表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王はリア充を滅ぼしたい  作者: 藤原ゴンザレス
第3章 産業革命編 頑張ったけど街が消滅しちゃった……もう自重しないもんね
43/65

回復魔法

 近代以前の社会における死亡原因の一位はなんでしょう?

 それは出産です。

 妊婦さんも赤ん坊もです。

 出産時の死亡率の高さはもとより、例え生まれたとしても、子供の出産後一年内の生存確率は25パーセントほど。

 その後、成人できるのはそのさらに半分。

 女性が生涯で出産する人数も10人ほどでその中で2人ほどが成人できると言われています。

 子供が一人なのは存在しないのと同じ。

 この言葉に全てが詰まっています。

 妊婦さんの死亡率も高く、一説によると成人女性の死亡原因のトップが出産だそうです。

 現代になってなぜ人口が爆発したのか?

 それは食料の安定供給に死産と子供の死亡率の減少があります。

 生まれる子供もお母さんも命がけ。

 それが出産なのです。


 つまりどういうことかと言いますと……大ピンチです。

 残念ながら私は前世も含めて、覚えている範囲では一度も出産したことがありません。

 出産がどのようなものかわかりません。

 そうだ理事長!

 孫までいるのですから立ち会ったことがあるに違いありません。

 私はダッシュで理事長に駆け寄ります。


「理事長! 出産に立ち会ったことありますよね? 出産には何が必要ですか?」


「ボクだってもう妻の最後の出産は20年も前の話しで……ええっと……そうだ! まずは産婆だ!」


「レイ先輩!」


「了解!」


「シルヴィア! 私の工房から消毒液持ってくるので手伝ってください」


 魔法で無理やり再現した消毒薬が大量にあります。


「他に必要なのはあるか? 時間ないから今のうちに考えろ」


 あー。えっと……

 あ、あれだ!


「石鹸と水! それと、お湯! 石鹸はあーっくっそ試作品の在庫が無い。仕方ないのでムクロジの粉で代用します」


 あったとしても廃油を水酸化ナトリウムで適当に固めただけなので使い物にはなりません。


「ムクロジ? ありゃ毒だぞ。いいのか?」


「いいから持ってきてください!」


 ムクロジの実。

 羽根突きの羽根の玉部分に使われるもので、食べるとお腹を壊します。

 中の黒い玉ではなくその果肉に毒が含まれているのです。

 味は癖のあるアンズなんですけどね。

 その毒の正体はサポニン。

 天然の界面活性剤です。

 つまりムクロジは天然の石鹸なのです。

 私がなにをしたいかというと、それはいわゆる消毒と洗浄です。

 出産後の感染症を防ぐことで死亡率を大幅に減らせると言われています。

 それも殺菌力の低い薬で試した結果です。

 感染の原因は産婆や医師の手が汚染されていること。 

 ゆえに感染を防ぐには手を洗って傷を消毒する。

 それが重要なのです。

 それが私にできる精一杯の事でした。

 とは言っても覚えている限りでは私は医療に携わったことはありません。

 しかも信仰心が全くないのでヒール系の魔法も使えません。

 この間の封印はたまたま気合的なものの効果で上手くいっただけです。

 シルヴィアは攻撃魔法しか使えませんし、エリザベスは闇属性。

 理事長は安定の役立たずです。

 僧侶も中破までの外傷と軽い風邪程度なら治せますが、重い感染症は無理です。

 ちなみに治せるという科学的な根拠(エビデンス)はありません。

 そもそも数が少なすぎて調査すらできないのです。

 これは魔法使いも同じですが。

 結局は、進んだ世界を知っている私たちと伝統的な医療で頑張るしかありません。

 これで大丈夫なのか?


 本当に大丈夫なのか?


