ド畜生かつ最低の行い
「で、なんで旧セシルなのだ」
シルヴィアが不機嫌そうにそう言いました。
「私とあなた、それにエリザベスくらいしか入れないからです。それに別の用事もありますしね」
「別な用事?」
「ええ。今からド畜生かつ最低の行いをします。ひかないでくださいネ」
私はとある無属性魔法の詠唱をしました。
それは幻術。
普通の幻術ではありません。
尋問用超高等魔術「永遠の眠り」。
相手にとってどこまでも都合のいい夢を見せ続ける魔法です。
夢を見ている間は脳のプロテクトは解除され脳味噌の中を覗きたい放題になります。
一見、人道的な魔法に見えますがこの魔法の恐ろしいところは、かけられて相手は術後から脳が萎縮し続け、昏睡状態の中で弱って死んでいくところです。
その姿はどこまでも穏やか。
満面の幸福の笑みを浮かべたまま死んで行きます。
虐待を受けると脳が萎縮するとはよく聞きますが、その逆もまた人間には苦痛なのでしょう。
この魔法は術者にも解除は不可能。
殺してでも情報が欲しいときに使う魔法です。
「ウェルギリウス。あんたこれから永遠とも思える時間を苦しみ続けたいですか? それとも幸せの中で消滅したいですか?」
私はウェルギリウスことチャールズ・コルソンに語りかけます。
この魔法は非常に最初のプロセスが難しく、話術で相手の心を開かなければなりません。
人間さんにかけるときは、さんざん拷問してから優しくしてやるんだそうです。
美しくないので私はこの魔法大嫌いです。
この魔法作ったの私ですけどね!
「せいッ!」
私は気功で強化した指先を地面にねじ込みます。
そこからマナのケーブルを延ばし、封印されたウェルギリウスにアクセスします。
なんでこんな面倒なことをするのか?
それはエクスカリバーや村正からアクセスすると出力が強すぎて、せっかくの燃料を壊す可能性があるからです。
「ああああああああああッ! やめろ! やめろ! 例え苦しくてもこれは俺だけの……俺だけの時間なんだ!」
「思い出してください……家であなたの愛する人が待ってますよ」
私は発する言葉に魔力を込めます。
言霊というヤツです。
これで圧力をかけて「ああそうかも」と思わせることができたら私の勝ちです。
「やめろ! やめてくれぇぇぇぇッ!」
「ヴァイロンなんていなかった」
「ヴァ、ヴァイロンは俺の戦友で……」
「全て悪夢だったんですよ。あなたが親友を裏切るわけがない」
「ああああああああああああッ!」
「もし、あなたが裏切ったのならそれは夢の中の話じゃないんですか?」
「……」
よし、黙った。動揺している。
彼はもともと狂っているのです。
正常な判断力を欠いているのです。
ですから口車に乗せるのも簡単でした。
「貴方はウェルギリウスではなくチャールズコルソン。娘の名はエリベス。領主の農場の一つを預かっています」
真実の中に嘘を乗せて行きます。
「あなたは奥さんと一人娘、それにあなたを尊敬する農民に囲まれ幸せに暮らしています」
「あああああああああああああッ!」
引き裂くような悲鳴。
地面が揺れ、血のような瘴気が噴出します。
封印で大人しくなった子を起こしてしまいました。
あー。あとで地震騒ぎだなこりゃ。
でもあと一押しなのです。
「娘が嫁ぎ、あなたは奥さんと、たまに来る三人の孫に囲まれ穏やかな日々を……」
「あああああああああッ!バイロン!バイロン!許してくれ」
「貴方には最初から息子などいない。バイロンも貴方の脳が作り出した妄想です。ただの悪い夢です。ほら、横を御覧なさい。奥様が笑っていますよ。あなたは心配性なんですからって」
「ああああああああああ……お前……お前……生きていたんだな……悪い夢を見た……お前がいなくなってしまう夢なんだ……愛してる……愛してる」
はい壊れた。
そのまま魔力を注ぎ込んで完成。
そして術式の最後にこの言葉。
「はいあなた……永遠に愛しています」
その言葉で術式は完成。
ウェルギリウスの意識は永遠の眠りにつきました。
これから永遠に幸せな夢を見ることでしょう。
聖剣と妖刀が全てを分解しつくすまで。
……ホント。男ってバカ。
罪悪感で壊れるくらいなら最初から過ちをしなければいいだけなのに。
「魔術成功っと。さーて情報をダウンロードさせてもらいますかね」
「アレックス。お前は優しいな……」
「何がです? 今最低の事ならしましたけど」
「自分の手だけを汚すのは優しいやつだけだ」
やりにくいなー!
褒めんなよ!
あーッ!もうッ!
「で、どうするのだ?」
シルヴィアが顔を真っ赤にする私にそう問いかけました。
あーッ!もうッ!
