SEED実地試験前日 ③
洞窟の中へ入りスコールが最初に受けた印象は、その圧倒的な熱気であった。岩壁に穿たれた入り口と比較してその内部は広大な空間であり、大地を剥き出しにしたような無骨な岩肌が広がっている。洞窟内を脈々と流れ続ける灼熱の溶岩は莫大な熱気を生み出し、焼き焦がすような空気が充満していた。濃度が薄くなった酸素のせいで少し動くだけでも呼吸が荒くなる。GFの力を利用した冷却魔法を身体の周囲へ巡らせなければ、その殺人的な熱気に当てられ蒸し焼きとなっていただろう。人の侵入を頑なに拒むような環境の中で十全に活動できるのは、あらゆる過酷な状況下を想定して訓練を受けてきたガーデンの学生だからだ。
「私が支援するのは戦闘だけよ。この中での行動はあなたが主導すること。」
この容赦のない環境下でも平然として優雅さを失わず、キスティスは教官として前を進む生徒に告げた。スコールは了解と簡潔に返答する。奥へ進むにつれて赤熱した溶岩の流量は増し、それに比例して空気の熱量も増大する。気を抜けば瞬時に総身を焦がされる環境の中、二人は前進を続けた。
「私とここに来ると、いつもの実力を出せない生徒が多いのよね。私の魅力ってやつかしら?」
命を賭した状況には相応しくない能天気なキスティスの軽口に、スコールは思わず付随する教官の資質を疑ってしまう。
「冗談よ!リラックスしてもらおうと思ったの。」
あまりにも深刻な表情でスコールが睨み返したので、キスティスは釈明するしかなかった。それ以降は両者とも口を閉ざしたまま黙々と洞窟の奥にある目的地へと進み続けたが、自分の生徒の気難しい性格に彼女は改めて困惑していた。先に進むにつれ、溶岩の大河はますますその流量を増やす。幾度となく教官としてこの地を訪れたキスティスは、目的地が近いことを感じていた。
「やっぱり、あなたとサイファーは別格よね。だって、本当に強いもの。」
キスティスは小さく呟いた。迷いなく速やかに目的地へ到達するスコールの姿を見て、この扱い難い生徒の戦士としての実力は本物であると彼女は確信せざるを得なかった。ほどなくして、地面に垂直に穿たれた大穴の前に二人は到着した。穴の奥からは赤熱した光が煌々と漏れ出ている。
「さあ、ここからが本番よ。心の準備は大丈夫かしら?」
スコールは何も言わず、余裕そうに右手を少しだけ持ち上げて返答した。
「ぜんぜん大丈夫って感じね。」
その刹那、地面の大穴から白い蒸気が勢いよく吹き出し、赤橙色に輝く幾条もの光線とともに人ならざる異形の存在が飛び出してきた。それを見てスコールとキスティスはすぐさま戦闘態勢を作る。二人の目の前に現れたのは、イフリートという名の精霊であった。隆々とした筋肉の鎧を全身に纏い、頭部から伸びる巨大な二本の角はこの存在の猛々しさを雄弁に物語っている。呼吸をするたびに口元からは炎が溢れ、火炎を象徴する精霊の姿そのものであった。
そんな圧倒的な存在を前にスコールは怯む様子を欠片も見せず悠然とガンブレードを構える。イフリートへ向かって一直線に駆けて行くと、上段に構え直したガンブレードを敵の胴を目掛けて袈裟切りに振り下ろした。剣先がイフリートの身体に触れると同時に爆発音が鳴り響き、その屈強な肉体を抉るように切り裂いた。スコールの躊躇ない先制攻撃に気圧され、イフリートは思わず後退を余儀なくされる。
ガンブレードはその剣丙に銃に似た回転弾倉が備えられており、通常の剣とは異なる特筆すべき点である。それは弾丸を発射するための装置ではなく、薬莢に込められた火薬の爆発で生じた振動を刀身へ伝える機能をもつ。振動する刀身は抉られたような切り口を残し、その斬撃の威力を数倍も増加させるのである。ただし、ガンブレードはその暴力的なまでの振動を両腕で完璧に制御せねばならず、威力と引き換えに扱いに難渋する暴れ馬のような武装に等しい。したがって、それをわざわざ自分の主力武器に選択する者は数少なく、スコールはガーデン内でも稀有なガンブレード使いであった。