 いいえ。悩んでいる暇などないのです。

 私は覚悟を決めました。


 ですが、私はまだ知識だけで理解していなかったのです。

 リアルな命がけの意味を。



 ……私たちの役目は最初の消毒に関する指示を出すところまででした。

 ここには野郎どもは仕方ないとして、女子も正しい出産の知識はないのです。

 

 出産って……すっげえ長時間かかるんですね。知りませんでした。

 もうかれこれ6時間。

 私とシルヴィアはハラハラしながら仕事の合間に何度も病室の前に来ています。

 そりゃそうですね。

 お客様に何かあったらまずいですから。


「ぎゃあああああああああああッ!」


「ほら、いきんで!」 


 ひいいいいいいぃッ!

 先ほどから、何時間もSAN値が駄々下がりになる叫び声が聞こえます。

 叫ぶと産みにくくなって良くないらしいのです。

 でも耐えられないほど痛いので叫んでしまうそうです。


「あぎゃあああああッ!ぎゅわあああああッ!」


 ひえええええええええぇッ!

 コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ!


「アレックス!」


 シルヴィアが歯がガチガチと鳴らしながらこちらを凝視します。


「一生セックスレスでいよう。出産コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ!」

 

 よく見ると膝がガクブルしてます。

 うん、さすが相棒。

 全く同意見です。

 私は産む側ではありませんが。


「やはりこれはマズイね……」


 理事長がそう呟きました。


「何がです?」


「いやね。10代の初産らしいから、子宮口が開いてから2、3時間くらいは珍しくないだろうけど、もうかれこれ6時間。これはマズイね」


 更なる事態に軽く気絶しそうです。


「現代医学なら最悪の場合でも帝王切開で何とかなるんだろうけどね……そろそろ母子ともに限界かもね」


「あ、あの……赤ちゃんはどうなるんで?」


「聞かないほうがいいよ……この世界に幻滅したくないだろ?」


 そう言うと理事長は無言になりました。

 産科医療は現代でもプロ以外には直視できない部分が多いからです。

 この時代では、言葉にできないようなことが平然と行われているのでしょう。

 それは知識として知っていました。

 私は全てを助けたいなどというヒューマニズムとかを振りかざす気はありません。

 ですがそれを甘いなどと切り捨てる気もありません。

 私にできないことは幾らでもあります。

 どうにもならないことはいくらでもあります。

 どの世界でも世の中は不条理と理不尽にまみれています。

 でも、なんだかんだと理由をつけておりますが、どうにも目覚めが悪いので生きていて欲しいと思う。

 それは本心です。

 かつて多くの国家や人間を滅ぼしてきた私ですが、目の前の子供には生きていて欲しいと思います。

 全く持って私は我侭な偽善者です。

 私の器などその程度なのです。

 でもそれでいいのです。

 私は勇者ではないのですから。


「あーッ! 女性だったことあるのに! 何していいかわからない!」


 私はわざ誤魔化すようにそう言いました。

 これ以上は自己矛盾で大変なことになるのでこの辺で考えるのをやめたかったのです。


「仕方ないよ。僕らはそういう呪いを受けているんだからね」


「え?」


 今、理事長が何か重要な事を……


「おぎゃああああああああー!」


 そのときでした。

 赤ん坊の泣き声が響きました。

 生まれた!

 

 私の中の疑念はどこかに吹き飛んでしまいました。

(どうやら私はひとつの事を考えているときに他のことが起こると、前のタスクを忘れるようです)

 でもいいんです。

 助かったのなら。

 人様の生き死にの方が大事ですから。


「血が、血が止まらないわ!」


 産婆さんたちの叫び声が聞こえました。

 産婆が何人必要なのかが全くわからなかったので、待機以外の手があいてる人を可能な限り呼んだのです。(超怒られました)

 それはさておき、妊娠中は血液量が増えるので大量に出血するはずです。

 ですが、出産を見慣れてる産婆が叫ぶほどと言う事は……


「もうダメだ! 母親の方は諦めろ!」


「で、でも!」


「子供の方が先だ!」


 それを聞いた私はドアを開けました。

 生物学上男である私が入っていくのは非常識ですが仕方ありません。


「アレックス何をするんだ?!」


 もちろん回復魔法(ヒール)です。

 それもHPを完全回復するヤツ。

 傷口が塞がればいいのですから。

 ああ、呪文が思い出せない!

