あやしい人たちを面接
私たちがゴリラから解放されて数時間後、シルヴィアと私は二人きりで話し合ってました。
「あれ嘘じゃろ?」
「あれって何ですか?」
「直轄地の話だ。穏便な手など存在しないだろ?
私が王なら反乱をでっち上げて山の近くの領民を皆殺しにする。
情報を得られそうな人物は全て粛清だ。
そして邪悪な教団が土地を汚したとか適当なこと言って誰も入らないようにするのだ。
今回はたまたま自分の娘婿の領地だから猶予があるだけなのだ」
「世界制服のチャンスですよ?」
「魔族も含めた人類には世界は広すぎる。
うちの国でまともに統治できるのは最高でも現状の1.5倍程度なのだ。
インフラも経済規模も需要もそれ以上は望めない。
それ以上望めば国が死ぬ。
オリハルコンは存在すること自体が国家としての懸案事項なのだ」
「それ言ったらエメラルドだってうちの領地には手に余る代物です。
知ってますか?エメラルドってすぐ割れるんで加工が難しいんですよ。
採掘されるほとんどは傷物ですしね。
鉱山の採掘技術もノウハウがあっても事故は日常茶飯事です。
まったくどうしろって言うんですかね」
「だが貴重なカードの一枚だ」
「ええ。そうですね。
なんかいい手ありませんかね?」
「いっその事、露天掘りしてみてはどうだ?あれなら安全だぞ」
露天掘りとは坑道を作らない採掘法の事です。
理屈は実にシンプルです。
中央が深く階段状にした横に大きな穴を掘るだけ。
事故率も低く、人員も多く必要なため雇用も生まれます。
環境をグズグズに壊してしまうという致命的欠陥はありますが。
「それだ!ですが今は無理ですね……」
先に山賊などの治安問題をどうにかしないと何もできません。
なぜなら労働者の輸送もエメラルドを安全に中央に運ぶこともできません。
「やはり……ここは死霊騎士さんやゾンビさんたちに頑張ってもらうしか……魔族が街を攻めてきた設定でどさくさ紛れに邪魔者を皆殺しにするしか!」
「そ、それは死亡フラグだ!お尻ペンペンされるぞ!」
「ぬうッ!マイヒップのデストロイが危険なデンジャー!」
私は動揺のあまり意味不明なことを口走ります。
それほどまでにお説教が痛かったのです。肉体的にも精神的にも。
「こほんッ。それにしても遊牧民のグループと会談できれば楽なんですけどね……
原因と目的はわかってるんですけどね」
「ん?原因わかっているのか?」
「ええ。遊牧民は気候変動などが起こると食料不足に陥りやすいんです。たぶん何らかの理由で冬の間の食料が確保できていないと思われます。ゆえに原因は食糧不足、目的は食料の確保です」
「ほう。で『何らかの理由』とは?」
「さっぱりわかりませぬ」
「ダメじゃん」
だってわからんのだもの。
「わからないと言えばオリハルコンもですね。
人類が必要としなければ発生しないはずなんですけどね。
なんであんなに大量にわいたんですかね?
我々は人類滅ぼすつもりありませんし、魔族もおとなしいものです。
きっとただのバクでしょうね」
オリハルコンは大抵の場合、勇者が我々の城に近づいたときに道具屋が不自然なタイミングで家宝として出してきたり、人類を守るドラゴンやら神に貰ったりするものです。
あんな無造作にポコポコ落ちているものではありません。
「だよなー!
今回我らは人間族でオリハルコンの効果関係ないし!
