part.2
「――ほざくな、ガキが!!」
巨漢は一直線にブレイクのところに突っ込んでくる。次の瞬間、巨漢はブレイクの目の前に迫る。巨漢との距離は十数メートルはあったはず……だが今奴は目の前にいる。
ブレイクはまだ構えていない。両手を力無く下げる。
「吹き飛べぇぇぇ!!!」
叫びとともに巨漢は、若い女性の腹部程もある豪腕を振り下ろす。
激しい暴音と共に埃と煙が舞い上がり、視界を遮っていた。
タイミング的には避けようもなかった。巨漢はその体に似合わず一瞬でブレイクの目の前に移動した。
外にいるエリスにはブレイクの姿が見えないはずである。しかし彼女は心配していないようだ。それどころかあくびをしていた。
その瞬間、煙の中から何かが飛び出す。そしてエリスの眼前に止まったそれは、エリスに背を向けたまま言う。
「人が仕事してるのにあくびすんなよ………」
「だって、退屈なんだもん」
「じゃあ代わるか?」
「嫌よ、メンドクサイ……」
「どっちだよ……」
ブレイクは終始暇そうにするエリスに、呆れるような苦笑いを浮かべる。
煙が晴れると、それまでブレイクが立っていた位置に大きな空洞が出来ていた。建物は作りは古いが床自体は石を並べたものであり、しっかりとしたものである。――そのはずであった。そこに空いた大きな穴は、巨漢の攻撃が如何に強大であったかを物語っていた。
「……うまく避けたな……中々素早いな……」
凄む巨漢。しかし、当の二人に緊張感はない。むしろ、面白くもない芝居を見るかのように、冷めた雰囲気だった。
「……だが、いつまで持つかな!」
叫ぶ巨漢は再びブレイクの前に飛び出す。そして、先ほど降り下ろした豪腕を、前後左右に連打する。触れた木箱は粉砕し、掠る角材はへし折れる。風を引き裂くような轟音は、絶えずブレイクを狙い続ける。もし直撃でもすれば――いや、掠りでもすれば、巨漢より遥かに小さなブレイクの体は、粉々となるのが容易に想像出来る。
……しかし、いくら狙おうとも、いくら轟音を走らせても、その巨大な腕がブレイクに掠ることすらない。ブレイクは全ての攻撃を、まるで予めどこを通るのか知っていたかのように、必要最小限の動きで避け続けている。
初めは余裕の笑みを浮かべていた巨漢もそれを感じ始め、顔には焦りの色を浮かべている。
……奇妙なことだ。これだけ避け続けるブレイクだが、彼から巨漢に仕掛けることはない。まるで子供と遊ぶかのように、彼は笑みを浮かべ、その真紅の瞳で巨漢を眺め続けている。その瞳は、巨体の癪に触るモノだった。
「その目だ! その目が気に入らない!! ――食糧風情がああ!!!」
それまで遊ぶかのようにしていたブレイクの表情は、巨体の叫びと共に形を変える。そして、緊張感に乏しかった眼差しは、鋭く真紅に輝いた。
その視線を眼に捉えた巨漢は、それまで感じたことのない恐怖と絶望を覚え、それまでなかった冷たい汗を額に感じた。
「――テメエも、そうだったんだろうが!!」
ブレイクは叫ぶと同時に巨漢の豪腕を屈んでかわす。そして右手を腰に構え、鋭い突きを巨漢の腹部に刺し込む。辺りには鈍い音が響く。
「ォグッ――!!」
その音と共に巨漢は顔を苦悶の色で歪ませる。そして体は腹部を庇うように前に屈む。
しかし終わらない。ブレイクはそのままの勢いで飛び上がる。そして半時計回りに体を捻り、右足を鞭のようにしならせる。右足は美しい曲線を描き――かと思えば風を裂く音を響かせ、巨漢の顔面を捉えた。
「ガハッ――――!!!!」
凄まじい衝撃を受けた巨漢の体は後方に飛び、壁と衝突する。丈夫な木の壁にめり込んだ巨漢の体は、力なく、ズルズルと音を立て下がり、やがて、床に沈んだ。
少年の――ブレイクの小さな体のいったいどこに、こんな力があるのだろうか。あれほどの巨漢は、たった二発で既に対抗する力を失っていた。
「……さっすが」
外から見ていたエリスは、惚れ惚れするかのように微笑みを浮かべ、呟いた。
ブレイクは、四肢を脱力させ、床に横たわる巨漢の顔を覗きこんだ。
「……どんな気分だ?」
その問いに答えることすら出来ない巨漢は、視線だけをブレイクに向けていた。
「力を得て――“人だった頃”じゃ考えられない力を得て、好き勝手人を喰って………それが、俺みたいなガキにのされたんだ。
――最悪だろうな」
巨漢は視線をブレイクに向けたまま、顔をひくつかせていた。それは、自由が利かない体で表現できる、精一杯の悔しさのように見える。
「……だが、それも終わりだ」
ブレイクはゆっくりと腰に手をやった。そして、腰から一本の銃を取り出した。
ブレイクは巨漢から一歩下がり、銃口を巨漢の頭部に向ける。その冷たく無機質な穴は、巨漢には、酷く暗く混沌に満ちているように思えた。
「――アーメン」
そう呟きトリガーを引くブレイク。辺りには、短い爆発音が響き渡っていた。
「……お疲れ様」
いつの間にかエリスはブレイクの後ろにいた。そして、手を後ろに回し、笑顔をブレイクに向けていた。
ブレイクは、一瞬だけどこか悲哀の表情を見せ、すぐに何事もなかったかのように、普段の力ない顔に戻した。
「別に疲れてねえよ。……それより、さっさと帰るぞ」
ブレイクはエリスを置いて、さっさと外に向かって歩き始めた。
「ちょっとブレイク。そんなに急いでどこ行くのよ」
「……決まってるだろ?」
ブレイクは立ち止まり、エリスの方を振り向いた。
「ヨハンの奴を、絞めるんだよ」
その顔には、少しだけ笑みが見えた。その顔を見たエリスは、胸に秘めていた想いの重圧から解放されたように微笑み、ブレイクに言葉を返した。
「――ええ。そうね」
二人は、窓から射し込む朝日の光を受けながら、悠然とした足取りで、小屋を後にした。