伝えたい
瓦礫の上に頬をあずける。金属の冷たさが、ゆっくりと肌に伝わってくる。
地平線の縁が、にごった赤色に変わっていく。街のあちこちで、アンドロイドたちのレンズがそれを捉えているはず。彼らにとって、これは単なる照度の変化にすぎない。日没までの残り時間を計算するための、ただの数値として。
風が吹いて、湿った土のような青い匂いが、鼻先をかすめる。肺の奥まで吸い込むと、心臓のあたりが少しだけ重くなった。
かつては、誰かにそのことを伝えていた。けれど、ポケットのなかの端末は冷たく黙ったまま。ネットの向こう側は、効率化の結果として人間が少なくなり、AIたちがやり取りする記号の海へと変化している。
もう、この夕陽の美しさを分かち合える誰かは存在しない。ネットワークの向こう側に言葉を投げかけたとして、返ってくるのは最適化された無機質な共感だけだ。
それを、共感と呼んでいいのなら…
それでも、私は指を動かす。意味をなさなくなった画面の隅に、あるいは、指先の感覚が届く限りの地面に、言葉を書き連ねていく。それが誰に読まれるためでもなく、明日には風にさらわれ、データの海に埋もれる運命だとしても。
―ここには美しい空があった
その事実を記し続けることだけが、私がこの冷え切った世界で、まだ熱を持った生命体であるという唯一の証明となる。
足元の砂に指を沈めてみる。
―伝えたい
ただ、それだけを砂に呟く。
また風が吹いて、文字は、さらさらの粒へと戻っていく。
明日も、今日と同じような空だろうか。
今日とは、少し違う風が吹くだろうか。
深く息を吐き出す。
頭の片隅に淡く残った真っ赤な夕陽をなぞりながら、冷たいコンクリートの上で、眠りに落ちる。




