SEED実地試験前日 ②
講義室にはコンピューター端末が備えられた長机が整然と居並び、スコールは一番後ろの席へと腰を下ろした。目の前で煌々と青白く灯る画面を指で触れて操作し、朝の会合への出席を登録する。そうしているうち、教官であるキスティスが優雅な足取りで講義室へ入ってくる。
「おはよう、みんな。」
明朗な声とともに部屋の前方に鎮座する教官用の机へと向かう。講義室の中に散らばっていた学生たちは、キスティスの姿を見かけると各々の席へと戻っていった。
「まずは今日の予定からね。昨日から噂になっているようだけど、SEED選考の実地試験が明日に開始します。」
教官用の椅子に座り、机上のモニターを操作しながらキスティスは淡々と事務的な連絡事項を伝え始める。スコールは背中を丸くして下を俯いたまま、興味なさそうな様子でそれを聞いていた。SEED、それはバラムガーデンが誇る精鋭の傭兵を指す言葉であった。ガーデンは武力を必要とする地域や集団にSEEDを派遣し、その代価として高額の報酬を獲得している。ガーデンとは傭兵派遣を生業とする施設であり、そこに所属する学生たちは傭兵派遣業務を直接的ないし間接的に担うべく教育を施される人材である。そして、SEEDこそがバラムガーデンという特異な施設の花形となる存在であり、その資格へ到達できるのは数多の学生たちから選抜を勝ち抜いた少数という狭き門であった。
「試験に参加しない人、先週の筆記試験で失敗した人はここで自習すること。試験に参加する人は夕方まで自由時間とします。ただし、いつもの訓練以上に念入りに準備しておくこと。」
キスティス教官の説明が淡々と続く。相変わらず興味が薄そうな素振りを構えるスコールであったが、その実、来たるSEED試験へ向けて期待に胸を膨らませていた。今回、彼はSEED候補生として実地試験へと参加する。それに合格すれば晴れてSEEDの資格が獲得できるのだ。SEEDになること、それはこのガーデンに入学した幼少時から抱き続けた長年の夢であった。底冷えしたような姿とは裏腹に、その心中は情熱の炎を灯していた。
「明日の16時にホールへ集合。それでは、各班のメンバーを発表します。」
そう告げたキスティスは眼前のモニターを操作し、実地試験の班分けが記載されたデータを公表する。それは生徒がいる各席のモニターでも表示され、各々が真剣な表情でそれを確認していた。スコールは班員表を一瞥したが、内容もろくに確認せず即座に閉じてしまった。自分はただ任務を着実に遂行するだけであり、誰が同じ班になるかなど関心がなかった。
「それから、サイファー!」
鋭い口調でキスティスがその名前を口にする。スコールから少し離れた席で横柄に腰を下ろしていたサイファーは、前に顔を向けると威嚇するように睨みつけた。スコールはちらりと彼へ目を向けると、その額にはスコールと同じような一条の傷跡が刻み込まれていた。どうやら自分の刃はサイファーに届いていたらしいと彼は確信した。
「練習の時は相手を怪我させないように。以後、気をつけなさい。」
キスティスは物怖じひとつ見せず、峻厳として物腰で勧告する。サイファーは横で俯き続けるスコールを一瞥すると、不平を爆発させるように右手の拳で机を思い切り叩いた。張り詰めた空気が講義室を満たし、居合わせる学生たちは沈黙したまま成り行きを見守っていた。
「それじゃ、試験参加者とは明日に会いましょう。」
しかし、キスティスはそのような雰囲気に一切の動揺を見せることはなかった。むしろ、聡明な彼女にとって、サイファーの悪態など想定の範囲内でしかなかった。平然と残りの必要な説明を終え、朝の会合を終えた。彼は肩透かしを食らったかのように、苛立ちを顔に浮かべながら講義室を足早に出て行った。
「それからスコール、話があるからここへ来てちょうだい。」
朝の会合が終わりを告げたのち、キスティスはすぐに彼を呼びつけた。重たそうに腰を持ち上げ、講義室の前にいるキスティスへ向かって歩き始める。教官席まで来ると、彼女は3人の男女含めた生徒に取り囲まれていた。皆が嬉しそうな表情をしながら話に興じている。キスティスファンクラブとかいう連中であることは、周囲に疎いスコールでもすぐに察知した。卓越した美貌と怜悧を持ち合わせる彼女は、生徒から絶大な人気を誇るのだ。それに加え、史上最年少でSEEDの資格を得た彼女は実戦能力も並外れており、世間からの評判も上々であった。
「キスティス先生に構ってもらえるなんて羨ましい。」
キスティスから離れる間際、そんなことを呟いた生徒の声が微かに聞こえた。教官なんて鬱陶しいだけの存在だと判じているスコールにとって、荒唐無稽な戯言としか思えない。
「あなた、まだ炎の洞窟に行ってないわね。あの課題をクリアしないと、明日のSEED試験に参加できないわよ。」
呼び出しに応じて近くに来た彼に対し、キスティスは少し困ったような様子で言った。炎の洞窟の課題を修了せねばならないことは彼も十分に認識していた。実際、今日の早朝に出かけて課題を終わらせる心づもりであったのだが、そこをサイファーに邪魔されたのだ。意地になって奴の挑発なんかに乗るべきでなかったと、スコールは自分の迂闊さを今更ながらに後悔した。当然ながらそんな気持ちはおくびにも出さず、腕組みしたまま黙ってしまった。
「うん?なにか正当な理由があるの?」
