騎士の中の騎士
負け犬になった住民を見て不愉快な思いをした次の日。
領主の館には男爵領の徴税官や裁判官などのお貴族様が次々と、私とシルヴィアに挨拶にやってきました。
私は紋章官のお兄さんにやってきた貴族の馬車についている旗の絵からどこの一族かということ教えてもらっています。
これは非常に重要なお仕事です。
どこの一族で誰の親戚かわかれば、こいつ排除したら親戚で一番偉い人である議会のどの貴族を敵に回すかなってとこまで予想できます。
ちなみにうまく罠にはめれば一族全員の失脚連鎖を狙えます。ばよ○ーん。
それと紋章には独特の規則性があり、現在何のお仕事をしているのか?軍人か文官か?どの派閥かなどが読み取れます。
例えば今ついた馬車の中から出てきた人ですが、旗にはドラゴンと菊のマーク。
……てヤクザかい!
……コホンッまずは紋章のマントに模様と色がないので騎士。軍閥は基本的に模様と色はなしです。貴族と王族は色アリ模様アリです。
主紋章はうちの家と同じドラゴン。
副紋章は菊。副紋章は職業を表している場合が多いですが今回は騎士とわかっているので部隊を表してるんじゃないかな?
旗の下の字は家訓。書いてあるのは「ただ勇敢であれ」。(少し胸がときめいた)
次に槍の穂先の本数。これは兄弟の順位を表しています。三叉。つまり三本なので三男ですね。
まとめますと
・騎士
・主紋章がドラゴンなのでうちの親戚かパパの部下。
・三男。つまり家督を継いだのではなく叩き上げと思われる。
・旗に『あのよろし』とか『みなしの』って書いてあれば満点
ぶっちゃけパパの部下ですね。謁見に来た時間が早いのでそうとうな重要人物だと思われます。
「男爵領守備兵団団長であられる騎士のゼス様でございます。」
なるほど。予想は当たっていました。
男爵領守備兵団と言っても、要するに田舎の警察署ですから、警察活動や有害な獣を狩ったりするのがお仕事の数十人程度の小規模なものをイメージしてしまいがちです。
ですが、度重なる遊牧民の略奪というリスクを抱えるこの男爵領では予備役も含めると全人口の10%にもなる一大派閥なのです。
パパの部下ですからとりあえずは味方でしょう。
騎士で三男坊からのたたき上げですか。正直、やっかいです。
なぜなら、叩き上げの騎士は見習いの従騎士として入団し、騎士の中の騎士として育てられます。
その中での絶対の誓いは正義。
つまりリアル正義の味方です。
彼らは利害関係より正義を優先するので脅迫や利害関係で物事を説得するのは難しい人種なのです。ただし脳筋ですが。
誠意を持ってちゃんと話さなければなりません。それは私の不得意分野です。困りました。
どう転んでも、まずは仕える価値がある人間か、正しい行いをする人間か、それが試されると思ったほうがいいでしょう。
◇
執事に通され入ってきた二人の男。
片方は王国の最新の流行を取り入れた品の良い身なりをしている20代後半~30代前半の男性。痩せ型ですが肩幅が広い細マッチョ。
その後ろには仕立てのいいジャケットに流行遅れの動きやすそうなズボンというやはり30代前半の男性がいました。ぎょうざ耳の筋肉ゴリラ。無精ひげ。
両名私の好みではありません。(重要)
二人は自分からは名乗ろうという意図は無いようです。
ですが私には答えがわかっていました。
