その声の主はヌルリと闇の中から姿を現す。
「しょうもない人間なんて連れてくるじゃねえ、ビスク……」
「ご、ごめんなさい……」
睨む男に、少年――ビスクは身を小さくしながら、謝罪の言葉を述べる。その姿は絶対服従と言えるほど、少年は怯えきっていた。
男はそんな姿に心の中がざわついていた。更に、その男は気付いた。
「チッ……しかも、“妙な客”まで連れてきやがって……よぉ!!!」
「――!! 避けろエリス!!!」
「―――ッ!!」
ブレイクの叫びで、エリスとブレイクはその場から飛び出す。その瞬間、ブレイク達がいた地面からは、尖った蔓が突き出る。
「お? かわしやがったか……」
男は余裕の笑みを浮かべ、ブレイクたちを見ていた。
その姿、頭髪は緑に染め、肩までの毛は一本一本がパーマのように捻れている。服装は黒い長袖シャツに青いズボン、靴は履いておらず、地面を踏み締めるように立つ。
「……さてはお前ら、イェーガーだな?」
男はニヤリと笑う。まるで、新しい玩具を手にいれたかのような表情を浮かべる。
ブレイクとエリスは、男の前に立った。男の姿を見たブレイクは、漂ってくる匂いを感じ、その男こそ、今回の“目的”であることを理解した。それはエリスも同じだった。それほどその男からは、邪気のような禍々しい空気が感じられた。
「……ああ、俺たちはイェーガーだよ。テメエ、純血だろ?」
男は不敵な笑みを浮かべる。
「ほう……俺たちのことを知ってるとはな……まあいい。せっかくだから名乗ってやるか……
俺の名前はプラント。“培う者”の血の名を持つ純血の血族。
……さあ、もう満足だろ? ――さっさと、喰われろよ!!!」