あわれなウイルス
「知ってる?」
「何をだい?」
「彼さ。」
「ああ、知ってるよ。最近なんか風邪を引いたみたいじゃないか。」
「そうなんだよ。なんでも彼、ウイルスに感染されちゃったみたいでね。」
「うわ〜それはお気の毒だね。それは一体どんなウイルスなんだい。」
「それが強力なウイルスみたいでね、いくら薬を飲んだって効きゃしない。」
「それはまた厄介だね。」
「もっと厄介なことにそのウイルスはどんどんどんどん強くなるんだよ。」
「薬になれちゃったんだね。免疫がついちゃったんだ。」
「そうらしい。そのウイルスはどんどん強くなって行ってね。最終的にウイルス同士で攻撃し始めたんだよ。」
「繁殖しすぎたんだね。でもそれなら彼にはいい事じゃないか。」
「それが違うのさ。そのウイルスは仲間のウイルスを攻撃するときに彼も一緒に攻撃してるんだよ。」
「それはたまったもんじゃないね。彼はいわばウイルス達の宿主だよ。宿主が死んじゃったら自分達も生きていけないことぐらいわからないのかね。」
「しょうがないよ。ウイルスたちは彼を攻撃していることに気がついちゃいないんだから。知らず知らずのうちに彼を痛めつけているのがわからないんだ。」
「そうだね。何かを攻撃している時ってのは周りが見えないもんだよね。」
「そう、そして後で気がつくんだ。自分のしてしまった重大さに。でも気がつけばまだいいほうさ。気がつかない時のほうが多いんだもの。」
「それにウイルスはただ本能にまかせて繁殖するためだけに生まれてきたんだから。」
「そうだね。考えることもせずただ自分のしたいようにして、出来ないとわかったら無理矢理に相手を変えてしまうんだから。たとえ相手の形を変えることが出来ても、中身を替えることなんて出来やしないのにね。相手のことなんて考えない自己中もいいところだよ。」
「まったくだ。そんなウイルスがなんで存在しているのか不思議でならないよ。」
「確かにそうだね。この世に存在する必要がないものは存在しないからね。」
「それじゃあウイルスは何で存在するのかな?何をするために存在するのかな?」
「う〜ん。一体ウイルスはないがしたいんだろうね。彼を傷つけたいのかな?それとも仲間を攻撃するためにいるのかな?」
「僕にはわからないよ。それはウイルスたちしかわからない。もしかしたらウイルスたちもわからないかもしれないね。」
「それじゃあさ。キミはどうだい?君は何のために存在して、何をしたい?」
「なんのために存在しているのかはまだわからないけど、僕は幸せになりたい。」
「そうか、君もか。僕もね、幸せになりたいんだよ。」
「それは良かった。でも、困ったことがあるんだ。」
「それはなんだい?」
「どうしたら幸せになれるかわからないんだよ。」
「そういえばそうだ。僕もどうなったら幸せになれるかわからない。」
「困ったな〜。」
「う〜ん…。あっ、そうか!!わかった!!わかったよ!!」
「何がわかったんだい?」
「僕がキミを幸せにするよ。」
「ホントかい!?それなら僕もキミを幸せにするよ。」
「そうか。もう一つわかったよ。僕はね。キミを幸せにするために存在してるんだよ!!」
「そうか!!そうだよ!!僕もキミを幸せにするために存在してるんだ!!」
「そうか!!」
「そうだったんだ!!」
『僕たちは誰かを幸せにするために生まれてきたんだ!!』
「そうだったんだ!!」
この二人が生まれた理由に気がついたこの瞬間も。
ウイルスは彼を侵し続けた。
どれだけ彼が泣いたところでウイルスはその猛威をとめようとはしなかった。
ウイルス同士の攻撃は激化していった。
そんな争いに何の罪もない彼が巻き込まれ涙を流しながら苦しんでいる。
ウイルスは気がつかない。
自分達がどれだけ愚かなことをしているのか。
ウイルスは気がつかない。
自分達がどれだけ罪深いことをしているのかを。
ウイルス達はわからない。
どうすれば彼と共に生きられるのか。
ウイルス達は変わらない。
変わる事がどれだけ大変なのか知っているから。
進化することをあきらめたウイルスは一生ウイルスのままだ。
それでいいのなら私は何も言わない。
そして、彼は静かに眠りについた。
ウイルスは混乱した。
彼がいつかはこうなると知っていたのに何の準備もしてこなかったから。
何をしていいのかわからなくなったウイルス達は、あいも変わらずウイルス同士で争った。
それ以外に知らないから。
それ以外にどうしたらいいか分からないから。
最後に生き残ったウイルスはこう呟いた。
「俺は生き残って、何をしたかったんだ・・・。」
ウイルスは全滅した。
ウイルスの名前は人間。
このウイルスに効く特効薬はまだない。
予防法を考えてみよう。