絶対神いわゆるゴッド
多神教会。この国で許された事実上の多神教。
多神教会は宗教に非ず。ただ予言をもって国民の利益を守るものである。
多神教会法はこの一文から始まります。
簡単に言うと、
『しゅ、宗教なんかじゃないんだからね! い、一神教のためなんかじゃないんだからね! ばかぁッ!』
です。
うまくツンデレになりませんでした。
非常に遺憾です。
大神官を筆頭とし国家の神事を行う団体というのが表の姿です。
政治には不介入を貫いているため完全にノーマークでした。
露骨に敵意をむき出しにしてくれる一神教の皆さんのほうが扱いやすかったかもしれません。
相手の目的がわかりませんから……
「やはり記憶が戻られたようですね。どうか……我々お導きください」
「……」
私は黙り込みます。
あーめんどくさい!
私は頭をかきむしります。
激しい勘違いが存在するのです。
前世の記憶があると知れると、勘違いされることがよくあるのです。
それこそ何度も勘違いされてきたのです。
それは……
「あのねアデルさん。貴方は子供の頃の忘れてた記憶が蘇ったからって人格変わりますか? ないでしょ?」
簡単な話です。
例え私が前世で何をしようとも、それ以降の積み重ねも私という人格を構成しているのです。
ここで便宜上、クラウディアを前世A、それ以降を前世Bとしましょう。
前世Aのクラウディアは私かもしれません。
ですが例えそうだとしても前世Bの経験の蓄積によって、現在の私が存在しているのです。
もはや前世Aのクラウディアと現在の私は別人と言えるほどの変化をしています。
しかもこの変化は常に不可逆なのです。
パッチとサービスパックを入れまくった最新版が現在の『私』なのです。
昔のバージョンの過去の自分に戻ってどうしますか!
つまり、ここでクラウディアの記憶が覚醒したとしても過去のクラウディアになることはありません。
たとえ記憶が戻ったとしても、『私』は『クラウディアの記憶を持った現在の私』でしかないのです。
知識の方も忘れるほど遠い昔の記憶ですから細部が怪しいものです。
使える知識ではありません。
それに古いですし、普段使わないものなんて、要らないムダ知識です。
だから忘れてるんですけどね。
何の意味があるのでしょう?
「クラウディアが何者かなんて全く知りませんけど、私は現在においてはアレックスでしかないですし、今世が終わるまではアレックスにしかなれませんよ」
私はきっぱりとそう言います。
期待などさせません。
私にとっては過去の記憶なんかより、団長の腹筋を嫌らしい目で見るほうが重要なのです。
「それでも私たちはクラウディア様に望みを託すしかないのです! クラウディア様が絶対神を打ち倒し世界をお救い下さったように、また世界の滅亡を防いでいただきたいのです!」
……はい?
え、ちょっと何かおかしい。
……うーん?
絶対神を打ち倒し世界をお救い下さった
絶対神を打ち倒し世界をお救い下さった
絶対神を打ち倒し世界をお救い下さった
神殺しの聖女クラウディア
神殺しの聖女クラウディア
神殺しの聖女クラウディア
あっれー?
……あっれー?
そのとき、私の脳内で全ての出来事が繋がりました。
「アデルさん……もしかして世界のシステムが実は多神教なのって」
「クラウディア様がその御力で絶対神を討ち倒しなされたからでございます」
絶対神いわゆるゴッドを殺っちゃっただと……
なんでこんな重要なこと忘れてたんよ!
私が狼狽するのは理由があります。
いわゆる神学的な概念での社会の信仰心の低下を指す、『神は死んだ』ではありません。
神いわゆるゴッドを物理的にSATSUGAIしてしまったという、『神は死んだ(犯人ワタシ)』なのです!
あ、哲学の方はめんどいので省略で。
私が倒したのが一神教的な神いわゆるゴッドだとすると、私自身は悪魔いわゆるサタンなわけです。
しかもガチで。
知られるわけにはいきません。
実は絶対神は魔族側でも信仰の対象だったりします。
魔族さんまで含めた全世界を敵に回してしまう!
今まで経験したことのないレベルのピンチです。
アデルさんの口をふさぐ(物理)?
無意味です。
少なくとも多神教の大神官も知っています。
それにゼスさん敵に回すのは嫌です。
却下!
でもどうしよう……
記憶消去?
死んでしまう可能性もかなり高いです。
リスクが大きすぎる!
却下!
落ち着けアレックス!
私の特技は何だ?
えっちな妄想! じゃなくて!
魔法! これも違う!
ええっと……嘘! コレダ!
