part.4
「生き返らせる?」
ブレイクの問いに、静かに頷くビスク。その目は伏せていた。
ブレイクとエリスには、その真意が分からなかった。
「ビスク、どういうことなの?」
「……あいつが、約束したんだ。人を何人か用意したら、最後に父さんを生き返らせてくれるって。血族にはそれが出来るって」
ビスクは震えながら話す。手を握りしめ、目を伏せ。
それは、自分自身への言い訳だった。何人もの人を血族に食わせ続けた自分への理由付けだった。
“だから自分は悪くない”
“自分だって本当はしたくなかった”
そう、言ってるかのようだった。
それを聞いたブレイクとエリスは、怒りよりも同情の気持ちが出ていた。なぜなら、彼らは知っていた。ビスクが知らない、真実を知っていたからだ。
「……ビスク、お父さんは、いつ亡くなったの?」
「……二年前……」
「そう……」
エリスは、次に続く言葉を躊躇していた。
それでも、この少年にいつまでも現実を教えないわけにはいかなかった。エリスは、軋む心を震わせ、言葉を放つ。
「……ビスク、残念だけど、それは無理よ」
「………え?」
「血族がどうやって誕生するか、知ってる?」
「いや……」
「そう……」
エリスは、再び言葉を濁した。これから話の核心に入るにも関わらず、エリスは再び躊躇していた。
そんなエリスを見たブレイクは、少し溜め息をついた。埒があかない。その息は、そう言っているかのようだった。
「おい、ガキ。よく聞けよ?
血族はな、全員死人なんだよ」
「死人?」
「ああ。そもそも血族はな、死んで間もない人間に、純血以上の血族の血を飲ませることで誕生するんだ。
……一度死んだ人間は、魂がなくなる。そこに、血族の血を飲ませることで、新たな魂を宿すんだ。その魂こそ血族の力の源。血族の全て。
それを肉体に入れるには、一度魂を抜かなきゃならねえ」
「つまりね、ビスクのお父さんを生き返らせるってことは、血族に変えるということ。それは、すでにあなたのお父さんじゃないわ」
「しかも、お前の父親が死んだのは二年前。そんなに時間が経った肉体じゃ、血族の強大な魂は支えられない。
――お前の父親は、生き返らないんだ。死んだんだよ」
「う、嘘だ!!! そんなの嘘だ!! デタラメだ!!!」
ビスクは取り乱し、ブレイクの襟を掴む。ブレイクは襟を引っ張るビスクを、ただ冷静に見ていた。そして、彼に刃のような言葉を放つ。
「嘘じゃねえ。お前の父親は、死んだ」
ビスクの心に、そんなブレイクの言葉が突き刺さった。
今まで自分が人を血族に差し出したのは、全ては父親を生き返らせるためだった。だが、ブレイクは“生き返らない”と言った。“死んだ”と言った。
その言葉は、ビスクが心に押し込めていた罪悪感を、一気に放出させた。
「じゃ、じゃあ……僕は……僕は……!!」
後退りをしながら首を横に振り続けるビスク。その心は、砕けてしまっていた。耐えようがない現実が、彼を襲っていた。
「う、うわああああああ!!!!!」
ビスクは駆け出した。その姿は、その場から逃げるようだった。自分の足元から迫ってくる全てから逃げる様に、ただ大声を上げ、ただひたすらに、ビスクは走り出した。
「おい!!」
「ねえブレイク!! もしかしてあの子……!!」
「ああ! たぶん、プラントのところに向かったんだ!!!」
ブレイク達はビスクを追おうとした。
だが、彼らの前に、突然いくつもの人影が空から落ちてきた。いや、どこからか跳んできたようだ。全ての影の表情には生気がなく、有無を言わさずブレイクとエリスに向かってきた。
「クソッ!!! 混血どもかよ!!!」
「ブレイク!! ここは私が!!」
エリスは背中の獲物に手を伸ばした。そして、眼前に飛びかかる混血に向けて、“それ”を振り切る。
「ハァア――!!!」
宙を舞っていた混血は胴体と下半身が二つに両断された。空からは鮮血の雨が降り、大地を赤く染める。
さらにエリスは奥から迫り来る亡者の頭に刃先を合わせ、柄の部分に設置されたトリガーを引く。刃の下部に空いた穴からは弾丸が発射され、正確に血族の頭を撃ち抜く。
……それは、一つの舞だった。
両の手に携えしソードガンが二本。
流れるように振り抜かれたの銀色の刃は赤い血を帯びる。放たれた弾丸は硝煙の漂わせる。
舞うように次々と血族を狩り続けるエリスの表情は、普段からは考えられないほど至福の笑みを浮かべる。それは幸悦の笑み。顔を血に染める彼女は、舞続けた。
「……相変わらず、げつない武器だな……」
呟くブレイクの顔に、エリスの身を心配する様子は微塵もない。
それは信頼。エリスの実力を認めているからこその信頼。
ブレイクは群がる血族へ一直線に駆ける。
「邪魔だああああ!!!」
ブレイクが拳を突き込めば血族は顔を変形させ吹き飛ぶ。脚を振り抜けば血族の体は鈍い音を鳴らし折れる。
彼が駆けた後には、体を痙攣させる純血が地に伏せていた。
彼の目には混血、擬は映らない。彼の紅の瞳の奥には、純血しか写していない。
ブレイクの足をもってすれば、ビスクに追い付くのは容易い。だが、彼は待っていた。ビスクがプラントの居場所に辿り着くのを。
彼は一筋の紅い閃光を作りながら夜の闇を駆ける。
その先にあるのは、“培う者”との対峙だった。