「うーん。私がいなくても経営が回るようにしたので実家に里帰りしとこうかと……もちろんマスコミ連れてね! 聖女様も王都へ行ったことにしてお休みです。おっと、ダウンロード終わりました……書庫をを解凍っと……」
書庫を解凍した瞬間に私の脳裏に押し寄せる情報の波。
それはガラハッドを倒した後のウェルギリウス達の物語でした。
◇
冷たい床。
石作りの壁。
それでいながら和風の引き戸。
障子なんかもあって温泉街の宿屋みたいになってます。
完全にシルヴィアの趣味ですね。
こりゃガラハッドの魔王城だわ。
ウェルギウスはその中の魔王の間に向かっているようです。
酷く焦っているようです。
ウェルギウスが魔王の間の前につくと怒鳴り声が聞こえました。
これが神とのイベントの始まりですね。
ポップコーンとジュースがないのが残念です。
そしてウェルギリウスの苦い記憶が始まりました。
「シャルル。お前神と戦うってマジなのか!」
バイロンがそう言った。
俺も同意見だ。
気がふれているとしか思えない。
だがシャルルは揺ぎ無い瞳で言った。
「お前もわかっているだろう。この世の混乱を作り出してるのは神だ。ヤツラは殺さなければならん」
「俺たちの敵は魔王だ! 俺たちは神に言われたとおりの事だけしてればいいんだ!」
「それは違う! ガラハッドが何をした! 神竜に滅ぼされかけた人間を保護しただけだ! それを神に騙されて恩を仇で返すようなことをしてしまうなんて……」
「ヤツが真相を墓まで持った行ったからだろ! 黙ってるなんてやましいことがあるからだ!」
「それがサキュバスと手を組んで闇討ちした言い訳か! 貴様には武人の誇りはないのか!」
「無いね! 俺は農家の五男だ! お前のような貴族様とは違う! どんな手でも使うね!」
「ああそうだな。お前はそういうヤツだったな……それでは俺たちには語りあう余地など無いな……楽しかったぜ相棒!」
そう言って魔王の玉座の奥に行くシャルル。
「おい、バイロン!」
ウェルギリウスはたまらず声を掛けた。
「黙れ!」
「バイロン! 今行かせたら後悔するぞ!」
「黙れウェルギウス! 俺は俺のためだけに人生を使う! お前はどうなんだ!」
「俺は……俺は……」
選べるはずがない。
俺たちはガラハッドすら姦計に嵌めなければ倒すことができなかった。
そのガラハッドすら倒せなかった相手だ。
怖い……恐怖に飲み込まれそうだ。
「俺もだよ……バイロン……」
俺は今最高に醜い顔をしているはずだ。
バイロンやシャルルのように心が強かったらどんなにいいか。
一生これが俺の心に刺さった棘のなるのだろう。
そんな予感がしていた。
逆座の奥で転移魔法独特の七色の光が見えた。
俺は、涙を流しながらも一歩も動けない。
「ウェルギリウス。シャルルはガラハッドと戦って死んだ。名誉の戦死だ。わかったな」
「ああ、わかった」
バイロンを殺そう。
この俺の幸せのために。
このとき俺はそう決心した。
その後、俺はバイロンを殺すことに成功し恋人を奪った。
貞淑という言葉とは無縁の女だったがそれでも愛していた。
だが、俺の罪を天は許さなかった。
今日もまたあの男が夢に出てくる。
「ウェルギリウス。お前は呪われた! 貴様の仲間が神に逆らった!貴様も罪を引き受けるべきだ! お前は108回死ぬまで誰も愛せない! それが貴様の呪いだ。罪の子とともに生きるが良い! あはははははは!」
男は東の大陸の神官のような格好をしていた。
その男が毎晩俺の胸倉を掴んで俺の罪をなじるのだ。
起きるまで何度も何度も。
◇
「うん。負け犬の人生ほど嫌なものはないですね」
「うっわ酷すぎるのだ! 見てないけど」
「見ます。殴りたくなりますよ」
「うむ」
シルヴィアが手を差し出しました。
私はその細い手をそっと握り、マナの信号に変換した情報を一気に流し込みます。
「……うん? ……おどりゃああああああッ!」
やっぱキレた。
「わ、我をハメ殺ししときながらヘタレるとかこのカスがあああああああッ! そこは俺たちの力を結集して神を倒そうぜだろが! 中途半端に良い人で終わらせられるとか! 我が……我が……可哀想なのだ!」
あー。キレるとこそこか。
「ぶっ殺す! マジぶっ殺す! 地の果てまで追い込んで殺す!」
もう既にぶっ殺した後です。
「ところでな……呪いってなんだ?」
「いやね。理事長が知ってるっぽいんですけど言わないんですよ」
「うむ。それは困ったな」
「うん。困りました。だからね。乗り込むことにしました」
「うむ?」
「実家と多神教の本部と海賊党の本拠地。それに武器屋組合の本部。全員泣かします」
実のところ私は完全にキレてました。
それもかなり長い間。
情報与えられずに放置プレー。
それに耐えられなかったのです。
気に食わない。
超絶気に食わないのです。
ええ。暴れる寸前でしたとも。
情報を隠すアホどもと金の亡者。
それにストーカーメディア全員を泣かします!
私は笑いました。
完全勝利を妄想して笑ってました。
それが新たなドツボだとしても、このときはまだ上手くいくと思ってたのです。




