ドラゴン
「馬防柵を配置してください!」
私は守備兵団に指示します。
遊牧民は騎馬兵が主力ですから置くタイプの馬防柵の設置がたいへん有効です。
「ゼスさん。住民は退避させてください!たぶん長期戦になります」
遊牧民の厄介なところ。
それは攻めてくるときに家族やら生産拠点やらまで運んでくることです。
それに引き換えこちらは民間人を避難させてしまうためにジリ貧です。
「かしこまりました」
ゼスさんは私に会釈をすると守備兵団の駐屯所の方へ駆け足で去っていきました。
ゼスさんが去ったのを見計らって私はシルヴィアと念話をしはじめます。
――シルヴィア。そちらはどうですか?
――うーん。なんかおかしいのだ。戦闘員が極端に少ないような……それに後方から変なノイズが追いかけてくるのだ!
――ノイズ?属性とかわかりますか?
――闇属性なのだ。
それを聞くと私は気を探りました。
気は魔法とは違い有効距離と精度がやや怪しく使い勝手も悪いものの魔術属性には影響されません。
馬に乗った人々。
気は小さい。非戦闘員だろうか?
子供が多い?
なんだ?
今いきなり気が消えた!
20?30?もっと多いかもしれない。
なんでいきなり消えるんだ?
意味がわかりません。
なぜノイズの原因がわからないのでしょう?
シルヴィアほどの魔法使いなら見えるはずです。
私は嫌な予感がしました。
――理事長!
――ん、なんだい?
――ローレンスさんの護衛以外のガチムチ軍団にオリハルコンの装備持って集合するように行ってください!
――どうしたんだい?
――わからないから用意するんです!
私はゼスさんを追いかけて守備兵団の駐屯所へ急ぎました。
駐屯所にはギルさんたちもいました。よっしゃ話が早い!
「ゼスさん!オリハルコン出しますよ!」
「アレックス様!そのような大声で!」
ギルさんに怒られます。
でも仕方ないのです。
これは緊急事態なのです。
「ごめんなさい。でも大至急お願いします!
シルヴィアの遠見に変な反応があります。
私の気の探知でも遊牧民が何かに襲われてるようです!
シルヴィアほどの術者でも正体がわからない闇属性の何かにです」
「かしこまりました。マイロード」
ゼスさんが低い声でそう答えました。
スイッチが入ったようです。
「正体がわからない存在を街に近づけさせるわけにはいきません!迎え撃ちますよ!」
◇
大いなる族長ドルゴルスレンの長女であるホルローは草原を部族のものたちと必死になって逃げていた。
後ろからはドラゴンが追ってくる。
最初は家畜を襲うだけだったドラゴン。
それが本気になって部族を殺しにきたのはつい先日の事だった。
ドラゴンは圧倒的だった。
弓矢も剣も斧もドラゴンには通じなかった。
それでも部族の男たちは勇敢であった。
自分たちが囮になり女子供を逃がし先祖から伝わる弓で果敢にドラゴンに挑んだ。
だが勇敢な戦士たちをあのドラゴンは虫けらを潰すかのごとく殺した。
一方的な殺戮だった。
炎で焼き、手で握りつぶし、足で踏んだ。
食べるわけではない。ただただ殺しただけである。
父ドルゴルスレンもただ宙に放り投げられて死んだ。
族長の娘として子供たちだけは生き残らせなければならない。
勇敢に死んだ戦士は祖霊となって永遠に一族を守ることになる。
だが一族の血の絶えた時、先祖勇敢に戦って死んだ男たちは永遠に彷徨うことになる。
それが部族の死生観。
だから血を絶やさないために必死に逃げていた。
しかし現状はどうすることもできない。
ただ逃げるしかないのだ。
もう一日以上も逃げ続けている。
逃げるホルローたちを追っては気まぐれに殺害を繰り返すドラゴンから。
ホルローは許せなかった。
悔しい!悔しい!悔しい!神の子孫である我らがこのまま全滅するのか!
許せない!それだけは許せない!
勝てないのであれば、虫けらのように殺されるくらいならここで戦うべきであると思った。
ホルローは弓を引きドラゴンに突っ込んで行った。
「姫様!」
女官のツェツェグが叫ぶ。
彼女は一昨年結婚し子供もまだ小さい。
守らなければらない。
ホルローは心の中で別れを告げドラゴンの元へ全速力で進んでいった。
そんなホルローを見てドラゴンは楽しそうに笑う。
「へぇー根性あるじゃん」
ドラゴンは大きく口を開けドラゴンブレスの用意をする。
醜い顔をさらに喜びで歪めながら。
「うおおおおおおおぉッ!」
ホルローは叫ぶ。
この矢はホルローの短い一生において最後の矢になるはず。
――父上。私に力を貸してください!