 神が……なんだっけ?

 アンデッドを回復するヤツなら覚えているのに。


『貴方は本当に私ですか? この根性なし』


 根性何一つ関係ねーッ!

 って誰?

 私の耳に声が響きました。

 いえ、それにしては音が変です。

 まるで自分の声のような……


『一緒に唱えてあげますから真似しなさい!』


 次の瞬間、頭の中に古代語の文章が浮かんできました。

 同時に呪文を読む声が聞こえてきます。

 きれいな声です。


「全ての世界を統べる偉大なる神よ。大いなるその御手を持って哀れなる子羊を……」


 スラスラと言葉が浮かんできます。

 同時に妊婦さんが光に包まれます。


「こ、これはインチキじゃない本当の回復魔法なのだ!」


 シルヴィアの声が聞こえました。

 それはまるで遠くにいるかのように微かな声でした。

 ああそうか、私は今、外部の音を遮断するほど集中しているのか。

 神を賛美する呪文。

 最初のパートは終わり、次からのパートは、まるで歌のようでした。

 歌が始まると私から光が溢れ出る。

 それはまるで翼のように広がりました。

 光翼。今考えました。

 くだらないことを考える余裕がでてきましたね。


 私はありったけの力を込めて歌を歌います。

 ボーイソプラノの透き通った声。

 あら、ちゃんと歌えてる。

 実は私、歌へたなんですよね……前世までは歌うとなぜか全てデスヴォイスになったんです。

 デーストローイって感じのやつ。


 またどうでもいいことが頭に浮かびました。

 よし。調子がいい。


 そしてラストスパート。

 最後のパートです。


 光が溢れその場を包みました。

 涙を流し私を拝む産婆の皆さん。

 口を開け固まる理事長とシルヴィア。


 そして私の歌は終わり。

 辺りは静寂に包まれました。


 歌い終わった私はみんなにブイサイン。

 完全におばちゃんですね。

 テンション高かったのが原因です。

 でもいいです。

 そういう気分なのです。


 ところが、ストーンと何かが頭から体の中を通り下がって来ました。

 ん?

 目の前がブラックアウト。

 あれ?

 どちらが上なのか下なのか。

 あれ?

 私、落下してます。

 どさ。地面に激突。

 目の前は真っ暗。


 あっれー?


