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ブルート・イェーガー~血ヲ狩ルモノ~  作者: 井平カイ
episode.2『無様でも何でも、生きてみせろ!!』
8/11

part.1

 そこは、どこかの夜の深い森の中だった。幾重にも重なる枝に遮られ、月明かりすら通さない深い森……そこは音すら聞こえない。生き物がいるのかすら疑いたくなるような……暗い森の中だった。


「はあ……はあ……」


 森の中で、一人の少女が肩で息をしていた。両の手には、剣と銃を融合させた武器――ソードガンを二本携えていた。

 少女の体には擦り傷、打撲痕が目立つ。凛々しかったであろう顔は、所々腫れ上がってしまっている。それでも立ち続ける少女は、“何か”の攻撃に備えていた。


「――――!!」


 少女の上から、一人の男が強襲する。男は少女に拳を振り下ろす。彼女は間一髪で体勢を後ろに反らしかわす。だが、それも男の術中か。男は着地と同時に少女に向かい飛び上がる。そして、体を縦に回転させ、勢いを付けた蹴りを少女に打ち込む。


「ガッ――――!!」


 少女は再びそれを顔に受け、苦悶の声を漏らす。後ろに飛ばされた体は、抵抗することなく木に叩きつけられる。衝撃で木は揺れ、緑の葉が舞い落ちる。


「――クソッ!!」


 少女は閉じかけた(まぶた)を必死に開け、刃の根本にある銃口を男に向ける。引き金を引き、数発の弾丸が発砲音と共に男に放たれる。

 ……それでも、それは男を捉えることはない。男は体を屈み、弾丸を全てかわす。同時に、男は一気に駆け出し、少女との距離を詰める。


「なッ――!?」


 少女は慌てて受けの体勢をとろうとするが間に合わず、男は少女の腹部に重い拳を突き入れた。


「ガハッ――」


 鈍い音と共に少女は吐血し、両手に持つソードガンを力無く手放した。

 そして男は、そのまま少女の(あご)を右手で掴み、少女の体を宙に上げた。

 少女は虚ろな目をしながらも男を睨み付けていた。その表情は怒りと憎しみで酷く歪み、そのあまりの感情から、少女は涙を流していた。


「…………」


 男は、しばらく少女の顔を眺めた。そして何を思ったのか、そのままの体勢を維持し、少女に問い掛けた。


「俺を、殺したいか?」


「――当たり前だ!!!!」


 少女は怒りの叫びを上げた。その声は、漆黒の森に響き渡る。

 ……男は、少女を乱暴に投げ捨て、落ちていたソードガンを少女の顔の横に突き立てた。


「だったら、生きろ。生きて、いつか俺を――殺せ」


 そう言い残し、男は少女から離れて行った。

 少女の心は悔しさに溢れていた。地面の土を握り締め、俯き、歯をギリギリ鳴らす。


「貴様ああああああ!!!」


 少女は男に向かって叫ぶ。その声に、男は足を止めた。


「私は!! いつか必ずお前を殺す!!

 ――必ずだ!!!!」


 男は振り返ることはなかった。

 しかし、その瞳――深紅の瞳は、どこか安堵を浮かべているようにも見える。


 そして、男は森の奥に消えた……




 ==========





 ――スレイド地区中央部首都スレイド――


 その街は人で賑わっていた。まるで祭りでもあるかのように人々はうねりながら往来し、道の端には至る所で出店も出ていた。食料、工具、武器、衣服、薬剤……その街に来れば、大抵のものが手に入りそうなほど、各種店舗が建ち並ぶ。

 ここはスレイド地区の首都。人々が特別な理由もなく集まる場所であった。


 そんな街の人混みに、二人の姿があった。


「……やっぱ、ここは苦手だ」


「止めてよブレイク。そんな顔してたら、見てるこっちまで疲れてくるわ……」


 ブレイクは疲れきった顔をしていた。肩を落とし、溜め息を吐き続ける。

 ブレイクは元々人が多い場所が苦手だった。その理由は、彼の瞳にある。深紅の瞳は、この世界では非常に珍しいものだった。それにより、行き交う人々の視線は、自然とブレイクの瞳に注目していた。