それに気合を込め弦から手を離す。
弧を描く矢。
矢はドラゴンの足に当たりそして刺さることなく落下した。
ドラゴンは残念でしたと言わんばかりの笑みを浮かべた。
ドラゴンの口の中から熱気がこぼれる。
そしてさらに大きく口を開けブレスを吐く瞬間。
ドラゴンの頬が爆発した。
◇
私は馬で遊牧民の方へ向かってました。
ただ残念なのは馬に乗る俺カッケー!!!ができなかった事。
鐙に足がつかないのです。
その代わりレイさんと同じ馬でレイさんの前に乗ってますけどね。
全速力で走る馬。
それにしても異常に早いです。
確か馬って最大時速で60キロ程度だったはずです。
どう考えても3倍以上出ているような……
あまりのスピードにレイさんも顔が崩れてます。
ゼスさんはさすがに平静を装ってますが、時速200キロのGを受け先ほどから表情がバグってます。
ふとレイさんの剣の鞘を見るとピカーッ!と凄い輝きを放っています。
ああオリハルコンの効果ですね。よくわかります。
15分ほど走ったころ前方に大きなものが見えてきました。
目視で10キロほど先。
それはいわゆる黒いドラゴンでした。
それがだらだらと遊牧民を攻撃しながら弄んでいました。
その時私の中で全ての事項が繋がりました。
なるほど。
彼らが食料を奪わなくてはならなくなった理由。
それはドラゴンの襲撃が原因でした。
そして今の状況。
ドラゴンが本気で殺しにかかったのだなと推測されました。
ですがドラゴンを差別する気はありません。
一応理由を聞かなければならないでしょう。
ああ見えてショタかもしれないのですから。
ですので半殺しにしてから交渉です。
私はレイさんの手槍を勝手に取り出すと呪文を唱え始めます。
今の私は魔法は使えませんがオリハルコンの魔力を開放する程度なら可能です。
周囲にジェット音のような音が鳴り響きました。
私は魔力を解放した槍を思いっきりドラゴンへ投げつけました。
爆発音を響かせながら飛んでいく槍。
魔王をやっているときはやっかいだと思っていたオリハルコン。
ですが人間プレイでは非常に心強く感じられました。
そして大きな爆音が響きました。
槍はドラゴンの頬に命中。
ドラゴンスレイヤー効果で頬が吹っ飛んだようです。
いいものですね。
全力で暴力振るっても死なない生き物というのは。
「皆さんは遊牧民の救助をお願いします!私はコイツシメてきますんで!」
そう言うと私は凶暴な笑みを浮かべ剣を抜き馬から飛び降ります。
同時に空間が歪み細い手がその歪みから出てきました。
「うんしょっ!アレックス来たぞー!」
シルヴィアです。
私をマーカーにして空間をゆがめてやってきたのです。
私は念話で指示を出します。
――私を10キロ先に転移してエアライドの魔法かけてください!
――うむ
まず転移。
シルヴィアの作り出した黒い空間に飛び込みます。
するとドラゴンのすぐ目の前に転移しました。
転移と同時に私にエアライドの魔法をかけるシルヴィア。
エアライドはいわゆる多段ジャンプの魔法です。
普通は罠や段差を飛び越えるのに使う魔法です。
ですが私を殺しに来た勇者が面白い使い方をしたのを覚えていました。
私は気功で強化した体で何もない空間を足場に空中を走ってドラゴンの顔に突っ込んでいきます。
エアライドは一定のスピード以上を出せれば何もない空中を走ること可能なのです。
私はドラゴンの顔を切りつける。
だがドラゴンは顔を引き私の剣は宙を斬る。
ドラゴンはハエを叩くように私に殴りかかる。
それを感じて私はにやりと笑いやってきた手に真っ直ぐに剣を振り下ろした。
ドラゴンの指が宙を飛び悲鳴が上がる。
地面が揺れるような悲鳴。
「痛てえええええッ!」
それは人間の言葉でした。
人間語を操るドラゴンは多いのですが悲鳴まで人間の言葉というのは珍しいものです。
ドラゴンは涙を流しながらこちらに喋りかけます。
「その剣筋はガラハッド!お前もこの世界に来ていたのか!」
誰ですかそれ?
――アレックス。何回か前の私の事なのだ。
――なるほど
「えっと誰?」
とりあえず私は白々しく聞いてみます。
部下なのか敵対する魔族なのかわかりませんからね。
「勇者バイロンだ!お前を殺しただろ!」
ドラゴンは変わり果てた勇者だったのです。
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