「ですが、アデルさん……領主アレックスとしては最大限の便宜を図ります!」
私は心にもないセリフを吐きました。
『便宜を図る』だけなので具体的な内容の約束はしてないもんねー。
「有難き幸せにございます」
そう言いながらアデルさんは平伏します。
まずい。
うっそでーす!テヘペロ。と言えない雰囲気になってしまいました。
「と、ところで! 具体的な内容はもっと良く事情を知っている人に聞きたいと思います。なので領地に御招待いたしたいと思います」
背中に冷や汗を流しているのを隠しながら、私は適当なことを言います。
かなりの高確率で来ないでしょう。
だって私と一神教教会が仲悪いのみんな知ってるもん。
そこに多神教が関わったら多神教の方が追い込まれます。
だから娘を潜入させたんですしね。
あ、内容聞いてないや!
「と、ところで『お願い』の内容ってなんでしょうか?」
完全に忘れてました。
簡単に解決できることならしてやればいいだけでした。
「絶対神の骸から生まれた端末、この世界を管理する神が世界の初期化を決定しました」
……はい?
世界の初期化?
ずいぶん大きい話になってきました。
「……えっと?それを防ぐ方法と条件と期間は?」
「……わかりません。ただ予言では神殺しの生まれ変わりが世界を救うとあります」
その程度の情報でどうしろと?
話になりません。
うーん……
「やはり大神官に直接お会いしないとならないようですね。非公式でいいので会談をセッティングしてください」
今度はダメもとで真剣に頼んでおきます。
「かしこまりました」
平伏するアデルさん。
そんなアデルさんに私は一番重要な事を言っておきます。
「一応釘刺しときますけど、ゼス団長やシルヴィアを悲しませたら多神教ごとぶっ潰しますからね! あと態度も変えないでください!」
中途半端なツンデレになりながら私はそう宣言しました。
アデルさんもこれは真顔で受け取りました。
当たり前ですね。
人類の前に実家の未来がかかっていますから。
と、いうわけでステージステージと……私はステージに向かいます。
……とまあ、威勢だけは良かったんですが心へのダメージは大きく、殺虫剤をかけられたゴキブリのごとき足取りで逃げ出した……それが真相です。
◇
私はフラフラとした足取りで楽屋へ入り、ステージを終えたエリザベスの方へ寄って行きました。
「クラウディア! どうだったボクのステージ! 惚れ直した! 惚れ直した!」
見てねえよ!
椅子に座ってピョコピョコと動くエリザベス。
私はそんなエリザベスの胸倉を掴むと小声で質問攻めにします。
「絶対神って? なんであんたが勇者なの? 世界の初期化って? つうかクラウディアって何者よ!? つうかろり太郎!」
「そうか……知ってしまったんだね……」
真剣な面差し。
「教えてあげるからチュー……」
ぐわしっ!
私はエリザベスの顔に容赦なくアイアンクロー。
そのまま無言で絞め上げます。
「な、懐かしい! 懐かしいこの衝撃! クラウディアのアイアンクロー! す、ステキだ!」
ぎりぎりぎりぎりぎり。
「ああ! 無言! ゴミを見るようなその目ぇッ! ステキぃ!」
ぎりぎりぎりぎりぎり。
「うん堪能した! 全て説明するから離してね」
腕にタップするのを確認すると私はエリザベスを解放しました。
「今のアイアンクローで理解したよ。クラウディアを知っている誰かの接触を受けたんだね」
今ので理解するとは……どれだけド変態なのでしょうか?
「うーん……あのね今日はステージで忙しいから後で説明するんじゃダメかな。これから守備兵団と警察のステージの用意しなきゃいけないし」
確かに一理あります。
断る理由はありません。
「わかりました」
確かに暇はありません。
ろり太郎の歌謡ショーとエリザベスのコンサートが終わり、生・裸の騎士団の公演をしなければなりません。
裏では魔道具の即売会と領主や大商人向けパイプライン敷設説明会、それにエメラルドの商談会の開催。
そうクラウディア問題なんかにかまっている暇などないのです!
そして今やらねばならないのは即売会の魔道具の売り上げの確認!
私は悩みを頭の隅に追いやり、別室で待機している理事長の元に急がなくてはなりません。
踵を返して部屋を出て行こうとする私。
そんな私の背中にエリザベスが声を掛けます。
「アレックス。魔王は人間ごときにどうこうできる存在じゃないよ。気にしないほうがいい」
「心に留めておきます」
私は振り向きせず楽屋を出て行きました。
エリザベスは、そんな私の背中に人懐っこい笑顔を浮かべながら手を振っているに違いありません。




