詐欺そして……
私のパートタイムでの騎士生活が始まりました。
まずは自己紹介。
守備兵団の団員たちが私を見つめます。
でも何かがおかしいです。というか体勢がおかしいのです。
「あの団長?なぜ自分はいきなり小脇に抱えられてるのでしょうか?」
私はゼスさんにそう聞きました。
「絶対に余計なことを言うからです」
酷すぎる!
「ではご挨拶をお願いいたします。ここからは一見習いとして扱います」
「承知しました」
「皆のもの!見習いの自己紹介である!」
団員はその声で一気に直立不動の体勢になります。
なにこの練度。どんだけ調教されてるんですか。
私は驚きながらも平静を装って自己紹介を始めます。
ゼスさんの脇に抱えられたままで。
「ただいまご紹介にあずかりましたアレックスです。
普段は領主をやっておりますがここでは一見習いとしてご指導ご鞭撻の程をよろしくお願いします!
特にシャワーとかセクハラ的なナニとかアレとかを重点的にぐべらッ!」
パーンッ!尻がはたかれます。
い、いやオチがないとダメだと思っただけなんですよ!
小粋なジョークのつもりだったんですよ!
「というわけでこのクソガ、いや、アレックスを皆の手で鍛えて欲しい!以上である。解散!!!」
今『クソガキ』って言おうとしましたよね?
ゼスさんから解放された私は守備兵団の団員に倉庫へ案内されます。
団員のお兄さんはガチムチのアニキです。いい尻してますがあまり興味がわきません。でもいいケツ。ウホッ!
それにしても倉庫?何をするのでしょう?
も、もしかして私を連れ込んであんなことやこんなことを!
私が期待に胸を膨らませていると団員のお兄さんが私に布らしきものを手渡します。
なんだこの汚い雑巾。
すると目の前のお兄さんが軽そうに言いました。体育会系のノリで。
「新人は備品の管理からやるんだわ。昨日、新しい装備が届いたからその布で全部拭いとけな」
「あの先輩?お名前は?」
「あ、わりーわりー!レイだ。俺は隣の備品を片付けてるからなんかあったら呼んでくれな!」
「はい!レイ先輩!」
私はギャグが滑ったことをなかったかのように従順で真面目に返事します。
ただしこれはフリではありません。
なるほどと私は納得してました。
備品の管理は大事です。
それに守備兵団が業務で何を使い、何が消耗し、何を仕入れなければならないかということを新人に覚えさせることは理にかなっています。
私の領主としての仕事にとってもプラスに働くことでしょう。
うん頑張ろう!
◇
雑巾で剣を磨いている最中、 私は首を捻っていました。
鉄器のはずの剣。妙に重いのです。
振ってみます。
なんとなくバランスが悪いような気がします。
なんというかすっぽ抜けてしまうような感触があるのです。
疑問に思った私は廃棄用の箱に入っている剣を取り出して振ってみます。
それは普通の鉄剣、少し錆びてますが重心もおかしいところがありません。
んーッ?
とりあえず剣に関しては後で聞くことにして、次は鎧を見てみましょう。
私はヘルメットを手に取ります。
そしておもむろに雑巾でこすりました。
安っぽい光沢。表面加工がされていないような気すらします。
どうも作りが雑なような。
叩いてみます。
なんとなく音が変なような……
これも保留して鎧を見ます。
板金鎧は機動力が悪く、しかも高級品ですので守備兵団ではチェインメイルと皮鎧の重ね着が標準装備です。
チェインメイルも皮鎧もメンテナンスをしないとすぐ壊れます。
チェインメイルは機械油で拭かなければなりませんし、皮鎧はワックスで拭いてあげないといけません。
ですので私は一番面倒くさいチェインメイルを拭くことにしました。
拭いているとどうにもおかしいことに気づきます。
どうも鎖がもろいような?