魔王なんてよほどの事がない限り現れないのだ!」
この私たちの予想。
それが全く持って甘かったことが判明したのはずっとずっと先の事でした。
たとえ知っていたとしても、このときできることなど何もなかったのです。
◇
男爵領支配地域から数十キロほど行った先にある草原。
放牧を営んでいるテントがまばらにいくつも並んでいた。
そこは遊牧民の野営地。
そのテントの一つから悲鳴が上がった。
次の瞬間、その悲鳴は何十、何百という大きな悲鳴に変わった。
彼らは見たのだ。空に浮かぶものを。
大きな生き物が空にいた。
羽の生えた巨大な爬虫類。
それはドラゴン。
人間を超える知性を持ち、 最強クラスの魔法や現代兵器でもなければ傷つけることのできない硬い皮膚を持つ。
全てを燃やし尽くす炎を吐き、縦横無尽に空を翔る最強の生物。
あまたの世界において人類の天敵でありながら、神と並び世界を管理する存在。
それが遊牧民のテントを上空から眺めていた。
その皮膚は黒く変色し全身から瘴気を発していた。
伝承にあるような神々しさなどない醜い生き物の姿であった。
ドラゴンが口を開く。
口の奥から光が漏れた。
それはドラゴンブレス。
全てを焼き尽くす炎。
それが発せられた。
業火が着弾したいくつものテント。
それらが中にいた人間ごと跡形もなく消滅した。
ドラゴンは灰にすらなれなかったテントだったものを見て楽しそうに笑った。
食らうためではない。
ただ殺すために力を振るったのだ。
理由などない。
ただ楽しいから殺した。
ドラゴンは狂気を帯びた目でアリの様に小さな人間が逃げるのをニヤニヤしながら見守った。
そしてドラゴンは人間の言葉で笑いながら言った。
「俺を裏切った薄汚い人間どもが虫けらのように逃げているじゃないか!
あはははははははははは!
それなのに……なぜ世界を救った俺がこんな目に合ってるんだ!クソ!クソ!クソ!
なんだこの体は!俺がドラゴン?ふざけんな!」
逃げ回る遊牧民たちには理解できないことを怒鳴ったドラゴンはこの世のものとは思えない叫び声を上げながら口を開ける。
先ほどよりも何倍も明るい光が口から漏れていた。
それは全力でのドラゴンブレス。
炎が灰も残らないほどに全てを焼き尽くす間、なぜかドラゴンは笑いながら泣いていた。
◇
ゴリラにお説教された次の日、私はギルさんの同郷の人たちと会っていました。
すげえ早いな。いやうれしいんですけど。
人数はざっと20名。
マッチョ型の体形の方が多く実力は見た目でわかるレベルです。
「ギルさんのご紹介の方々ですね。まずは給金についてですが……」
「ちょっと待って下さい!」
茶短髪マッチョが口を挟みます。好みじゃありません。
「はい何でしょう?」
「いきなり給金の説明ということは……」
「もちろん採用ですよ」
「い、いや我々の素性とかこれまでの経歴とかは聞いておいたほうが……」
「あのギルさんが使えない人材を寄越すとでも?」
私は彼らから目を直視しながらそう言いました。
ギルさんはあの正義至上主義のクソゴリラを事務面で支えられる人材です。
半端な事をするはずがありません。
それに私はギルさんから彼らを人質にとっているようなものです。
小さい村ってみんな親戚みたいなものですから。
それに私は彼らを裏切らせない自信があります。
もちろん具体的には金ですが。
「危険な業務ですから契約料を前渡しておきます。
全員分を一まとめにしといたので後で分けてください」
そう言った後、私は彼らに袋に入った金貨を渡します。
先渡しの金貨。
一人分のその価値は海軍の船長クラスの月給分くらいです。
額は山賊や武器商人が出せる額の1.3倍を目安にしました。
別な組織に転職されたら困りますので。
額に関しては時間がなかったので三割り増しでええやろ?な?という感じで根拠などはありません。
思いつきのわりにはいい線いってると思います。
ところが彼らは面食らってました。
「これは……貰いすぎかと」
私はニヤッと笑いながらいいました。
「では、この一ヶ月分の給金をどう使うのか?それをテストとさせていただきましょう!」
押し黙る彼ら。
あれ?
そりゃないですよー!でへへ。どうせ酒と女に全部使っちまいやすよー!やだなあ!ってツッコミはなし?
そこでセクハラして場を和ませようと思ってたのに。
「かしこまりました」
非常に真面目な顔をして私の言ったことを真正面から受け取る彼ら。
もはやギャグでーす!とは口が裂けても言えない空気が漂ってました。
「ハ、ハイ。ミナサン。ガンバッテクダサイ」
私は大変な展開になってしまったことに気づいてカタコトになります。
やばい!わ、話題を変えねば!
「えっと。お仕事は流通経路の確保です。山賊などの犯罪を未然に防いでください。私がゼスさんに怒られない程度で手段は任せます。あと敵対組織の諜報などもお願いします」
「かしこまりました!」
彼らはなぜか感極まったかのように泣きながら頭を下げてました。
え、なになんで泣いてるん?
