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FF8  作者: MJ
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SEED実地試験前日 ①

カーテンが風に吹かれてたなびく音が微かに聞こえる。重い瞼をゆっくりと開くと、天井で柔らかく灯り続ける電燈の明かりが飛び込んできた。それに少し遅れて背中に硬い弾力を感じ取り、自分がベッドの上で仰向けに寝ていることにようやく気が付いた。ここはどこだろうか。徐々に鮮明さを取り戻し始めた意識の中で、スコールは自分の身に起きたことを思い出す。少しずつ手繰り寄せた記憶の断片の中に、あの忌々しい男の姿が浮かび上がる。


『サイファー。そうだ、あの男と訓練施設に向かった後、決闘まがいの戦闘訓練になって、そして・・・」


その刹那に眉間に激烈な疼きを覚え、スコールは思わず右手で顔を押さえた。十代後半の瑞々しい滑らかな肌の上で、右手の指は不自然な硬さをもつ一筋の違和感を感じ取った。それと同時に、地面に腰をついた自分に向けて頭上からガンブレードを振り下ろす、凄惨な歓喜に満ちたサイファーの表情を思い出した。


『傷跡・・・、そうだ、これはあいつのせいで・・・。』


苦々しく胸中で舌打ちしながら、スコールはその後に起きたことも思い出した。それは、サイファーの容赦ない仕打ちに逆上した自分が、手中にあったガンブレードを憎々しい仇敵めがけて地面から思い切り振り上げた姿であった。自分の反撃は果たしてサイファーへ届いたのであろうか。それを回想しようと思考を巡らせても、しかし記憶の淵の中には濃密な靄が立ち込めていて答えを得ることはできない。無我夢中で繰り出した挽回の一撃であり、意識などとうに途切れていたのだ。


追想から現実へと戻ったスコールが目の前を改めて確かめると、壮年の女性が自分のベッド際に立っていることに気付いた。黒髪を後方に束ねた女性は清潔な白衣に包まれ、意識を取り戻したスコールを入念に観察するように軽く身を乗り出して眺めていた。


「大丈夫・・・だね?」


その女性は確認するようにスコールに尋ねた。


「・・・はい。」


観念したかのようにスコールは額の傷を右手で押さえながら静かに答えると、ベッドから上体を起こした。目の前に立つ白衣の女性は、保健室で働く医師のカドワキ先生であった。この時に及んで、スコールはサイファーとの戦闘の後に何が起きたかようやく理解し始めた。つまるところ、意識を失った彼は保健室へと搬送されたのだ。ということは、サイファーとの喧嘩も同然な戦闘訓練のことも全て彼女に露見しているに違いなかった。


「あんまり無茶するんじゃないよ。」


聞き分けのない子供を叱るような、そんな厳しくも優しい口調であった。


「訓練の時は手加減したらどうだい?そのうちとんでもないことになるよ。」


「サイファーに言ってください。」


カドワキの忠告に対し、スコールは額の傷の疼きに眉根を寄せながら静かに反論した。


「あの子はねえ・・・、なに言っても無駄ってやつだね。」


困り切った表情をしながら、彼女は右手でこめかみを押さえる。


「相手にしなければいいんじゃないの?」


カドワキの提案にスコールは少しだけ逡巡し、そして口を開いた。


「逃げるわけにはいかないから。」


それは、スコールの気持ちを率直に言葉にしたものだった。ほかの有象無象が相手なら冷淡にあしらうだけで、まともに取り合うことはないだろう。罵倒されようが呆れられようが、自分には関係ないことだと割り切ることができる。しかし、サイファーからの挑発だけはスコールはいつも無視できなかった。彼の傲慢な姿を目にすると、冷え切った心の奥底に残された燃えさしが再び激しい炎をともすように妙に苛立つのだ。そんな火花を散らすような感情がサイファー相手にだけはなぜ触発されるのか、スコール自身もその理由は全く覚えがない。ただ、サイファーにだけは負けてはいけない、そんな形容しがたい沸々とした感情だけが湧き上がることだけは抗いがたい事実であった。


「かっこつけたい年頃なんだねぇ。まあ、ほどほどにしておきな。」


カドワキは両腕を広げた格好をつくりながら首を横に何度か振った。若さを謳歌しすぎて無茶をしてしまう、そんな困った生徒に対して呆れたような心情を全身を使って表現していた。


「さてさて、あんたの指導教官は・・・、キスティス先生だね。連絡するから少し待ってなさい。」


カドワキはしばらくすると真面目な顔へ戻り、スコールの担当教官を呼ぶためにベッド際を離れた。


「キスティス?あんたの生徒、引き取りに来てよ。」


少し離れた場所に置いてある通信装置で会話するカドワキの声をスコールは聞いた。この程度の怪我ならば一人で動くのに問題ないのだが、サイファーとの戦闘訓練の件はすでに教官側には知れ渡っているのだろう。ここで反抗して一人で出て行っても、結局は説教を受ける時刻を少し先延ばしにする程度にしかならない。スコールは諦めたようにベッド上に身を預けて横になり、指導教官の到着を嫌な気分で待つことに決めた。


