アレックスの母
「お、おいニコラス! 冗談はやめるのだ!」
「冗談? 何が? すでにセシルの経済はこの国のGDPの約半分。人口上昇率は驚異の4000%。人口わずか3000人しかいなかったド田舎が今や登録市民だけで12万人の大都市だよ!」
「だ、だが!」
「君はわかってない! 王都のアカデミーでは教授たちの大移動が始まっているよ! セシルでしか出来ない研究。セシルでしか手に入らない道具。製本もラジオもトラックもセシルにしかないんだ! もはやセシルはこの国の学業の中心なんだよ!」
「だからと言って!」
「戦車、ヘリ、飛行機! 軍事力についてもセシルの街と対抗できるのは勇者を要する海賊党だけだ! だが今や彼らはアレックス君の子分。絶対神を倒せるのはアレックス君だけだからね!」
「でも……独立なんて……」
「違うよ。この国の秘密を知ればわかる!」
「どういうことなのだ!」
「それはお方様に聞いてくれ」
ニコラスがそう言うと部屋に女性が入ってきた。
それはこの国の王妃。
つまり我のお母様だった。
「シルヴィア。託宣の巫女アイリーン様のところへ行きますよ」
我は手を引かれどこかに連れて行かれる。
アイリーン?
確かバカの母親なのだ。
三歳の時から見てないとバカは言っていた。
将軍が無様に捨てられた笑い話ではなかったのか!
我の頭は混乱していた。
全ての始まりの地。
我はそこで真実を知ることになる。
◇
代官屋敷。
「閣下! ハーフエルフの集落に動きがありました」
兵隊さんが報告をしました。
そこには麻呂。
もしかしてこの世界って悪役は麻呂じゃないとダメなん?
いやマジで。
「なんじゃ、まだ絶滅してなんだか」
あ、「なんで代官が麻呂だってわかるの?」ですか。
いやね。だってその兵隊さん私ですもん。
「残念! 覇王様でした!!!」
そう言って私はマントを脱ぎ捨てました。
キマッタ!!!
……。
……。
……。
白い目で見られていました。
何このバカって顔です。
どうやらギャグは空振りに終わったようです。
泣きそうです。
みんな死ねばいいのに。
もうやる気がなくなりました。
おうちに帰ってエロいこと考えてから寝る。
「そなたは何を言っているのでおじゃるか?」
あー、ただ単に伝わってなかっただけでした。
お子ちゃまが報告に来たとか、ツッコミどころだらけなのに総スルーだったのは、相手がバカだっただけなようです。
「えーっと。ハーフエルフの里の代表として話し合いに来ました」
面倒なので議題を提示ッと。
「ハーフルフは皆殺しでおじゃる」
はい?
「えーっと。そこの麻呂。中に踏み込まれてるってことをわかってますか?」
バカです。
中に入ってるって事は「いつでもぶっ殺せますよー♪」って事です。
次断ったらとりあえず殴りましょう。
「ハーフルフは皆殺しでおじゃる」
アレックスちゃんぱーんち。
とりあえず腹パンします。
無表情で。
「ぐふあッ! ハーフエルフは生かしておいてはならないのでおじゃる!」
もう一発グーパン。
なんか偉そうなのが気にくわなかったので喉にもう一発チョップ。すかさず地獄突き。
悶絶したところをくるくる回りながら足を引っかけて倒す、いわゆるタイガースピン。
流れるような動きでインディアンデスロック×5。
抵抗がなくなったのを見計らって仰向けに。
そこにピープルズエルボーなのです!
ロープはないけどロープに猛ダッシュ。
ロープもないのになぜか戻るー。
行って戻って行って戻ってー。
ロープの反動があるのに相手の前で制止。
そこからポージング。
キマったところでエルボーを落とすと。
ふー。一仕事やり終えた。
え? 「走るの意味なくね?」ですか?
意味はないけどそれをやる。
それが浪漫というものなのですよ!!!
「げぶッ! 異端者が! 我が神の裁きを受けよ!」
元気っすね。
ピープルズエルボーですよ!
ゲージ三本使う超必殺技ですよ!
まったく! これだから浪漫を解しない不埒ものは!
……すいません。話を元に戻します。
次元を超えてツッコミを入れてきそうな生命体が友人にいるもので。
異端者?
一神教の信者でしょうか?
とは言っても、一神教は神様を超絶美化してます。
自分たちが崇めてるのが麻呂だと知ったら死にたくなることでしょう。
ふいに近くで雷が鳴りました。
そういや先ほどからピカピカしてましたね。
そしてピカッと光が。
一瞬、光に照らされたのは神の像。
それは麻呂。
前言撤回します。
麻呂だと知ってました。
……帝国には正しい形での一神教が未だに伝わっていたのです。
この文明全部滅びればいいのに。
がっくりする私にスペードさんが非常な言葉をかけました。
「覇王様! ヒャッハー! 火つけてやりましたぜ!」
な、なにしとんじゃ! ボケェッ!
私が焦っているとなんだか焦げ臭い匂いと共に煙が立ち上りました。
火事です。
マジで火事です。
「うわわわわわわわ!」
私は代官の麻呂を引きずって逃げました。
もちろん足を持って顔面を引きずりながらです。
無駄な死人は出したらいけません。
一族全てに恨みを買うのです。
しかも時間が経てば立つほど恨みは熟成されていくのです!
