あやしい鍛冶屋
みなさんこんにちは。アレックスです。
悪いニュースとすごく悪いニュースがあります。
とりあえず悪いニュースの報告からはじめましょう。
「バヤルマさん!俺とつきあってください!」
また一人裏切り者が出ました。
「はい」
はい連鎖。もう一人裏切りました。
私は笑顔を浮かべ平常心を装いながら、心の中だけでぎりぎりと歯軋りします。
「オメデトー」
私は腹話術の人形のようになりながら心のこもらないお祝いの言葉を吐きます。
ああ、世界なんて滅びればいいのに。
ダークエルフの皆さんを雇用してから1週間。
ダークエルフの女性は『やーんダーリンの年収1000万ないと生活できないしー』というタイプではなかったようで、樹液に群がるカブトムシのごとく次々とカップルが成立しています。
たった1週間で結婚までした裏切り者まで出る始末です。もげろ。そして爆発しろ!
そもそもこんな事態に陥ったのは私が彼女らの所有権を主張しなかったことが原因でした。
彼女らの部族の慣習では戦の戦利品は族長が自分のものにしなかった場合、戦に参加した戦士たちに下げ渡されるとのことです。
つまり守備兵団や警察のみなさんに彼女らを差し上げてしまった形になるそうです。知るかボケ。
つうかホルローだけは未だに私の所有物であることを主張してます。なんでやねん。
とりあえずホルローのことは置いときましょう。
所有物云々とは言ってますが私はお互いの合意が必要であると思ってます。
不埒な真似は許しません。
その点はゼスさんという鬼がいますので安心です。
私も執務室に園芸用の刈込バサミ(大)を置くようにしました。
それを見て内股で青ざめる男たち。
何に使うんだって。うふふ。内緒。
え?全然悪いニュースじゃなくね?むしろよくね?ですって!
悪いニュースなの!私がムカつくの!
ねーレイ先輩!
「なぜだ……なぜ俺にはモテ期が訪れないのだ……」
レイ先輩は守備兵団の詰め所の廊下で壁にヘッドバッドしながらブツブツとつぶやいていました。
ぶっちゃけ落ち着きがないからではないかと思います。私が言うのもなんですが。
ですがまだ彼は真の非モテではありません。
まだ彼は非モテの最底辺なのです。
モテなくてもいい。悔しくなんかない。
そう負け犬の遠吠えができるようになってからが一人前の非モテです。
私はそう心の中で思いながらレイ先輩が早く一人前の非モテに成長することを影から応援するのです。
◇
さて次に凄く悪いニュースですが、街道の護衛の効果が全く出てないのです。
護衛を事前に申請した商人の安全は確保されてますが、申請なしで外に出て盗賊に遭遇する例が後をたちません。
商人たちにとっては領主側も犯罪者側も上前をはねる敵。
どちらも違いがないということかもしれません。
やはり大本を断たなければなりませんね。
ただ、それをするのがとてつもなく難しかったのです。
私は執務室で警察から上がってきた資料を見ています。
今、私に上がって来ているのは組織化したごろつき。
いわゆるマフィアとかヤクザとか山賊という連中です。
その中でも一番凶悪な一派の情報です。
こいつらが街道の安全を脅かしているのです。
手口は残忍。集団で商人のキャラバンを襲撃。
全員を皆殺し。金品は強奪。
死体はその辺に放置。隠そうとすらしません。
実に雑な仕事です。
ですが全体像を把握するのに難儀していました。
死体はあっても目撃者が存在しないからです。
そしてようやくやってきたのがこの報告書です。
私はそんなことを考えながら組織概要から目を通しました。
組織名 ノスフェラトゥ
リーダー 不死のチャック
組織規模 推定20名程度
私は首を傾げました。
おかしいです。
規模が小さすぎます。
こんなミジンコみたいな組織が商人のキャラバンを襲っているなんて。
物理的に無理です。
強奪した商品の運搬すら難しいでしょう。
何か裏があるのかもしれません。
次に私は主要構成員の項目を見ました。
リーダー 不死のチャック
以上。それ以外の詳細不明。
情報が少なすぎます。
これらは一旦保留しましょう。
次にその他の報告書を見ます。
そこに書かれているのは街のさまざまな噂。
この世界では新聞、特に全国紙はありませんので単なる噂といっても貴重な情報源です。
なかなかバカにできないものです。
私はその中の二つをピックアップします。
・バーに見たことのない不審な男女が出入りしている。
ほとんど人の出入りのない男爵領でこれは怪しいですね。
・鍛冶屋から変な物音がする。
噂の出所は鍛冶屋から。
最近組合と契約した農機具専門の鍛冶屋が不審な動きをしている。
武器商人組合がおかしくなって鋼鉄の品不足の中やたら品質の良い武器を作るようになった。
どうやって作ったか聞いても答えない。
しかも組合が機能不全に陥ってから注文を増やしている。
近所の話では夜中まで変な物音が響いているとのこと。
調査したところ明らかに分不相応な量の注文を受けている。
追加調査が必要。
これは何でしょう?
王都の武器商人がいない間にシェア拡大を狙っているのでしょうか?
ですがこの鍛冶店は農機具専門。
武器を作れるんでしょうか?
うーん。なんでしょうね?
とりあえずこういうときは相棒に相談してみましょう。
部屋に行くのは面倒なので例のごとく念話で話します。
――シルヴィア起きてますか?
――うん。起きてるぞ。今から寝るが。
――あんたまたそんな不健康な生活を……いえ今はやめましょう。相談があります。
――なんだ?
――いえ街の噂なんですが……
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――なるほど。限りなく胡散臭いな。武器の鍛冶と農機具では違いすぎるのだ。どんな魔法を使ったのだ?