「・・・はいはい。・・・うん、怪我は大丈夫だね。まあ、傷跡は残るだろうけど。・・・そうそう。じゃあ、早く来ておくれ。」


カドワキの通信機へ話しかける明朗な声はスコールの耳に断片的に届いた。サイファーの我儘に巻き込まれただけなのだが、自分も教官に叱られる羽目になるのだろう。不条理に思える気持ちを心から追い出すように、スコールはベッドの上に再び寝転がって目を閉じた。後ろの窓からは小鳥のさえずりが聞こえ、備えられたカーテンは微風に揺らめいていた。


「スコール・・・また会えたね。」


穏やかな昼下がりの陽気に包まれて気怠いまどろみへと身を預けていた最中、彼は微かに響く声を聞いた。優しくて懐かしい、しかし何故か悲しみが込み上げてくるような、そんな不思議な声であった。顔を横へ向けると、ベッド横にある窓の向こう側に一人の女性の姿が見えた。薄黒く加工されたガラスからはその顔をぼんやりとしか確認できない。年齢は自分より少し上ぐらいだろうか。初対面のはずだが、なにか心に引っかかるようなものを感じていた。しかし、その女性はガラス窓の向こう側ですぐに姿を消し、スコールには胸の内の疑問を確かめる術はなかった。


保健室の扉が開く機械的な音がした。続いて、室内へ足を踏み入れる甲高い旋律が鳴り響く。それは乱れを知らない律動的な靴音の連続であり、それを鳴らす人物の上品な高潔さを物語っているようであった。靴音は少しずつ彼のもとへと近づき、それはやがて大きな一つの溜息へと変貌した。


スコールは目の前に現れた人物を少し不貞腐れたように一瞥した。そこに立っていたのは、艶のある金色の髪を絹のように下ろした美しい女性であった。細枠の銀縁眼鏡の奥から覗かせる翡翠色の瞳には、静謐な知性を湛えていた。SEED教官用の黒を基調とした制服に身を包んでいたが、年齢は彼と大差ないほど若々しい人物であった。スコールは自分の指導教官であるキスティス=トゥリープが来訪したことを確認したのであった。


優雅な立ち振る舞いで保健室を訪問した彼女であったが、スコールの姿を見ると呆れたような表情しながら肩をすくめた。悪い予感が想定通りに的中したといった様子で、腕組みしながらスコールが横になるベッドへ近づいた。


「もう!絶対、あなたかサイファーだと思ったわ!」


端正な顔に苦々しい表情を浮かべながら、小さな怒りを含ませた口調であった。彼女の静かな剣幕に触れて、スコールはゆっくりと上半身を持ち上げた。今回の顛末について言い分はあったのだが、釈明する面倒よりも無口を貫くほうを選んだのだった。


「さあ、行くわよ。実地試験の日程が決まったのだから。」


そんなスコールの態度など見慣れたといった様子で、キスティスは気にも留めなかった。


保健室を退出し、二人は本館へ連絡する通路を歩いている。スコールが足早に前を歩き、キスティスは少し距離を置いて後ろに付き従う形となった。通路は中庭を貫くように野外に広く開放されており、柔らかな陽光が注ぎ、穏やかな風が吹いていた。


「ねえ、スコール。なにか悩んでいることはないの?」


周囲に無関心といった様子で前を歩くスコールへ向けて、キスティスは尋ねた。


「・・・べつに。」


「・・・べつに。」


スコールとキスティスは、ほぼ同時に同じ言葉を口にした。心中の驚きを隠すように無表情を保ったまま彼が後ろを振り向くと、そこには笑いを堪えるように肩を震わせるキスティスの姿があった。


「あはははは。」


そして、とうとう耐え切れずに彼女は堰を切ったように笑い出した。


「なにがそんなにおかしい?」


無関心に徹するスコールも、さすがに今の彼女の振る舞いには幾分かの苛立ちを覚えた。


「おかしい?違う違う。うれしいの。生徒を少しだけ理解できた。だから、嬉しいってだけ」


彼を真っ直ぐに見据えながら、少しはにかむようにキスティスは言った。


「俺はそんなに単純じゃない。」


自分の心を見透かそうとしてくる教官を忌々しく思い、反抗的な言葉でスコールは応じた。


「じゃあ、話しなさいよ。あなたのこと、もっと聞かせてちょうだい」


彼の煮え切らない態度に対して、キスティスは柔らかく一喝した。スコールは黙ったまま、後ろに立つ彼女から離れるように早足で数歩進む。


「先生には関係ないだろ!」


「関係ないだろ!」


スコールが苛立つように言うと、キスティスも同じ言葉を予想通りといった口調で同時に放った。いつの間にか真横まで彼女が接近していたことに、スコールは気が付かなかった。嫌気がさして真逆の方向へ顔を向けたが、くすくすと笑いを嚙み堪えている声ははっきりと聞こえた。またしても自分の思考が看破された気分になり、途方に暮れるのであった。


満足した表情を浮かべながら、彼女はそれきり何も言わずにスコールの前から立ち去った。バラムガーデンの中庭を行き交う学生たちの喧騒が耳に入る。友人との会話に興じる者、木陰のベンチに座って平穏な時間を過ごす者、別の場所へ移動するため歩き回る者、学生たちの姿は多種多様であった。時刻を告げる荘厳な鐘の音がバラムガーデン全体に響き渡る。そんな中、スコールは渡り廊下の真ん中で呆然と立ちすくんでいた。


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