結果、恨みを買うと死亡フラグが立ちます。
たとえ無敵の強さを誇る神や魔王でも、やりようによってはいくらでも殺せますからね。
私が1000年の生で学んだのはそのことなのです。
◇
燃える屋敷。
かつてないほど喜ぶハーフエルフさんたち。
なんでこうなった……
「えー。スペードさん。これからどうするんですか?」
とりあえず聞きます。
私はリーダーのような何かですが、所詮は部外者です。
滅ぼすも破壊するも決定権は彼らにあると思ってます。
自己決定をしない民に未来はありませんからね。
手は貸しますけど。
「……ヒャッハー!」
ああダメだコイツら。
そこでようやく思い出しました。
精霊使えばいいんじゃねって。
「ウィンデーネ!」
「ショター!(鳴き声)」
私たちは無言で握手をしました。
もはやマブダチに言葉はいらないのです。
おっと消火。消火。
◇
王都。
多神教神殿地下。
「あなたがシルヴィアちゃんね」
そこにいたのはエルフ。
それもハイエルフの少女。
いや相手はハイエルフ。
見た目通りの年齢ではない。
不思議なことに女特有の威圧感がない。
※シルヴィアは女嫌い。
「アレックスの母上?」
「そーよ。あなたのお母さんの大叔母にあたるわ」
母上の大叔母……?
……曾ばあちゃんの姉妹か。
すっげーBBAなのだ。
「なんでこんなところにいるのだ?」
「ここで一番偉い人だからかな。託宣の巫女って知ってる?」
なんだ占い師か。
まったく、いちいちこの国は迷信に縛られて面倒くさいのだ!
どいつもこいつも預言がどうたら前世がどうたら!
とりあえず話を変えるのだ。
「アレックスパパがゴミのように捨てられたって噂は?」
「なにその噂! 仕事でここから離れられないだけよ! ちゃんと五歳までは毎月会ってたわ! そのあとアレックスが王都を追放になっちゃったから会えないだけじゃない! それにまだ離婚しーてーまーせーんー!」
なんかバカとの血の繋がりを感じさせるキャラなのだ。
軽いというか芸人というか……
あーッ! そうか! なんで女なのに怖くないかわかったぞ!
このBBAはアレックスそっくりなのだ!
「うむ。で? 呼びつけた用事はなんだ?」
我は偉そうに言った。
アレックス相手だと思えばいい。
とりあえず無駄話を続けないように圧力をかけるのだ。
「なにそれ面白くない! まあいいわ。シルヴィア。いえ剣王ガラハッド」
なるほど。
そこまで知っていると。
「我が王家の祖よ」
わざと天に手を掲げた大仰な仕草。
芝居のかかった態度はアレックスそっくりである。
つうか、今何つった?
「……はい?」
「だからうちの王家って全員エルフの血を引いてるんだけどー。初代国王夫妻って剣王ガラハッドと聖女クラウディア夫妻なのよねー」
「……はい?」
ここで我は全てを理解した。
なぜ我が女が苦手なのか……あのアホに振り回され続けたからに違いない!!!
なぜ……初めて会ったときに殺しておかなかった!!!
……ってちょっと待て!
「夫妻! 初代! 子どもいるのか!!!」
これは重要なのだ!
あのアホのDNAが受け継がれてしまったのだ!
これは世間様に申し訳がたたぬのだ!
しかも我が共犯者!!!
「そりゃいるわよー。それが今の王家。はいこれからが本題。セシルの街だけど……独立しちゃいなさい。大丈夫。今の国王は傍系。お母様の血を引いている貴方は直系。血統の正当性は貴方にあるわ。それにうちの子はハイエルフ。たまに先祖返りが出るのよねー。うちの家系って。まあ、王家直系が二人いれば保守派は文句言わないわね。」
「ななななななな!!!」
「領地は防衛するだけの軍備あるんでしょ? とうとうあの人の話を聞かない脳筋集団……じゃなくて海賊党まで子分にしたんだっけ? 王都を救った英雄が作ったドラゴンスレイヤーの騎士団に逆らう命知らずなんていないでしょうけど。おまけにエメラルドとエネルギー、それに革新技術と先進の文化の混在する超巨大経済圏。なにやっても怒られないでしょうね」
酷い言いぐさなのだ。
「『金と暴力で縛れば神でも奴隷にできる』 まさに我が家の家訓と同じね」
やっぱりアレックス一家はガチクズなのだ。
世界のためにこいつら滅ぼすべきなのだ。
「で、独立してどうするのだ?」
「帝国に侵略するのよ。アレックスの誘拐容疑をかけたりとか適当に因縁つけて。で、なんだっけ? 空爆? で撹乱してる間にうちの子救出と」
ヤクザよりたちが悪いのだ。
それにツッコ見所が満載なのだ。
「どうやってアレックスを探すのだ? 場所がわからんぞ」
「さあ? でも今頃とんでもない事件を起こしてると思うわよ。……うちの子」
あー……納得なのだ。
こうしてアレックス救出作戦の火ぶたは切られたのだ。