私は迷わず後ろの男性に挨拶をします。
「ゼス殿。本日は若輩なるわが身にお会い頂きうれしく思います」
彼らが私を試しているのはすぐにわかりました。
試していないのなら自分から名乗ればいいだけの話ですから。
おそらく常識的な服装での格付けからゼスさんを間違えた私を恫喝するつもりだったのでしょう。
『主人と従者を間違えるとはなんと無礼な!』とか『領主は自分の部下の顔もわからんのか!』とかですね。
会話の主導権を握りたかったのか、それとも別な意図があるのか。
そこまではわかりません。
なぜなら敵意があるようには見えないんですよね。なんとなく。
私はわざと『殿』をつけなるべく下出に出るようにします。
私は領主なので職務上の格は上ですが、年齢が遥かに下なので偉そうな呼び捨ては相手もいい気分にはならないと思ったのです。
それで私より格上だと勘違いするバカならいいように利用して切り捨てる予定です。
後ろの男は驚いた顔をした後、あわてて一礼しました。するといきなり疑問を口にします。
「なぜ、私の方がゼスだとお分かりになったので?」
私は自分を試したことについてはあえて言及せず淡々と説明します。
「色々ですが、まずは耳。潰れて腫れています。組み技系体術の熟練者に多く見られる特徴ですね。
次に服装。ズボンは王都の流行のものではないですね。
儀礼上、職務上格下である従者はわざと流行遅れの服を着てくることになっています。
そうやって格の上下を表すのですが、ゼス殿は騎士です。
いつでも動けるように関節部分に余裕があるデザインにしてるのでしょうね。
さすが騎士の中の騎士です。
お隣の方はどなたでしょうか?」
はい嘘です。どちらも根拠にはなりません。適当なこといいました。
本当は常識的にゼスだという方の反対を選択しただけです。
だって試してますよって態度が露骨に顔に出てるんですもん。
念のため突っ込まれるとやっかいなので話を変えました。
それにもう一人も只者じゃないですね。カンですが。
そんなことを考えていると領主と直接話すのはまずいと思ったのか、ゼスさんが私に紹介をします。
「彼はギルです。守備兵団の主計長を務めております」
なるほど裏方さんでしたか。
私はゼスさんと握手をしようと手を差し出します。
ゼスさんも手を差し出してきて、二人の手が握られます。
するとゼスさんの顔色が変わりました、何かを調べるように私の身体をパンパンと軽く叩くゼスさん。
次の瞬間、ヒザと拳を地面につけて頭をたれながら伏せました。
「我ら、アイゼンハワー閣下のご子息であるアレックス様に忠誠を誓います」
あれま好印象。
まだ小細工なんもしてないんですけど……なぜだ?まあいいや。ラッキー。
その後、ゼスさんたちは私が預かっていたパパからの手紙を受け取り、シルヴィアには自分たちの身分が低いことを理由に挨拶をしないで帰っていきました。
ガキに会うのにそんな律儀にしなくても。
やっぱ騎士って苦手です。
◇
将軍のご子息にまつわる様々な噂。
それはゼスの耳にも届いていた。
精鋭部隊を単騎で破った魔拳の使い手。
新しく開発した薬で数千人を救った天才。
司教の家に馬の死骸を投げ込んで王都を追放になった悪魔。
5歳にして王女をたらしこんだ超絶マセガキ。しかも婚約済み。
それは果たして人類なのか?