そう思った私はチェインの輪の部分を指で押します。簡単に曲がりました。
もう少し力を入れるとパキンッという音を立てて切れてしまいました。
ん?私は疑問に思いました。
どうも粗悪な品のような気がします。
とりあえず私は廃棄用の剣と現行品の剣を持ってレイさんのところへ行きます。
「すいません。レイ先輩!」
レイ先輩は食料の備蓄などをチェックしているようでした。
こちらに振り返り笑いかける先輩。人懐っこい人だなあ。
これからのやり取りがたいへん申し訳ない感じです。
「どうした坊主。油なくなったのか?」
「そうじゃなくて、武器庫の武具が全部おかしいです!」
「えー?」
私は現行品の剣をレイ先輩に渡します。
「この剣ですけどおかしいです!」
「まっさかー。そんなわけないだろ!」
いえいえ。マジです。
「いいから、振ってみてください!」
私は急かします。明らかに異常が起こっているからです。
そんな真剣な私の姿を見てレイ先輩は仕方ないなという顔をしながら剣を振りました。
「うーん……少し重いような気がするような、しないような……」
だめだこいつ。武器に思い入れがない。
目の前にシルヴィアがいたら問答無用で殴られてるレベルです。
「すいません!時間ないのでそのまま持っててください!」
そう言うと私は錆びてた方の剣を振りかぶりレイさんの持っている剣に一気に振り下ろしました。
もちろん気功は使用してません。
カーンッ!といういい音が響きレイ先輩の持っている剣が根元から折れます。
「なにしやがんだ!このガキ!」
怒られますが今はそれにかまっている暇はありません。
「こんな簡単に折れるなんてやっぱりおかしいです!」
私の言葉で顔が青くなり固まるレイ先輩。
ガキにへし折られる程度の強度しかないことに気がついたのです。
ようやく事態の深刻さを理解したようです。
私は折れたほうの剣をよく観察します。
断面は切断されたような状態ではなく千切れたような状態になってます。
これは強度が足りてないと考えるべきでしょうか?
サムライの持っている刀などはわざと中心部が柔らかくできているのですが、これは全体が柔らかいと思われます。
鋳造して磨いだだけなのかもしれません。
「とにかくゼス団長とギル主計長呼んできます!」
私はかなり焦りながら責任者を呼びに行きました。
◇
「申し訳ありません。弁明のしようもございません」
うなだれるギルさん。ゼス団長もあまりのことに頭を抱えてます。
結局、新しく納入された備品のほとんどが粗悪品であることが判明しました。
実際に試し切りをしたらひん曲がる剣。
剣で叩いたら簡単にひしゃげる変な合金製の兜。
すでに錆びが内部まで到達している鉄を塗料で塗ってごまかしただけのチェインメイル。
皮鎧だけは普通の品質でしたが。
つまり私たち守備兵団は詐欺にあったのです。
どうやら仕入れ担当者が買収されていたようで在庫のほとんどがこのクオリティです。
しかも事態が明らかになる前に仕入れ担当者は逃亡。
慌てて指名手配しましたがたぶん捕まらないでしょう。
これを売った業者にも『注文どおりですよ。なんなら注文書の副本お渡ししましょうか?げふふふ』と開き直られました。
あとで死ぬほうがマシかなという目にあわせてやります。
結論としては、いくら悪徳商人でもまともな商品を売買してるという前提が甘かったのです。私も守備兵団も。
「団長すいません。このお詫びは俺の首で」
「レイ。お前の責任ではない。正直言ってアレックス様ほどの鑑識眼でないと気づけませんでしたよ」
そう言ってギルさんがため息をつきました。
レイ先輩を気遣う精神的余裕はすでにないようです。
ゼスさんは無言を貫いてます。
ってアレックス様?
「私は今は見習いのアレックスじゃないんですか?」
「非常事態なので領主のアレックス様です」
なるほど。
なら提案しても大丈夫ということですね。
「じゃあ、領主として提案します。仕方ないので念のためにアレ持ってきましょう」
露骨に嫌な顔をするゼスさんとギルさん。
アレとはオリハルコンの事です。
「そんな顔しないでください。非常事態が起きたときの保険です」
「剣はどうされるので?」
「とりあえずは廃棄分を再利用して間に合わせてください。
追加の発注ですが私が信用できる商人はローレンスさん達だけです。
彼を間に通して武器商人と交渉してもらいましょう。
それと同時に実家に武具を融通してもらえるように手紙出しておきます。
ただ期待しないでください。
武具は品不足になってるはずですから」
「と言いますと?」
「私たちを騙すためにしては精巧すぎるんです。
現役の兵士がわからないなんて異常すぎます。
工房ぐるみの詐欺なのか武器商人がクオリティ下げたのかはわかりませんが、たぶん王都でも大騒ぎになっているはずです」
無言。
その場にいる全員が押し黙りました。
重い空気です。
この空気ヤダヤダ!耐えられない!
よーし魔王ちゃん!ジョーク言っちゃうぞ!