怯みを見せたイフリートを追撃するように、スコールは間髪入れずガンブレードで斬りかかる。その硬質の皮膚は生半可な攻撃など容易く弾き飛ばすのだが、振動が十分に乗り切ったガンブレードの斬撃は皮膚を越えて肉を容赦なく抉った。大きく後退した敵の姿を見て、さらなる追撃の好機ととったスコールは距離を詰めるために前へ一挙に突進した。その矢先、前方から紅蓮の炎の塊が飛来し、スコールの総身を熱気が包む。身体に纏わりつく炎を振り払うため、スコールは前進を止めてがむしゃらにガンブレードを振り回す。イフリートは攻撃から逃れるために後退したのではなく、スコールの突進を誘い込んで炎の魔法を叩きつける算段だったのだ。そして、その思惑は見事に成功を収めた。
炎を振り払ったスコールは、身体に負った火傷に治癒魔法を施し始めた。その間、相手の戦力を侮って攻撃が単調になったことを反省した。自分でも気がつかないほど、戦闘に入ってから気分が高揚し過ぎていたようだ。胸中で舌打ちしつつも自身の油断を冷静に分析し、次にとるべき戦略を着々と練り上げる。
治癒魔法により火傷の大半が消失し、スコールは再びガンブレードを構えて敵へ向かって突進した。それを見てイフリートは再び後ろに跳躍して後退し、右腕から紅蓮の炎の渦を放った。このままでは先ほどの再現であったが、スコールはすかさず左手から冷却魔法を放った。青白い輝きが一直線に対面する炎の渦へとぶつかり合い、その境界線で激しく水蒸気が奔流した。その白い濃密な靄の向こうからスコールは姿を現し、面食らったように動きを止めたイフリートへ向けて渾身のガンブレードの斬撃を食らわせた。決定的な一撃を受けたイフリートは、大きく後退してから地面へ膝をついた。
「この我が、人間ごときに負けるとはな。よかろう、我の力をお前に貸してやろう。」
膝をついても精霊としての威容は保ちつつ、イフリートは厳粛な口調で言った。
「さあ、スコール。ドローしなさい。」
戦闘を後ろで見守っていたキスティスは、静かに告げた。ドロー、それは対象が持つ魔法力を抽出して自己へと吸収する技術を指す。スコールはガンブレードの構えを解除し、右手をゆっくりと前に差し出す。イフリートから漠然と赤く輝く球体が抜き出され、それがスコールの右手へと吸い込まれると身体に一瞬だけ燃え上がるような灼熱の感覚が走る。それは、イフリートをGFとしてジャンクションした証であった。
イフリートは目の前に立つスコールを一瞥した後、空間の揺らぎとともに姿を霧散させた。新たに手にしたイフリートの力が脈々と自分の身体へ流れ込む余韻を感じながら、スコールはその場にしばらく立っていた。その後ろ姿を教官として随伴したキスティスは眺めている。目の前に立つ青年が持ち合わせた戦闘の感性が本物であることを再認識させられた。明日に控えるSEED試験など難なく通過し、傑出した傭兵として各地の戦場で活躍するのだろう未来を思い描く。その一方で、他者に対して決して心を開くことのない冷徹な態度を思い出し不安がよぎる。このままいけば、人の機微など理解せずに敵を排除し続けるだけの存在となってしまう。それは単なる殺戮兵器となんら変わらない。傭兵という側面からは正しくても、果たしてそれは人間として正しい生き方なのだろうか。複雑な思いを抱きながら、彼女は目の前の才気に満ちた生徒を労うために前へと歩み出したのだった。