やばい!この空気に耐えられない。
私は全力で目を泳がせつつ話題を変えます。
「あ、そうそう。ついでにこれテストしてください!」
そう言いながらベルを鳴らす私。
執事や家令が台車を押して執務室に入ってきます。
台車にのっているのは口の固い守備兵団の裏方に作らせたオリハルコン研磨加工の武器防具です。
「こ、これは何ですか?」
まばゆい光を放つそれらに恐れおののく彼ら。
「何ってうちの新製品のオリハルコン(の研磨加工)の武器や防具ですよ」
ブッー!っと噴出す彼ら。
「いいいいいいいやこれは個人所有してはならないものでしょう!」
あまりの事に頭がバグっているようです。
「いやホントは隠密行動ができるように漆塗ったりして地味な感じにしたかったんですけど、加工する時間がなかったんですよね。テストなんで差し上げます。あとで使用感などレポートください」
私は彼らに台車を押し付けると、またベルを鳴らします。
するとローレンスさんが入ってきます。
「こちらが男爵領商工会の会長のローレンスさんです。あとは彼と話し合ってください。ではローレンスさん!後はお願いいたします」
そう言うと私はダッシュで部屋を後にします。
ええ。説明会があるのです。騎士団の。
遅れたらまた尻を殴られてしまうのです。
ええ。尻だけは防衛せねば!エロイ意味じゃないですからね!!!
◇
「あの方はなんですか?何もかもが規格外だ!」
茶短髪マッチョがローレンスに話しかける。
ローレンスは困ったように肩をすくめた。
「ああいう方です。良くも悪くも常識の外にいらっしゃる方です」
「オリハルコンはかけらでも国宝レベルのものですぞ!
それを加工したものを個人支給とは。
他人を信用しすぎでしょ?
いつか寝首かかれますよ!」
「大丈夫です。
このレベルの装備だと貴重すぎて換金できませんし、給金をどう使うのかというテストもあるのでしょう?
アレックス様ならそれも計算のうちということでしょう」
そう。アレックスの払った手付金。
一人当たりに配られた金額は海兵隊の船長クラスである。
それは一般の水兵の給金の8倍に相当する額であった。
そして軍人は他の職種に比べて給料が高く設定されており、その中でも水兵は労働における拘束時間が長いため一般人の月給の1.5倍以上はある。
つまりアレックスは彼らに一般人の年収相当額を支払ったのだ。
それが20人分。
この世界の平均年収を500万円とすると1億円もの金額をポンッと払ってしまったのだ。
しかも一か月分と言ったのだ。
それも契約金として。
まだ何もやっていないのにである。
それをテストと言ってのける幼児。
つまりどういうことか?
これは彼ら個人に支払った給金ではない。
治安活動をするための組織を立ち上げろということなのだと彼らは解釈していた。
それも彼らの裁量とその責任において組織を立ち上げろと言われたと解釈したのである。
そして各々が船長クラスの役職として雇われたということだと感じていた。
アレックスが最初に思ったように特殊な教育を受けた彼らの就職先はごく限られている。
ほとんどが傭兵やごろつきになるしかないほどである。
そんな彼らをそこまで評価したと感じたのである。
普段不当に低い評価をされている彼らにはそれがうれしかった。
だから感極まったのである。
それほどまでの評価をされて本気を出さないものなどギルの紹介した人物の中にはいなかった。
だが、実はアレックス自身はそこまで深くは考えてなかった。
そもそもアレックスは危険手当が存在する世界を体験しているし、それが正しいと思っていた。
それに組織内での貢献度という点においては今回の仕事は充分に評価できるものである。
なぜなら武器商人の息のかかっていない警備要員のツテなど他にないのだ。
それだけで評価できるのである。
幸いにも金はあるし、彼らが無駄遣いしてくれれば景気も良くなるなという程度の認識もあった。
彼らが頑張ってさえくれればエメラルドも出るし、と思っていたりもした。
実はエメラルドのせいで金銭感覚がおかしくなり財布の紐が緩んでいただけという側面も存在したのも事実である。
それに武器防具に至っては完全にテスト目的である。
嘘偽りなどどこにもない。
理事長の予測では王都~男爵領の一往復で壊れると見込んでいた。
だから気前良くあげてしまったのだ。
そんなことも露知らず、アレックスは彼らの中で神のごとく敬われていくのである。
7/15 集落 → 野営地 に変更。