「あうううあうあううあ」
しかし思いつきませんでした。
わけのわからない唸り声を上げた私を皆さんはスルー。
最近人の優しさが辛いです。
◇
シルヴィアはその日、ゼスの妻であるアデルに会うことになっていた。
前世に何かあったようでシルヴィアは女性が苦手である。
それは母親とアレックス?以外とは会話が成り立たないほどであった。
部屋に引きこもりベッドに突っ伏してウトウトとするシルヴィア。
彼女は思い出す。あの屈辱の日々を。
「魔王様ぁ。ちゃんと人の目を見て話してくださいよぉ!」
サキュバスの女がシルヴィアこと剣王ガラハッドにそう言った。
「ぁぅぁぅぁぅぁ」
蚊の鳴くような声で『我に何の用だ?』と問いかける。
誰にも言わないがガラハッドは女性が怖い。
キレるタイミングがわからない。
すぐ怒る。アニメは見るなと言う。
常に誉め続けないと拗ねる。
ファッションとか未知の言葉で人を非難する。
会話の7割が人様の悪口。しかもえぐい。
自分を見てみたいなことを言うのにすぐに人格を全否定してくる。
しかもその言葉はいちいちガラハッドの心を抉るのだ。
いつしかガラハッドは異性とまともに会話ができなくなっていた。
「ちょっと魔王様ぁ!聞こえないんですけどぉ!」
「ぁぁぁぅぁぁぁぅ」
「魔王様!もう知りません!バカじゃないの!」
「ぁぁぁぅぁぁぁぅ!」
なぜだ!なぜ会話ができぬのだ!
いつも会話を失敗するのだ!
男なら仕事の話さえしていれば会話が続くというのに!
なぜ女性とは会話が続かぬのだ!
なぜ我ばかりがこんな風に生まれてしまったのだ!
もうぼっちはイヤだ!
どうにかしなきゃ!どうにかしなきゃ!どうにかしなきゃ!どうにかしなきゃ!どうにかしなきゃ!どうにかしなきゃ!
でもどうやって?
延々と同じ思考をループさせる。
同じ思考を100年ほどループさせ悩んだ彼はついには部屋に引きこもることを選ぶことになった。
・
・
・
「嫌なことを思い出したのだ」
汗びっしょりになりながらシルヴィアは覚醒した。
「こういうときは二度寝するに限るのだ」
すでに三度寝なのだがシルヴィアは気にしない。
もう一度寝ようとベッドに横たわったとき、ドアがノックされ家令の声が聞こえてきた。
「シルヴィア様。アデル様がおみえになりました」
「あ、あ、あ、ああ、あああ、会わないのだ!お部屋から出ないのだ!」
魔法力の全てをドアの防衛に使う。
絶対に会うものか。そうシルヴィアは思った。
すると優しそうな声が聞こえてくる。
「シルヴィア様。アデルでございます。今日はご挨拶だけで失礼いたします」
「ぁぅぁぅぁぅぁ(にゃー!帰れなのだ!)」
シルヴィアは警戒心むき出しで言う。言葉になっていなかったが。
「これから毎週来ますので、いつかお会いできる日を楽しみにしてますわ。では失礼いたします」
「ぁぅぁぁぁぅぁ(二度とくるな!)」
彼女たちのバトルはまだまだ始まったばかりである。
◇
詐欺が発覚してから10日後。
今日はゼスさんと王都に出発するローレンスさんのお見送りです。
「すいません。ローレンスさん親書まで頼んでしまって」
「いえいえ。アレックス様」
「ご武運をお祈りしてます」
「まかせてください!」
そんなやり取りをしながら 私たちは都市の入り口に向かいました。
そして門が見えたと思ったその瞬間でした。
カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!カンッ!
街の入り口に設置してある半鐘。
それが勢い良く鳴らされました。
火事でしょうか?
「アレックス様!」
ゼスさんが門を指差します。
「はい。ゼスさん。今行きます!すいません。ローレンスさん!後はお願いします」
そう言うと私は慌てながら半鐘のところへ向かいました。
ゼスさんと全力ダッシュで向かう途中、私は同時にシルヴィアとの念話のチャンネルをオープンしました。
――シルヴィア!何が起こったのかわかりますか?
――街に何かが接近しているのだ。
――何って具体的になに?
――スキャンしても雑音が多すぎてわからんのだ!
役に立ちません。
仕方ない。直接聞くしかないです。
私は半鐘の近くにいた兵に声を掛けました。
「何がありました!」
「ようボウズではなく、領主のアレックス様!
斥候隊の報告によると遊牧民の軍勢がこの街に向かっているとの情報です」
「……はい?」
後に考えるとそれがこの領地を巡る全ての事件の始まりだったのです。
7/16 誤字修正
警備隊 → 斥候隊 に変更