そんな彼の考え込む姿を見ながら、キスティスは問い返す。
「・・・べつに。」
そして、彼は使い慣れたお決まりの言葉で返答した。
「それじゃあ、これから一緒に行くわよ。私は正門で待っているから、準備ができたら来なさい。」
スコールが胸の内を隠していることを察したが、別段いつも通りのことなのでキスティスはそれ以上問わなかった。そして、彼女はそのまま講義室を後にした。
『一人で行きたかったんだが、仕方がないか。』
後ろに控えるキスティスファンクラブの生徒たちの羨望の眼差しを尻目に、面倒臭そうにスコールも準備を整えて正門へ向かうことにした。
スコールが講義室から退出して中央エレベーターホールに繋がる空中廊下へと差し掛かった時、女子生徒の甲高い声が聞こえた。
「遅刻、遅刻~!」
その声が近づくとともに、道の角を曲がろうとした彼の身体に衝突の感触が訪れる。後ずさりして衝撃を和らげ倒れそうになる身体の均衡を保ったのち、その衝突の正体を確かめるように前を見た。地面には一人の女子生徒が腰を落としてへたり込んでいた。
「大丈夫か?」
スコールが尋ねると、その生徒は可愛らしい掛け声とともにすぐに立ち上がった。
「てへっ、大丈夫だよ。ごめんね、急いでたから。」
そう言うと、胸の前で両方の掌をたたくように合わせた。
「あっ、ねえねえ。もしかして、そこのクラスの人?もしかして、朝の会合は終わっちゃった?」
スコールは小さく頷いた。
「がーん、ショック~。うぅ~、だって、ここって前にいたガーデンより広いんだもん。」
話を続ける女子生徒の様子をスコールは呆然と眺めていた。
「あっ、ねえねえ。私、さっき転校してきたばっかりなの。よかったら、ここのガーデンを案内してくれない。」
女子生徒は再び胸の前で掌を合わせると、軽く上目遣いでスコールを見やった。確かに困っているのは間違いなさそうだった。
『とりあえず中央ロビーの総合案内板まで連れて行けばいいだろう。それならば正門へ向かう途中にある。』
スコールは心の中で呟きながら、彼女の懇願を表情を変えずに承知したのだった。
二人はエレベータに乗り込んだ。1階で降りると、前方に中央ロビーの総合案内板の大きなモニターが目に入った。
「ここが1階ロビーの総合案内板だ。ここバラムガーデンは広い。行き先の確認はここでするといい。」
案内板の前に立ち、隣で熱心にモニターを眺める女子生徒に説明した。ここまで案内すれば十分だろうと確信したスコールは、別れの挨拶も交わさずその場から離れようとした。遠ざかる彼の背中へ向けて、女子生徒は朗らかな声をかける。
「あっ、ねえねえ、あなた、もしかして明日のSEED試験って受ける?」
後ろを軽く振り向いてスコールは首肯だけ返した。
「じゃあ、また会うかもね。私、前にいたガーデンで研修終わっているから。明日のSEED試験を受けることになってるの。お互いに頑張ろうね。」
ありがとう、と元気な声で礼を述べた後、その女子生徒は再び案内板のモニターを眺め始めた。
少々の道草を食ったが、スコールは正門へ向けて歩いた。正門の前では約束通りにキスティスが先に待っていた。
「さ、いきましょうか。試験に使う炎の洞窟はここから東に行ったところにあるわ。」
二人はガーデンの正門からつながるアスファルトの道路に沿って歩き始めた。ガーデンから離れるとすぐに風景は草原と開かれた森へと移り変わり、足元の道路以外に人工的なものは見当たらなかった。道に沿って東に進むとやがて小高い山脈へと入り、そこからは舗装された道路も途絶えて岩に囲まれた山道が続いている。土と小石でできた道をしばらく歩くと、ガーデン職員の制服を着た二人の男と、その後ろに控える洞窟の入り口が目に入った。教官の黒を基調とした制服と異なり、職員は赤の袴と白の装束に身を包んでいる。頭にかぶった大きな笠のせいで顔が隠され、その表情は伺えない。
「スコール、いよいよね。準備は大丈夫?GFをジャンクションするのは忘れてない?」
指導教官として随行したキスティスは、これから戦闘の渦中へと入る生徒の準備について怠らなかった。GFのジャンクション、それはSEEDを卓越した兵器へと昇華させる力の源であった。GFという非実体的な精霊を使役し、それが持つ霊妙な力を現実世界へと抽出する。魔法という物理法則を越えた神秘を現界させたり、自身の能力を強化することもできる。SEEDは肉体的な鍛錬や戦闘に関する知識だけでなく、このGFを効率良く運用する手腕も求められている。GFの使役自体は訓練すれば一般人でも可能だが、GFの扱いを誰よりも十全に心得ていることこそが、SEEDを単なる一般兵と隔てる境界と言える。
問題ない、とスコールが涼しい顔で答えると、二人は炎の洞窟の入り口まで向かった。
「課題は低級GFの取得。支援はSEED資格を持つ者。条件事項の確認を行う。用意はよいな?」
洞窟前で守衛業務に務めていたガーデン職員は事務的な口調で粛々と言った。スコールは姿勢を正してバラムガーデン形式の敬礼をした。
「よろしくお願いします。」
「私が支援します。教員ナンバー14、キスティス=トゥリープです。」
スコールとキスティスが続けて告げると、必要な確認作業を終えたのち、ガーデン職員は入り口を譲るように横に動いた。
「よろしい、では行きなさい。」
そうして岩壁に穿たれた大穴の中へと二人は足を踏み入れたのだった。




