part.3
辺りは漆黒に包まれていた。そこに立つ人影は三つ。そして、“人だった者”の影が一つ。
その四つの中央には、血を吹きだしてそびえ立つ、人を貫く一本の蔓がある。
ブレイクはその蔓の一度目をやり、すぐに目の前に立つ“培う者”を見た。その者は薄ら笑いを浮かべ、獲物を選ぶかのように彼とエリスを交互に見ていた。
その姿は、ブレイクの心をざわつかせた。エリスもまた、その不気味な笑みに、やはり“この者”は化物であることを、改めて実感した。
ブレイクは睨み付けたままプラントに言葉を放つ。
「……おい、テメエに聞きてえことがある。お前は――」
「“大血主”を知ってるか……そうだろ?」
「……俺を知ってるのか?」
「まあな。話程度には、な。何でも、同じ血族、しかも純血でありながら、同族を狩り続ける奴らしいな。
夜の風貌、紅の瞳……ま、お前しかいないだろうよ」
「だったら話が早いだろ……話して砂になるか、砂になりながら話すか、好きな方を選べよ」
プラントは更に笑みを浮かべた。その顔は歪んでいる。歪み切っている。それを見るビスクは恐怖で震えながら岩陰に隠れる。
「笑わせるなよ? たかだか擬、混血、弱ぇ純血を狩ったぐらいで図に乗るな……雑魚が」
その言葉は、ブレイクの脳を更に刺激した。
その瞬間、ブレイクはプラントに向けて駆ける。
「雑魚かどうか――確かめてみろよ!!」
「ブレイク! 挑発に乗ったらダメ!!!」
エリスの声もブレイクには通らない。そんなブレイクを見たプラントは、ニタッと笑う。
プラントは一度、タンと足を鳴らした。
「―――!!」
突如ブレイクの足元から蔓が伸びる。ブレイクは宙に飛びそれを躱し――だが眼前には、いつの間にかプラントが迫っていた。
「テメ――!!」
「だから言ったんだよ!! “雑魚”ってな!!!」
プラントは手をブレイクの顔に翳す。プラントの手からは木の峰のような太い枝が伸びる。それは衝突音と共にブレイクの体を捉え、彼の体を地上へと急降下させた。ブレイクの体は固い岩に叩きつけられ、土煙があがった。
「ブレイク!!」
エリスはブレイクに向かって叫んだが、土煙からはブレイクの返事が返らない。
「弱いな……もう終わりか……」
地面に降りたプラントは、見下した目をしながら吐き捨てる様に呟いた。
「――勝手に終わらしてんじゃねえええ!!!」
叫びと共に土煙を裂いてブレイクが飛び出す。
「―――!!」
プラントは不意を突かれた。その一瞬の油断をブレイクは見逃さない。
スピードを乗せた拳を、一直線にプラントの顔面に叩き込む。顔を歪ませ、血を吐き、プラントの体は吹き飛ぶ。そして、地面を数回バウンドして、地表に飛び出た岩に叩きつけられた。
「……凄い……」
ビスクは驚愕の声を漏らした。それまで、ビスクの中でプラントは絶対的な存在だった。何者も止められず、何者も触れられない。そんな絶対強者だった。
……しかし、それがどうだ。十代くらいの少年の拳を受け、大地に叩き伏せられている。そんな信じられない光景を目の当たりにしたビスクは、再び声を漏らすことしか出来なかった。
「これが……イェーガー……」
一方、ブレイクはプラントの方を向き、静止していた。
しかしその目にはまだ力が込められている。
「……この程度で終わる“タマ”じゃねえだろ。立てよ」
「面白い……面白いな、お前……」
土煙の中から、笑い声と共に声が響いた。
そして、白く立ち上る霞から、ユラリとプラントは出てきた。
「最っ高だな!! こんなとこで終わるのが勿体ないくらいだ!!」
プラントは笑っていた。その首から上は直角に折れていた。
折れた首を気にもせず笑い続けるその姿は、改めてプラントが化け物であることを感じすぎてしまう。
ふと、プラントは踵を返し立ち去り始めた。
「おい! どこ行くんだよ!!」
プラントは首をゴキッと鳴らし元に戻しながら答える。
「今日は邪魔が多い。こんなに生きがいいのは久々だからな。じっくりと、殺す」
「逃がすと思うか?」
ブレイクは顔を険しくさせ、足を鳴らして力を込める。
エリスもまた、肩に背負う“獲物”に手を伸ばす。
「俺は別に構わないが、そこにいるクソガキが巻き添えになるぞ?」
プラントが向けた視線の先には、怯えるビスクがいた。
体を硬直させるビスクの姿を見たブレイクは、小さく舌打ちをする。
「そんなガキに気をとられて殺られたんじゃ興醒めだ。お前とは、サシで殺り合いたいからな」
「………」
紅の瞳で睨み付けるブレイクの顔を見て、プラントは一度ニタリと笑い、そのまま立ち去っていった。
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プラントがいなくなった岩場には、無惨な死体だけが残っていた。ブレイクはその亡骸を降ろし、地面に寝かせる。
その死体を前に、ビスクは声を出して泣いていた。
その涙は罪の念。この男性は自分が殺したに等しいことを理解しての涙だった。
そんなビスクに、ブレイクはギリッと歯を噛み締める。そして泣きじゃくるビスクの胸ぐらを掴み上げた。
「泣くぐらいなら何でこんなことしてんだよ!!
自分の罪が分かるくらいマトモなんだろ!? だったら、なんで血族に“餌付け”なんてしてやがんだよ!!!」
「ちょっとブレイク!!」
エリスがブレイクの腕を掴み静止する。ブレイクは再び舌打ちをしてビスクの体を地面に投げ伏せた。
倒れたビスクは鼻を啜りながら泣き続けている。そんな少年に、エリスは優しく話しかけた。
「……何か、事情があるの?」
「………」
「あるなら全部話して。それが、罪滅ぼしにもなるわ」
“罪滅ぼし”……その言葉を聞いたビスクは、ピクリと体を動かした。
そして、彼はゆっくりと話始めた。
「……父さんを、生き返らせてもらうんだ……」