「お、おい! アレックスしっかりしろ!」


 シルヴィアの声。

 それはいわゆる貧血でした。

 最後はしまらない。

 決して格好良く終わらない。

 それが私の芸風なのれす。



 疲れ果てた私はずっとずっと寝てました。

 闇は徐々に晴れ、目を開けるととシルヴィアが横にいました。


「起きたか歌姫。丸二日寝てたぞ」


 よく見ると目が腫れています。


「次、歌姫って言ったらシルヴィアのプリン容赦なく奪います。えへへへへ」


「にゃー! お前は鬼か! えへへへへ」


 笑ってくれました。


「ところで、どうなりました?」


「ああ、母子ともに無事だ。彼女な、伯爵令嬢だったぞ。それも議会の与党の中でも、かなり有力な議員のだ。婿養子の夫は別の伯爵家の次男。おい凄いな」


「そうですか」


「いやにそっけないな。喜べ。お前に永遠の忠誠を誓うそうだ。彼女の夫と父親は昔気質の貴族だな。信用していい」


「そんなつもりでやったわけじゃありません。忠誠も要りません」


「ああ、お前ならそう言うだろうと思ったからな。そう伝えたら『ご恩は終生忘れません。永遠の忠誠を誓います』だそうだ」


 迷惑な話です。

 神格化されすぎた忠誠は困るのです。


「ところで、翼と回復魔法の件は?」


「ああ、喜べ。可愛い声のお嬢さんこと、この王女シルヴィアが王家の秘術で治したという情報工作をしたぞ。伯爵には口止めしたしな」


 なるほど。

 誰もシルヴィアの顔を知りません。

 ろり太郎は知ってますけどね。

 もちろんろり太郎がシルヴィアだなんて一言も言ってません。

 王女が演歌しか歌えないことは誰も知らないのです。

 私の方もまだ変声期前なので、女の子の声に聞こえないことはないですね。

 アデルさんの件とかで表に出なかったのが幸いしました。

 まさか龍殺しのアレックスが歌姫だとは誰も思わないでしょう。

 巷の噂では巨躯の戦士とか、絶世の美男とか好き放題噂されてますし。

 実際はこんな女顔の坊主(がきんちょ)なわけです。

 背もちっちゃいし。

 シルヴィアに背追い越されましたし。

 10年したらひげ生えるし。

 なんか、どうでもいいところで泣きそうになりました。


「でも、いいんですか?」


「うむ。その代わり週一回女装して診療(ステージ)やれ。でないと暴動起きるぞ」


「はい?」


「いいから窓の外見ろ……」


 窓の外には人、人、人。

 人が列を作ってます。

 ははは。人がまるで……じゃなくて。


「ええっと。あれは?」


「薬草のときと同じだ」


「周辺の領地から病気の人間が集まってきているわけですね」


 なにせ生死に関する情報です。

 光の速さで情報が伝わったようです。


「まあ、それだけではないんだがな」


「それだけでは? まあいっか。……衣装は飛び切り可愛いのお願いします」


「……重要なのはそっちか。裃ゴスでいいか?」


「貴方の趣味には付き合いません」


 ふふふと少し笑い無言。

 それに付き合いシルヴィアも笑顔で私を待つかのように無言でいてくれました。

 それはやさしい沈黙でした。


「今回もギャグで終われてよかったな」


 少しの間を空けて、そうシルヴィアが言いました。

 間の取り方に思いやりが込められてます。。

 こういう間を取れるのに非モテ?

 嘘でしょ?


「理事長が言ったでしょ。私に関わるものは全てギャグになるんです。えっへん」


 最後まで締まらないものです。

 それが運命なのでしょうけど。


「そうだな。ところでオチがまだだな」


 はい?


「窓を開けてみろ」


「え?どれどれ」


「シルヴィア殿下を出せええええええぇッ!」


 窓を開けると怒号が聞こえて来ました。


「シ、ル、ヴィ、ア、たーん!」


 な、何があった?


「萌え萌えきゅーん!」


 ま、マジでなにがありやがった!


「っちょ、私が寝てる間に何があったんですか?」


「うむ。妊婦動かすのが怖かったので、出産を集会場の部屋でやっただろ。そのせいで集会場にまでお前の歌が聞こえていたのだ」


 っちょ!

 ただそれだけでこの騒ぎですと!


「彼らの脳内設定ではシルヴィアたん13歳(※歌:アレックス)。チッパイを気にしてる、ちょっとドジだけど健気で元気な女の子だそうだ」


 誰だそれ。

 つうか歌聞いただけで脳内でキャラ作るな。


「特技は歌による超絶回復魔法。もちろん魔女っ娘に変身する。マスコットは猫」


 ハードル高けえなおい。

 しかも私は犬派です。


「アイドルデビューおめでとう! シ・ル・ヴィ・ア・た・ん。とにかくがんばれ!」


 てめええええええええええッ!

 シルヴィア(本物)に言われると理由もなくムカつきます。


「ぎりぎりぎりぎりぎり」


 ん? 変な音がします。


「なんの音ですか?」


「ああ、エリザベスがだな……」


 エリザベスがハンカチ噛みながらドアの外からこちらを見ていました。


「うう……クラウディア恐ろしい子。負けない! 僕負けないんだから! それがトップアイドルだから」


「何言ってんのあんた!」


 張り合うところがおかしい!

 すっかりいつものノリに戻りました。

 やっぱり私のやることは常に最後はグダグダです。

 

 でもそれでいいのです。

 今度こそ高望みなんかしないでダラダラと生きてやる!

 それが今の私の心からの望みなのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