 そんなブレイクを、エリスは口をへの字にして見ていた。彼女は、ブレイクがそんな顔をしていることに、少し残念な気持ちを抱いていたからだ。

 しかしブレイクは、そんな彼女を見ることなく、再び不満を口に出す。


「だいたい、何で俺がエリスの買い物に付き合わないといけないんだよ! 一人で行けよ、一人で……」


「ブレイク、忘れないでよ? これは、一応調査なんだからね」


「……大半の目的は、お前の“獲物”の受け取りだろうが……

 俺は完全に巻き添えだよ……」


「しょうがないでしょ? アブドラ地区で、けっこう無理させちゃったし……一度しっかり整備してもらったのよ」


「相変わらず、お前の獲物はメンドクサイな」


「使い勝手はいいわよ」


 二人は他愛もない話をしながら歩いていた。その姿は、傍から見るとただの少年と少女に見える。しかし道行く人は知らなかった。……彼らがイェーガーであることを。

 イェーガー現るところに血族あり……いつ頃からか、人々はそう陰口を言うようになっていた。

 もちろん、それは真実とは異なる。血族がいるからこそ、彼らは現れるのであった。……しかし、人々はその真実から目を背け、彼らを不吉の前触れとした。

 それは血族との戦いへの不安の形でもあった。自分たちの為に命懸けで戦う彼らを、皆口々に(ののし)る。助けている人々を、皆口々に(さげす)む。そうすることで、人々は自分たちの無力さを誤魔化し、誰かのせいにすることが出来ていた。

 ……それは、どこの世界でも同じなのかもしれない。


「着いたわね」


「ああ。俺、久々だな……」


 二人は、首都の裏通りにひっそりと(たたず)む、一軒の建物の前にいた。

 屋号を示す看板はない。一見するとそこは廃屋にも見える。壁は灰色の土壁で、すっかり劣化し、触るだけで土の破片がパラパラと落ちる。窓も割れていたが、取り替えるつもりはないらしく、木の板が乱雑に打ち付けられていた。

 ブレイクは(すす)汚れた扉を開けた。中は薄暗く、骨董品とも言える武器や防具、使用方法も分からない妙な機械類が並んでいた。


「アル(じい)ー! 生きてるかー?」


 ブレイクは声を出し、“アル爺”なる人物を呼び始めた。


「……まだ死んどらんわい」


 店の奥から、ゆったりとやってきたのは初老くらいの年齢を感じる男性だった。頭部は白髪しかなく刈り上げられている。服装も布のゴワゴワした着物のようなものを着ていた。その老人の姿を見ても、この店が何をしているのかは想像できない。しかし、その老人の目はどこか他の老人と違うものがあった。皺くちゃの目尻の奥には、揺るぎない何か強い意志のようなものを感じてしまう。一言で表すなら、“職人”というものだろう。


「アル爺、私の武器の整備は終わった?」


「ああ。……お前さん、かなり使い方が荒いようだの。色んなところのパーツを取り換えることになったぞ」


 老人はそう言って、布に包まれた“何か”をエリスに渡した。それは長く、所々が膨らんでいた。


 彼――アルフェルス・ボドウィンは、数少ないイェーガー専門の武器職人だった。イェーガーの武器の開発、整備、改良……それらをこの老人が行っている。イェーガーは、彼に親しみを込めて、“アル爺”と呼んでいた。

 

「で? ブレイクよ。お前さんはワシに何か用があるのか? ――お前さんは、決して武器の注文なんぞしないからな」


「分かってるじゃねえか。――早速だが、先日アンタが送った報告について確認させてくれ」


 ブレイクは真剣な表情をアル爺に見せた。その顔を見たアル爺は数枚の写真を差し出す。それに写されていたのは、人が無残に“喰われた”写真だった。


「……つい二週間程前から、そのような死体がこの街の至る所で見つかる様になった。そして、死んだ奴らには、ある一定の共通点があった」


「共通点?」


「そうじゃ。……死ぬ前に、年の瀬は10歳くらいの少年に話しかけられていたそうだ」


「少年……」


「――それと、ヨハンの小僧が、ブレイク、お前さんをこっちによこしたのは、おそらく、その写真のせいじゃ」


「………」


 ブレイクが見つめる写真は、人の惨殺死体である。しかし、その写真には共通点があった。

 死体の自由を奪うためなのか、全ての死体が手足を縛られていた。そして、それに使われていたのは……


「これって……植物の、(つる)?」


 死体には、植物の蔓のようなものが手足に巻き付いていた。そして、蔓の一部が皮膚を突き破っていた。


「……まあ、少年の素性は分からないが、喰ってるところを見ると、血族の仕業に違いはなかろう。だが、その血族は写真の通り、ちと変わっておる。――ブレイク、お前さんはどう思う?」


 アル爺は、意味あり気な目線をブレイクに送った。もちろん彼は答えなど分かっていた。ブレイクもそれに気付いている。それでも彼は、決意を固めるかのように、強い口調でその答えを口に出した。


「――ああ。コイツは、純血の仕業だ」 


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