――ノウハウがありませんしね。それに品質の良い武器って……
考えれば考えるほどわかりません。
なんでしょうね?
――とりあえず住所がわかってるこの鍛冶屋の捜索を先にしてみたらどうだ?
そうですね。
そこから何かわかるかもしれません。
◇
「エドガー……いやエリザベス。
お前が来るなんて珍しいな」
ソファに座っているミイラのように痩せた男がどこか空気が漏れたかのような掠れた声でそう言った。
年は50歳くらい。顔には深いしわが刻み込まれていた。
ただその眼光だけは鋭かった。
そんな彼に対峙するのは笑顔のエドガー・フーヴァー。
異常なほどの美貌の騎士。
彼はなぜかエリザベスと呼ばれていた。
「今度この街に赴任することが決まったんでね。
海賊党の指令と貴方への挨拶なんかもかねて顔を出してみたよ。不死のチャック」
不死のチャックと呼ばれた男は舌打ちしエリザベスを睨みつける。
その目には怒りが燻っていた。
「俺に命令をするな。薄汚い勇者どもが」
チャックの眼光がより鋭くなる。
だがエドガーは相変わらず笑みを浮かべ挑発するように言った。
「貴方もその元勇者の一人だろ?」
「違うな。俺は勇者であったことは一度もない。
俺はこの能力を使って面白おかしく生きることに決めた。
エリザベス。お前であっても止められはしない」
「確かにボクは貴方とは相性が悪いから無理だね」
エドガーは微笑みながらやれやれといった風に手を広げ、チャックはそれを見てため息をつく。
「わかっているなら失せろ」
そう吐き捨てた。
「ああそうだ。貴方の友達のバイロンさ、出現したと思ったらすぐに殺されたよ。あれは笑えたね」
「そうか……」
チャックは顔にある深いしわを顔をしかめてより深くする。
「思えばヤツも俺も女で失敗した。
今ならヤツと旨い酒が飲めただろうに……」
チャックは遠い目をしながら懐かしそうな顔をしていた。
「ふふふ。バイロンを殺したのは領主だよ。
その偉業は王都まで届いてる。
貴方もこんなところにいないで街に行ってみたらどうだい?」
「ああ。行ってみよう」
「興味がわいたかい?
彼は竜殺しのアレックス。
海賊党は次の武器商人が来る2ヶ月後までに彼を殺すことを望んでいるよ。
じゃあね。父上」
エドガーはそう言うと手を振りながらチャックに背を向けた。
その背中を見守りながらチャックは物思いにふけった。
◇
私は例の鍛冶屋の前に来ています。
もちろん警察を連れてです。
今回はなぜか理事長までついてきました。
ゼスさんはバーの方の調査に言ってるので好き放題できます!
ぬははははははは!
とまあ、テンションが上がっているのですが、実はトリックが全く解明できていません。
原材料もないのに高品質の武器を作っている。
やはりどう考えてもおかしいのです。
「いやー。
あやしい動きをする鍛冶屋。
どうやって仕入れをしてたのか?
凄く気になるねえ」
「全くですね。どうやったんでしょう?」
私たちはターゲットのいる建物を見ます。
どう見ても生産力がなさそうな小さい建物。
私はドアをノックします。
中から出てきたのは気の弱そうな30代くらいの男。
どうやら責任者のようです。
「領主のアレックスである!
今日は視察に参った!」
元気良く言います。
やましいことを何もしてなければ断る必要はありません。
私は最初は受け入れるだろうと思ってました。
その後質問攻めにして怒らせて『無礼な!』『査察である!』と嫌がらせをする予定でした。
ですがここで彼は斜め上の行動に出ます。
「ひっひい!竜殺しのアレックス!
お前ら殺せ!殺られる前に殺せ!」
その声を聞いて数人のチンピラがやってきます。
数で負けて質でも負けてる。
何しに来たんだコイツら?
◇
さて、今私は捕獲したチンピラの毛髪を無表情のまま引き抜く作業に没頭しています。
ワシッと握り一気に引き抜く。
「ひぎいッ痛い!ヤメテマジでヤメテェ!ママァー!」
母親に助けを求めても容赦などしません。
何度も何度も何度も容赦なく毛髪を引き抜きます。毛がなくなるまで。
だんだんと悲鳴は小さくなり、全て抜くころには身体を丸めて親指をくわえながらバブーバブーと繰り返すようになりました。
酷い?いえ全く酷くありません。
これがマフィア間の抗争なら相手組織の家族をさらって小指(略)です。
理事長に言われたとおりに平和な世の中に対応した優しい暴力です。
私の目は赤く光り手には暗黒の気功が紫色に光っています。
「次はダレダァ!」
「ひぎゃあああああああああ!ママァ助けてぇ!」
バブーバブー。
さて、私が優しく彼らに聞いたところ地下室に何かがあるとのことです。
地下に進む私たち。
なぜか頑丈な扉。
もちろん気功で強化した拳で物理的に破壊。
扉をこじ開けたその先にいたのは……
鎖でつながれたショタ。ショタ。ショタ。そしてたまにロリ。
なにこのエロス。
彼らは小さな手でその辺の石ころから武器を作っていました。
その辺の石ころをハンマーで叩いて伸ばして、焼付けして、鋼のつるぎの完成。
ちょっと待て。今のおかしくね?
物理的にありえなくね?
「ありゃま。彼らドワーフだね。
お父さんお母さんはどうしたの?」
理事長が優しく問いただします。
「山賊に連れてかれた」
そう言うお子様たち。
そうこのムチャクチャな子達はドワーフさん。
そのお子様たちだったのです。