全て嘘くさい。だから全く信じていなかった。
議会のネズミどもの政治的な宣伝なのだろう。
なにかしらの政治的な動きに利用されているに違いない。
そしてこのかわいそうな子たちはわずか5歳で親と引き離され、領主という重責を担う羽目になったのだ。
その証拠に学者が保護者としてついて来ている。あの目は政治に係わる学者だ。
子供たちをいいように操っている側の人間に違いない。
そう思ったら怒りがこみ上げてきた。
同時に親から引き離されたこの子らを守ってやれるのは騎士である自分だけなのだという自覚と使命感もだ。
だが守ると言っても、ただ単に危険から遠ざければ良いわけではない。
一生自分がそばにいるわけではないのだ。
だから自分で自分と家族の身を守れるようにしないとならないのだ。
ゼスは彼らがこの領地にいる間に敵からも議会からも王女を守れる騎士の中の騎士、男の中の男として育て上げようと思っていた。
それが騎士としての使命なのだ。そう思っていたのだ。
だからゼスはわざと試すような真似をした。
最初に少し圧力をかけて会話の主導権を握り、怒ったふりをしてから大人の世界はこういうものだと諭すつもりだったのだ。
ところが結果はゼスの方が度肝を抜かれて何も言えなくなってしまったのだ。
会話の主導権を目の前の子供に握られたまま握手をする。
熟練の剣士のようなゴツゴツとした手。これが子供の手だと……
ゼスは驚愕していた。
何度もマメができてつぶれたのであろうか。手の皮全てが剥けたかのような手。
並みの修練ではここまではならないだろう。
少なくとも5才児の手ではなかった。あの手は武芸者の手だ。
そう思ったゼスは相手が武芸者だということを念頭においてアレックスを見る。
するとどうだろう。今まで見えなかったものが見えてきた。
あの地に根を張ったような重心の安定具合。
それにアレックス様は足音を全くさせていない。
あのくらいの年の子供ならもっとバタバタと歩くはずだ。
確かニンジャと呼ばれる人間があのような歩き方をすると聞いた事がある。
それも相当な達人での話しだ。
次に身体を触ってみる。
やわらかい。だがこれは脂肪ではない。筋肉だ。
見せるためではない使うための筋肉だ。
本当にこれは子供なのか?末恐ろしい。
そして5歳児とは思えない洞察力。
ゼスは確かに組み技が得意である。
服装に関しては何時でも職務を遂行できるよう動きやすさを優先していた。
それだけは騎士として譲れなかったのである。
そこまで理解できるということ、つまり将軍はご子息に常軌を逸した英才教育を施したということだ。
たぶん将軍のご子息の噂は殆どが当たっているのだろう。
そこから考えられること。それは彼が将軍の隠し玉であること。
あわれな大人の犠牲者ではなく、真の天才。
遊牧民の襲撃を受けているこの土地を救うためにやってきたのだ。
彼ならこの行き詰った土地を変えてくれるかもしれない!
ゼスはそう納得し、頭をたれて目の前の子供に忠誠を誓った。
このときゼスはいくつか勘違いをしていた。
手がゴツゴツしてるのは親の教育ではなくシルヴィアのスパルタ式の特訓のせいである。
手を抜いたら死ぬ。その恐怖で必死だっただけなのだ。
足音がしないのもシルヴィアのスパルタでしごかれすぎて日常生活まで音を立てずに歩くようになっただけである。
また洞察力に関しては前世で暗殺されまくったアレックスは無駄に猜疑心が強く他人をよく観察する癖がついているだけである。
要するに親の教育は全く関係ない。
むしろアレックスをどう扱っていいかわからないので放任主義である。
そして司教の脅迫は全て事実だ。これに関しては言い訳しようが無い。
さらに言えば理事長は魔王二人を操るために来たのではなく、一般人を魔王たちから守るために連れて来られたのだ。
むしろ被害者である。
大きく勘違いしたゼスはシルヴィアには謁見せずに領主の館を去った。
その夜、ゼスはアレックスから渡された将軍からの親書を読もうとしていた。
その文書は厳重に蝋による封がされていた。
その蝋の印はあろうことか王家と将軍家二つの紋章。
どんな重要な使命なのか?そうゼスは疑問に思いながら空けた。
そこに書いてあったのは……
『男爵領守備兵団団長ゼス殿。
うちの子たちを教育できるのはかつて国軍で鬼と呼ばれた貴君しかいません。
騎士団式の教育で真人間にしてください。
こちらも最大限、金銭面やその他のバックアップをする用意があります。
どうぞよろしくお願いします。 アイゼンハワー・シーモア=セシル
二人とも頭でっかちでおバカだからアレックスもシルヴィアも悪いことしたら容赦なくお尻叩いてね。これ命令ね。
二人がいい子になったら君に好きな領地あげるよ。 国王 ジェイムス1世』
それを見たゼスは深く深く深くため息をついた。
彼らとゼスとの出会い。
それが本当に彼らを大きく変えることになるとは追放した議会すら思っていなかったのである。
花札の文字は本当は
あのよろし → あかよろし
みなしの → みよしの
らしいです。
花札のルールすら知りませんが……いやギャンブル系苦手なんですよ。




